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第五章
Ⅲ
しおりを挟む「…恋愛としては、わかりません。」
「そっか。」
そうだよね。
分かってた。
言わせておいて、勝手にがっかりしている。
「…してもらいたいこと、というか、一緒にしたいことは沢山あるよ。」
「じゃあ…」
「でも今は一緒にいてくれるだけで嬉しい。
奏ちゃんに無理させたくない。」
本心だよ。
それに、君の気持ちが僕に向いてないと、虚しいだけだ。
「無理なんて…」
…奏ちゃんは、優しいね。
そんな彼女の左手を掴む。
「隣にいてくれるだけで良いよ。」
僕の恋人の椅子も一つだし、君の恋人の椅子も一つ。
それぞれにお互いが座っている。
親指で彼女の手の甲を撫でる。
こうやって触れられる。
充分じゃないか。
一緒にいてくれるだけで嬉しい。
…本心だよ。
なんとなく、なんとも言えない空気のまま食事は終わった。
「帰ろう。」
「はい。」
そう返事をするが、歩き出さない奏ちゃんを不思議に思い目をやる。
彼女は頭上を見上げていた。
同じように空を見上げる。
「星、見えないね。」
都会の空は、明るくて狭い。
「でも月は綺麗です。」
彼女が眩しそうに月を見つめている。
「…奏ちゃんは月みたいだね。」
太陽よりは、月のようだと思う。
一見冷たいけれど、穏やかな温かみがある。
君の隣は心地いいよ。
「ちょっと嬉しい、です。」
照れたように笑う奏ちゃんと目が合う。
「…月みたいな人間に、なりたかったから。」
「月みたいな人間?」
「…」
どういう意味だろうかと聞き返すも、答えは返ってこない。
ただ、微笑んでいるだけ。
「…でも儚くて消えちゃいそうで、心配になるなぁ」
「…ふふ、そんなか弱い感じじゃないですよ、私は。」
…でも強くもないじゃない。
君は弱さを隠したまま、いつも一人で泣いてはいないだろうか。
行きましょうか、と言った奏ちゃんがそのまま消えてしまわないか、やっぱり不安になった。
「今日もありがとうございました。」
「こちらこそありがとう。」
繋いでいた手が離れる。
それでもまだ、近い距離。
昼間のプラネタリウムの時と、同じような距離。
頬を赤く染めた彼女の顔を思い出す。
…可愛かったなぁ。
抱き締めたい。
「…どうかしました?」
別れの挨拶もせずに動かない僕に、奏ちゃんが不思議そうに声をかけてきた。
その瞳がじっと僕を見つめる。
今度は食事の時間を思い出す。
『私に何かしてもらいたいことはありませんか?』
「う~ん…」
…言ってみても、いいかな。
特に痒くもない首を掻いてみる。
手を繋ぐことだってもう断られないし、
昼間だって今だって、肩が触れ合う距離でも嫌がられなかった。
隣にいてくれるだけでいいと言っていたくせに。
「…ぎゅって、していい?」
結局、自分の欲望に逆らえない。
僕も自分勝手で馬鹿な男なんだな。
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