上 下
14 / 94

わんこは荒む

しおりを挟む
6月10日晴れ。
私は、腹黒男とテストから開放され、少し浮かれていた。

マグリットこと腹黒男は、あれから私をこき使いまくっていた。
5月の半ばから今までの間で、これほど私の心を荒ますとは、、さすが腹黒ドS参謀長様だと言えるだろう。

腹黒男の仕事は様々で、ジュース買って来いというパシリとしか思えない仕事から、人の屋敷に忍び込んで、書類の内容を書き写して来いという、もう給金くれよ!という仕事まであった。

これ以上お父様に隠し事が増えるのは恐ろしいので、お父様に現状を書いた手紙を出した。
というのは建前で、本当は腹黒男を止めて欲しかったのだが。

お父様の返事には、

[マグリット殿は面白い方だな。勉強になるだろうから頑張りなさい。]

と書かれていた。
お父様、あれだけ密命だと念を押してきたのに。それで良いのですか?

薄々この仕事は、親バカな陛下のワガママだと気付いてはいたけれど、お父様からお咎めも無かったので確信する。
結局はあの腹黒男の言う通り、この仕事は、あのクソ甘い男のワガママなのである。

陛下、そんなんだからヘンリーが真っ直ぐ育ち過ぎて、非道な判断が出来ない人になってしまったのでは?
それを思うとマグリットが腹黒ドSなのも仕方ない事なのかもしれない。
と、半ば諦めの様に思う。

私は腹黒男に荒まされた心を、私の癒し、天使こと妹のエリーゼに治して貰うべく、、

[姉様の事を好きって書いた手紙を下さい。]

という、変態じみた手紙を出した。
これも全て腹黒男のせいだ。

今日はテスト最終日、腹黒男はヘンリーの仕事について行ったようだ。
私は久々の開放感に酔いしれていた。

テストの手応えをイザベルに聞くべく、廊下へ出た時に、中庭のベンチで寝転ぶイサキオスの姿が窓から見えた。

推しの寝顔を近くで見たい!!
いつもなら絶対しない様な事をしてしまったのは、偏に心が荒みきっていたからだろう。

中庭に行くとイサキオスは幸せそうな顔で寝ていた。
6月に入り少し暑くなって来たが、外で寝るにはまだ寒い気がする。
この国は日本と同じような四季がある。
梅雨はないので、6月だからジメジメしているという事はないのだけれど。

私はベンチの横で腰を下ろし、イサキオスの綺麗な顔をじっと見た。

彼の銀色の長い睫毛、すっと通った鼻筋、白く黒子1つ無い肌、ゲームの時に見ていた男らしい彼の姿と重なる。
幼くとも私の推しはカッコいい。

さて、見つかる前に退散しようと立ち上がろうとした所で、私は彼に捕まった。
いや、正しくは、寝ぼけた彼に抱え込まれたのだ。

私は固まっていた。
彼は大人になれば180㎝を超える背の高さになるが、今は165㎝ぐらい。
私と大差ないのだ。
そんな彼に抱え込まれれば、何もかもが近い。
顔と顔がくっつきそうだ。
だめだ、唇当たりそう。
まぁ良いか、、。いやいやいやいや、これはダメだろ。とりあえず私達の姿を見えないようにしなければ。
男同士で抱き合うこの状況はヤバ過ぎる。

私は2人が見えなくなる魔法をかけた。
そこで気付く。転移魔法で逃げれば良いのだと。
、、、でも居心地が良いな。
暖かいなぁ、、荒んだ心が癒されていく。
私はあとちょっとだけと自分に言い聞かせ、目を閉じようとする。

あっ、ダメだ!
彼の顔が移動して、唇が首に当たっている。これはヤバイ、変な声出そうだ。
さすがに逃げるか。
転移魔法を使おうと決めた所で、イサキオスが僅かに目を開いた。

「、、ん?、、クリス?」

あぁ、遅かったかぁ。

「、、イサキオス、おはよう。」

イサキオスが私を抱えたまま、キョトンとしている。
私は自分が甘んじてこの状況を受け入れた事は言わずに、彼に抱き込まれた経緯だけ話した。

「あぁ、悪かったな。何かあったかい気配がしたから、ちょっと寒かったし寝ぼけて引き込んだんだな。」

彼は、あははと笑っている。
笑い事ではない。私は、彼に抱え込まれた状態のままだ。

「、、イサキオス?離してくれる?」

「んーやだ。」

「???」

「俺放課後に騎士の訓練へ行ってるんだけど、昨日のしごきがキツかってな。今日も行くんだけど、少し身体を休ませてから行こうと思って。」

と彼が説明した。

うん。それ私と関係ないよね?

「クリスあったかいし、このままいろよ。」

脳筋本能男の甘い囁きに私は悶えそうになる。
何度か抵抗を試みたものの、結果的には彼に抱え込まれたまま、お昼寝したのであった。
もちろん、誰にも見られないよう魔法で隠していたのは言うまでもない。

はぁ、ワンコ扱いが過ぎる、、。
脳筋の優しい飼い主、、幸せなのだけど、、いいのか私、、これでいいのか?

夕方、彼に開放され寮に戻ると、リサが笑顔で迎えてくれた。
満面の笑みなので、私が首を傾げると、ジャジャーンと手紙を掲げた。

手紙には可愛らしい字で、

クリス様へ      あなたの天使より

と書かれていた。
あぁ、私の可愛いエリーゼの字だ。
途中手紙が誰かの目に留まった時に、私の正体がバレないよう気を使ってくれたのだろう。
私は手紙を受け取ると、小走りで机まで行き、急いで手紙を開けた。

リサは微笑ましげに私を見つめていたが、私の目からポロポロ涙が溢れると、心配して背中をさすりに来てくれた。
しかし手紙を読むに連れて、私の涙は引っ込み、今度は顔が真っ赤になる。
茹でだこ状態だ。

天使ことエリーゼの手紙には、私をいかに好きか、私のどんな所が好きかという事が壮大なスケールで書かれていた。
あぁ、もう穴があったら入りたい。

私は妹に返事を書くべくレターセットを取り出した。
感謝の言葉と共に、姉様はそんな素晴らしい人間ではないよ?と書き添えておく。
私もエリーゼの事をどんなに愛しているか書き連ねて締めくくった。

明日手紙を出しておいて欲しいとリサにお願いする。
妹に甘い姉は、手紙と共に、エリーゼの好きな洋菓子屋さんのクッキーも添えておいて欲しいとお願いしたのであった。

推しと妹に可愛がられ、気付いたら荒んだ心が復活していた。

しおりを挟む

処理中です...