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本編

悪役令嬢ぶりっこ。

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「ねえ、アルドンサ様」

 エージュが待っているとでも騙されたのか、浮かれきった様子で貴賓室に現れたアルドンサは、そこにいるのが私だけだと知った途端、露骨に嫌な顔をした。せっかく可愛い顔なのに、台無しだわ。

「私、よく考えたのだけれど。――あなたに、そこまで怒られる筋合いはないのよ」

 そう言って、私はソファに悠然と座って微笑んでみせた。同じ公爵家でも、ラウエンシュタイン家の方が格上だから、先に席に着いている私が勧めない以上、アルドンサは座れない。優雅……かどうかは別にして、ゆったり座って楽な姿勢の私を目の前にして、直立不動でいなくてはならないのだ。

「エージュと私が親友なことが気に入らない? あなたに認めてもらう必要なんかないわ」
「あ、あなたなんか」
「発言を許可した覚えはないの。黙って聞いてね? ――言動不可ムーブレス

 輝石の魔力を使わなくても、私はレフィアス様に「飛竜の召喚が可能」と言われている。魔力で、アルドンサに後れは取っていないから、簡単に発動した。
 沈黙サイレンスなら、魔力が劣っていても可能だ。エージュが私にかけたように。だけど「不動」の魔法は、魔力が劣る相手にしかかけられない。私は、わざと不動を選んだ。私の方が上なのだと、マウンティングする為に。

「私の未来視だと偽って、偽の女神召喚をする。それはどなたの発案かはわかっているから、敢えて訊かないわ。だけどね、アルドンサ様」

 私は、胸元近くまで伸びた巻き毛を一房、指にくるくると絡めた。遊んでいるように見えるこの態度は、やられたらかなりムカつきます。昨日、鏡の前で練習しました。

「私は、未来視もできるしエージュとも神竜王ともとっても仲良しだけれど、それほど心が広くはないの。一度だけならともかく、二度もあんなことをされて、仕方なかったのよ、この子は何も知らないんだから、で済ませてあげられるほど優しくはなれないわ」

 というか、私がシメておかないと、あなたの身が危険です。エージュは、完全にこの子を排除する方向で作戦を練っていた。

「リヒト殿下の御心象もかなり悪くなっているけれど、取り成してあげる気もないわ。あ、そうそう、エージュとリヒト殿下の前でいい子ぶっていると言うのは――いい子のふりをした覚えはないけれど、そう在りたいと思っていることは認めるわ。だって、エージュは大切な親友だし、リヒト殿下はそのお兄様だもの。嫌われたくないと思うのは、悪いことかしら?」

 実際は、リヒト殿下はともかく、エージュにはかなり素を晒している。その上で友達なのは、私達の選択であって、アルドンサに口出しされる謂れはない。

「あなたのように、感情のままに子供みたいに振る舞って、挙句嫌われるよりは、ましだと思うのだけど」
「…………!」

 アルドンサの濃紺の瞳が、苛立ちと怒りを宿して私を睨みつけた。気性の激しい子だなあ。そういうのも上手くコントロールしないと、この貴族社会では大変だろうに。ご両親が。

「先程まではね、私、あなたに同情していたの。偽の女神召喚に協力させられる、可哀想な姫君だと」

 ふう、と息をついて、私はちらっとアルドンサを見た。

「……でも、違うわね。あなた、協力するよう命じられた被害者だと言っていたのに、「自分は特別な人間だ、近々それが皆にもわかる」と自慢しているそうね?」

 これはリースルの取り巻き・フランツィスカからの情報だ。それを受けて、私もそんな噂を調べて――確信した。アルドンサは、自分が「女神ミレジーヌ」として祭り上げられる未来を、待ち望んでいる。

「あなたの価値観、私には全然わからないわ」

 それは、今までの演技と違って、私の本心だ。アルドンサの価値観は、理解不能だ。

「エージュと従姉妹であることが誇らしいなら、どうして彼女が一人だった時――王女だと認められる前に声をかけなかったの?」

 ――魔性の姫君? ええ、従姉妹ですけれど。不貞を働いたひとの娘ですもの、姉妹の縁を切ったと母は言っていましたから、他人ですわね。

 アルドンサはそう言って憚らなかったと、リースル達だけでなく、複数の令嬢方から聞いた。
 彼女は、公爵令嬢。エージュは、その時は侯爵令嬢。だから、貶めることに何の躊躇いもなかった。だけど王女になったなら、庶出であっても、血縁は誇らしい。
 ――そんな価値観、私は嫌だ。私に無関係なところでならご自由にと言うけれど、エージュを絡め取ろうとするなら、阻止する。

「偽の女神を演じて、皆様に称賛されたとしましょうか。それで、あなたは何が得られるの? 仮に王太子妃になれたとして、あなた、一生、リヒト殿下を騙していくつもりなの?」

 私の言葉に、アルドンサは何も言わない。いや、言えないようにしてるから当たり前だけど。

「そうだとしたら、私、あなたを軽蔑するわ。エージュには絶対近づかせない。リヒト殿下にお近づきになりたいなら、エージュを利用せずに、自力でどうぞ」

 言い捨てて立ち上がると、私は棒立ちのアルドンサの隣を颯爽と歩いて、貴賓室の扉を閉めた。そして、魔法を解呪する。

 ――こ、怖かった……ギラついた目で睨まれて超絶怖かった!
 だけど、これで「アルドンサを挑発する」ことはたぶん成功したと思う。貴賓室の中から、「何よあの女!」という叫びが聞こえたから。
 私は、普段は学園内では使わない「転移」の呪文を使って、さっさとその場から離れた。要するに、逃げました。



 ローゼンヴァルト宮では、ローランが私の帰りを待っていた。玄関で。
 エージュが帰ってきたのに私がいないものだから、心配と不安でどうしようもなくなったらしい。可愛い。

「わたくしが帰った時からずっと、ここでお待ちなのよ」

 エージュは微笑ましげに言って、私を出迎えてくれた。ローランは私を抱き締めて、ぎゅっと力を込めてくる。

「アレクシアを一人にするのは心配だ。何をするかわからない」
「それは否定できませんわね」
「……アルドンサの挑発はしてきたわ」

 私の言葉に、エージュが「あら」と小さく呟いた。「アルドンサを挑発して敵方に回せ」というのは、エージュの指示だ。ああいう、感情のままに動いてしまう人間は、一人だけで手一杯らしい。……はい、私がその一人です。

「部屋に行きましょう。わたくしの部屋でいいわね。……神竜王陛下、御心配なく。仲間外れにはしませんから」

 ほっとしたように私を抱いている力を緩めて、ローランはにこっと笑った。素直な微笑みを見ていると、やさぐれた心が癒されるわ……。

「おいしいザッハトルテがありますから、用意させますわね」

 エージュの言葉に、ローランはぴくっと反応した。甘い菓子の中でも、特にチョコレート菓子がお気に入りなのだ。

「ザッハトルテは好きだけれど、珈琲は苦いから嫌だ」
「では、ラテにさせますわ。アリーもそれでいい?」

 私は頷いた。おいしいものなら何でもよろしいです。
 私達は、ラテのミルク量の絶対比率について話し合いながら、エージュの私室に入った。

 ――途端、空気が変わる。
 ソファに座ったエージュは、私達にも椅子を勧めながら、今日のアルドンサとの対決について確認し――上出来、と評価してくれた。

 私への敵意で、アルドンサは偽の女神召喚を引き受け、そして私を陥れようとするだろう。例えば、偽の女神召喚だと暴かれたら、それは私の未来視ゆえのものだと。暴かれなければ、女神の器として振る舞えばいい。
 だけどそちらはもう手を打ってある。私は、レフィアス様にこの苦境を相談しているのだ。「偽りの女神召喚に、私の名が使われている。迂闊に名を明かせない方々のことなので、どうすればいいかご指南いただきたい」と。

 レフィアス様からは「すべては、王太子殿下の祝賀の日に」と返って来た。その日に、勝負を仕掛ける。

 カインとオリヴィエも順調らしい。王軍は、シルハークを退かせながら売国奴の汚名を着せられかけた私に同情的だ。というより、自分達にもその嫌疑がかけられるかもしれない、という不安を、アトゥール殿下が上手く煽った。

 神殿の方は、絡繰り仕掛けの女神召喚に演出協力する神官達の名簿が揃いつつある。一人一人の身上書に目を通して、的確に「弱味」となり得る部分を指し示し、そこを突いて寝返らせる準備も整ってきた。もちろん、裏切られる可能性もあるから、万全の信頼は置いていない。
 そして私は、ローランと一緒にいろいろ動いているわけで。


 ――リヒト殿下の十八の祝いの日は、近づいていた。
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