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第一章
Ⅳ
しおりを挟む『奥様、早く逃げましょう!
もう火はそこまで迫っております…
逃げなくては』
『いいえ。私はここにおります。
お鈴はお逃げなさい。』
『奥様を置いては行けません!』
二人が僕のリクエスト通り、琴の最期のシーンをやってくれていた。
琥珀は琴の侍女役だった。
『どうして…
お願いします、奥様!
鈴と一緒に来てください!』
『お鈴…敵が攻めてきたのは、旦那様が討たれたからです。』
『そうとは限らないではありませんか!
落ち延びていらっしゃるかも…』
『旦那様は他の者を置いては行けない方です。』
『…そうだとしても、奥様に生きて欲しいのです。
だから…だから、お願いします、お願いします…』
『お鈴…』
奏ちゃんが琥珀を抱き締める。
『ここまで、よく仕えてくれました。
輿入れ前からずっと…』
『奥様…』
『昔のように名前で呼んでください。
二人で故郷を走り回りましたね。
あの頃から変わらずお鈴はずっと、私の友です。』
『……お琴、お願い…』
『…お鈴、分かってください。
あの人がいない世に生きていたいとは思わないのです。』
『…』
『暇を出します。逃げなさい。』
『……は、い。』
琥珀が立ち上がってふらふらと脇へはける。
『…ありがとう。』
琥珀の方を見た奏ちゃんが呟く。
そして小道具として膝にかけていた羽織を撫でて
『琴はどうなったとしても…ずっと…
ずっと、旦那様のお側に、おりますよ…』
そう言ってまた涙を流した。
愛おしそうに羽織を眺めている彼女の心は、正しく、忠義に向いていた。
彼女は僕を見ていたわけじゃないという当たり前のことを再確認した。
それでも、胸が苦しくなった。
ぱん、と琥珀が手を叩く。
「はぁ~」
「奏、耐えたね。
台詞最後まで言えたじゃん。」
「うん。獅音さんに見られてちょっと緊張したからかな。」
涙を拭いながら奏ちゃんが答える。
「獅音さん、どうでした?」
「…」
「獅音兄さん?」
「ん?あぁ…」
正直、凄いなぁと思った。
今まで読みあわせに付き合ったなかでは、あまり感じなかったけど。
役じゃなくて、芝居相手自身もドキッとさせるって凄いことなんじゃないだろうか。
奏ちゃん、芝居が上手くなったんだな。
「いやぁ、自分の奥さんが死ぬシーン見るのは辛いねぇ。
辛い気持ちになったよ。」
芝居上手くなったね、とそのまま伝えるのは
素人の癖になんだ、と思われるかもしれない。
普通に感想を伝えて、じゃあ、と部屋を出た。
…これから、もっと色んな奏ちゃんを見てみたい。
琥珀の夢も奏ちゃんの夢も、叶って欲しいと思う。
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