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品川事件再現

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西口奈津子が蒲生譲二に依頼した殺人…周到に計画された一部始終を依頼者の目線で語ってもらおう。



 私はこの男を許さない。

 目の前で私に性器をゆだねているこの男を。

 嚙み切ってやってもいい。

 しかし、そんな「きしょく(気色)の悪い」ことは、ようしない。



 思えば、出会ってすぐ何が気に入らないのか、ぶたれることがあった。

 すぐに「冗談だよ」と、泣いているあたしの顔を覗き込んで笑顔で言うのだった。

 最初は愛情表現だと勘違いしていた。



 それからというもの、あたしがぐずぐずしていると、言葉を荒らげてののしったり、人前で悪しざまに罵倒されたりした。

 彼は、そういうことをする自分に酔っているような感じで、気味が悪かった。

 それでも別れられなかったのは、すぐに人が変わったように私に優しくなって、なにくれとなく世話を焼いてくれるのである。

 人格が多重なのだと自分に言い聞かせながら、「かわいそうな人」なのだと思い込むようにしてきた。

 しかし、結婚し三年もたつと、彼の暴力は熾烈を極め、私の体のあざは消えるどころか増えていった。

 足の指を折られ、歩けなくなったこともあった。

 死のうと思ったことも何度もあった…



「おい、いやいやしゃぶってんなら、やめな」

 考え事をしながらフェラをしているのがわかってしまったらしい。

「ご、ごめんなさい。へたくそで」

「なんで、お前から誘ったんだ?え?」

 今日、私はある事を実行しようとしていたが、悟られないようにはぐらかした。

「紀明(のりあき)さんにやさしくなってほしいから」

「なんだよ…それ」

 要領を得ない顔で、夫は口元に薄笑いを浮かべてこちらを見ている。

「抱かれたいの」

「変なやつ…抱いてやるよ。お望みとあらば」

 そういうと、乱暴に私の腕をつかんで引き寄せ、激しく唇を重ねてきた。

 はむっ…

 いいかげん息が苦しくなり、私は顔を離した。

 長い舌が私の頬といい、首筋といい、しつこく舐めまわされた。

 夫はセックスが好きだった。

 それも自分勝手なセックスだった。

 私には性欲のはけ口に抱かれるだけの、味気ないものだった。

 教わった口淫も、いやでしかたがなかった。

 でも、今日は違う。

 もうすぐ報われる時が来る。

 そう思って、激しい突きにも身をゆだねられた。

 容赦なく、胎内に忌まわしい毒液をまき散らしてくれた。

 ピルを服用しているとはいえ、身の毛がよだつ思いがした。



 もうすぐ約束の二十二時だった。

「ねえ、もう出ましょうよ」

「ああ、そうだな。どうだ、ちょっと飲みに行くか」

 何も知らない夫は、機嫌を良くしているようだった。

「いいわよ。連れて行ってくださいな」



 夜気に冷たさを感じる立冬の街だった。

 私たちはラブホテルの前をそしらぬ顔で出て、往来に立った。

 目印のマンホールはすぐそこだった。

 私は彼の腕を取ってさりげなくその場所に近づき、彼をマンホールの上に立たせた。

 夫はポケットから煙草を取り出し、一本口にくわえ、百円ライターで火を点けようとした。

 私は目をつむって祈るように下を向いていた。




「そうよ、そうそう、そのままじっとしてて」

 あたしは、レミントンM40A3の暗視野スコープを覗いて、ターゲットを確認している。

「いけすかない顔だわ…そのままタバコを吸っていらっしゃいな…最期のタバコをね」

 あたしは、トリガーにかけた人差し指をそっと引いた。

 バスッ

 鈍い衝撃を肩に受けながら、スコープで追う。

 しばらくして、街灯に照らされた男の頭に血しぶきが舞った。

 目をカッと見開いた男はタバコを咥えたまま仰向けに派手に倒れた。

 横の女が、慌てて寄り添うが、かなり取り乱している。

 通行人が数人駆け寄る。

 あたしは、もうアイピースから目を離し、ボルトアクションのボルト(遊底)を引いて、薬莢をギターケースの中に落とし込んだ。

 慣れた手つきで、二脚を外し、レミントンをギターケースに収めて、すきまに双眼鏡を放り込んだ。

「ぐずぐずしていられないわ」

 あたしは軍足で古びた非常階段を下り、通りに出る前に靴を履き、そのまま来た道を慎重にギターケースを携えて帰った。

 パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 誰かが110番通報したのだろう。

 このまま最寄りの品川駅を避けて次の田町駅に急いだ。




「のりあきさん!」

 私は、予想していたとはいえ、目の前で夫が撃たれたことに動揺してしまっていた。

 弾丸の侵入した額の傷は小さいのに、ザクロが裂けたように後頭部が無惨に砕かれ、路上にはおびただしい血の中に豆腐を撒き散らしたような純白の脳みそが散乱していた。

「はやく、救急車を呼ばないと…警察だったかしら?」

 私は、気が動転していたけれど、紀明がもはや助からないこともわかっていた。



 道行く人がみな足を止めて、

「どうしました?大変だ、頭から血がぁ」

「うわっ、だれか救急車だ、119番を!」

「うぇっ」男の人があまりの惨劇に手を口に当てて吐瀉物をボタボタと落としている。

 私はその場にしゃがみこんで、放心状態だった。

「終わった…終わったのね。さよなら紀明さん」

 そうつぶやいて、私は、まだ温もりの残る手のひらをさすっていた。

 遠くからサイレンが近づいてくる。

 もう周りは黒山のひとだかりだった。
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