浦島子(うらしまこ)

wawabubu

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夕方、この淀川の堤防沿いを走るのがおれの日課だった。
赤川鉄橋に沈む夕日に向かって走るのは気分がいい。

河川敷に下りると、人気(ひとけ)は無かった。

小用を足そうとヨシ原に入っていった。

ふと、風にそよぐヨシの音にまじって、女の「やめて」という声と、男の声がとぎれとぎれに聞こえた。
その声のほうにおれは、静かに近づいていった。
ヨシの間に見え隠れする三人の高校生と、その下には三十くらいの女が転がされているのがみえた。
「おばはん、観念せえや」
「いやあ」
制服からみて、近所の工業高校の生徒だった。
おれは、こういうのは黙ってみていられないたちなのだ。
「おい!」
おれは、めいっぱい大きな声で恫喝した。
一瞬、びくっとなった、やつら。
女を組み敷いている生徒が、
「なんじゃい、われ!」
「おまえらこそ、何をやっとんじゃ。婦女暴行は犯罪やぞ」
「うるさいわ、おっさん」
ほかの二人がおれにつっかかってきたんで、合気道の心得のあるおれは、手首をねじりあげ、もう一人には膝蹴りをくれてやった。
「うっ」
「いて。痛いやんけ」
「ほなら、やめるか?」
「わ、わかったって」
そう言って、やつらはすごすごと逃げていった。

「姐さん、だいじょうぶですか?」
「・・・ありがとうございます」
ジャージがまくれて、白い腹がむき出しになって、激しく抵抗したあとがあった。
「立てますか?」
「ちょっと・・・」
おれは、彼女を立たせた。
女からは、いい香りがし、女を知らないおれは、はずかしくなってすぐに手を離した。

かなり小柄な女性で、おそらく150センチそこそこだろうか。
これでは高校生には太刀打ちできまい。

警察には行かないと、かたくなに拒まれた。
とにかく彼女を家まで送っていくことにした。
堤防から下りて、阪神高速の高架下を二人で千林(せんばやし)の方まで歩いた。
「ずいぶん遠いんやね」
「うん、家賃の安いアパートが今市(いまいち)のところでないとなくって」
「一人暮らしなん?」
「今はね・・・兄さんは、学生さん?」
「ああ、そこの工大に行ってるねん。おれも下宿でひとりや」
「へえ、大学生なんや。あたしとそんな歳、変わらんやろね」
「いくつなん。姐さん」
「姐さんなんてやめてや。まだ二十二や」
三十くらいと思ってたら、意外だった。
「一つ年上やな」
そういって俺は笑った。
おれは、男ばっかりの環境で育ち、これまた男ばっかりの高校を出て、ついに男ばっかりの工業大学に入ったので、こんな間近に女を感じるなんて頭がぼうっとなりそうだった。

「ここやねん」
モルタルのアパートで戸に嵌ったすりガラスに『玉藻荘』と書いてあった。
おれの下宿とどっこいの古さやった。
「なんて読むねん?」
「タマモソウって言うねん」
「変な名前やな」と思いながら・・・
「来て」
玄関で姐さんに出された茶色のスリッパに履き替えて、おれはついていった。
一番奥の部屋が彼女の部屋らしい。
「入って。狭いけど」
「お、おじゃまします」
真っ暗だったがすぐに明かりが点けられた。
六畳はあった。それに入ったところに、二畳くらいの台所がある。
二間(ふたま)だけの質素な部屋だった。
「座って、お茶入れるし」
「おかまいなく。おれ、帰らないと」
「いいやん。ご飯、いっしょに食べに行こうな。お礼さして」
「え、そんなん、いいですって。当たり前のことしただけですから」
「かわいいなぁ。キミは。そや、まだ名前聞いてへんかったね。あたし、重末(しげすえ)ユカリって言うねん」
かまぼこ板の表札に『重末』とあったのは「しげすえ」と読むのかと納得した。

「おれは、浦島和也です」
「カズヤ君かぁ。うらしま太郎やな。あたしがカメで、あんたに助けてもろて、龍宮城には連れていかれんけど、似たようなとこになら連れていったげるで」
と、意味深なことを言う。

インスタントコーヒーが運ばれてきて、あられを皿にざらざらっと空けた。
「こんなんしかないけど。食べて」
「いただきます」
化粧っけがないユカリは、美人というわけではないが、どこか懐かしい感じのする女だった。
「カズヤは、何食べたい?」
姉がいたら、こんな感じなんだろうなと、思った。
「なあ、何考えてんの」
「え、あ、はい」
「もう、何食べたい?って訊いてんのにぃ」ぷっと膨れてユカリが言う。

「ユカリさんみたいな姉さんがいたらなって、考えてた」
「いいよ。お姉さんになったげるし。中華でええ?カズヤ」
「うん」
「ほなら、おいしいとこ知ってるし、今から行こ」

ユカリが連れて行ってくれたお店は「広東楼」という千林ではそこそこ有名な中華料理店だった。
おれも下宿してからすぐにここに食べにきたことがあった。
最近は、ご無沙汰だけれど。

「あたしここの天津飯が好きやねん」
丸テーブルについて、ユカリはメニューを取りながら言う。
「あれおいしいよな」
「カズヤは好きなもん言いや」
「ほなら皿うどんと、チャーハン」
「あたしは、かに玉と天津飯にしょっと」

料理が出てくるのも早いのが「広東楼」のウリだった。
「いただきま~す」
「食べて、食べて。いっつも一人で晩ご飯食べてるから、こんなんひさしぶりや」
「おれかて一緒ですよ。まあ、学食で食べてますけど」
「友達とかいいひんの」
「いてますけど、部活とかやってへんから、みんなばらばらで」
皿うどんをぱりぱりっと口に入れながら、答えた。
「ええ体してんのに、武道とかやってんのかと思ってた。あれって空手かなんかなん?」
さっきの暴漢どもにくれてやった一撃のことだろう。
「合気道をやってました。高校時代ですけどね」
「たのもしなぁ。あいつら、あたしのあとをつけてきよったんや。おしっこしようとしゃがんだら後ろから抱きつかれて」
「とんでもない奴らですわ。高校生のクセに、勉強もせんと、女の尻をおっかけてるなんて」
「ふふふ。まじめなんやね。カズヤは。あんたは、女の体とか興味ないのん」
鼻にかかった声でユカリがたずねた。
「え、そら、おれも男ですから・・・」
「ドウテイなん?キミは」
皿うどんのせいもあるが、汗が額を走る。
水を一杯飲んで、
「は、はい」と答えた。
「ふーん」
そう言って、ユカリは、かに玉をレンゲですくって口に運んだ。
その口が、おれにはすごく性的に見えた。
「カズヤがかまへんねやったら、あたしが教えてあげよっか」
ナイショ話をするようにユカリが声を落として言う。
「はい?」
おれは、しどろもどろで、もう皿うどんの味なんかわからなくなっていた。
「いや?あたしじゃ」
「と、とんでもない。うれしいです」
「ほな、決まり。早よ食べて行こ」

広東楼から出て、京阪電車沿いのほうまで歩いてきた。
「ここ、入るで」
ネオンがところどころ途切れていたが『ベラミ』と読めた。
ラブホテルっていう施設である。
この辺りを何度か通ったこともあったが、顔を伏せるように、なるべく見ないようにして通っていたものだ。
「おれに一番、縁遠い施設だ」と決めつけていた。

腕をひっぱられて、おれは蔦の絡まるアーチ風のエントランスに連れ込まれた。
「来たことないやろ」
「当たり前ですやん」
「姉さんに任せとき」
「・・・」
空き部屋を示すのだろうか、いくつかの明かりのついたパネルがある。
ユカリについて階段をあがっていくと、すぐの201と書いたランプの部屋のドアを慣れた手つきで押し開けて、おれも促された。
狭い玄関だが、奥は下宿よりはいくぶん広い部屋で、南国ムードの壁紙のケバイ雰囲気だった。
真ん中に大きなダブルベッドがある。
男女が睦み合うだけの空間だというのが童貞のおれにもわかった。
「座っとき」
ユカリは言いながら、バスルームに消え、水を出す音が聞こえた。
しばらくして出てきて、
「お風呂、一緒に入ろな」
「うん」
と、答えるしかなかった。
もう、ここまで来たら腹をくくるのも男だと自分に言い聞かせていた。

「なんか飲む?」
「うん」
「うんしか言わへんようになったね。緊張してんの?」
「うん」
「かわいいなぁ。ほんまの弟みたいや。レイコー(アイスコーヒー)でええ?」
「うん」

ユカリはおれの隣に腰をかけて、
「キスしよか」
「うん」
向き合って、ユカリの顔が目の前に来た。彼女は半眼で、唇を突き出した。
軟らかいものがおれの唇に押し付けられ、他人の味がおれの口の中に進入してきた。
「あ、はむ」
「ん、ん」
甘い、それでいて味わったことがない初めての味だった。
おれは舌を夢中でユカリの舌に絡ませていた。
舌と舌がせめぎあい、こすれあった。
たったそれだけのことなのに、おれの分身は痛いほど勃起していた。
ユカリの手が、それを感じたのか、ゆっくりとズボンを上からなぞってくる。
「かったぁい」
「ゆ、ゆかり」
「かずや・・・」
ジッパーが下げられた。
パンツの前たてから、やわらかで細い指がしのびこむ。
「熱いよ。かずやの。それにおっきい」
「そうかな」
「すごいよ。こんなの初めて」
ユカリがそんなことを言った。
いったいこの人はどんな仕事をしているんだろう?その手の女なのだろうか?
そんな考えが頭をよぎった。
ふつうの女ではないことは、おれにもわかった。
とうとう、おれのペニスは表に出され、女の手でしごかれていた。
自分の手しか知らない性器はめくるめく感覚にはちきれんばかりに、真っ赤になって張り切っている。
「あ、おれ、やばいかも」快感の兆しがあった。
「え?もう」
ユカリは手を離し、刺激を加えるのを中止した。
いいタイミングで、呼び鈴がなり、レイコーが到着した。

おれは一息つくことができた。
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