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Ⅷ
しおりを挟むパッチリ、目を開けて見えた見慣れない天井に驚いたあと、寝る前の出来事が一気に倍速で脳内再生された。
やらかした。やっちまったぞ。
ちらりと横をみれば、すやすやと眠る男がひとり。全裸である。ちなみに私も全裸だ。何で寒くないんだと思ったが、部屋自体に魔法がかかっていて温度調節がされていることに気づいたのは、現実逃避したいからでしてね。
何にしてもまずは家に帰って風呂に入ろう。落ち着いてから今後の事を考えよう。この男は責任を取るとか言ってきそうだがめんどくさいし、うん、めんどくさそう、貴族でしょこの人。絶対めんどうなアレやコレが起きる。よっしゃ、にげよ。
そろり、ベットの上から降り落ちていた下着を身に着けていると視線を感じて、振りむく。
蒼い目と視線があう。
「お、はようございます?」
「おはよう」
蒼い目がまぶしいものをみたときにように細められた。逃げ損ねた! と動きを止めて男を睨みつければ
「朝からいいものが見れた」
なんて真面目な顔で言う男に、落ちていた枕を投げつけた。
どこぞの小説のようなことを言われるとは思わなかった、恥ずかしくないのかこいつ!!
「ところで昨夜のことだが、その様子だと覚えているようだなチヴェッタ殿」
「……はい、覚えてます。ほんとすみません」
「貴女の初めてを俺が奪ってしまったことも覚えているな?」
「犬に噛まれたと思って忘れてください」
「貴女の痴態を忘れられるわけないだろう?」
「忘れてっ!」
「無理だ」と言って下着姿の私を抱き上げ、そのまま一緒にベットの上に寝転がる騎士様。
手足をバタつかせて逃げようと試みるが、流石騎士、全く効いていない。それどころかぎゅっとその胸に抱きしめられてますます逃げ道がなくなっている。
私の首元に顔を寄せ耳を食む騎士様に「ちょっやめてっ」と叫ぶが、全く聞き入れてくれない。こいつやっぱり人の話聞かねぇ!!
「一応外に出したが、子どもが出来ないとは限らない。出来ていたらうれしいが」
「ん、やぁ耳元でやめてっ、ふつうに! ふつうに座って話して!!」
「そうしたら貴女は逃げるだろう? 逃げたら捕まえるが」
「なんでそんな執着しているんですがっ一発やったくらいで!!」
ピタリと、私の身体をまさぐっていた騎士様の手が止まった。
お、冷静になったか。と思いきや、私にシーツを纏わせベットの端に座らせると、床に片膝をつき、私の手を握って口づけを落す。
いかん、こりゃ嫌な予感がすると心臓がバクバク鳴る。残念ながら期待ではなく不安の鼓動だ。
「ルーチェ・チヴェッタ殿、俺は貴女の処女を奪ったから責任を取る。というわけで貴女を欲しているわけではない。貴女の懐の大きさと、根は真面目で、他人の為に自分が犠牲になっても気にしない所が気に入った。それに俺が作ったものを美味しそうに食べてくれる、惚れない筈が無いだろう。物欲があまりないのはたまに傷だが食欲は旺盛のようだから、胃袋から掴んでいこうかと思っていた矢先だ。好きな女に迫られて我慢できると思うか? 流石の俺でも無理だ。不便はかけるかもしれないが腹はいつも一杯にしてやれる。俺と結婚してくれ、後悔はさせない」
「だめか?」と上目遣いで私をみてくる男から、勢いよく顔ごとをそらすと「チヴェッタ殿……」と悲し気に私を呼ばれる。ちらりと目だけ動かして騎士様をみると、熊がしょんぼりした顔で肩を落としているようで、撫でたくなるけど撫でたら負けだ。
正直、騎士様のことは嫌いじゃない。胃袋は完全に掴まれている。
だが、私の事情にこの人は巻き込めない。第一、結婚証明書をだしてみろ。証明書は基本王宮で管理されているため一発で私の居場所がバレれてしまい、騎士様は職を失う。それだけで済めばいいが、あのとんでもない野郎のことだ、騎士様に何をしでかすかわからない。
この人には申し訳ないけれど、忘れてもらおう。それが一番いい。
「騎士様」
「ロート、俺の名前はロート・レオーネだ、貴女に俺の名を呼んでほしい。俺も貴女の名を呼びたい」
「ごめんなさい」
「え」という騎士様の声を聞くと同時に、騎士様の額に人差し指と中指で触れる。記憶の改ざん、消去は法律上禁止されているが、封印はグレーゾーン。私の存在と私との間にあったすべての事を封印すべく魔法陣を額に書き起こす。
自分が何をされるのか気づいたのだろう。「やめろっ!!」と私の腕を振り払おうとする騎士様だが、魔法で動きを止めている。思うように動かない身体に驚いているのか、私の行動に絶望しているのか、「なぜ……」と悲しげに吐かれた言葉。
心臓がぎゅっと締め付けられる感じがして、私は謝るように騎士様の額にちゅっと口づけを落す。
「お幸せに。海と風の祝福を」
この町に伝わる祈りの言葉をかけると、騎士様の青い目が隠れて、寝息が聞こえ始める。頬に伝った涙をそっとぬぐってやったあと、布団をかけて寝かせる。
部屋の隅に置かれていた紺色のワンピースを着る。細かいことは苦手なのだけど、今回は致し方ないと全神経を集中させ、魔法で部屋の掃除をして、下着を持てば証拠隠滅完了だ。
魔法で寝かしつけたため起きることはないだろうが、用心して損はないと、そろり部屋を出る。
ご領主様に挨拶してから帰ろう。と領主の部屋へ向かっていると、模擬剣で素振りをしている騎士様の副官をみかけた。一応あの人にもかけておこう、とこっそり魔法陣を飛ばす。簡単に定着したようだ、騎士の割には危機感が無い。大丈夫か。
ご領主様の部屋につき、ノックをするとすぐに返事がかえってきて部屋の中に通される。まだ朝日が昇る前なのだけど、よく起きていたなと思いながら部屋の中に入れば、爺が二人、にやけながら私をみてきた。
こいつら、私に何があったか気づいているな。エロ爺どもめ。
「おはようございますご領主様、メルディン様」
「お早うルーチェ、動いて大丈夫なのかい?」
「そうじゃそうじゃ、あいつのはデカかったじゃろ? 昔一緒に風呂に入った時にみたんじゃが、びっくり所の話じゃなかった……」
「騎士様の記憶を封印しました。私のことはわからないはずですので話を合わせてください。ついでに副官の方の記憶も封印しましたので。王都へのアンナの同行はご領主様が命じたことにしてください。では」
「ルーチェ!?」と驚いた声を上げる爺二人を置いてスタスタと歩き、領主の館の外に出る。
夜明け前だからだろう、煙突から煙が出ている家はちらほらあるが人が歩く姿はない。
気持ち早歩きで家へと向かっていれば、「るーちぇ?」とろれつが回っていない声で呼ばれて振り向くと、酒を飲んできた帰りなのか、顔を真っ赤にさせたカルブが手を振ってにこにこ笑っていた。
「るーちぇちゃーんどうしたのー?」と間延びした声に苛立って、カルブに向かって突進してやれば、地面に倒れ込み「ぐえっ」と声を上げながらも抱き留めてくれる。
「タイミングが悪いっ! 私の所為じゃない! カルブが悪いっ!!」
「あ? 俺が何したって、……あーもう、わかった俺が悪いな、ごめんごめん」
我慢していたものが決壊して、目からあふれ出てくる。
しゃくりあげ、言葉の語尾を震わせる私に気づいたのだろう。私の背をあやすように擦り続けてくれるカルブに、ますます込み上げてきて、カルブの服に大きな水玉模様ができてしまった。
*
「馬鹿だなぁルーチェ」
「そういう時は利用してやんだよ」というカルブを睨みつけ、大きな音を立てて鼻をかんだ。
「男はな、頼られると嬉しいもんなんだぜ?」
「頼って死なれたら嫌じゃん、相手も相手だし」
「まぁ、国を治めている奴に普通は対抗出来ねぇわな」
流石に道のど真ん中で医者と魔法使いが抱き合っているのは噂になるということで、カルブの家に招かれ、淹れてもらったお茶を啜っている。
年甲斐にもなく泣くなんて恥ずかしい、カルブの記憶こそ封印してやろうかとカルブをみると、私をからかう様子もなく「んあ?」と首を傾げてくるもんだから、やる気も失せた。
「そいや記憶を封印したってことは、アンナのことはどうなるんだ? 確か王都まで連れて行ってもらう筈だったんだろ?」
「それはご領主様に頼んだから大丈夫。あーもう、二度と酒は飲まない」
「嫌いじゃねぇんだろ? あの騎士のこと。そうじゃなかったらお前のことだ、酒飲んだくらいで箍なんて外れねぇよ」
「……胃袋は掴まれてる」
「餌付け済みだな。しかもあの騎士、お前のタイプだろ。身長高めで筋肉質で熊みたいなやつ」
「おっしゃる通りです」
だからこそ記憶を封印した。あっちが思い出さなかったら私が行動を起こさない限り何も起きないし、例え思い出してしまったとしても、何故封印したんだと問い詰められるだけで、恋心は怒りに変わる筈。時が経つのを待てばいい。
その頃になったら、私を、いや、私の魔力を欲している国王は諦めて王妃を隣におくだろう。それまで待てばいい。王妃が居れば例え側室になってしまったとしても、まだ逃げ道はある。まぁそうならないよう頑張るが。
「そんな初体験をしたお前にこれをやろう」
ガサゴソと薬棚を漁っていたカルブから投げよこされたのは小さな白い包み。
「なにこれ」
「避妊薬。経過時間的にまだいける筈だ、飲まないよりましだろ」
「ありがたく頂きます」
「水ください」といえばすぐにコップに入れた水を持ってきてくれるカルブ。
粉薬のそれを口の中に入れて、水で流し込むが、苦い、なにこれ苦すぎ、えぐいし。
「カルブ、これ苦すぎる」
「良薬は口に苦しっていうだろ」
「それでもこんだけ苦くちゃ飲みにくいでしょ。飲みやすいように改良した方が多少は望まない妊娠を減らせるんじゃない?」
「それはいつも思うんだが、なかなか難しくて。昔は蜂蜜と混ぜてたけど蜂蜜は高いから単価が上がるし」
「粉じゃなくて錠剤にすれば? お金くれるなら私が魔法でやるよ。そういうのは得意だし」
「あーその手があったか。でもまずはヤる時に避妊すりゃこんなの飲ませないですむんだけど」
「経験して思ったけど、そんなこと考えてる余裕ないわ」
「男がちゃんとしてりゃいいんだよ」
「あの騎士もちゃんとしてる方だと思ったんだが、いやむしろ狙って……?」とブツブツ呟くカルブに「お腹空いた」といえば「今日の仕事手伝ってくれるなら夕飯までご馳走してやる」ということなので、手伝うことにしましたよね。
それから数日後、アンナは騎士二名とともに王都に旅立った。
見送る際に騎士様もいたため、念を入れてローブのフードを被ってカルブの後ろに隠れていたが、興味が無いのかこちらをチラリともみなかった。
うん、初めて会った時の騎士様と同じような反応だ。これでいい、私は間違っていない筈だ。
ちなみにカルブは、頬にアンナから「海と風の祝福を」という祈りと口づけを貰って赤面していた。
茹でたタコかな? というくらい真っ赤になっていたのでからかおうとしたが、それよりもアンナの父親であるおじさんがカルブに殴りかかろうとしていたので、そっちを止めるために大騒ぎになったことは、アンナにはないしょ。
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