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27.異世界転移と家族の絆

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「ハヅキ、浴室の掃除と洗濯お願いね。その後は食堂の手伝いよろしく」

 ハーンから今日の仕事のスケジュールが告げられる。

 偶然、カワウソ亭のピンチをタオと一緒に乗り越えてから、葉月はカワウソ亭に住み込みで働いている。フック神官長も打ち解けるにはいい機会だと許可をもらった。だが、ペーンやハーンにはまだ治癒魔法を受け入れてもらえるほどではないらしい。葉月の魔法操作には一目置いてはもらっている様だが、便利機能だからかもしれない。神殿のクラやシリには「いい様に使われているようにしか見えない」と疑われている。

 葉月は宿屋で出た大物の洗濯物を抱えて浴室に向かう。洗濯物と風呂場を同時に乾燥をかけつつ、葉月はふとバンジュートに転移してきた時を思い出す。もうすぐこちらに来て一ケ月経とうとしている。

 松尾家の皆はどうしているだろうか。恵兄ちゃんは急にいなくなって怒っているかもしれない。蘭と一緒に作っていたぬいぐるみは完成しただろうか。涙が流れてくる。会いたい。寂しい。

「葉月よ。どうした。悲しいのか?」

 姫が心配げな声色で頭の中に話しかけている。この気持ちを伝えるときっと姫は罪悪感でまた自分を責めてしまうかもしれない。

「ん。ちょっとホームシックかな。大丈夫」

 乾燥が終わり、更衣室のベンチの上で洗濯物を畳みながら姫と話す。

「葉月は、家族が嫌いで異世界転移を望んだのではないのか?」

「ううん。嫌いじゃない。大好き。仲良し家族だと思ってた。妹の弥生はね、すごく頭が良くて、スタイルも良くて、きれいで、非の打ちどころがない感じ。苛烈な性格だけど、可愛いところもあるんだよ。甥っ子も姪っ子も可愛くてしかたない。……でも、私はあの家に必要ないから」

「それは、葉月がそう思っているだけではないのか。ちゃんと話し合ったのか」

「聞いたことない。私なんて幼少期から弥生に守ってもらうばっかりで、ちっとも家の役に立ってないし、私に家族の資格なんてないよ……」

「……葉月の母君はずっと病気でせっていたのだろう。家族とは思っていなかったのか。家族の資格は無いと?」

「え? 家族じゃないなんて思ったことないよ! まあ、今ならヤングケアラーって呼ばれる状態だったかもね。それは大変だったけれど、父も母も大変だったからね。他の家庭とは違ったけど、ちゃんと家族だったよ」

「小さい葉月も頑張り屋だったのだな。たくさん我慢して、沢山頑張ったのだな。父君も母君も葉月に感謝されているだろう。でも家事をしたり、看病をしてくれたから葉月の事を家族と思っていたわけではないと思うぞ」

「……うん」

 小さい時から誰かの役に立つ事だけが認められることだと思っていた。誰にも求められない自分は、価値が無いといつも感じていた。姫は、そんな葉月を思いやり常に寄り添ってくれる。

 葉月は優しい姫に異世界転移を願う原因となった些細なことを告白しようと思った。

「……あのね、私の部屋が無かったの」

「葉月の部屋?」

「うん。来年ね、ウチの双子が大学卒業できそうだから、古い家をリフォームしようとしてたの。松尾家は昔は庄屋でね、敷地も広いし、蔵とか倉庫とか色々建ってるの。それでね、建築士さんに設計図をお願いしてたのね。そしたら、どの図案にも、私の部屋が無いの」

「それで。家族に必要ないと思われていると……」

 葉月はゆっくりと頷いた。時間が経ってみると、大したことでもないように感じてきた。何で私、執着していたんだろう。私の部屋無いんだけどって言うだけだったし、もし本当に出ていってほしいなら、弥生なら言っていただろう。部屋なら、松尾家が所有してるアパートやマンションの空き部屋に住んでも良いし、何なら自分で家を建てても良いのに。

「すまぬ……妾が」

「もぉ、何回もしつこいなぁ。大丈夫だよ! そうだ、妹の弥生に連絡取れるかな? 姫、できる? 無事で暮らしてることだけでも伝えたいの」

「ああ、今日にでも夢枕に立ってみよう」

「うん、よろしくね! じゃあ、仕事に戻るよ」

 葉月は姫にそういうと、畳み終えた洗濯物が入った大きな籠を二つ重ね立ち上がった。 

「女将さーん。お風呂掃除と洗濯終わりました! 洗濯物置いたら、食堂行きまーす」

 葉月は、もう会えなくなった家族を思い出し、自分のことで思い悩まないでほしいとだけ願い、寂しい思いを振り切るように元気な声で仕事に戻っていった。

 ※ ※ ※ 

「葉月はまだ見つからないの?」

 葉月の唯一の女友達のらんから聞かれた。弥生は憔悴しきっていた。隣の恵一郎は眉間に深い皺を作っている。

「うん。まだ。何の手掛かりも無いの……」

 葉月が失踪して約一ヶ月が経とうとしていた。大人の失踪はあまり事件として取り扱ってもらえない様だ。探偵にも依頼してみたが、葉月が夕方忽然こつぜんと自宅から消えた事実しかわからなかった。

「案外さひょこりと帰ってくるんじゃない? それか神隠しにあったとか!」

 恵一郎が視線だけで蘭を制している。蘭は構わず言う。

「あのさ知ってると思うけど、葉月見える人だったでしょ? 竜神様とかオーブとか。だからさ、神様に連れて行かれたんじゃないのかなーって思ったりして。お母さん、鏡神社の直系の巫女さんだったじゃん。髪の毛も、魔力が宿るとか言うでしょ。だから儀式して、神様呼び出しちゃいましたー的な感じだったのかも」

「えー。私も巫女の手伝いしてたけど、みそぎとか色々手順が必要なんだよ。簡単じゃないし。もし神事をするんだったら、ちゃんとした服着てると思う。少なくとも毛玉だらけのスウェットとか着たらダメだから。それに、祭壇とか作らないといけないし違うと思うけど……」

 恵一郎が、突然顔を上げた。

「いや、待て。前、鏡神社の記録読んだ時、乙女の髪の毛を供物としたと書いてあったような」

「恵兄ちゃん! 本当にそんなことがあったの?」

「文献を読むのは趣味だから、ちゃんとした記録はしてないんだ。もう一度確認してみるから」

「さすが! 県の遺跡発掘の学芸員。頼むよ!」

 今まで、何の手掛かりも無い葉月の行方に、物語の様な不確かな手がかりであってもすがりたいと思ってしまう三人であった。
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