上 下
9 / 32

私的、最推しイベントです。

しおりを挟む
 






「どうしましょう、どうしましょう、どうしましょう!」
 学院に向かう途中の馬車の中、私は頭を抱えていた。


 なんでって?
 そりゃあ、昨日ローランド様が言い残した明日からは俺にもフランクにね、の台詞の所為に決まってるじゃない。
 あれが原因で昨夜はフィリクス様との出会いイベント(仮)の反省も出来ず、今後の身の振り方を考える事も出来ず、それなのにベッドに横になっても全く眠れなかったのよ……
 お陰で朝、覗いた鏡の中にはゾンビみたいな顔色をした平凡顔の女が映っていたわ、うん私ね。
 ローランド様ったらこんなに私の頭の中をいっぱいにするなんて罪な御方。
 これじゃあ乙女ゲームも形無しだわ。

「やっぱり、おはよう、ローランド!かしら……いや、でも……」

 ごにょごにょと独り言を呟いている内に馬車は学院に到着してしまった様で、ゴトンと音を立てると緩やかな揺れも収まり、開かれたドアの隙間から差し込む光の眩しさに私は目を細めた。

「お嬢様、如何なさいました?」
「セバス……」

 ドアの向こうに後光を背負って現れたセバスの姿に思わず拝みそうになった。
 昨日から様子のおかしい私を気にしてくれていたみたいだけど、ここに来て一層顔色を悪くした私を見てセバスも流石にこのまま放っては置けないと判断したらしい。
 でも、なんて説明すれば……

「無理をしてお話し下さらなくても宜しいですよ。お嬢様が話したい事だけお話し下されば、それだけでも気が紛れるやも知れません。勿論このセバスにお答え出来る事であれば、お嬢様に微力ながらお力添えさせて頂きとうございます」

 私の心境を察してか表情を和らげたセバスの頰には薄っすらと皺が刻まれる。
 御歳57になるセバスは私の事を生まれた時から知っているからか、心の機微に敏感でその扱いも手馴れたものだ。
 吸い込むばかりで吐く事を忘れてしまっていた息をゆっくりと吐き出すと、私はセバスにポツリポツリと話し始めた。

「憧れている方が、いるの。とても素敵な方で最近お話しをする機会にも恵まれて」
「それは宜しゅうございましたね」

 私の言葉に微笑ましいと言わんばかりのセバスは、優しく次の言葉を促す様に相槌を打ってくれる。
 私はセバスのこういうところがとても大好きなのだ。

「ええ、とても幸運な事だと思うわ。それでね、その方に昨日言われたの」
「はい、なんと仰られたんでしょうか?」
「明日からはフランクに接して欲しい、と」
「ほう、それはそれは。その御方もお嬢様の事を少なからずお気に召した様ですね」
「おっお気に召しただなんて……多少は仲良くしたいと思っては下さったみたいだけど。でも私フランクに、なんてどうしたら良いのか分からなくて。ご期待に添えなくてガッカリさせてしまうのも嫌だし、折角そう言って頂けたのだから期待には応えなくては、と思うのだけれど」
「どうすれば宜しいのか思い悩んでしまわれた、と」
「ええ、セバス。私どうしたら良いのかしら」
「そうですね……では、そのお気持ちを直接お伝えしてみたら如何でしょう。」
「え?」

 キョトンと目を丸くした私に向かってセバスは悪戯な笑みを浮かべる。
 まるで少年の様な雰囲気を纏ったセバスは続けてこう口にした。

「お嬢様が無理をする必要は無いと存じます。むしろお嬢様に無理をさせる事はその御方とて本意ではないでしょう。それならば、お嬢様が思い悩んでいるお気持ちをそのままお伝えして、どうしたらいいかお二人の関係の丁度良い所を擦り合わせて決めるのか最善かと。思っている事をありのまま伝えられる、これもまたフランクな関係と呼べるのではありませんか?」
「そう……でも、呆れられてしまわないかしら」
「ふむ、お嬢様が憧れていらっしゃる御方はそんなに狭量な方なので?」
「いえっ!……そう、よね。確かにあの方はそれくらいで呆れるような方ではなかったわ……」

 セバスの提案に光明を見出した気分の私はフッと体の力を抜いた。
 どうやらガチガチに身体が緊張していたらしい。

「さて、お嬢様。早速ですが憧れの御方の元へ向かわれては如何ですかな?ああ、この事は……」
「……?」
「旦那様には内緒にしておきます故。私達二人の秘密です」

 人差し指を立てて微笑むセバスの姿にクスリと笑みが零れた。
 きっと緊張を解す為に戯けて見せてくれているのだろうけど、セバスの提案は有り難い物で。
 だって娘溺愛のお父様にこんな事知られたら大変だものね。
 下車を促す様に差し出されたセバスの手に手を重ねて、私はローランド様への一歩を踏み出したのだった。



「ローランド様、お、おおおおはようございましゅ!」

 噛んだ!吃った上にめちゃくちゃ噛んだわ……!
 わかっていてもやはり緊張はどうしてもしてしまうもので、これまではイベントの為と言う大義名分の元行動をしていたからかここまでの緊張を催した事は無くて。
 まさかイベントを離れた日常としての接触がこんなにドキドキする物だとは思ってもみなかったわ。
 多分今、私ローランド様と初めて挨拶を交わした日並みに緊張しているわよ。

「うん、おはようミシェル」

 ローランド様の朗らかな笑顔と挨拶はいつ見ても私を幸せにして下さる。
 でも、それに負けちゃダメ。
 ここをハッキリとひと段落させないとこれからのイベントにも身が入らなくなってしまうものね。

「私、ローランド様とお話しがしたくて参りましたわ」
「ミシェルとなら喜んで。それで一体何の話だろう?あ、またイリア君の話、とかじゃないよね?」

 一瞬眉根を寄せたローランド様はそれでも笑顔を崩される事なく私に問いかけた。
 この状況でイリア様のお話しをする余裕なんて流石の私も持ち合わせていないわ。

「いえ、昨日の……」
「ああ、フランクに接してくれってやつ?」
「そうですわ」
「本当かい?嬉しいなぁ。俺のお願い聞いてくれるんだ」

 そう言ったローランド様は何だか本当に嬉しそうで、先程はセバスに言われて否定してしまったけれどローランド様は本当に私の事をお気に召して下さったのではないか、と思ってしまう。

「ユリオットもミシェルとはまた話したいって言っていたし、あんな感じだったけどやっぱりフィル兄ともミシェルなら気が合うんじゃないかと思うんだ」

 あ、ごめんなさい。
 調子に乗りました。
 だってこの台詞殆どそっくりそのまま聞いたことがあるわ。
 ヒロインとローランド様がまだそこまで仲良くなっていない時、出会いイベントが立て続けに起きる期間にローランド様がヒロインに同じ様な台詞を言うの。
 そうして仲良くなっていったローランド様サポートキャラに導かれて、ヒロインは逆ハー街道を真っしぐらして行く訳で。
 とほほ、そうよね。
 ローランド様が私の事を……なんて思い上がり甚だしいにも程があったわ。
 でも、何も悪い事ばかりじゃない。
 これはつまり乱世絢爛のサポートキャラローランド様に多少なりとも私がヒロイン(代打)として認めて頂けた証みたいな物じゃない!
 いいの、自分の恋はまず二の次で。
 絶対に王国救ってからローランド様攻略に乗り出して見せるんだから!

「そ、うですか。ですが、私やはり突然ローランド様にフランクに接するのは難しいみたいで。どうしても緊張してしまいますの」
「緊張?俺はそんな緊張する程の男じゃ」
「いいえ!ローランド様程素敵な御方は中々いらっしゃいませんわ!とてもお優しくて、周りの事を良く見ていらっしゃって、物事にも真剣に打ちこめて、人の為に尽力出来る魅力的な方です!」
「み、ミシェル……?」
「っは⁉︎いいっ、いいいいいいえ、すみません。こんな、はしたない……兎に角、ローランド様は素敵な方なので、ご自分を卑下する様な真似はなさってはいけませんわ!それとフランクに、というのは直ぐには難しいので徐々に頑張らせれて頂きます!そう、つまり乞うご期待、と言う奴ですわ!」

 勢い余って自分が告白めいた叫びを上げてしまった事に慌てた私はそう言い残すと、ローランド様を残してその場からそそくさと立ち去った。
 これではまるで昨日とは立場が逆転してしまったみたい。
 けれども、これ以上その場に残るには私の勇気が足りなくて、燃えるように熱くなった頰に手を当てて進む足の動きを更に早めた。
 もう、あんな事言っておいて当分真面にローランド様の顔が見れそうにないわ!







「本当、ミシェルには敵わないな……」

 だから私は知らない。
 その場に立ち尽くしていたローランド様がそう呟いて破顔した事も。
 その御顔が私に負けず劣らず真っ赤に染まっていた事も。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

転生悪役令嬢、物語の動きに逆らっていたら運命の番発見!?

下菊みこと
恋愛
世界でも獣人族と人族が手を取り合って暮らす国、アルヴィア王国。その筆頭公爵家に生まれたのが主人公、エリアーヌ・ビジュー・デルフィーヌだった。わがまま放題に育っていた彼女は、しかしある日突然原因不明の頭痛に見舞われ数日間寝込み、ようやく落ち着いた時には別人のように良い子になっていた。 エリアーヌは、前世の記憶を思い出したのである。その記憶が正しければ、この世界はエリアーヌのやり込んでいた乙女ゲームの世界。そして、エリアーヌは人族の平民出身である聖女…つまりヒロインを虐めて、規律の厳しい問題児だらけの修道院に送られる悪役令嬢だった! なんとか方向を変えようと、あれやこれやと動いている間に獣人族である彼女は、運命の番を発見!?そして、孤児だった人族の番を連れて帰りなんやかんやとお世話することに。 果たしてエリアーヌは運命の番を幸せに出来るのか。 そしてエリアーヌ自身の明日はどっちだ!? 小説家になろう様でも投稿しています。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します

楠結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。

処理中です...