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本編
無知って強い。
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結果として、私達の予想は崩れた。リヒト殿下がエージュを迎えにきた翌日、国王陛下が私を単独でお召しになったのだ。使者からそのことを聞いたお父様は頭を抱え、お母様は卒倒しかけた。……お召しって、そういう意味にも取れるものねえ……。
使者は慌てて、愛妾としてのお召しではないことを言い添え、私も未来視に関することではないかと言ってみた。それでもお母様は心配らしく、無理矢理な形で、お父様が王宮に同伴してくれることになった。
王宮に着くと、謁見の間ではなく、その奥にある国王陛下の寛ぎのお部屋に通された。おかげでお父様の警戒心は、最高潮に達しつつある。
私も、国王陛下の「奥の間」に通されたということで、貴婦人方にあらぬ噂を立てられたくはない。お父様が侍従に一方的に「謁見の間」の控室で待たせていただくと通告し、私達は、他の嘆願者や謁見を願い出ている貴族達がいる控室に移動した。
そこに移ってすぐ、私達は謁見の間に呼ばれた。
謁見の間では、国王陛下、宰相閣下、そしてカインがいた。だだっ広い広間には、他には侍従の姿すらない。
「国王陛下、御機嫌――」
「挨拶はよい、ラウエンシュタイン公。令嬢も。奥の間に通したのは配慮のつもりであったが」
「ですから申し上げました。未婚の姫君を、私的な部屋になど通されるものではないと」
宰相であるナルバエス大公は、嘆息しながら国王陛下――ギルフォード・セイル・ルア・カイザーリング陛下を諌めている。
「確かに、そなたの申した通り、浅慮であった。――公爵令嬢、アレクシア。未来視の姫、であったか」
銀の髪、薄く淡い琥珀の瞳。この上なく色素の薄い髪と瞳を持つのも当然な、この国の国王陛下は、私に顔を上げるよう促した。
「――王女のことは、伏せてほしかったが……言っても詮なきことか。カインより聞いている。そなた、シルハークの王に何を視た?」
伏せてほしいようなことをやっておいて、人を非難するなと言いたい。
「少なくとも一年以内に、我が国に宣戦布告する。そのような未来でした」
怯まずに答えた私に、国王陛下は少し目を見開いた。びくついて震えるとでも思ったなら、お生憎様だ。今の私は、社交界マナーを理解しきれてないからどんな相手にも怯えないでいられるという、皮肉な状態になっている。そのうち、怯えたり震えたりするのかもしれないけど。
「エルウィージュ様の出生を視た時と同じ感覚でしたから、あれは未来視だと申し上げられます」
嫌味には嫌味で返す。やられたらやり返せではないけど、ただ嫌味を受けてるばかりだと、何を言ってもいい、何をしてもいいと侮られかねない。だから、問題にならない程度に、きちんと返します。
「シルハークの軍は、総勢十万を越えます。騎兵五万、歩兵が七万といったところかと」
私の言葉に、今度はカインが瞠目した。国王陛下がちらっとカインを見遣ると、彼は恭しく礼をして私に同意した。
「姫のお言葉は、斥候の情報とも一致します。どこからこれほど正確な数字を得られたのか、逆にお伺いしたいほどでございます」
何冊目かわからないくらい出た資料集やVFBのうち、最後に出た「裏設定まで完全公開! これであなたも華寵封月マイスター!」の、諸国設定からです。
「我がヴェルスブルクが動員できる兵数は、騎兵三万、歩兵五万から六万。数の上では劣ると視えましたが……間違っていますか、シュラウス閣下」
「……いえ。姫の洞察通りにございます」
「ラウエンシュタイン公。卿の令嬢は、いつからこれほどに……」
カインだけでなく、宰相閣下も驚いている。軍の規模なんて、上流の貴族なら、その気になれば調べられる。ただ、普通は、貴族の令嬢はそんなことは把握しようとしない。私は、エージュと共に調べた。そして、「華寵封月」と同じ数字だと確認した。
「……アレクシア、おまえ、いつそのようなことを」
「未来視は、私の意志ではありません。視ようとして視えるものではなく、また、視たくないからと拒めるものでもありません」
神が気まぐれに与えてくれる恩寵なのだと、大嘘をぶっこいておく。ミレイが来た後に、細かいところを未来視しろと言われたら困るから。
「そして、私にはもう一つ視えました。これは、陛下に直々にお伝えせねばならぬことと、今まで胸に秘めていたことをお許し下さいませ」
「……許そう。そして問おう。姫、そなたは何を視た?」
「神竜の召喚でございます」
その場に緊張と畏怖が走った。神竜の召喚は、戦に於ける最大の武器になると同時に、召喚した神竜を従えるだけの魔力がないと、誇りを傷つけられた神竜が怒り狂うからだ。
「……姫。何を口になさっているか、おわかりか?」
宰相閣下が乾いた声で問いかけてくる。わかってますとも、ここで失敗したらローランに会えなくなるんだから、私も必死ですよ。
「これは国家機密だが、既に何人かが神竜召喚を試している。――そして、尽くが失敗した」
宰相閣下が苦い声で告げた言葉は、エージュの推測通りだった。言葉にしてないけど、失敗した中には大神官さえ含まれていること、存じてますよ。
「はい。――ですから、神はこれを私に下されたのではないかと思うのです」
私は、いつも身に付けている輝石を見せた。完全に私の所有になったこの輝石は、それを示すように、私の瞳と同じ薄い蒼に輝いている。
「……これは……輝石? しかし、これほど強大なものは……」
見たことがない、と言いたいんだろう。そりゃそうだ、神じいさんが自分の杖に嵌め込んでいた代物なんだもの。
「……既に、完全に姫の所有となっているな」
国王陛下はそう呟いた。……危ない、「所有」で私の物にしておかなかったら、確実に「国の為に」と取り上げられるところだったわ、あれはそういう目と声だった。
「はい。ですが、私は神竜召喚の召喚魔法を存じません。ですから、その魔法を知る方に、この輝石の魔力を委ねて神竜を召喚せよという、神の思し召しかと思っています」
「神竜召喚魔法を知る者……神官か」
国王陛下が独白した。召喚魔法自体は、神官なら一通り知っている。発動できるかどうかは、魔法の難易度と、術者の魔力レベルに比例するというだけだ。
「はい、陛下。神竜召喚に成功する方のお姿は、はっきりとは視えませんでした。ただ、その方がいらっしゃることだけは、確かです」
オリヴィエ・ステファニアスだけどね。名前も顔もばっちりわかってるけどね。私は、「視えたんです!」と熱意ある言葉を連ねてアピールした。
「――カイン。姫を、神殿にお連れせよ。姫に目通りさせる者を、おまえがよくよく吟味するのだ。私欲の為に神竜を使役する者が、姫を偽ることがないように」
「御意」
国王陛下の命に、カインが跪く。宰相閣下は、お父様を見て安心させるように言葉を紡いだ。
「ラウエンシュタイン公。令嬢の御身は、間違いなくご無事に、傷ひとつつけずにお帰り願う。ご安心なされよ」
「しかし、宰相殿。娘はあまりにも世間知らず。昨日も王太子殿下に……」
「報告は受けている。あれはリヒトが悪いのだ。窘めてくれた姫に感謝こそすれ、咎めることはあろうはずもない」
誰よ、国王陛下にチクったのは。やっぱり、忍びの護衛とか付いていたのかしら。でも、斥候はともかく「忍びの護衛」は、ゲームにはいなかったはずだ。いたとしたら、攻略キャラ全員を誑し込んでる逆ハールートなんて、無理だ。「その女、昨日、殿下の従兄と密会イベント起こしてました」とかバレるし。
「リヒト自身が、そう申しているのだ。姫は世間知らずではない。むしろ、リヒトが物事を弁えておらぬ」
あ、自白だったのね。ちゃんと、自分が悪かったと説明しているらしい。リヒト殿下への好感度が0.1上がった。
「陛下……」
「神に仕える神官とは申せ、望まずしてその職に就いた者もいる。そのような場所に、姫を連れ出すことに心が痛まぬわけではない。だが公爵、事は国の存続に関わるのだ。シルハークが攻めてきたら、このままでは我が国は敗北する」
国王陛下の言葉に、お父様はじっと目を閉じた。数秒の思案で、自分を納得させて――薄金の瞳を、私に向けた。
「アレクシア。よくよく、見極めなさい。決して、見誤ってはならぬ。おまえが魔力を委ねる相手は、この国の未来を左右するのだから」
「はい、お父様」
見誤るもんですか。オリヴィエを見つけて、言いくるめて、何がどうでもローランを召喚してもらうんですからね!
謁見の間に、あまり長居はできない。私とお父様は、カイン将軍に先導されて謁見の間を出た。お父様とは、ここで一旦お別れだ。
「お父様……」
少し心細そうな表情で、お父様を見上げる。内心のうきうきを気取られてはいけない。
「不安がるものではない、アレクシア。カイン・シュラウス将軍、この先のこと、お願いする」
「は」
短く答えて顔を伏せたカインの、焦茶の髪が揺れた。他の貴族や侍従、女官達がいるこの場所で、あまり詳しい話はできない。
「必ずご無事に、姫をお送り申し上げます」
「頼む」
具体的なことは口にせず、それでもカインの真摯な言葉にお父様は少し安堵して、私の頭を撫でた。
「ルイーサには、おまえは買い物をしているとでも言っておこう。帰りに、何でも好きな物を買っておいで」
「はい。……お父様、もし、王宮からエージュの迎えが来たら……」
「わかっている。おまえのいない間に、そのようなことはさせないよ」
私の髪を結っている髪飾りをきちんと整えて、お父様はゆったり笑った。
「姫。お急ぎを」
「はい。お父様、行ってまいります」
「気をつけるのだよ。将軍が同行下さるとはいえ、おまえは少しお転婆だからね」
そう笑ったお父様は、茶化すことで自分の不安を拭おうとしている、そんな様子も感じ取れた。
大丈夫よ、お父様。オリヴィエを見つけて「この方です!」と演技するだけだから。今日、すぐに神竜召喚ってことにはならないから。
私は、お父様と別れた後、カインに神殿まで案内してもらった。余計なことは訊かない。ボロを出したくないから。
「……姫」
「はい?」
沈黙でやり過ごそうと思っていたのに、カインが私に話しかけてきた。アドリブで対応できる範囲の質問にしてほしい。
「未来視とは、それほど確かにわかるものなのですか?」
「……おっしゃる意味が……」
「令嬢方のご依頼に、個人の未来はわからぬと、姫は未来視を拒まれたと聞き及んでいます。ですが、今日告示された王女殿下の出生――それは、「個人」のことではないのですか?」
痛いところを突いてきた。カインは剣の腕一本で成り上がった将軍だけど、脳筋ではない。脳筋じゃ、将軍職は務まらない。
「わかりません。ただ、エージュが王女だということは、エージュ個人の問題ではないと思いますから」
「確かに、王女殿下の存在は国の問題でもありましょう。ですが、それならば、姫に未来視をお願いした令嬢方の中に、王太子殿下の妃となられる方はいないということですな」
「え……?」
「王女殿下のことより、王太子殿下の妃――つまり、未来の王妃陛下の方が、国の大事かと思いますが」
痛いところを突くどころか、抉ってきた。エージュに相談できないこのタイミングで!
私は、進む歩を止めた。その気配に気づいて振り返ったカインの、黒い瞳をじっと見る。
「……正直に申し上げます。私は、未来視などしたくないからです」
「姫?」
「ですから、姫君方の未来視の依頼、あれは「視えない」とお断りしましたが、本当は「視ようとしていない」のです。私に依頼なさった方の中に、未来の王妃陛下はいらっしゃるかもしれません」
「……何故、とお聞きしてよろしいか」
面倒だからです。リヒト殿下はミレイに押しつける予定だし。
――とは言えないので、私は曖昧に笑った。
「王太子殿下の未来を、私が決めたくはないのです。私には、今、一番可能性が高い未来が視えるだけなのですから。私がどなたかを「王太子殿下と結ばれる」と申し上げたら、ご婚約まで進んでしまいかねない。そうなった後で、殿下が真に愛する御方と巡り会うかもしれませんもの」
実際そうなってもらう予定だし。今後、ミレイが誰を選ぶかはわからない。ローランは渡さないし、カインはエージュの保険なんだから、「ミレイ」の選択肢からリヒトやシルヴィス、オリヴィエを外して展開を狂わせることは避けたいのよ。
「……姫。申し訳ない」
「え?」
「俺は、あなたを疑っていました。ご自分が王太子殿下の妃となる為に、他の令嬢を蹴落とし、王女殿下の出生を暴いて、妃候補から外したのではないかと……」
「あり得ません!」
言われてみれば、そう取れなくもないかもしれない。でも私はローラン一筋です! リヒト殿下は鑑賞するにはいいけど、あのシスコンっぷりは無理だ。
「私に王太子妃など務まりません、王妃なんてもっと無理です!」
絶対に嫌だという私の気迫が通じたのか、カインは苦笑した。そして、申し訳ないともう一度謝る。
「王女殿下が、あなたとご一緒でなくては嫌だ、一緒に過ごせぬなら王女と認められずともよいとおっしゃっている、と伺って……その、あの御方まで籠絡なさったのかと」
少し頬を染める三十路のおっさん(イケメンだけど)。……エージュ、あなたのターゲットは既に陥落済だわ、おめでとう。
「エージュは大切な親友です。親友と一緒にいたいのは、私達……この年頃の女の子なら、普通のことじゃないかしら。他愛ないことをお話ししたり、お茶を楽しんだり。家族より友達を優先してしまって、後で反省したりもしますけれど」
乙女の繊細な心情はわからないでしょ?と匂わせると、カインは大きな体を二つ折りにしそうな勢いで頭を下げた。
「まこと、申し訳ない」
「構いません、誤解だったのですもの。私も、もっと言動に気をつけますね。王太子殿下のことは尊敬していますけれど、恋い慕ってはいません。私、初恋もまだですから」
神竜召喚の後に、恋に堕ちる予定です。
私の言葉に、カインは「そうおっしゃっていただけると」と安心したように息をついた。
――とりあえず、こういう誤解が他に広まっていないか、屋敷に戻ったらエージュに相談しなきゃね。
使者は慌てて、愛妾としてのお召しではないことを言い添え、私も未来視に関することではないかと言ってみた。それでもお母様は心配らしく、無理矢理な形で、お父様が王宮に同伴してくれることになった。
王宮に着くと、謁見の間ではなく、その奥にある国王陛下の寛ぎのお部屋に通された。おかげでお父様の警戒心は、最高潮に達しつつある。
私も、国王陛下の「奥の間」に通されたということで、貴婦人方にあらぬ噂を立てられたくはない。お父様が侍従に一方的に「謁見の間」の控室で待たせていただくと通告し、私達は、他の嘆願者や謁見を願い出ている貴族達がいる控室に移動した。
そこに移ってすぐ、私達は謁見の間に呼ばれた。
謁見の間では、国王陛下、宰相閣下、そしてカインがいた。だだっ広い広間には、他には侍従の姿すらない。
「国王陛下、御機嫌――」
「挨拶はよい、ラウエンシュタイン公。令嬢も。奥の間に通したのは配慮のつもりであったが」
「ですから申し上げました。未婚の姫君を、私的な部屋になど通されるものではないと」
宰相であるナルバエス大公は、嘆息しながら国王陛下――ギルフォード・セイル・ルア・カイザーリング陛下を諌めている。
「確かに、そなたの申した通り、浅慮であった。――公爵令嬢、アレクシア。未来視の姫、であったか」
銀の髪、薄く淡い琥珀の瞳。この上なく色素の薄い髪と瞳を持つのも当然な、この国の国王陛下は、私に顔を上げるよう促した。
「――王女のことは、伏せてほしかったが……言っても詮なきことか。カインより聞いている。そなた、シルハークの王に何を視た?」
伏せてほしいようなことをやっておいて、人を非難するなと言いたい。
「少なくとも一年以内に、我が国に宣戦布告する。そのような未来でした」
怯まずに答えた私に、国王陛下は少し目を見開いた。びくついて震えるとでも思ったなら、お生憎様だ。今の私は、社交界マナーを理解しきれてないからどんな相手にも怯えないでいられるという、皮肉な状態になっている。そのうち、怯えたり震えたりするのかもしれないけど。
「エルウィージュ様の出生を視た時と同じ感覚でしたから、あれは未来視だと申し上げられます」
嫌味には嫌味で返す。やられたらやり返せではないけど、ただ嫌味を受けてるばかりだと、何を言ってもいい、何をしてもいいと侮られかねない。だから、問題にならない程度に、きちんと返します。
「シルハークの軍は、総勢十万を越えます。騎兵五万、歩兵が七万といったところかと」
私の言葉に、今度はカインが瞠目した。国王陛下がちらっとカインを見遣ると、彼は恭しく礼をして私に同意した。
「姫のお言葉は、斥候の情報とも一致します。どこからこれほど正確な数字を得られたのか、逆にお伺いしたいほどでございます」
何冊目かわからないくらい出た資料集やVFBのうち、最後に出た「裏設定まで完全公開! これであなたも華寵封月マイスター!」の、諸国設定からです。
「我がヴェルスブルクが動員できる兵数は、騎兵三万、歩兵五万から六万。数の上では劣ると視えましたが……間違っていますか、シュラウス閣下」
「……いえ。姫の洞察通りにございます」
「ラウエンシュタイン公。卿の令嬢は、いつからこれほどに……」
カインだけでなく、宰相閣下も驚いている。軍の規模なんて、上流の貴族なら、その気になれば調べられる。ただ、普通は、貴族の令嬢はそんなことは把握しようとしない。私は、エージュと共に調べた。そして、「華寵封月」と同じ数字だと確認した。
「……アレクシア、おまえ、いつそのようなことを」
「未来視は、私の意志ではありません。視ようとして視えるものではなく、また、視たくないからと拒めるものでもありません」
神が気まぐれに与えてくれる恩寵なのだと、大嘘をぶっこいておく。ミレイが来た後に、細かいところを未来視しろと言われたら困るから。
「そして、私にはもう一つ視えました。これは、陛下に直々にお伝えせねばならぬことと、今まで胸に秘めていたことをお許し下さいませ」
「……許そう。そして問おう。姫、そなたは何を視た?」
「神竜の召喚でございます」
その場に緊張と畏怖が走った。神竜の召喚は、戦に於ける最大の武器になると同時に、召喚した神竜を従えるだけの魔力がないと、誇りを傷つけられた神竜が怒り狂うからだ。
「……姫。何を口になさっているか、おわかりか?」
宰相閣下が乾いた声で問いかけてくる。わかってますとも、ここで失敗したらローランに会えなくなるんだから、私も必死ですよ。
「これは国家機密だが、既に何人かが神竜召喚を試している。――そして、尽くが失敗した」
宰相閣下が苦い声で告げた言葉は、エージュの推測通りだった。言葉にしてないけど、失敗した中には大神官さえ含まれていること、存じてますよ。
「はい。――ですから、神はこれを私に下されたのではないかと思うのです」
私は、いつも身に付けている輝石を見せた。完全に私の所有になったこの輝石は、それを示すように、私の瞳と同じ薄い蒼に輝いている。
「……これは……輝石? しかし、これほど強大なものは……」
見たことがない、と言いたいんだろう。そりゃそうだ、神じいさんが自分の杖に嵌め込んでいた代物なんだもの。
「……既に、完全に姫の所有となっているな」
国王陛下はそう呟いた。……危ない、「所有」で私の物にしておかなかったら、確実に「国の為に」と取り上げられるところだったわ、あれはそういう目と声だった。
「はい。ですが、私は神竜召喚の召喚魔法を存じません。ですから、その魔法を知る方に、この輝石の魔力を委ねて神竜を召喚せよという、神の思し召しかと思っています」
「神竜召喚魔法を知る者……神官か」
国王陛下が独白した。召喚魔法自体は、神官なら一通り知っている。発動できるかどうかは、魔法の難易度と、術者の魔力レベルに比例するというだけだ。
「はい、陛下。神竜召喚に成功する方のお姿は、はっきりとは視えませんでした。ただ、その方がいらっしゃることだけは、確かです」
オリヴィエ・ステファニアスだけどね。名前も顔もばっちりわかってるけどね。私は、「視えたんです!」と熱意ある言葉を連ねてアピールした。
「――カイン。姫を、神殿にお連れせよ。姫に目通りさせる者を、おまえがよくよく吟味するのだ。私欲の為に神竜を使役する者が、姫を偽ることがないように」
「御意」
国王陛下の命に、カインが跪く。宰相閣下は、お父様を見て安心させるように言葉を紡いだ。
「ラウエンシュタイン公。令嬢の御身は、間違いなくご無事に、傷ひとつつけずにお帰り願う。ご安心なされよ」
「しかし、宰相殿。娘はあまりにも世間知らず。昨日も王太子殿下に……」
「報告は受けている。あれはリヒトが悪いのだ。窘めてくれた姫に感謝こそすれ、咎めることはあろうはずもない」
誰よ、国王陛下にチクったのは。やっぱり、忍びの護衛とか付いていたのかしら。でも、斥候はともかく「忍びの護衛」は、ゲームにはいなかったはずだ。いたとしたら、攻略キャラ全員を誑し込んでる逆ハールートなんて、無理だ。「その女、昨日、殿下の従兄と密会イベント起こしてました」とかバレるし。
「リヒト自身が、そう申しているのだ。姫は世間知らずではない。むしろ、リヒトが物事を弁えておらぬ」
あ、自白だったのね。ちゃんと、自分が悪かったと説明しているらしい。リヒト殿下への好感度が0.1上がった。
「陛下……」
「神に仕える神官とは申せ、望まずしてその職に就いた者もいる。そのような場所に、姫を連れ出すことに心が痛まぬわけではない。だが公爵、事は国の存続に関わるのだ。シルハークが攻めてきたら、このままでは我が国は敗北する」
国王陛下の言葉に、お父様はじっと目を閉じた。数秒の思案で、自分を納得させて――薄金の瞳を、私に向けた。
「アレクシア。よくよく、見極めなさい。決して、見誤ってはならぬ。おまえが魔力を委ねる相手は、この国の未来を左右するのだから」
「はい、お父様」
見誤るもんですか。オリヴィエを見つけて、言いくるめて、何がどうでもローランを召喚してもらうんですからね!
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「お父様……」
少し心細そうな表情で、お父様を見上げる。内心のうきうきを気取られてはいけない。
「不安がるものではない、アレクシア。カイン・シュラウス将軍、この先のこと、お願いする」
「は」
短く答えて顔を伏せたカインの、焦茶の髪が揺れた。他の貴族や侍従、女官達がいるこの場所で、あまり詳しい話はできない。
「必ずご無事に、姫をお送り申し上げます」
「頼む」
具体的なことは口にせず、それでもカインの真摯な言葉にお父様は少し安堵して、私の頭を撫でた。
「ルイーサには、おまえは買い物をしているとでも言っておこう。帰りに、何でも好きな物を買っておいで」
「はい。……お父様、もし、王宮からエージュの迎えが来たら……」
「わかっている。おまえのいない間に、そのようなことはさせないよ」
私の髪を結っている髪飾りをきちんと整えて、お父様はゆったり笑った。
「姫。お急ぎを」
「はい。お父様、行ってまいります」
「気をつけるのだよ。将軍が同行下さるとはいえ、おまえは少しお転婆だからね」
そう笑ったお父様は、茶化すことで自分の不安を拭おうとしている、そんな様子も感じ取れた。
大丈夫よ、お父様。オリヴィエを見つけて「この方です!」と演技するだけだから。今日、すぐに神竜召喚ってことにはならないから。
私は、お父様と別れた後、カインに神殿まで案内してもらった。余計なことは訊かない。ボロを出したくないから。
「……姫」
「はい?」
沈黙でやり過ごそうと思っていたのに、カインが私に話しかけてきた。アドリブで対応できる範囲の質問にしてほしい。
「未来視とは、それほど確かにわかるものなのですか?」
「……おっしゃる意味が……」
「令嬢方のご依頼に、個人の未来はわからぬと、姫は未来視を拒まれたと聞き及んでいます。ですが、今日告示された王女殿下の出生――それは、「個人」のことではないのですか?」
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「確かに、王女殿下の存在は国の問題でもありましょう。ですが、それならば、姫に未来視をお願いした令嬢方の中に、王太子殿下の妃となられる方はいないということですな」
「え……?」
「王女殿下のことより、王太子殿下の妃――つまり、未来の王妃陛下の方が、国の大事かと思いますが」
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「姫?」
「ですから、姫君方の未来視の依頼、あれは「視えない」とお断りしましたが、本当は「視ようとしていない」のです。私に依頼なさった方の中に、未来の王妃陛下はいらっしゃるかもしれません」
「……何故、とお聞きしてよろしいか」
面倒だからです。リヒト殿下はミレイに押しつける予定だし。
――とは言えないので、私は曖昧に笑った。
「王太子殿下の未来を、私が決めたくはないのです。私には、今、一番可能性が高い未来が視えるだけなのですから。私がどなたかを「王太子殿下と結ばれる」と申し上げたら、ご婚約まで進んでしまいかねない。そうなった後で、殿下が真に愛する御方と巡り会うかもしれませんもの」
実際そうなってもらう予定だし。今後、ミレイが誰を選ぶかはわからない。ローランは渡さないし、カインはエージュの保険なんだから、「ミレイ」の選択肢からリヒトやシルヴィス、オリヴィエを外して展開を狂わせることは避けたいのよ。
「……姫。申し訳ない」
「え?」
「俺は、あなたを疑っていました。ご自分が王太子殿下の妃となる為に、他の令嬢を蹴落とし、王女殿下の出生を暴いて、妃候補から外したのではないかと……」
「あり得ません!」
言われてみれば、そう取れなくもないかもしれない。でも私はローラン一筋です! リヒト殿下は鑑賞するにはいいけど、あのシスコンっぷりは無理だ。
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絶対に嫌だという私の気迫が通じたのか、カインは苦笑した。そして、申し訳ないともう一度謝る。
「王女殿下が、あなたとご一緒でなくては嫌だ、一緒に過ごせぬなら王女と認められずともよいとおっしゃっている、と伺って……その、あの御方まで籠絡なさったのかと」
少し頬を染める三十路のおっさん(イケメンだけど)。……エージュ、あなたのターゲットは既に陥落済だわ、おめでとう。
「エージュは大切な親友です。親友と一緒にいたいのは、私達……この年頃の女の子なら、普通のことじゃないかしら。他愛ないことをお話ししたり、お茶を楽しんだり。家族より友達を優先してしまって、後で反省したりもしますけれど」
乙女の繊細な心情はわからないでしょ?と匂わせると、カインは大きな体を二つ折りにしそうな勢いで頭を下げた。
「まこと、申し訳ない」
「構いません、誤解だったのですもの。私も、もっと言動に気をつけますね。王太子殿下のことは尊敬していますけれど、恋い慕ってはいません。私、初恋もまだですから」
神竜召喚の後に、恋に堕ちる予定です。
私の言葉に、カインは「そうおっしゃっていただけると」と安心したように息をついた。
――とりあえず、こういう誤解が他に広まっていないか、屋敷に戻ったらエージュに相談しなきゃね。
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