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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

自覚しました。

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 王太子の婚姻がなされたなら、次は即位だ。
 リヒトはもちろん、闇華もいろいろと忙しい。だから「ハユルスの王女が亡命してきた」や「ハユルスが共和制国家として認められた」の諸々は、アトゥールやシルヴィス、レジェス達に任せている。
 ハユルスの王女は、リヒトのはとこにあたる姫だそうだが、まだ三歳だ。早くも「未来の王太子妃に」と、ハユルスからの亡命貴族達が根回ししていると聞くが、滅んだ国の王女など、ヴェルスブルクには何の利にもならない。貴族達が声高に主張する「ハユルス王家の血」は、リヒト自身が受け継いでいる。
 それでも、ハユルスからの亡命者達は、幼い王女にすべてを賭けて必死に嘆願中だ。リヒトがどう思っているかは、闇華は知らない。
 ――リヒトと闇華は、レフィアス直々に即位式の手順を教授される毎日を過ごしていた。新婚の甘さなど欠片もないが、それでも、二人でいられることに仄かな幸せを感じられる日々だった。




 国中の王族貴族が揃い、神竜王が見守る中、リヒトに、レフィアスの手で王冠が被せられる。居並ぶ貴族達は金髪がやたらに増えているが、それでも、闇華には彼の白金の髪は一際美しく見えた。
 ひそかに見惚れていると、今度はリヒトが闇華に王妃のティアラを被せた。繊細な細工でありながら、豪奢としかいいようがないほど数多の宝石が輝いている。色とりどりの宝石が、闇華の漆黒の髪で美しく引き締まるのは、銀髪の王妃を想定してティアラを作った数代前の細工師にとっては、望外だろうか。

「――リヒト・カール・ルア・カイザーリング。善き王と、なられよ」

 大広間の片隅から、よく通る声でそう告げたのは、蒼銀の髪の美しい神竜王だった。彼の、先王であるギルフォードには示さなかった「敬意」を含んだ言葉は、貴族達への無言の圧力となる。

「命ある限り、そう在れるよう努めます――我が妃と共に」

 リヒトの返答と同時に、闇華も静かに頭を垂れた。身に宿る神竜王姫の血が、王の御前であるから跪けと強制してくる。だが、闇華は既にヴェルスブルクの王妃だ。王以外の者に、膝を折ってはならない。

「……かまわない、神竜王の末裔すえの王妃。そなたにも、王とそなたの子孫にも、我が祝福を」

 言の葉に魔力が込められていたのだろう、闇華の中の神竜の力が鎮まる。そして、リヒトの子孫ではなく、リヒトと闇華の子孫に祝福を与えると言う神竜王の言葉の意味を、貴族達は正確に理解した。王太子を産むのは、この「異国から来た漆黒の髪の王妃」でなくてはならない。間違っても、他の姫君を勧めてはならない。それは、神竜王の意に叛した行為だ。

 シェーンベルク大公を筆頭に、臣下達は新しい王に忠誠を誓い、即位を寿いだ。




「……となれば、次はそなたであろうよ、エルウィージュ」
「嫌です」
「アレクシアと先代様は、、そなたとシェーンベルク大公の婚儀が成った後でなくば式を挙げぬと言うておる」
「あら素敵。でしたら、アリーはずっとわたくしのものですわね」
女子おなごの花の盛りは短いぞ。子を産める年齢というものもあるな。アレクシアが、嫁かず後家の石女と罵られてもよいのかえ?」
「……ねえさま」

 じろりと睨みつけてくる美貌の義妹に、闇華はにっこり微笑み返してやる。エルウィージュは、よくも悪くも、アレクシアにしか関心がない。裏返せば、アレクシアに関することは放っておけない。

「ラウエンシュタイン家も困ろうに。跡取り姫が、いつまでも未婚ではな。――ま、未婚でも何でも、子は産めようが……嫡子とは、できぬな」
「アリーの産む子が嫡子でないなど認めません」
「ならば、あの二人がさっさと婚儀を挙げられるよう、そなた、後顧の憂いを絶ってやれ」
「…………」
「それほど嫌か、嫁ぐことが。ならば、リヒト様にそう申し上げよ。そなたの願いであれば、婚約解消の為に土下座くらいはなさろうし、妾も頭を下げるぞ」

 ふっと、エルウィージュが肩を震わせる。もう少しだ。ジュレとかいう、この国特有の甘味のように、もう一押しで、彼女は陥落する。

「わたくし、は」
「ん」
「本当に、アリーしかいらないのです」
「存じておる」
「アリーだけで、いいのに。今すぐ世界が滅んでくれて、アリーと二人だけになれるなら、わたくし、神にも悪魔にもただの人間にでも、魂も来世も売りますわ」
「……そなたなら、できよう?」
「でも、そうしたら、アリーは笑ってくれなくなる」

 何もかもが、アレクシアゆえの義妹に、闇華は微かに苦笑した。少し前の自分に似ている。何もかもが、にいさまゆえだった。それでも、エルウィージュの執着ほどではない。

「色の欲はないのであろ?」
「ありません。アリーが望むならかまいませんけど」
「アレクシアは、同性愛のはないからな」
「――時々、思いますの。わたくしが男であればよかったと。それなら、アリーを存分に溺愛できますのに」

 いや今でも十分に溺愛しているだろう、という突っ込みは、闇華はしなかった。

「でも、あの子は神竜王陛下にしか恋しませんし」
「アレクシアは面食いゆえ、そなたが男ならたぶん悩むぞ」
「ええ。悩んで悩んで、――そして神竜王陛下を選ぶのです。わたくしは……捨てられたくは、ありません。アリーに拒まれたら、嫌われたら。そうなったら、わたくしは……」
「やんでれとやらで、アレクシアを閉じ込めるか?」
「神竜王陛下が、そうさせませんでしょう? アリーが手に入るなら、他の全部が壊されたってわたくしは構いませんけれど、アリー自身が壊れてしまうのは嫌なのです」

 何より、アレクシアという少女が変質してしまいかねない。自分のせいで国が滅んだとなれば、彼女は気に病むどころではない。民の疲弊を思って嘆くだろう。

「わたくし以外のことを、アリーが考えるなど嫌ですから。譲って、神竜王陛下までです」

 だからこの想いは告げないのだと、エルウィージュは冷たい仮面をつける。

「それはな、エルウィージュ」

 冷たい仮面の裏に隠れている、幼い、利かん気の強い子供に、闇華はできるだけ優しく話しかけた。

「――恋じゃ。孤独で悲しい想い。それも、シルハークでは孤悲こいと呼ぶ」
「……わたくしは、ヴェルスブルク人ですから」

 仮面をつけたまま、エルウィージュはそよ風のように儚い否定を返した。
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