髑髏戦記

四季人

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クロノスの遺産−後篇−

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 深紅の人型兵器テスタメントは、とてつもなく広大で、不可思議な空間に浮遊していた。
 静寂に包まれた闇の中、全長数億マイル以上という途方も無い長さの建材じみた物体が、交差する事なく幾何学的に立ち並び、赤い機体の周囲を取り囲んでいる。
「これは……」
 搭乗者であるファロスは戦慄した。
 気を失っていた実感は無く、意識には連続性があったと自信をもって言える。
 それなのに、<クロノスの独楽コマ>まで200マイル、という距離にいたはずが、たった今、なんの予兆も無くこの場所に迷い込んでしまったのだ。
「テスタ、全周警戒! ルート確保!」
 AIに指示を出しながら、彼は各種センサーが拾った情報を前面のディスプレイに表示させ、目を走らせた。
 現実味の薄いその風景は基底空間とされる三次元世界ではなく、極度に圧縮、または拡張された迷宮空間である可能性が高い。
 つまり、迷い込んだ、あるいは誘い込んだ対象を捉えて逃さないようにするトラップだ。
 不用意に飛び込めば、例え三桁を超える対処パターンを学習したAIでも、脱出の為の演算には数年掛かることもある。
 もちろん、ファロス達は<クロノスの独楽>がそういった拠点である事も想定して準備はしてきたが、この場所の特徴は、遅延型ともループ型ともC&D型とも異なっている。
「……どうした、テスタ⁉︎」
 返答のないAIに苛立ちながら、ファロスは再び問いかける。
『ハイ』
 鈴のような少女の声が、無機質なトーンで応える。
「ヴァジュラたちの位置は?」
『不明』
『ここはどこだ? どうやって進入した?』
『不明』
 …様子がおかしい。
 いつもは少女の姿をしたホロヴィジョンが浮かぶコンソールも沈黙している。
 明らかに普段とは異なるその反応に、更にゾッとした。
「テスタ…?」
『ハイ』
 まるでパーソナリティが初期化されてしまったような口調…。
「テスタ、戦闘モードをフルオートに、すぐに自己診断プログラムを起動して」
『了解……診断を開始します。終了まで、およそ250秒』
 インジケーターが残りの時間を表示する。
 …なにが起こっているのか判らない。不気味すぎる。
 無防備な状態で待つ数分は、まるで永遠のように感じた。

 *****


 鳴り響くサイレンに遅れて、「空襲だ!」と叫ぶ声が聞こえた。
 ゴシキ・ヒデオは反射的に空を見上げる。
 人型の機械が、まるで戦闘機のように風を切り、飛翔しているのが目に入った。
「な、なんだよ、アレ…⁉︎」
「ヒデオ!」
 彼の身体にぶつかるようにして駆け寄って来たのは、同じ高校の制服を着た少女だ。
「ミコ?」
 それが幼馴染みのミヤモリ・ミコだと分かると、彼は反射的にその肩を庇うように抱いた。
「なにが起きてるの⁉︎」
「そんなの、オレにも分からないよ…」
 安心させてやりたくても、何もできない自分に歯噛みする。
「とにかく、逃げよう! ここは危ない」
 ミコの手を引いて、轟音とは逆方向に走り出す。
「戦争は、終わったんじゃないのかよッ‼︎」
 怒りに任せ、言葉を吐き出した。
「ゴシキ!」
 向こうの通りから、クラスメートが走ってくるのが見えた。
 その全身に、影が落ちる。
「ッ⁉︎ ユウキッ、上っ‼︎」
 咄嗟に叫んだ。
「うえ?」
 不思議そうな顔で聞き返すユウキは、飛来した白い巨塊の下敷きになった。
 ミコがその場で凍りつく。
 ヒデオは迷わず、友人を押し潰したその塊に向かい、駆け出した。
「ユウキ! ユウキ‼︎」
 金属とも磁器ともつかない巨塊を、全身の力を使って押し退けようとするが、ぴくりとも動かない。
「…クソッ! なんなんだよ、コレ‼︎」
 諦めきれずに押し続けるヒデオの頭上で、勢いよく空気が抜けるような音がした。
 反射的に、彼は音のした方に目を向ける。
 白い塊の一部から、赤色のフタのような板が跳ね上がっている。
 同時に、ヒデオはこの塊が、あの空を飛翔していた機械兵器同様、人型の戦闘機なのだと察知した。
 彼は唾を飲み込むと、塊の表面の段差に足を掛け、そのまま一気に駆け上がり、赤いカバーを掴んだ。
 足元にぽっかりと開いた穴の中を見下ろすと、苦しそうに息をついている人物の姿があった。
 パイロットだ。
「……お前、が…‼︎」
 頭に血が上り、ギリっ、とヒデオの歯が鳴る。
 穴の中に飛び込んで、相手のフライトジャケットの胸ぐらを両手で掴み上げた。
「おい! いますぐ、コイツをどけろ‼︎」
 ヘルメットで顔が見えない相手に、ヒデオは怒鳴りつける。
「ぅ………」
 その籠った呻き声と、鼻についた生臭い匂いに、ヒデオはハッとして手の力を緩めた。
(この人…女の人、だ…)
 それに、
(血が………)
 ヒデオの制服の裾は、べっとりと黒く染まっていた。
 見ると、パイロットの腹部に、捻り切れた部品の一部が深々と突き刺さっている。
 ヒデオの顔が、一瞬で青ざめた。
 しかし、それでも、彼女は震える手で、レバーを握ろうとする。
 突然現れた少年の事など、意に介していない様子だ。
「………」
 ヒデオは戸惑いながら、パイロットの代わりにレバーを取った。
 グゥン、と鳴動し、彼らを乗せた機体はゆっくりと立ち上がる。
 再起動した全周ディスプレイは所々黒く欠けていたが、ヒデオは視界の隅に、機体の陰でうずくまって震えている制服の少年の姿を見つけた。
「ユウキ! …よかった…」
 そこへ、ミコも駆け寄って来る。2人とも、ケガは無いようだ。
「ヒデオ! そこにいるの⁉︎」
「ミコ…?」
 その時、復帰したディスプレイに赤いアラートサインが点灯し、警告音が鳴る。
「何だ⁉︎」
 ヒデオは身体を強張らせた。
「てき………が………」
 彼の横で、傷ついたパイロットがうなされる様な声で訴える。
「敵……?」
 ヒデオの顔に緊張が走る。眼下には怯える2人の姿があった。
(ここには、ミコも、ユウキもいるんだぞ…?)
 ふたりは、戦争には関係ないんだ。
 そんな、そんなふざけた理由で、殺されてたまるか…!
「やってやる…」
 ヒデオは小さくそう言うと、レバーを強く握った。
「俺が、みんなを護るんだ…‼︎」

 *****


「もう一度だ、テスタ! 最終バックアップ時点のデータで復元して!」
『現在の状態は最新です』
「そんなバカな!」
 ファロスは頭を抱えたくなった。
 ここへ来て30分弱。
 考えられる復旧手段は全て試しているが、テスタは元に戻らない。
「何が原因なんだ…?」
 …答えは明白で、原理は判らないが、当然この空間の影響だろう。
 しかし、物理的なダメージもなく、AIのパーソナルデータ周りだけ欠損しているのは何故だ?
 ここへ来た時、この空間を〝トラップ〟だと感じた。…それは恐らく正しい。
 だが…だとすると、このトラップの目的は、一体何なんだ…?
『エネミー・コンタクト』
「⁉︎」
 無機質な警告で、ファロスは我に返った。
『トゥエルヴ・オクロック』
「正面だって⁉︎」
 ファロスはAIの診断モードを切って、機体の制御系をマニュアルに切り替え、反射的に舵をきる。
 深紅のテスタメントが、闇の中を飛翔した。
 刹那、彼らのいた座標を、赤いザラついた光の柱が射抜いた。
(フォトンじゃない…⁉︎)
 重金属粒子を荷電させて撃ち出す、旧時代の兵器だ。
 現代兵器にも引けを取らないどころか、エネルギーコストや反動リコイルの問題さえクリアできれば、際限なく強化する事が可能な武器だった。
「あいつ…?」
 ファロスの目が、相手を捉える。青いボディに、白銀の四肢。
 それはアーカイブでしか見ることのできない、太古のナイト・タイプの姿に似ている。
「テスタ! クローク・スタンバイ! アクティベート!」
『了解』
 テスタメントのボディが、ファロスの合図で闇に染まり、やがて完全に周囲の風景に溶け込んだ。
 白銀の機体はその場で停止すると、周囲を見回し、その四肢を大きく広げる。
 次の瞬間、両手脚から荷電粒子をスプレーのように撒き散らした。
「ッ⁉︎」
 透明のまま、敵機の背後に回り込もうとしていたファロスは、慌てて距離をとったが、テスタメントのボディは荷電粒子の雨を受けて表層組織を失い、ステルスモードを維持出来なくなった。
 ファロスは舌打ちする。
 戦闘パターンの先読みが出来ない!
 牽制しつつ間合いを取る為、威力を抑えたフォトンライフルを3連射した。
 しかし、白銀の機体は絶妙な姿勢制御で、その間を縫うようにすり抜け、逆に間合いを詰めて来た。
「うそだろッ⁉︎」
 目を白黒させながら、今度はフォトンブレードを起動する。
 それを見計らったかのように振り下ろされるビームブレードを横薙ぎで躱すと、
「このっ‼︎」
 テスタメントの脚を振り回して、白銀の機体を蹴り飛ばす。
 間髪入れず、再びフォトンライフルを3連射するが、敵は不安定な姿勢のまま機体を捻り、その3発をきれいに躱した。
 まるで、悪夢を見ているようだ。
 その思考に割って入るように、
『対人戦闘パターンに変更を推奨』
 AIが提案する。
「対人…?」
 ファロスの知らない言葉だった。
「アレは、人なのか?」
『パターン分析。87%の確率で、搭乗者が存在』
「なんで、人が人を襲うんだよ!」
『不明』
「ああ、もうっ‼︎」
 苛立ちながらも、ファロスは相手の動きを冷静に見極める。
 赤い機体と、白銀の機体は、光の尾を引きながら、闇の中で付かず離れずの攻防を続けた。
 ファロスはある事を思い付くと、テスタメントを遮蔽物の陰に飛ばして、EMPグレネードを仕掛けさせた。
 すぐにその場を離れ、相手との位置関係を確認すると、威力を絞ったフォトンライフルを可能な限り連射し、相手の機体を誘導する。
 そして射程に入った瞬間、
「今だっ!」
 ファロスの掛け声でグレネードが弾ける。
 強力な電磁パルスと同時に帯電した微粒子が拡散し、その効果範囲にいた白銀の機体は気絶したように動きを止めた。
 <コンプレス>
 ファロスの〝コード〟が発動し、知覚速度が上昇する。
 深紅のテスタメントは両手からフォトンブレードを伸ばして、相手に肉薄した。
 そして、迷いなく光の剣を振るって、白銀の四肢を根本から切断すると、ボディの中心部に狙い澄ました突きを放った。
 ファロスの感覚で、およそ10秒。基底時間では2秒にも満たない、一瞬の出来事である。
 知覚速度が戻り、沈黙した相手を見下ろしながら、ファロスは深く息を吐いた。
「…テスタ…搭乗者は…?」
『対象機から、生命体の痕跡は確認できません』
「無人だったの?」
『肯定』
 色々と思うところはあったが、ファロスはその言葉で安堵していた。
「…パッキングしよう。この機体が〝遺産〟の正体かも知れない」
『了解』
 テスタメントが手早く圧縮梱包を完了させると、周囲の幾何学的に張り巡らされていた柱が一斉に動き出した。
 それらは互いにぶつかる事なく移動し、回転し、停止すると、テスタメントを右側に誘導するようなコースを形成していた。
「………」
 ファロスはしばらく迷ったが、結局、更なる罠を警戒しつつ、その誘導に従ってテスタメントを飛ばした。

 数分の移動の末、テスタメントの目の前に、小規模拠点サイズの建造物が現れた。
 導かれるままに、内部に侵入すると、球状の内壁に青く光り輝くカプセルがビッシリと埋め尽くされた空間に出た。
 ファロスは、その壮観さに言葉を失う。
『多数の生命体反応を検知。種別・ヒト』
「人? 生きてるのか…?」
『肯定』
 テスタの返答の直後、青く輝いていたカプセルが一斉に赤に変わった。
「どうしたんだ⁉︎」
『信号の変動を検知。各個体の生命活動に異常が生じています』
「長居しない方が良さそうだ。…でも、どこから出たら良いんだ…?」
 その時、ふと一つのカプセルが目に留まった。
 複雑な形状の台座に接続され、翠に輝くそれは、他の多数のカプセルとは明らかに異なる様相だ。
 接近すると、光の中に、眠っている少年の姿があった。
 すぐ下のプレートには、小さなコード表と、“GOSHIKI HIDEO”という文字が刻まれている。
『ガイダンスを検出。再生します』
 テスタメントのAIが、コード表から検知した内容を読み上げる。
『ここにクロノス・守護プログラム〝護式 英雄〟、及び、300000人分の遺伝子情報を保管する。後世の人類の救いとならん事を願う。……以上です』
「これが…」
 ファロスは、改めて少年…ゴシキ・ヒデオの寝顔を見つめた。
「〝遺産〟の、正体………」

 *****

 人類の拠点の一つ、シバルバーに生還したのは、それから72時間後だった。
 もっとも、基底時間ではファロス達が出発してから46ヶ月が経過しており、その間の被害は、甚大なものだったと聞かされた。
 ファロスの随伴機として同行した黄金のヴァジュラ達は、クロノスのゼロストレージに保管されており、テスタメントの脱出と共に解放されたが、パーソナリティの一部に侵入を受けた形跡があっただけで、何の問題も見つからなかった。
 しかし、奇妙なのはテスタメントの方で、やはり脱出直後からテスタのAIパーソナリティが復帰し、異常をきたしていた間の記録は残っているが、人間でいうところの記憶障害の様な症状を見せていた。
 <クロノスの独楽コマ>の作用だろうが、詳細は不明のままだ。

『あたしがいない間、寂しかった?』
「誰が」
 ファロスの悪態に、ホロヴィジョンの少女はニヤニヤと笑っている。
『惚けても、あたしのレコードには、ちゃあんと残ってるよー?』
「今までに無い状況だったから、必死だっただけだよ」
 その言い訳は苦しかったが、テスタは『はいはい』と言って、それ以上の言及はしなかった。
『それはそうと、ファロス』
「…なに?」
『例の、あたしたちが回収した遺産…ヒデオって子のコトなんだけどさ』
 テスタは少し迷っているような仕草を見せる。
『あまりにも長く守護プログラムをやってたせいで、思考と認識のズレが凄いらしくて』
「どういうこと?」
『この基底世界を正しく認識できないらしいの』
 テスタは俯いて言った。
『戻して、って…』
 ファロスは言葉が出なかった。
『ミコと、ユウキのいる場所に戻して、って…ずっと…そう言ってるそうよ…』
「そう……」
 守護プログラムは、あのカプセルから遠隔操作でナイト・タイプを動かしていた。
 その為に、ヒデオという生体ユニットは、延々と仲間を護る夢を見続けていたようだ。
「僕たちの為に……」
 ファロスは痛む胸をキュッと抑えながら、テスタメントを次の戦場へと向かわせた。

                          了
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