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新たな友達

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ヴェル様に外に出ても良いと許可を貰い、次の日レッスンが終わってから私は門の外へと飛び出していた。
ヴェル様に精霊にお願いすれば願いを叶えてくれると言われたので、

「精霊さんお願いです。私の姿を悪い人に見えなくして下さい。」

と声に出してみた。
門の外は馬車が二台すれ違えるぐらいの道があり、その前にカメロさんの畑が広がっている。
今はトウモロコシとオクラの苗が大きくなっていて、奥に生えたトウモロコシのせいでカメロさんの家は見えなくなっている。
オクラ畑を抜けてすぐの所にカメロさんが立っていた。
カメロさんは私より小さくて150㎝あるかないかぐらい。麦わら帽子をかぶり、良く焼けた肌にはシワが深く刻まれ、人好きのする顔立ちをしている。田舎のお婆ちゃんを体現した様な人だ。

「カメロさん来ちゃいました。」

私は大きな声を出してカメロさんに近寄った。

「あんれまぁ。屋敷から出られないと言っていたのに大丈夫なんかいね?」

カメロさんと私はずっと道を挟んで遠くから会話してきた。そのせいかお互い近くにいるのに、大きな声で会話している。

「はい。出ても良いと許可が出たんです。約束通り一緒にトウモロコシの収穫をしましょう!」

外に出られたらトウモロコシの収穫を手伝う約束をしていたのだ。カメロさんは嬉しそうな顔をすると少し待ってろと言い、家から麦わら帽子と長い手袋を持って来てくれた。

「こんなに肌が柔らかそうな子が農家の手伝いやして大丈夫なんかいな?まぁ、私1人で収穫してるから、手伝ってくれりゃありがたいがね。」

カメロさんは私の手を持ちしげしげと見つめる。傷が付いても精霊さんが明日には治してくれてるとは言えず、私は曖昧に頷いた。
しばらくすると帰って来たヘドリックが私を見つけ畑仕事の手伝いを始めた。

「こりゃぁ、えらい力持ちだねぇ。ありがたいねぇ。」

カメロさんは折り曲げていた腰を、うんしょっと伸ばし、ヘドリックをキラキラした目で見つめていた。

「本当にヘドリックは凄いなぁ。」

私達がもぎ取ったトウモロコシをパンパンに詰めた箱を軽々と積み上げてカメロさんの家まで運んでしまう。
私は汗を拭き拭きしながら、ヘドリックに負けじと働くのだった。
その日カメロさんにどうしてもと言われ、カメロさんの家で夕食を頂く事になった。
ヴェル様が帰って来てから事情を説明すると、ヴェル様は意外にも嬉しそうにカメロさんの家へと付いて来てくれたのだった。

「初めまして。ヴェルヘルム・ダルトワと申します。こんなに近くに住んでいるのに、今までご挨拶にも伺わず申し訳ありません。」

ヴェル様が丁寧に挨拶をすると、カメロさんは頬を染めてはにかんだ。ヴェル様の魅力はどんな年齢の女性にも通用するようだ。

「いんやいんや、私だってご挨拶に行った事無かったんだでお互い様です。それに私は平民。気になどせんとって下さい。」

「私は身分など気にした事はありません。カメロさんこれからよろしくお願いします。」

ヴェル様はカメロさんの手を取り、手の甲に口付けをした。

「!!!」

カメロさんが驚きで固まってしまったので、私がご飯の配膳を始めた。
今日はコースといった気取ったものではなく、大皿料理中心とした家庭的な料理である。
トウモロコシを蒸したもの、コーンスープ、オクラとキノコと鶏の黒胡椒炒め、胡瓜とトマトのピクルス、ナスとトマトのミートソースパスタ、カメロさんと私の合作である。

「これは美味しそうだ。」

ヴェル様の声にカメロさんは我に返った。いつの間にか出揃った料理にもう一度驚いていたが、今度は固まらず食卓に着く事が出来た。

「「「「いただきます。」」」」

山盛りだった大皿の料理達がヘドリックによって見る見るうちに無くなっていく。

「おやおや若い者の食べっぷりは凄いねぇ。」

カメロさんは目を丸くした。

「ヘドリック、カメロさんの食べるのが無くなっちゃいますよ。」

私が慌ててそう言うと、ヘドリックは口いっぱいに詰め込んだままコクコクと頷き、自分の小皿に取っていた食べ物を返そうとする。

「あぁ、良いの良いの。私が育てた野菜をそんなに美味しそうに食べてくれたらそれだけで私は嬉しいんだ。たんとお上がりなぁ。」

カメロさんはずっとニコニコしていた。
晩ご飯を食べ終わりお茶を飲んでいる時に、カメロさんは真剣な顔で私に話しを始めた。

「私にはねぇ、主人と息子が1人いたんだけんど、主人は20年も前に病気で死んでしまったんだ。」

私は何と言って良いか分からず頷いた。

「それからすぐに息子は出て行ってしまって、、畑仕事が嫌だったんだろうなぁ。息子は都会に憧れていたから。」

「そんな、、。ここは王都からそんなに離れていないのに。」

確かにここいら一帯は自然に溢れているが、王都まで馬を使えば30分程だ。出て行くほどではないだろうに。

「この家でいりゃぁ、畑仕事がくっ付いてくるからね。息子はそれが心底嫌だったんだろうなぁ。今日はあんたと畑仕事が出来て楽しかったよ。私が死んだらこの畑は無くなってしまうからね、、。死んだ主人と耕してきた大事な畑だ。私はそれが悲しくてね。」

「ご主人と、、。」

「最初は何にも無い所から始めたのさ。それこそ石や岩を除けながら、畑にするだけでもどんれほどかかったか、、。それからようやく野菜の苗を植えてぇ、最初に収穫出来た時には、そんりゃ涙を流して喜んだもんさ。」

カメロさんは節くれただった自分の手をさすりながら懐かしそうに話す。

「ご主人とはどこで出会ったんですか?」

「、、幼馴染みだったんだ。親同士も仲が良かってねぇ、優しい人だったよ。」

きっとカメロさんは今でも旦那さんを愛しているのだろう。表情を見ただけでそれが分かる。
何だか私は羨ましく感じた。同じぐらい生きていても私とカメロさんでは生き方が全く違う。
どっちがどれだけ幸せなど比べる事など出来ない。それでも羨ましく感じてしまうのは、他人の芝生は青く見えるからだろうか?
その時ヴェル様が私の肩をポンッと叩いた。

「さて帰ろうか。」

「あぁ、もうこんな時間だったかね。長話しをして悪かったね。」

カメロさんの言葉に私は首を振る。

「また来ても良いですか?」

そう私が聞くと、カメロさんは満面の笑みであたりまえだがなと言った。
どっちがどれだけ幸せか、比べる必要はきっと無い。
どっちも苦しい時もあり、どっちも幸せな時がある。きっと皆その繰り返し。
しかし、私がそう思えるのは、今この瞬間ヴェル様が私の手を引いて歩いてくれているから。
今までの不幸はこの人と出会う為だったのなら全て忘れる事が出来る。

もうとっくに陽が落ち辺りは暗くなっていた。
真っ暗な道を月と星の光が照らしてくれていた。
その光に反射して、ヴェル様の赤い瞳が妖しく輝いていた。
どんな絵画より美しいその幻想的な姿に私は魅入られていたのだった。

しかし実際は、美しいヴァンパイア、そして精悍な顔立ちのウルフ族の男、それに精霊の力を宿した美しい少女。
この3人が歩いている姿こそ何よりも幻想的で美しいのだが、私は知る由も無い。
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