13 / 27
開演
六年前 藍の城にて : 玲
しおりを挟む「なんて愛らしい…!
お玲様に似ていらっしゃいますね。
凛々しいお顔つきをされていらっしゃる。」
若君を抱く琴が声をあげて破顔した。
若君は静かに琴を見つめている。
「もっと早くお会いしたかったですが…
お呼びするのが遅くなりましたね。」
「とんでもないことでございます!
お玲様も若君様もお元気そうで何よりでございます。
…あぁ、可愛らしい。」
琴は飽きることもなく若君を眺めている。
…思えば昔から子の扱いが上手かった。
里で子が産まれれば抱きに行き、里の子供たちには書物を読み聞かせる。
琴は子が好きだった。
でも、琴には子がいない。
私も琴も、嫁いで四年。
一年前、未だに琴に子ができないことを聞いたときは、近いうちに琴は里に帰ってしまうと思っていたのに。
琴は離縁されることもなく忠義殿のもとにいる。
思い詰めているだろうかと考えていたが、そのようなことはなさそうで安心する。
安心する、と共に、どうして離縁しないのだろうかという思いもある。
もしや、帰ることができぬ理由があるのだろうか。忠義殿に何か強要されていることがあるのだろうか。
聞けば、忠義殿は側室も取らないという。
なにか、おかしな人間なのでは。
「…時に、琴。」
「なんでございましょう?」
琴の腕の中で、若君が眠りにつこうとしている。
「忠義殿はお元気ですか?」
何か困っていることがあるのであれば手を貸したい。
だって私達はたった二人、遠く蘇芳の里から知らぬ土地に嫁ぎにきた。
幼い頃から共に育ち、ここまで同じような境遇の琴のことを唯一の味方だと思っている。
そんな琴が苦しんでいるのなら、何か力になりたい。
…私はここに嫁いで、権力は手に入れたのだから。
琴は、どんな反応を…
「えぇ。息災でございます。
旦那様のことまでお気遣い痛み入ります。」
琴はそう答えて、頬を赤らめた。
思っていた反応と違って、混乱した。
「…忠義殿のもとで、肩身の狭い思いをしてはいませんか。」
そう訊ねてやっと、琴は私の問いかけの意味が分かったようだった。
「…三年過ぎても子ができず、世間では白い目で見られることもございますが…」
琴が眠りについた若君に目をやる。
「忠義様が、私がいればよいと…
そう言ってくださるので、何も辛いことはございませぬ。」
そう、幸せそうに笑った。
裏切られた、と思った。
私達、嫁ぐまで同じ境遇であったのに。
殿は私以外の女も手に入れたいと言う。
忠義殿は琴がいればよいと言っている。
私は子を産んだのに。
琴には子がいないのに。
私は世継ぎを産み、役に立ったのに。
琴は妻としての役目を果たしていないのに。
私は捨てられて、琴は愛されている。
「…殿」
「…なんじゃ、お前か。」
また、違う女が、殿の側に。
「…殿のお顔が見たいと思いまして」
「…珍しいことを言うのぅ。」
自分がとても惨めだ。
琴とはまったく違う、私の伴侶。
これまで感じたことのない黒い感情が、他でもない琴に向けられる。
「今日は久方振りに友に会いまして、とても気分が良くなりましたので、殿にもお会いしたくなったのです。」
「友…
…あぁ、同郷のものか。
誰の嫁だったか、貞光か…?」
「忠義殿でございます。
友は、琴、と申します。」
殿が、琴の存在を覚えていた。
だから…少し、困らせたいと思った。
「琴は子がいないのですが、忠義様は離縁されぬようで…
何故だろうかと思っていたのですが、今日琴と会いまして合点がいきました。
…とても綺麗になっていて。
あれでは忠義様が手放したくない理由も納得できまする。」
侍女だろうが、町娘だろうが、見境のないこの男に、
「…ほぅ」
琴に興味を持たせて
「…あぁ、つい、長話を…
殿、お顔が見れて嬉しゅうございました。
それでは失礼いたしまする。」
琴を、少し困らせてやろうと、思った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる