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学園へ

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9月1日、私はヴェル様と馬車に乗り学園を目指していた。
なぜヴェル様と学園を目指しているかと言うと、ヴェル様が学園の臨時教員として採用されたからだ。

なぜその様な事になったか、それは王子の命を狙っているという脅迫状が届いたからだった。
そうは言っても脅迫状が届くのは実は日常茶飯事、魔法省が動き出すほどでは無かったのだが、、。
差出人が赤の魔術師団という過激派集団だった事、そしてその話しを聞き付けたイルネーゼ様が魔法省で働いている弟をぜひ捜査にとゴリ押ししたからだった。

「ヴェル様、私は一緒に通える事になって嬉しいですよ?」

朝から苦虫を噛み潰した様な顔のヴェル様に、私は笑顔でそう伝えた。

「あぁ、アイリス、、ありがとう。分かっているんだ、、仕事だから選り好みなどしていられない、、。だが、姉さんが裏で手を回したと思うと何だか手の中で転がされている気がしてね。」

イルネーゼ様は人生に常に刺激を求めている。あり得る話しではある。

「あっ、見えて来ましたよ!!ここがプロレッツ学園ですね!!」

私は珍しく興奮して馬車の窓から顔を出した。
巨大な門をくぐり、林道を抜けると三階建の巨大な建物が見える。
茶色い煉瓦造りの直方体の建物が二棟並んで立っている。

「大きいんですねぇ。」

「あぁ、王都に住まう13歳から16歳の子供達が皆ここに通うからね。」

プロレッツ学園は魔法科と普通科そして商業科で分かれている。
AクラスからFクラスまであり、AとBが魔法科、CとDが普通科、EとFが商業科である。

AとBクラスは将来魔法省で勤める人が多く、CとDクラスはさらに大学へと進学し教師や医者、科学者などの職に就くものが多い。
EとFクラスは元々親が商売をしている家庭の子供達が多く通っているので、そのまま後を継ぐケースが多い。

貴族と平民の区切りは無く、差別を許さないという学園長先生の方針のもと、貴族社会のしきたりを学園内では適応していない。

制服は無く皆動きやすい服装で通っているので、私も動きやすいワンピースに薄手の半袖カーディガンを羽織って登園した。
ヴェル様はというと、9月のまだ残暑厳しいこの時期にもかかわらず、長袖のシャツにジャケットを羽織るというキチンとした服装をしている。
見ているこちらが暑くて倒れそうな格好だ。

「それにしても私、ヴェル様とこんなに堂々と登園して大丈夫なんでしょうか?」

「あぁ、構わないと何度も言っただろう?私の任務は目を引くことなのだから。」

そうなのだ。
潜入捜査をするのはヴェル様だけではない。もうすでに魔法省の人が学園へ入り込んでいるのだが、その人達を動きやすくする為にヴェル様が呼ばれたのだ。
見目美しく目立つヴェル様は魔法省の職員だと知っている人がほとんどだ。
そして、その彼と一緒に登園している私の存在も重要らしく、調べれば夜会で精霊王に気に入られた娘だとすぐに判明する。
そんな2人が学園に同じ時期に入れば何事だとそちらにばかり注目がいく。
これが狙いらしい。

「アイリス、友達が出来て私達の関係を聞かれたら夫婦だと言って良いからね。」

「夫婦!?」

目を丸くした私にヴェル様は詰め寄って来た。

「何で驚いてるの?前からそう言っているだろ?」

「そうですけど、、。」

詰め寄って来たヴェル様の顔が目と鼻の先にある。顔を真っ赤にしている私の頬に優しく手を当てた後、軽いキスをしてきた。

「アイリスと毎日一緒なんだ。私も楽しむようにするよ。」

「、、、はい。」

馬車を降りた後、ヴェル様が手を繋いできたので私が慌てていると、ヴェル様は横でクスクスと笑っていた。

その後、職員室にヴェル様と一緒に行き学園長先生に挨拶した。
朝のホームルームの時間に私を紹介すると言われたので、私のクラス担任、マルクス先生に連れられてAクラスへと向う。
ちなみにヴェル様はAとBクラス両方の補助をする副担任となった。

「アイリス君、何か不安に思う事はないかな?」

マルクス先生は40歳、身長は170㎝ぐらいの紺色の髪に紺色の瞳の恰幅の良いベテラン先生だ。

「あの、、学力に不安を感じています。」

「そうだね、皆は4月から入学しているから、授業が先に進んでいる。あまりについていけないようなら、補習してあげるからいつでも言いなさい。」

先生が私の頭をワシワシ撫でた。私より年下の先生に子供扱いされ複雑ではあったが、誰かに心配されるとは嬉しいものだなと素直に思える。

「ありがとうございます。」

クラスに着くと先生が先に入って生徒達に私の事を説明しているようだ。
しばらくすると入りなさいと声があった。
ドアをガラガラと開け私が入ると、30人近くいる子供達が一斉に私を見た。
何だかドキドキする。

「こちらへ、自己紹介してもらおうか。」

「あっ、はい。」

私は先生の横に並ぶと頭を下げた。

「アイリスと言います。これから3年間よろしくお願いします。」

「アイリス君に質問はないかな?」

先生がそう言ったので私はギョッとした。質問されても答えれない事が山ほどあるからだ。
1人の生徒が手を挙げた。

「はい、サバト君どうぞ。」

サバト君と呼ばれた男の子は、茶色い髪に茶色の瞳、そして頭に耳が生えていた。
ウルフ族かなぁ?何だか柴犬みたいで可愛らしい子だな。
私がそんな事を思っているとサバト君がビックリする様な事を言い出す。

「アイリスは神様なんですか!?」

私はブッ!!と吹き出した。魔王様に言われた事を思い出しアタフタする。
そんな私を尻目に先生が横でゲラゲラと笑い始めた。

「サバト君何言ってるんだ!神様って、、ハハッ。君はいつも突拍子の無い事を言うな。」

「だって先生、アイリス何か透き通ってるしキラキラ光ってる!」

「サバト君、アイリス君は透き通ってるわけじゃなくて、透き通るほど色が白いんだよ。」

「キラキラ光ってるのは?」

「それはアイリス君のブロンドの髪が光に当たって輝いているからだろ?」

「ほへー、それでそんなにキラキラしてるんだぁ。」

先生とサバト君の会話を私はいたたまれない気持ちで聞いていた。顔は多分真っ赤だ。

「それじゃぁ、アイリス君、サバト君の横の席が空いているからそこに座って貰おうかな。」

「、、はい。」

何だかどっと疲れた私は、おぼつかない足取りで一番後ろの窓側の席へ座った。右隣のサバト君と目が合うと満面の笑みで、よろしくな!と言った。

ザワザワとしていたクラスも、授業が始まるとシーンと静まり返る。
分からない事も多いが、初めて受ける講義に私は胸を弾ませていた。
当たり前の事を当たり前に受ける権利を初めて手に入れた私は、真剣な気持ちでそれに向き合うのだった。

そのまま休み時間も次の授業の予習に当てていた私は、昼休みになりようやく休憩を取った。
皆はランチルームという所でお昼を食べるらしい。私はお弁当を持って来ているので、クラスに残り自分の席でお弁当を広げた。

「あれ?アイリス、ランチルーム行かないのか?」

まだ残っていたサバト君の声に私は顔を上げた。

「はい。お弁当なんで。」

「そっかぁ、俺も今日パンだから一緒に食べようぜぇ。」

彼は人好きする笑顔でニコニコしながらそう言った。断る理由も無いので、私はそれを承諾すると、彼は机を寄せて来た。

「うわぁ!お前の弁当美味しそうだな!!」

彼は元々パッチリした目をしているのだが、今は目がこぼれ落ちるのでは無いかというくらい、目を見開いて私の弁当を見ている?

「、、、食べますか?」

私がそう言うと彼は目を輝かせた。

「良いのか!?じゃぁ、俺のパンも少し分けてやるよ!」

彼は大胆に手でちぎったパンを私の口へと無理やり押し込んでくる。

「ムグググ、、、モグモグ、、、ん?何これ!?凄い美味しい!!」

普通のコッペパンだと思っていたそのパンは、外がカリッと中はしっとり、そして中にはコロコロに切ったジャガイモとベーコン、そしてブラックペッパーがアクセントになっていて本当に美味しかった。
無理矢理口に押し込まれ眉間にシワを入れた私だったが、一瞬で笑顔に変わる。

「そうだろ!!俺の親父は世界で一番美味しいパンを焼くんだよ!!」

「お父さんが?」

「そう。俺ん家パン屋なんだ!」

「そうなんだ。あれ?それなら何で魔法科に?」

家業を継ぐ子供達は商業科へ行く事が多いと聞いたので私はそう聞いた。

「俺ん家、兄ちゃんがいるから。パン屋は兄ちゃんが継ぐんだ。俺、昔から魔法省で勤めるのが夢だったからさ。」

「そうなんだぁ。」

彼の明るく人懐っこい性格のせいか、どんな人とも敬語で話してきた私はいつの間にか砕けた口調になっていた。

その時、シクシクという泣き声が聞こえた。どうやら、少し離れた席にいた女の子が泣いているようだ。
淡いピンクの髪を斜めに編み込みにし、太陽の形をした美しい髪留めで留めてある後ろ姿を見ただけで、その女の子が貴族の娘である事が分かった。

「あの子は?」

私がサバト君に聞くと、

「あぁ、メアリーだよ。またジョアンナにでも虐められたんだろう。」

と言って、ため息を吐いた。

「メアリーって、メアリー・バルコート男爵令嬢?」

「そうそう。知り合いなのか?」

「いいえ。聞いた事があるだけ。」

彼女がメアリー・バルコート男爵令嬢か、、。私はクリスティーナ様にメアリー・バルコート男爵令嬢とジョアンナ・ティライトフ公爵令嬢には関わらないでと言われた事を思い出しながら、席を立ったのだった。
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