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本当の始まり

挨拶をしましょう

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その日私は誰よりも早く目覚めた。
眠れていたのか眠れていなかったのか、うつらうつらしている間に夜が明けた気がする。
バレンティア家の人間がこんな事で緊張するなとお兄様には言われたが、バレンティア家の人間だからこそ緊張しているのだ。
元々はと言えば闇に潜んで仕事をこなすそんな一族なのだ。
私は間違っていない。
もうとっくに起きていたのだけれど、いつも寝室から出ている時間になってから部屋から出た。
緊張しているのを知られたくないからではない。皆が支度をしているのを邪魔したくなかったからだ。

「おはよう。」

私がそう言って共有スペースに入ると、トマスがいつもより早く朝ご飯の準備をしたのか、温かい紅茶を入れているところだった。
どうやら私が目覚めていた事はバレているようだ。

「おはようございます。お嬢様やはり顔色が優れませんね。さあさあこちらへ。温かい紅茶をお飲み下さいませ。」

私はランカスター家の仮養子を解いたのだが、トマスとアンリはこれからも私の側で働きたいとそのまま付いてきてくれた。
優秀な人材が増える事はありがたい事だ。

「お嬢様、挨拶と言っても自己紹介程度でよろしいのでしょう?眠れないほど緊張されなくても、、。」

リサがトーストを置きながら嘆く。
皆が優秀過ぎて、私の事は筒抜けである。
私は恥ずかしそうにうつむきながらモソモソとトーストを食べたのだった。

そしてやって来た全校集会、、。
教室を出たあたりから緊張がピークな私を気遣ってイサキオスが背中を撫でながら歩いてくれている。

「ティーナ落ち着いて、ちゃんと呼吸して。名前を言ってよろしくお願いします。それだけで良いんだろう?」

「分かってる。私はちゃんと出来る。」

イサキオスの優しい言葉が右から左へ抜ける。
その後ろでマグリットがバカにした顔で見ているが、それにも気付いていない。
講堂に着き、私、ヘンリー、サーキス君は別行動になる。
先生に案内され、壇上の裏に通された。学園長先生の話しが終わると私達の出番となる。

ドキドキドキドキドキドキドキドキ。

心臓の病気なのではと思うほど、暴れ回っている。
ラファエロ先輩〔お兄様〕が頭をポンポンしてきた。

「クリスティーナ嬢、顔色が悪いですよ?落ち着いて。」

瓶底眼鏡をかけたお兄様が私に優しく微笑む。
私はエリーゼを心から愛するシスコンであると共に、お兄様を心から尊敬するブラコンでもある。
抱き付きたい衝動を何とか抑え微笑む。

「ラファエロ先輩、このような事私にとっては朝飯前ですのよ。」

はい。強がりです。
こんなやり取りをしていると、2人の間にサーキス君が割り込んで来る。
彼は今日も白蛇にしか見えない容貌である。
顔色だけなら私より悪いのだが、誰にも心配されない辺り通常運転なのだろう。

「先輩、彼女に軽々しく触らないで下さい。彼女は選ばれた人間なのです。」

そう言って私の右手を彼は両手で包み込み、キラキラした目で見てくる。
とは言ってもキラキラした蛇の様な目なのだが、、。

「さて行くよ。」

ヘンリーの一声で皆が整列し進む。
さすが将来国を背負っていくだけはある。彼にはその器が備わっている。
私はそう思う。

その頃、俺イサキオスはティーナの登場を娘を持つ父親の様な気持ちで見守っていた。

「あっ、手足一緒に出てる。」

ティーナはいつもより色が白く、側から見ても調子が悪いのが分かる。
俺の声が聞こえたのか、前にいたシャルロット嬢が俺の側にやって来る。

「ティーナ、朝からあの調子でしたわ。大丈夫なのかしら?」

彼女は頬に手を当てホウッと溜息を吐いた。ここにも彼女の保護者がいるようだ。
いざという時に誰よりも強く気高く振る舞う彼女なのだが、普段は年相応、、いや年下にも思えるような印象を受ける。
中身は優しくお人好しで涙もろく、それでいて自分の事となると強がって弱い所を見せないようにする。
そんな彼女を皆心配せずにいられないのだ。

ヘンリーの挨拶が終わり、彼女の番になった。
彼女は本番に強い。分かってはいたが、壇上に立った彼女を見て驚いた。
先程までの挙動不審な態度は一欠片も見当たらない。
目には力が宿り、相貌は美しく色気を漂わし、声を発した途端魂を持っていかれる、、そんな気させ起こさせる。
もしかしたら、異常な緊張により彼女から魔力が漏れ出しているのかもしれない。
サーキスの様な輩が増えなければ良いのだが、、。
俺は一抹の不安を抱えながら彼女に拍手を送った。

そして彼女の挨拶が終わり、サーキスの番になる。
ティーナがサーキスの事を白蛇とこの前言っていたが納得の表現だ。
青白く髪がベタッと顔に引っ付き、目は蛇そのもの、その彼がチラチラとティーナの事を頬を染めながら見ているので気が気では無い。

彼は壇上で物怖じもせずにお辞儀をすると話し始めた。
ネットリした喋り方で声まで不快だ。

「私は3年のサーキス・コーリアスです。私は学園で何を学ぶかなど考えた事がありません。楽しい事もなければ、熱くなるようなものもない。そんな私が熱くなるものに出会えました。それが彼女です!」

サーキスはそう言うとティーナの方へ振り返る。
予期せぬ出来事にティーナは椅子からずっこけた。

「クリスティーナ様、あなたは素晴らしい。あなたこそが生徒会長に相応しい私はそう思います。」

そこまで言った時、ティーナは慌てて結界を張ったようだ。
サーキスの声が聞こえなくなる。
壇上の様子も見えづらくなり、磨りガラスを通して見ているようだった。
この自体に生徒達がざわめき始める。
俺は頭で考えるより前に走り出していた。
ティーナに触れるな。
もし彼女に何かあれば、俺はあいつを殺すだろう。
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