上 下
89 / 93
番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

やっと両想い。

しおりを挟む
「……ハユルスが、滅亡した……?」

 闇華は、リヒトからそう聞いて心底驚いた。にいさまから、密書で「ハユルスが王女に喧嘩売った。潰れるぞあの国」と知らされてから、まだ一月だ。

「ああ。国としては、まだ残っているが。我が国に攻め入ろうとしていた先に、未曽有の災害に襲われ――幸いに死者は出なかったそうだが、神竜王陛下の怒りだという声もあったと聞く。陛下は我が国を加護して下さっていると誤認されているから」
「……先代様が加護なさっているのは、アレクシアじゃものな……」
「他国はそれを知らないからな……」

 神竜王の加護する国に攻め入ろうとしたハユルスは、災害で主戦派の貴族達の館が、別荘含めすべて破壊された。対策を練るべく、また国王に奏上すべく王宮に集まったところ、強硬な主戦派達がバタバタと倒れ出した。王族も貴族も関係なく。
 同時に、「神竜王の怒りに触れたからだ」と流言が飛び交い――戦争特需に沸き、戦を喜んでいた商人は、速攻で「戦ではなく平和を」という看板を出した。兵士達の中には、空を旋回する白銀の美しい竜を見た者もいるという。その威容を見た者は、戦意喪失して除隊した。魔力に中てられたのだとは、本人も気づいていない。
 指揮すべき者が不在となり、兵站を支える者が鞍替えし、戦う者が戦意喪失したのでは、勝てる戦などない。

「そこに、シルハークへの使者が帰ってきた」

 ――うちの妹が嫁いだ国に戦を仕掛ける? まだ王妃になってないからって馬鹿にしてんのか? うちに喧嘩売ってんのか?

 要約すると、そういう内容だった。
 しかも、使者は「神竜王の末裔」たるシルハークの王に圧倒されぬよう、魔力の高い者を選んでいたのに、完全にそれを失くしていた。聞けば、王に封じられたと言う。王の側近は、「今回はこのくらいに致しましょうね」と微笑んだそうだ――次は殺すという意味だ。

「……にいさまも、蓮汎も……」
「神竜王陛下が関わっていらっしゃるなら、アレクシアもそれを受け入れたということになるが……どうにも、私には得心がいかない。アレクシアは、神竜王陛下を武力として行使することは嫌っていた」

 ――それには、あなたの妹が関わっておる。
 そう言いたいが、言えない闇華であった。言ったら終わりだ、エルウィージュの恨みは買いたくない。

「ことがことだけに、先代様が自ら望まれたのかもしれぬ。実際、死者は――その主戦派だけで、兵にも民にも被害はないのでありましょう?」
「いや、死者はない。倒れた者達は、未だ床から起きることもできないほど弱ってはいるが、命の危険はないらしい。ただ、王家は……王妃は既に亡い御方だったが、王も今回のことで倒れ、譲位、あるいは王制の廃止を願っているそうだ」
「ハユルスの国、民は……?」
「どこでどうなったのかわからないが、自分達の国は自分達で治めるという一派が支持を集め、暫定政府になっている。今は各国に、正式な政府として認めてくれと嘆願書を送っていて……我が国にも届いた。シルヴィが、ヴェルスブルクはまだ王が即位していない上、攻められかけた国だ。簡単には回答できないと、引き延ばしている」
「思い切り被害者を演じる気じゃな、シルヴィスは」
「……アトゥールが交渉して、多額の賠償金を取った。戦になっていないのに、被害国として」

 国庫を潤す為には、弱い国を演じるのも仕方ないのですよと、満足そうに言っていた大公の姿を思い出し、リヒトは冷めた紅茶を飲み干した。

「……とりあえず、危機に陥りかけていたらしいが、知らぬ間に回避された。それでよしとする」

 よしとするのか。
 突っ込みたいが、闇華は黙って頷いた。終わりよければすべて良しである。問題があれば、表ではにいさまや蓮汎、裏ではエルウィージュやアトゥールが暗躍してくれるだろう。

「……そういうわけで、アンファ」
「何かの、リヒト様」
「先にアレクシアと神竜王陛下の婚儀をと思っていたが……今となっては、神竜王陛下の「神威」の影響が強すぎる。あなたとの婚儀を、挙げたい」
「先代様の印象が鮮烈すぎるゆえ、他のことで誤魔化すのはよいが。その手段として妾との式とは……リヒト様は、女心がおわかりではないのう」
「やはりまずかっただろうか。シルヴィにも、叱られた。だが、私はあなたに嘘はつきたくない」

 全く悪びれずに同意されると、拗ねる気持ちも起こらない。

「かまわぬ。元々、妾はあなたの妃となる為にこの国に来たのだから。……じゃがの、リヒト様」
「?」
「愛していると偽れとは言わぬから、せめて、好きだとは言うていただきたかったな」
「あなたのことか? 好きだぞ」
「え?」
「え?」

 ――その好きとは、どんな意味だ。

「通じていなかったか? 私は、あなたが好きだが」
「……え?」
「少なくとも、あなたと子を生したいと思うくらいには好きだが」

 それはそういうことをしたいから好きだ、という意味なのか。

「子ができずとも、あなた以外はいらない」
「……え?」
「神竜王陛下が視たと言われた未来、私達には子が二人授かるらしいが……もし子ができないとしても、私はあなた以外の妃はいらない」
「……アレクシアでも、か?」
「アレクシアでも。確かに彼女は私の初恋だ。今でも大切な人だ。けれど、妃にしたいとは思わない」
「……リヒト様」
「はい」
「……妾は、その……かなり、驚いておる。あなた様、妾を好いて下さっていたのか」
「先程から、そう言っているつもりだが……その、そういう行為は、想いが通じ合ってからでないと、だな」
「……妾も、あなた様が好きじゃ」
「え?」
「……通じておらなんだか」

 苦笑した闇華に、リヒトは勢いよく頷いた。

「あなたは、エルウィージュやアレクシアとばかり過ごしていたから。避けられているのだろうかと」
「女同士の友誼を深めていただけじゃ。あなた様が嫌いなら、シルハークに帰っておる。妾こそ、あなた様は妾とは政略結婚ゆえ……」
「私は、あなたを愛したいと言ったつもりだが……」
「……その時、堂々とエルウィージュに愛しているとおっしゃっていたのでな……」

 ばつが悪そうに、リヒトは顔を背けた。少し紅潮した頬は、決まり悪さの為か。

 ――妾も、麻痺していたのやもな。

 エルウィージュの、アレクシアへの溺愛っぷりを見て、「あれが恋でないと言うのだから、恋とはもっと強く深く激しいもの=にいさまへの気持ちとは違うのだな」と思い込んでいた。
 アレクシアにはアレクシアの恋。
 エルウィージュにはエルウィージュの恋。
 そして、闇華には闇華の恋があって――リヒトにも、リヒトの恋がある。想いの形は人それぞれだということを、忘れていた。

「……リヒト様。妾も、初恋はにいさまじゃが」
「え」
「今は、あなた様をお慕いしています」

 精一杯の気持ちを込めてそう言って、瞳を伏せる。
 しばらく硬直していたリヒトが、落ち着きを取り戻すのをゆっくり待つ。猪突猛進系の王太子殿下だ、悩むのは苦手だからすぐに結論を下されようという闇華の推測は正しかった。
 おずおずと、リヒトの手が闇華の頬に触れ――躊躇うように、窺うように口唇が近づいてくる気配がした時。

「リヒト! ハユルスからの亡命者の中に――すまん、間が悪かった、出直す!」

 バタンと勢いよく開けられた扉が、更に音高く閉ざされた。

「……シルヴィの奴……」
「狙っておったとしか思えんぞ」

 どちらからともなく、「いいところで」的な恨み言が漏れ、同時に笑い出す。そして、リヒトは立ち上がり、闇華の手を取ると、そっと抱き締めた。

「出直すと言っていたから。アンファ。すまないが、瞳を閉じてほしい」
「……はい」

 素直に従った。
 ――今度は、邪魔されることなく、優しい口づけが、闇華の口唇に落とされた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

比翼連理の異世界旅

小狐丸
ファンタジー
前世で、夫婦だった2人が異世界で再び巡り合い手を取りあって気ままに旅する途中に立ち塞がる困難や試練に2人力を合わせて乗り越えて行く。

ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。

ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
 猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。  しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。  その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!

【R18】肉食令嬢は推しの王子を愛しすぎている

みっきー・るー
恋愛
侯爵令嬢セチア=バースは、前世で乙女ゲームの攻略対象者に本気で恋をしていた。 いつかの日か推しのいる世界に、異世界転生もしくは異世界召喚されたいと願い続けていたが、 念願叶い推しのいる乙女ゲームの世界に転生を果たす。 セチアは暑苦しいまでの熱量で推しに接してきたが、ある日その勢いが怖いと推しに告げられてしまう。 もだもだすれ違いハピエンです。 ※はRシーン。ぬるい場合は※つけません。 表紙の文字デザインは井笠詩さまに作成して頂きました。

鳥籠の中で君を愛する

如月 そら
恋愛
「みつき……」 桜井珠月が目を開けた時、目の前にいたのは、ひどく顔立ちの整った男性だった。 「君は俺の彼女だよ」 記憶のない珠月に彼はそう言って、珠月を甘やかしてくれる。 優しくて、素敵で、甘い彼に珠月はどんどん惹かれていくけれど……。 ※表紙はhttps://picrew.me/で作成しています。

処理中です...