1 / 3
斬祓
しおりを挟む戸張さんの車に乗り込むと、ほんの少しタバコの臭いがした。
僕は顔をしかめて、彼を見る。
「どした?」
ぼけっとした彼の言葉と髭面に腹が立ち、僕は短く、
「別に」
と、答えた。
走り出した車は密室と同じで、僕を現実から切り離していく。
「今日はどこ?」
窓の外の流れる景色をぼんやりと見やりながら、僕は尋ねる。
「ん? 西湖のあたり。ほら、高校があったろ? 女子のブレザーがカワイイとこ」
戸張さんは前に目を向けたまま答えた。
「そうだっけ」
興味無いアピール。
そこは知ってる。中学の頃の友だちが何人か通ってる所だ。
「そこで起こってる案件が、どう見ても、ってカンジでな」
「ふうん…どんな?」
「雑巾絞り」
戸張さんは、ニヤッと笑う。
「……ぞうきん? ……で、式神さんは、なんて言ってるの?」
「〝行政の連中に任せて良いんじゃない?〟…だとさ」
戸張さんは半笑いで、でも吐き捨てるように言った。
確かに…そんな冷たい事言う人だったかな?
「任せたらいつになるかわかんねぇし。俺たちが行った方が早いだろ」
「そうだね」
素直に返事をしてしまってから、僕はしまった、と思った。
もう少し、戸張さんに怒っていたかったのに。
「着いたぜ」
戸張さんが言い、僕は前を向いた。
前方に、例の高校の校舎の裏側が見える。
僕の通ってる高校より、ずっと綺麗だ。
「まだ早いんじゃない?」
僕は時計を確認する。
〝仕事〟が出来る時間まで、まだ3時間近くあった。
てっきり、どこかで道具を仕入れたり、何か準備する時間を取るのかと思っていたのに。
「そーだなー……」
その惚けた言い方に、僕はゾクリとした。
戸張さんは、わざと現地入りを早めたのか。
「どこか、寄ってくか?」
こっちを見て、彼はいつもの笑顔を浮かべた。
* * * * *
均整の取れた胸板を撫でて、そこから首筋の方へ、指を滑らせる。
綺麗に筋の浮いたその首に顔を埋めると、僕は堪らず軽く歯を立てた。
「……ふっ……」
戸張さんが声を出す。
シャワーを浴びてもらってよかった。
この場所から女の人の匂いがしたら、僕はきっと強く噛みちぎっていたかも知れない。
僕はその首筋に吸い付きながら、ゆっくりと手を伸ばして、彼の指に自分の指を絡める。
大きくてゴツゴツとした手の形を確かめるように動かしながら、当たり前のようにそこにある彼の身体に安心感をもった。
でも、今日は口付けられない場所が三箇所ある…。それが悔しくて、僕はやっぱりどこか怒ったまま、戸張さんの身体を貪っていた。
ベッドの上で身じろぎする彼からは、ハッキリと女の人の気配がする。
以前ならともかく、今はそのモヤモヤした気持ちが、嫉妬だと判る。
戸張さんは余裕のある表情を崩さないまま顔を寄せて来たが、僕はキスを拒んだ。
なんで? という目をした彼に、
「…タバコ、吸ったでしょ」
僕は非難するように言った。
「……バレたか」
「当たり前だよ」
どうせ、僕を拾う前に、あの人を抱いてきたんだろ。
…そんな言葉が頭に浮かんだが、口にするのはやめた。
今は、そんな事を言いたい訳じゃない。
「だから今日は、してあげない」
僕は言いながら、彼のお腹の上で跳ねてるものを、そっと掴んだ。
そして、優しく上下に指を滑らせる。
びくん、と戸張さんの身体が震えた。
こんなに強そうな身体なのに、ここを弄るだけで反応してしまう。それを見るのは正直嬉しかった。
でも今日は、そこに唇を寄せるような事はしない。
「…ぅあ、それも、バレてんの?」
まずった、と戸張さんは小さくごちる。
「当然だよ。僕に隠せると思ってたの?」
「まいったな…」
はぁ、と息をつく彼を見て、またムクムクと怒りが湧いてきた。
そう思うなら、何であの人と会ったりしたんだ。
「………」
僕は無言で手の動きを速め、「ぅっ…」と小さく悲鳴をあげた彼を許す事もなく、果てさせた。
「………っはぁ……はぁ……」
肩で息をする戸張さんを見下ろす。
指に絡んだ白い粘液を眺め、ほんの少し湧き起こった罪悪感と一緒に、ティッシュで包んでゴミ箱に捨てた。
「うつ伏せになって」
僕が命令すると、戸張さんは息を整えながら、言われた通りの姿勢をとった。
そして僕は、彼のそれに比べたら貧弱極まりない箇所にコンドームを被せ、部屋に備え付けてあった粘液のパックを開いて塗りたくると、体温に馴染むのを待ってから、彼のお尻の隙間に当てがい、ゆっくりと腰を突き出した。
「~~~っ‼︎」
声にならない呻きを上げながら、戸張さんは拳をギュッと握りしめた。
その震える手を、僕の手で優しく包んであげると、少しずつ緊張が解けてくる。
本来の用途ではない使い方に戸惑うその部分を、安心させるように…ゆっくり、ゆっくりと動く。
甘い息を漏らす戸張さんの背中と、見えない表情を愛しむように、僕は抽送を繰り返した。
「…ズルいよ、戸張さん」
聞こえないように、呟く。
悔しいけれど、僕はやっぱりこの身体から離れられないのだと実感する。
そして、その直後に、僕の先端に鋭い快感が走って、僕は彼の中に、彼に対する感情の全てを吐き出した。
* * * * *
「…チューしてくんないの?」
車のハンドルに掛けた両手に顎を
乗せたまま、戸張さんは拗ねるように言った。
「今日はしない。絶対しない」
僕はスマホの画面を一番暗くして、小説を読んでいた。
「…それ以上の事したのに」
「じゃあ、それで満足でしょ」
…話しかけないでよ。話が頭に入ってこない。
「俺が、悪かったよ。もう美雪とは会わないから」
「判ってるなら、それでいいよ」
僕が言うと、それきり戸張さんは黙ってしまった。
ズキン、と胸に痛みが走る。
正直、今は自分のそんな反応も忌々しく思えた。
「…そろそろか」
僕はスマホの時計を確認して、小説を閉じる。
…続きは、また明日読もう。
ドアを開けて車の外に出ると、秋の夜風が僕の感情を冷ますように吹き抜けた。
バクン、と音がして、車のトランクが開く。
戸張さんは車に乗ったまま、降りてこようとはしなかった。
僕が怒ったせいだ。
仕方なく、独りで車の後ろに回り込んで、トランクの中から、長さ1メートル半程の、藤の花の刺繍が施された、細長い絹製のケースを取る。
カチャリ、と中から美しい鍔鳴りが聞こえた。
…きっと、良い物なのだろう。
それを、僕の為に用意してくれたのは、他ならぬ戸張さんだ。そう思うと、やはり申し訳ない気がしてきた。
無言で刀袋を担いで、運転席の横を通る。
足を止めて車内を見ると、戸張さんと目が合った。
「………」
胸が詰まって、言葉が一つも出てこない。
「……気をつけてな」
戸張さんが、ポツリと言った。
「うん…。行ってくる」
僕はそう言って、逃げるようにして彼の車から離れた。
正門の重たい金属製の引き門の隙間から、市立西胡高校の敷地に入る。
近くで見ると、新しい校舎はますます壮観だった。…少し、羨ましい。
それはともかく、玄関の鍵は一箇所だけ開けておいてもらったし、セキュリティも解除済み。
そのまま迷いなく事務室前を通ると、冷たい風が一陣吹いた。
「………」
その風に誘われるように、僕は真っ暗な廊下を歩き、階段を昇る。
冷たい靴音が、無人の校舎に響き渡った。
僕は努めて冷静に辺りを見回し、異変が無いかを確認する。
………と、その時。
「………っ。………っ」
少し遠くから、誰かが啜り泣くような声が聞こえた。
僕は刀袋の紐を握り直し、そちらへと足を向ける。
廊下を曲がり、一つの教室の前に立つと、扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。
教室の窓際、両手で顔を覆って泣く制服の少女が、独り…立っていた。
……〝彼女〟が、そうだ。
「………どうしたの?」
僕は落ち着いて聞いてみる。
「………っ。………っ………」
肩を震わせ、彼女は俯いたまま、自分の右の袖を静かに捲った。
「………」
僕は、彼女の腕に広がる、手の形の赤紫斑に、顔をしかめた。
「………ぞうきんしぼりって、知ってる?」
長い髪の隙間から、少女は感情のない声で訊ねた。僕は黙って首を振る。
「うでをね……こうやって掴んで、ぞうきんみたいに搾るの。ぎゅうぅう、って………」
その時、ざわり、と背筋に悪寒が走った。
「わたし、痛かったから、〝やめて〟って手で押したの。…そうしたら」
ぐき、べき……。
形容し難い、なにかが折れ曲がる、厭な音が響く。
「〝なにすんのよ‼︎〟…って──」
ガシャン‼︎
窓ガラスが、外側に向かって弾け割れた。
僕は察した。彼女は…死霊に取り憑かれている。
気付かれぬよう刀袋の緒を解いて、刀の柄を逆手に、指を掛ける。
狭い室内で、順手は速度が鈍るからだ。
「ほんとうに、痛かったのに。やめて欲しかったのに……」
ざわ、ざわ、ざわ……。
背後、足元、頭上……。
「………そうか」
クスクス、クスクス、ふふふふふ……。
僕の周りに、冷たい気配が集まってくる。
「……でも、その娘は関係ないよ。離してあげて」
「──関係…? …〝関係ない〟…? …〝関係ない〟なんて関係ないッ‼︎ わたしはつらかったの‼︎ こんなにもつらかったのに‼︎」
彼女を取り巻く、空気が変わった。
「許せない許せない許せない許せない許せない許せない︎‼︎
わたしは痛かったのに! こんなにも痛かったのに!」
思考が暴走している。
僕は姿勢を低く、身構えた。
「まだッ! わだじのごとを責めるのッ⁉︎」
ぐわら、と大口を開けて叫ぶ少女の懐に一足で入り込み、逆手で抜いた刀の柄尻を、トン、と彼女の胸の間に挿す。
瞬間、柄尻の印が微かに輝いて、少女の背中から影めいた靄がフワリと浮いて出た。
生者の肉体に寄生する事で半実体化した死霊だ。
禍々しく表情を歪める靄のような死霊を睨み付け、僕は抜刀し、その靄を切り裂いた。
ヒュオウ‼︎
闇の中を、月明かりに照らされた冷たい刃の光が奔る。
水の入ったビニール袋を斬ったような手応えの後、恨めしい怨声を残して、死霊は掻き消えた。
少女はガクンと膝から崩れ、その場で昏倒した。
辺りは静まり返り、僕は手にした刀をゆっくりと鞘に納めると、スマホを取り出して、
「…僕です。終わりました。2─C教室、高校生1名、保護をお願いします」
と、簡潔に伝え、制服の上着を脱いで少女に掛けると、再び刀袋を担ぎ、その場を後にした。
戸張さんの車に戻ると、別れた時と同じ姿勢のまま、彼はそこにいた。
僕が無言で近づいて行くと、バクン、と車のトランクが開く。
そこに刀袋を静かに納め、助手席に回って、シートに腰掛けた。
「…おつかれ」
戸張さんの、疲れた声。
「…うん」
僕は、俯いて返事をする。
夜の冷たい空気が、身体の熱を奪っていく。
「無事か? 怪我は?」
「大丈夫。なんともない」
「……そうか」
戸張さんがエンジンを掛ける。
すぐにエアコンのスイッチを入れて、温度のツマミを一杯まで回した。
「ねぇ、戸張さん」
「なんだ?」
彼が僕の方を向く。
僕は、彼の目を無言で見つめた。
そして、ほんの少しだけ身を乗り出して、顎を突き出す。
戸張さんはそれを見て、静かに顔を寄せてきた。
2人の唇が、重なる。
僅かなのに、永遠にも思える時間……。
口に残る、バニラのようなタバコの匂い。
「………キス、しないんじゃなかったのか」
顔を離して、戸張さんは言う。
「……それ、昨日の事でしょ」
僕は、小さく時計を指差した。
時刻は、午前0時を過ぎている。
「…フフッ、そうか」
戸張さんは小さく笑うと、ハンドルを取り、静かにアクセルを踏んだ。
* * * * *
夕弦坂。
幽界と現界の狭間にある、人と妖が相入れ合う場所。
僕はこの街で、人を脅かす死霊を狩り続けている。
…僕の名前は、沙丘秋也。
この世で最後の、斬祓士だ──。
了
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
身体検査が恥ずかしすぎる
Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。
しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。
※注意:エロです
少年はメスにもなる
碧碧
BL
「少年はオスになる」の続編です。単体でも読めます。
監禁された少年が前立腺と尿道の開発をされるお話。
フラット貞操帯、媚薬、焦らし(ほんのり)、小スカ、大スカ(ほんのり)、腸内洗浄、メスイキ、エネマグラ、連続絶頂、前立腺責め、尿道責め、亀頭責め(ほんのり)、プロステートチップ、攻めに媚薬、攻めの射精我慢、攻め喘ぎ(押し殺し系)、見られながらの性行為などがあります。
挿入ありです。本編では調教師×ショタ、調教師×ショタ×モブショタの3Pもありますので閲覧ご注意ください。
番外編では全て小スカでの絶頂があり、とにかくラブラブ甘々恋人セックスしています。堅物おじさん調教師がすっかり溺愛攻めとなりました。
早熟→恋人セックス。受けに煽られる攻め。受けが飲精します。
成熟→調教プレイ。乳首責めや射精我慢、オナホ腰振り、オナホに入れながらセックスなど。攻めが受けの前で自慰、飲精、攻めフェラもあります。
完熟(前編)→3年後と10年後の話。乳首責め、甘イキ、攻めが受けの中で潮吹き、攻めに手コキ、飲精など。
完熟(後編)→ほぼエロのみ。15年後の話。調教プレイ。乳首責め、射精我慢、甘イキ、脳イキ、キスイキ、亀頭責め、ローションガーゼ、オナホ、オナホコキ、潮吹き、睡姦、連続絶頂、メスイキなど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる