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そして麗らかなる最推し様の日常。
しおりを挟むローランド・オーフェン、それが俺に当てられた役柄の名前。
さて、格好をつけて役柄なんて言ったけど俺は劇をしているわけでも無いし、誰かにそうしろと強制された訳でも無い。
なのにどうしても拭いきれない自分に充てられた役割を演じているという感覚。
まるでローランド・オーフェンという人間はこうあるべきであると決められたレールの上を歩かされている様な。
いつからそう感じる様になったのか、それはもう自分ですら覚えていない位、昔の話。
自分の意図した事とは違う、そうしなくてはならないという強迫観念に体を支配されている不快感。
だが、それを常に感じている訳ではなく、特定の人間の前に出ると強く感じたり、時には全く感じなかったり、酷くムラのあるそれ。
例えば仲のいい従兄弟とか尊敬する兄弟子とか、あとは妹の前だとか。
それが、きっと誰に話しても理解されないだろう自分だけの悩み。
そしてそれは王立学院に入学する事になってから一層悪化した。
遂にはきっとこの後の展開はこうなる、俺がこう言えばこう返答が返ってくる、そんな事がぼんやりと分かるようになる始末。
デジャヴュというものなのか、それとも神の悪戯? いや、俺ってそんなに信心深い人間じゃないんだけど。
兎に角、気持ちの良いものではない事だけは確かだった。
そんな時だったかな、俺の予測を超えた動きをする女の子を見つけたのは。
ただ最初は全然そんな事実には気がついていなくて、彼女を気にするようになったきっかけは全く別の所にあったんだけどね。
「お、っ……おっ、おひゃようございましゅっ‼︎」
入学から2ヶ月が経った頃だろうか、彼女に初めて声を掛けられたのは。
声を掛けられたって言うか、ただの挨拶なんだけど。
まぁ、彼女は一目見て分かるくらいにガチガチで、たった一言なのに噛み噛みだし、顔を真っ赤にしていて。
それ以前におはようって言っていたけど、既に授業を2つ終えた後の事だったからね、これ。
ユリオットと話をしている時の事だったから、俺は咄嗟にこの子はユリオットの事が好きなんだろうな、と思った訳で。
そう考えると、正直特に目立つタイプでもないその子はきっと少しでもユリオットに覚えて貰いたい一心で決死の覚悟の中声を掛けたんだろうっていうのは明白だった。
そういう頑張ってる女の子って可愛いなって思ったのは俺の素直な感想。
やっと声を掛けられたのに、めちゃくちゃ噛んだ事がよっぽど恥ずかしかったのか、更に顔を赤くして目を潤ませながら狼狽えるその姿が更に可愛らしくて、でも同時におかしくて、少しだけ笑っておはようと返した。
ユリオットは特に気にしたそぶりも見せず、普通に返していたけど、ちゃんと顔くらい見てやれば良いのに、と思った。
口には出さなかったけれども。
それでも彼女はそんな素っ気ない挨拶でも嬉しかったのか、真っ赤だった顔に花が咲いたみたいな笑顔を浮かべた瞬間を偶然横目で垣間見てしまい、俺はそれに思わず目を奪われた。
結局それ以上の会話はなく、その場を逃げる様に立ち去ってしまった彼女。
けれど、俺の心の中には不思議とその笑顔が深く印象に残っていたのだった。
それから毎日、彼女とは挨拶を交わすようになって。
最初は朝と言うには些か遅すぎる時間だった挨拶が少しずつ早まり、それは次第にキチンと正しく朝の時間に修正されるようになっていった。
別に毎日挨拶を交わすのは彼女だけじゃないし、むしろ挨拶だけしかしていない俺たちは友人呼べる関係でもなくて。
ユリオットに至っては多分彼女の事を認識すらしていなくて。
それなのに俺は今でもあの時の笑顔が忘れられなかった。
それが最初のきっかけ。
それから暫くした頃、偶然にもユリオットと図書館に勉強をしに訪れた時に彼女、ミシェルと出会い、とうとう俺たちは挨拶だけの関係から正式な友人関係になったんだけど。
あの時のミシェルは凄かった。
彼女のお陰でユリオットは少しだけ元気を取り戻したし、そんなユリオットの姿を見て俺も救われた気がした。
これで晴れてユリオットにもミシェルが個人として認識されるようにもなったんだし、あの日は本当に良い事づくめの一日だったと思う。
あれ以来ユリオットはミシェルのことをどこか意識しているようで、上手くいけばミシェルの想いも叶う日が来る知れないな、なんて考えていた。
そうして、いつかあの笑顔が正しくユリオットに向けられるようになれば良いと思っていた、思っていた筈だ。
「遠回しでも良いので私が彼の事を気にかけていた、とお伝え頂きたいのです」
「気にかけていたって、まさか恋愛的な意味合いで……ってことかい?」
それから翌朝、声を掛けてきたミシェルの言葉に俺は戸惑った。
あれ、ミシェルってユリオットの事が好きなんだよね?
結局、俺の問いには即座に否定が返ってきて少しだけ安心した。
イリア君の事は俺も前々から気にかけていて、ミシェルは優しい子だから彼がクラスに馴染めていない事が気掛かりだったらしい。
それから聞かせてくれた彼女の提案は良い話だと思ったし、是非協力してあげたいと思うんだけど、どうしてだろうな2人が仲良くなるのが何だか受け入れ難くて。
だから、俺はミシェルのお願いを全て叶えてあげられなかった。
イリア君には君のことを心配している子がいるとまでは伝えたけれど、それがミシェルなのだとは最後まで伝えられなかった。
けれども、そんな後ろめたい気持ちはやっぱり心に影を落として。
その晩自分の中で1人問答を繰り広げた挙句、その事を直接ミシェルに謝ろうと決意した。
翌日の放課後、フラフラと何処かに消えていったミシェルを慌てて追いかけて話しかけようとしたのだけれども、ミシェルの消えた先から突然大きな声が聞こえたと思えば、そこには何故か言い合いをしているフィル兄とミシェルの姿。
フィル兄には以前にユリオットとミシェルの一連の話をした事あり、その際うっかり笑顔が可愛かったなんて口を滑られてしまったんだけど。
どうやらその話に出てきた女の子がまさに目の前にいるミシェルだとは気がついていなかったらしい。
テンポ良く繰り広げられる2人の掛け合いが羨ましくて、フィル兄よりも俺の方が先にミシェルと仲良くなったのに、なんて心の何処かで思ってしまう自分までいて。
だから帰り際、狼狽えるミシェルに少しだけ意地悪をしてしまった。
しかも、結局帰ってから気がついたんだけどイリア君のことを話す事も出来なかったし。
そして、そんな馬鹿な俺だから翌朝ミシェルに完敗してしまった訳だ。
「いいえ!ローランド様程素敵な御方は中々いらっしゃいませんわ!とてもお優しくて、周りの事を良く見ていらっしゃって、物事にも真剣に打ちこめて、人の為に尽力出来る魅力的な方です!」
こんな事を面と向かって言われて正気でいられるか?
俺は無理だった。
敵わないな、と思ったよ。
そして、心の奥で自分自身気がつかない様に覆っていた感情の壁はボロボロ崩れていく。
ミシェルの事を思えば図書館で本当はユリオットと2人きりにしてやるべきだった、イリア君にミシェルの事をキチンと伝えるべきだった、ミシェルと仲良く言い合うフィル兄に嫉妬していた。
ユリオットと上手くいけば良いなんて言うのは実の所格好をつけた虚勢で、本当はもう一度あの笑顔が見たかったし、できる事ならばそれを俺に向けて欲しいと思ってた。
今、俺はどうしようもなくミシェルが気になって、惹かれ始めてる。
恋と言う言葉を当てはめるにはまだまだだ未熟な感情の種。
けれど、それは大切に育ててやればいつか花開くだろう。
君といると驚く事ばかりで、歩くべきだと目の前に敷かれたレールの上を少しだけ外れる事が出来た。
少しだけ手を伸ばしてみても良いだろうか。
レールの外の世界に。
君の元に。
俺はまだ、その勇気を持てないでいる。
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