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-prologue-
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生命を失っても戦い続けた。
主人の為に、祖国の為に、
名誉の為に、愛の為に。
その全てが無意味になった、その後も……。
火星周回軌道上、エリアEZー717。
闇の中を、白い閃光が走った。
ズィーロットと呼ばれる人型機動兵器である。
骸骨めいた白い外骨格の隙間から、多元接続炉の放つ、翠の光が輝いていた。
何かを探しているのか、それとも本能のまま飛び回っているのか、その真意は見えない。
その様子を、3000マイル先から観測している、赤い機動兵器の姿があった。
右肩には太古の生物、獅子の紋章がついている。
現存する47機のナイト・タイプの一つ、テスタメントである。
「…ノラかな?」
コックピットの中で、ファロスは呟いた。
ノラ、とは野良である。
所属を無くし、暴走した製造器…巣穴よって無作為に生み出された機動兵器は、そのように呼ばれていた。
『どうかな。目的を持った斥候かも』
ファロスのHUDに浮かぶ、少女のホロヴィジョンが鈴を転がすような声で答える。
「テスタメント、周囲に敵影は?」
『見当たらないよ』
テスタメントの回答に、ふむ、とファロスは唸った。
ノラは目的も持たず製造され続けている。
ネストを離れて無軌道に飛び回り、接近する物を攻撃する習性があった。
しかし、もしあれが巣穴を防衛する集団の一角なら、破壊すれば近くの同胞に信号を送り、仲間を呼び寄せてそのエリアを制圧しに掛かってくる。そうなれば、こちらは圧倒的に不利だ。
「近くに巣穴ができたって報告は聞いてない。近くに仲間がいないなら、ノラだろうけど」
ファロスがスロットルを開けると、テスタメントはスラスターを噴かし、ズィーロットに接近した。
『気をつけて、嫌な予感がする』
テスタメントのインターフェースAIの言う予感とは、複雑な状況判断と多角的見知から成る予報のようなモノだ。
ファロスは気を引き締めて、周囲を警戒する。
「ン。念の為、一撃で沈めよう。テスタメント、クローク・スタンバイ」
『うん、準備できたよ』
「距離1000まで詰める。ブースト圧700まで上げて」
『おっけー』
テスタメントは背中のランチャーにEMP榴弾をセットする。
ノラでもスカウトでも、基本的な撃墜法は変わらない。
気付かれないように接近し、一撃で炉心を突くのだ。
敵の索敵範囲に入る直前に、テスタメントはクローク・システムを起動する。
機体表面のリアクティブアーマーがじわりと黒く染まり、すっかり宇宙の闇に溶け込んだ。
そして、背面のスラスターを全開にする。
17秒で焼き切れてしまうが、充分届く距離だ。
ランチャーの有効射程に入り、FCSのマークがグリーンに変わる。
ファロスはすかさずトリガーを引き絞り、EMP弾を放った。
青白い尾を引いて飛翔した榴弾は、ズィーロットの周囲で炸裂し、金属片と電磁パルスの輝きを散らした。
その中心で、不意の攻撃を受けたズィーロットは臨戦態勢をとった。
『ファロス、アイツ仲間を呼んでるよ!』
「予感が当たった! EMPは⁉︎」
『無効化まで8秒!』
「間に合わせる!」
ファロスはテスタメントにAMハルバードを取らせ、アクティブにした。
『5秒!』
テスタメントの声にノイズが走る。
ファロスはコントローラーをアナログに切り替え、目を見開いた。
〈コンプレス〉
ファロスの知覚速度が上昇する。
周囲の様子がスローになり、彼は正確にズィーロットの炉心へと狙いを定めた。
次の瞬間、ズィーロットがテスタメントを視認するが、もう遅い。
間合いを詰めたテスタメントが大きくハルバードを引き、弾けるように突き刺した。
ギンッ‼︎
冷たい金属音が響いて、ハルバードの先端の刃が、ズィーロットの炉心を貫く。
仲間を呼ぶ断末魔も許さない、烈火の一撃であった。
『ゼロ』
「強制冷却、索敵急いで」
『クールダウン開始、有効範囲に敵影ないよ』
「巡回するヤツがいるかも知れない。なるべく早くここを離れよう」
『りょーかい!』
ファロスはコントローラーをセミオートに戻し、沈黙したズィーロットのパッキングを始めた。
暴走した機械たちの製造レベルは、今や人類のそれを圧倒的に凌駕している。
なるべく使える状態のまま回収し、それらを流用する事で、人類
は今まで彼らに対抗出来ていたのだ。
コンパクトにパッケージを終えたズィーロットをバックパックに
接続し、テスタメントはその場を離れた。
『見た事ないタイプだな』
本部の回収機が、テスタメントから受け取ったズィーロットのスキャンを開始する。
「そう?」
ファロスには、敵は全て同じに見えた。
『月の連中より世代が下なんだろう。進化してる』
回収機のパイロットは、少し興奮しているようだ。
『ウチの子、そういうの興味ないの』
テスタメントが代わりに冗談を飛ばした。
「倒して捕まえられれば、みんな同じだよ」
『いつも言ってるでしょ。それが出来なくなる日が来るかも知れないって』
「そんな日は、僕が生きてる内は来ないよ」
『その言い方、お父さんそっくり!』
「父さんの話はしないって約束だろ」
ムスッとするファロスに、整備機が近づいた。
『痴話喧嘩かい』
「茶化すなよ」
『はは、余裕だな、ファロス・テスタメント』
「そう見える?」
『まあな。木星軌道じゃジョークも殺伐としてやがる』
「……酷いの?」
『そうだな。…ま、そっちにはアーサー達がいる。お前はしばらく火星に張り付いててくれよ』
減圧され、蒸気が噴き出す。
ファロスは口を開けたコックピットハッチから身を乗り出した。
回収機が3機が、ファロスが撃破したズィーロットを細かく分解
し、素材に変えて運び始めていた。
目的も存在理由もない、無人の機械兵器。
その憐れにも見える最期の姿をじっと見つめ、ファロスは立ち尽くしていた。
『ゆっくり休んでね、ファロス』
テスタメントが目をチカチカさせながら、外部スピーカーで呼び掛けた。
「…うん。テスタ、また明日」
ファロスはそう答えると、自室につながる通路に消えていった。
*****
人類が衰退を始めて2000年。
従うべき帝国は既に滅び、開拓と増殖を繰り返すだけの機械と、それに抗う事が唯一の生存目標になった人類の戦争は、今も続いている。
まるで屍同士がお互いを喰らい合うような生存競争を、
人類は皮肉を込めて、こう呼んだ──
──髑髏戦争、と。
了
主人の為に、祖国の為に、
名誉の為に、愛の為に。
その全てが無意味になった、その後も……。
火星周回軌道上、エリアEZー717。
闇の中を、白い閃光が走った。
ズィーロットと呼ばれる人型機動兵器である。
骸骨めいた白い外骨格の隙間から、多元接続炉の放つ、翠の光が輝いていた。
何かを探しているのか、それとも本能のまま飛び回っているのか、その真意は見えない。
その様子を、3000マイル先から観測している、赤い機動兵器の姿があった。
右肩には太古の生物、獅子の紋章がついている。
現存する47機のナイト・タイプの一つ、テスタメントである。
「…ノラかな?」
コックピットの中で、ファロスは呟いた。
ノラ、とは野良である。
所属を無くし、暴走した製造器…巣穴よって無作為に生み出された機動兵器は、そのように呼ばれていた。
『どうかな。目的を持った斥候かも』
ファロスのHUDに浮かぶ、少女のホロヴィジョンが鈴を転がすような声で答える。
「テスタメント、周囲に敵影は?」
『見当たらないよ』
テスタメントの回答に、ふむ、とファロスは唸った。
ノラは目的も持たず製造され続けている。
ネストを離れて無軌道に飛び回り、接近する物を攻撃する習性があった。
しかし、もしあれが巣穴を防衛する集団の一角なら、破壊すれば近くの同胞に信号を送り、仲間を呼び寄せてそのエリアを制圧しに掛かってくる。そうなれば、こちらは圧倒的に不利だ。
「近くに巣穴ができたって報告は聞いてない。近くに仲間がいないなら、ノラだろうけど」
ファロスがスロットルを開けると、テスタメントはスラスターを噴かし、ズィーロットに接近した。
『気をつけて、嫌な予感がする』
テスタメントのインターフェースAIの言う予感とは、複雑な状況判断と多角的見知から成る予報のようなモノだ。
ファロスは気を引き締めて、周囲を警戒する。
「ン。念の為、一撃で沈めよう。テスタメント、クローク・スタンバイ」
『うん、準備できたよ』
「距離1000まで詰める。ブースト圧700まで上げて」
『おっけー』
テスタメントは背中のランチャーにEMP榴弾をセットする。
ノラでもスカウトでも、基本的な撃墜法は変わらない。
気付かれないように接近し、一撃で炉心を突くのだ。
敵の索敵範囲に入る直前に、テスタメントはクローク・システムを起動する。
機体表面のリアクティブアーマーがじわりと黒く染まり、すっかり宇宙の闇に溶け込んだ。
そして、背面のスラスターを全開にする。
17秒で焼き切れてしまうが、充分届く距離だ。
ランチャーの有効射程に入り、FCSのマークがグリーンに変わる。
ファロスはすかさずトリガーを引き絞り、EMP弾を放った。
青白い尾を引いて飛翔した榴弾は、ズィーロットの周囲で炸裂し、金属片と電磁パルスの輝きを散らした。
その中心で、不意の攻撃を受けたズィーロットは臨戦態勢をとった。
『ファロス、アイツ仲間を呼んでるよ!』
「予感が当たった! EMPは⁉︎」
『無効化まで8秒!』
「間に合わせる!」
ファロスはテスタメントにAMハルバードを取らせ、アクティブにした。
『5秒!』
テスタメントの声にノイズが走る。
ファロスはコントローラーをアナログに切り替え、目を見開いた。
〈コンプレス〉
ファロスの知覚速度が上昇する。
周囲の様子がスローになり、彼は正確にズィーロットの炉心へと狙いを定めた。
次の瞬間、ズィーロットがテスタメントを視認するが、もう遅い。
間合いを詰めたテスタメントが大きくハルバードを引き、弾けるように突き刺した。
ギンッ‼︎
冷たい金属音が響いて、ハルバードの先端の刃が、ズィーロットの炉心を貫く。
仲間を呼ぶ断末魔も許さない、烈火の一撃であった。
『ゼロ』
「強制冷却、索敵急いで」
『クールダウン開始、有効範囲に敵影ないよ』
「巡回するヤツがいるかも知れない。なるべく早くここを離れよう」
『りょーかい!』
ファロスはコントローラーをセミオートに戻し、沈黙したズィーロットのパッキングを始めた。
暴走した機械たちの製造レベルは、今や人類のそれを圧倒的に凌駕している。
なるべく使える状態のまま回収し、それらを流用する事で、人類
は今まで彼らに対抗出来ていたのだ。
コンパクトにパッケージを終えたズィーロットをバックパックに
接続し、テスタメントはその場を離れた。
『見た事ないタイプだな』
本部の回収機が、テスタメントから受け取ったズィーロットのスキャンを開始する。
「そう?」
ファロスには、敵は全て同じに見えた。
『月の連中より世代が下なんだろう。進化してる』
回収機のパイロットは、少し興奮しているようだ。
『ウチの子、そういうの興味ないの』
テスタメントが代わりに冗談を飛ばした。
「倒して捕まえられれば、みんな同じだよ」
『いつも言ってるでしょ。それが出来なくなる日が来るかも知れないって』
「そんな日は、僕が生きてる内は来ないよ」
『その言い方、お父さんそっくり!』
「父さんの話はしないって約束だろ」
ムスッとするファロスに、整備機が近づいた。
『痴話喧嘩かい』
「茶化すなよ」
『はは、余裕だな、ファロス・テスタメント』
「そう見える?」
『まあな。木星軌道じゃジョークも殺伐としてやがる』
「……酷いの?」
『そうだな。…ま、そっちにはアーサー達がいる。お前はしばらく火星に張り付いててくれよ』
減圧され、蒸気が噴き出す。
ファロスは口を開けたコックピットハッチから身を乗り出した。
回収機が3機が、ファロスが撃破したズィーロットを細かく分解
し、素材に変えて運び始めていた。
目的も存在理由もない、無人の機械兵器。
その憐れにも見える最期の姿をじっと見つめ、ファロスは立ち尽くしていた。
『ゆっくり休んでね、ファロス』
テスタメントが目をチカチカさせながら、外部スピーカーで呼び掛けた。
「…うん。テスタ、また明日」
ファロスはそう答えると、自室につながる通路に消えていった。
*****
人類が衰退を始めて2000年。
従うべき帝国は既に滅び、開拓と増殖を繰り返すだけの機械と、それに抗う事が唯一の生存目標になった人類の戦争は、今も続いている。
まるで屍同士がお互いを喰らい合うような生存競争を、
人類は皮肉を込めて、こう呼んだ──
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