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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

愛の形。

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「ご忠告をありがとうございます、アンファ様」

 華より美しい光の妖精が、ふんわりと微笑んだ。闇華にこんなに澄んだ表情を見せるのは、初めてではないだろうか。

「大神官様からのお言葉ですもの、無視はできませんわ。アリーはあの御方が大好きですから」
「……そなたの基準は、すべてアレクシアか?」
「ええ。アリーだけです」

 くすっと笑って、エルウィージュは闇華が用意させたシルハークの乳酒を口にした。かなり強い酒だが、平然と飲んでいる。

「アンファ様。あなた様がご心配のこと、すべて手は打てますの」
ではなく、打つのかえ?」
「ええ。だからアリーはアリーの望むように行動すればいい。後のことは、すべてわたくしが」
「……養父も祖父も、共に屠るか」
「アリーが泣く前に済ませますわ。要は、わたくしから、王位継承権そんな力を消せばいいのです。兄上様とあなた様の婚儀の後、わたくしは、王籍も貴族籍も放棄します」

 さすがに耳を疑った。王籍だけでなく、貴族籍まで放棄すると、彼女はシェーンベルク大公妃にはなれない。ただの愛妾だ。

「貴族籍まで、か」
「やるなら徹底的にやらなくては、意味がありませんもの。アリーは、わたくしが平民となっても変わらず想ってくれましょう。公爵令嬢と大公の愛妾では、二度と会えなくなろうとも。わたくしは、それでいいのです。あの子がわたくしを親友だと愛してくれているなら、満たされる」
「そなた……それは、もう友愛ではないぞ。恋着より性質が悪い」

 闇華の溜息に、エルウィージュはころころと笑った。

「ヤンデレと言うそうですわ。わたくし、それを究めてみたくて」
「既に究めているように思うがな」
「閉じ込めて、わたくし以外の誰とも会わせず、声も聞かせない。それはそれで素敵ですが」

 エルウィージュは、困ったように微笑みを深くした。

「……それでは、アリーがアリーでなくなりますの。わたくしの執着があの子をあの子でなくすなら、わたくし、自分を殺しますわ」
「……アレクシアは泣くぞ」
「でも、神竜王陛下がいらっしゃいますもの。……あの子は、わたくしの死に囚われずに生きてくれる」

 ――エルウィージュは、死ぬ気だ。
 そう悟ったのは、時間魔法に通じた神竜王の血のゆえか。

「エルウィージュ」
「何もおっしゃらないで、アンファ様。でなくば、わたくし、あなた様の大切なシルハーク王にいさまを質に致しますよ?」
「……妾自身の願いじゃ。そなたに死んでほしくない」
「わたくし、命も魂もアリーのものですから、他の方のご意見は無視しますの」
「そのアレクシアの為に、そなたは生きねば。あの騙されやすい姫が、そなたの庇護をなくして、この国で生きていけると思うのか」

 闇華の指摘に、エルウィージュがぱっと顔を上げた。

「そなたの想いはそれでよかろうが、アレクシアはどうなる? そなたがおらぬ中、先代様と結ばれても――いや、結ばれるからこそ、あれはこの国で生きづらい。そなた、それを無視して、己の想いに閉じこもるのか。それはな、エルウィージュ。愛ではない。自分勝手な押しつけじゃ」
「……だって」

 エルウィージュの薄い水色の瞳に、涙が滲む。儚さを増し、美しさが顕わになる。

「だってわたくし、そんな優しい愛を知らないのです。わたくしが誰かを傷つけてアリーを守ったら、あの子は泣く。ならば、わたくしが消えるしかない」
「すべてを守ってやればよい。それなら、アレクシアも笑おうに。守ってやれ。妾もアレクシアは好きだが、そなたほどには愛せぬ。愛しいなら、己の想いよりアレクシアを選べ」
「アリー以外のモノまで守れと? わたくしはそのように万能ではありません」
「そのアレクシアの為じゃ。嫌でも何でも、我慢せねばな」

 闇華がそう言うと、エルウィージュは口唇を噛んだ。関わりたくもないモノを守らねばならない嫌悪と、アレクシアへの気持ちが交錯して――結論は、わかりきっている。

「……わたくし、本当に、普通の……ただの小娘ですのよ」
「苛烈じゃがな」
「ですから、国政の改革は兄上様とあなた様にお任せして、わたくしは静かにアリーを想っていたかったのに」
「死という世界でな」
「……不思議な御方。兄上様を即位させるには、一番邪魔なのはわたくしであること、変わりませんのよ?」
「そうじゃな。が、リヒト様はそなたを愛しておられるからな」

 闇華は、茶で乳酒を薄めたものを飲んだ。数倍に薄めてもキツいのに、平然と飲み干したエルウィージュは、にいさまと同じく「うわばみ」だろう。

「それにな、エルウィージュ。妾も、そなたを失ったアレクシアが泣くところは見たくない。先代様も、その傷は癒せまい」
「それはそれで、わたくしには嬉しいのですけれど。わたくしの付けた傷が、いつまでもアリーの中に残りましょう?」
「そういう愛し方ではなく、優しい愛し方にしてやれ。アレクシアを変えたくないなら、そう努めよ」
「アリーを……変える?」
「女は変わるぞ。妾は、この国に来て変わった。アレクシアが、最も身近い友であるそなたの「やんでれ」とやらに影響されたらどうする?」

 それはエルウィージュには耐えられない現実だったらしい。ふるふると震えて、嫌がるように首を振り――そして、闇華を見た。

「嫌な御方」
「兄嫁を嫌うのは妹の特権じゃ、妾は気にせぬ。が、アレクシアは妾の友じゃ。そなたがおらぬところで仲良うするぞ?」
「……本当に、嫌な御方!」

 そう言いながら、エルウィージュは笑っている。アレクシアは、自分に好意を持つ異性は本能的に忌避するが、好意を持っている同性には――とてつもなく弱い。

「アリーの親友は、わたくしだけでよいのです」
「ならば、生きよ。エルウィージュ」
「そうですわね。よく考えれば、アリーの産む子のことも、わたくしがきちんと手配しなくてはいけないでしょうし」
「そうであろうな」

 ツンとした口調で、それでも優雅に乳酒をガブ飲みしているエルウィージュに、初めて会った頃の険は、もうなかった。
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