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第三章
Ⅰ
しおりを挟む「あの…お疲れ様です…」
「…ああ。」
兄さんと、何度断られても迎えに行った結果、
彼女はもう根負けしたようだった。
断られることが無くなってからは、俺か兄さんかどちらかが迎えに行くようになった。
兄さんは帰宅すると、いつも彼女とどんな話をしたかを報告してくる。
兄さんは人の懐に入るのがうまい。
それに比べて、俺達はほぼ何も話さない。
挨拶だけ。
初めは後ろを黙ってついてくる彼女がとても気まずそうなことが伝わってきたが、最近はそんなこともなくなった。
ただ俺の背中に視線を感じるだけ。
その視線を、何故か今日は感じなかった。
ちらりと振り返ると、地面をぼーっと見つめながら何か考えている様子だった。
こちらを見ていないことに、何故か少し腹が立った。
「おい。何を考えている」
思わず話しかけてしまった自分の声に驚く。
自分でも理由が分かっていない苛立ちを彼女にぶつけてしまったかと、少し焦る。
「…え?」
彼女もハッとした様子でこちらを見る。
ただ、怯えた様子はない。
俺の苛立ちには、気づかれていない。
「今日は何を考え込んでいる」
ほっとして、そのまま言葉を重ねる。
「え?…えっと…」
何か、言いにくいことを聞いてしまったのだろうか。
「あー、えっと…獅音さんより龍海さんが送ってくれることの方が多いなぁ、って…」
…兄さん。
彼女が慌てたように兄さんの名前を出す。
…彼女も、兄さんが好きなのだろうか。
俺が、俺のことは…
「嫌なのか」
あぁ、また、訳の分からない苛立ちが
「え…」
彼女の、呆気に取られたような目が
「嫌なのかと聞いている」
何故そんなことを聞くのかと
俺も、彼女も、思っている。
「え、そ、そんなこと…ない、です…」
「…そうか」
俺は何を聞いているのか。
苛立ちは消えぬまま、また前を見て歩き出した。
背中に、彼女の視線を感じる。
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