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平凡透子の非凡な日常 前編

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 「トーコ。約束通り、キミをさらわせてもらうから。覚悟してね」

 マリノが透子の手にくちづけながらそう言うと、透子は困ったように頷いた。

 「約束通り、私も考えてみます。ですが、本当に期待をしないでください」
 「考えてもらえるだけで嬉しいよ、トーコ」

 透子を膝に乗せたままその頭を引き寄せて、マリノはそっと抱き締めた。そんなマリノからベリッと引き剥がし、透子を持ち上げてエドガーは自分の腕に閉じ込めると、

 「考えて考えて、私のことでいっぱいになってもらえれば重畳ちょうじょうだね、トーコ」

 そう囁いた。すかさずノーマが横からさらい、それを正しいと知らないままにお姫様抱っこをして、透子を見つめる。

 「トーコ。その美しい瞳に私以外を入れたくないと思うほど愛しますから、覚悟してください」

 透子の顔に近付くノーマの顔を押しやり、ジーンは透子を高い高いするように掲げた。

 「愛しているぞ、トーコ。安心して愛されろ」

 ニッと野性的な笑みを浮かべるジーンは、透子を掲げたままクルクルと回って抱き締めた。腕の中にすっぽりと収まる小さな体は、守らなくては、と思わせるほど、華奢なものだった。

 そんな熱い告白を受けても、尚、表情の変わらない透子の代わりに、社内のみんなの顔が熱くなる。先程の失態さえ忘れてしまうほどのイケメンッぷりだ。何も考えずに素で行動した方が良いと思う。

 そんな感じで透子は四人にもみくちゃにされつつ、通常業務をこなしていた。そんな透子があらゆる意味で凄すぎて、周囲の人たちの方が仕事に専念出来なかった。そうしてあと少しで就業時間が終わるという頃。

 「ところでみなさん」

 四人にもみくちゃにされながら、透子は変わらない口調で四人に話しかける。

 「あらゆるモノから狙われる存在だと自覚なさってくださいね」

 四人の手からするりと抜け出し、いつの間にか透子の手に握られている銃に、社員たちは短い悲鳴を上げて透子たちからさらに距離を取る。透子が銃を構えた先、オフィスの扉が開いた瞬間、透子の銃から銃声と言うには小さすぎる乾いた音が二回した。それは、オフィスに入ろうとした男の右足と左肩に命中する。

 透子は叫びのたうち回る男を無視し、男が反動で放り投げた箱が床につく前に衝撃を殺して手に取ると、危うげなく中を確認し、窓に向かう。窓を開けて一旦離れると、助走をつけて勢いよくその窓から飛び出した。

 社員たちは呆気あっけにとられる。ここはビルの九階。落ちたら死ぬ。

 しかし透子は、ビルから離れた空中で、その箱を思い切り空を目がけて蹴り上げた。くるりと空中で体勢を整えると、屋上を目がけて何かを投げた。ワイヤーのようだ。それに掴まり、振り子の原理で飛び出した窓から透子は室内に戻ってきた。そして上空で何かが爆発する音が響く。

 社員たちは爆発音に悲鳴を上げるも、驚くべきことが多すぎて、最早キャパオーバーだった。

 「自爆テロですね。死ぬ覚悟があるなら、もっと別の道もあったでしょうに」

 どこからか取り出したロープで、転がる男を拘束する。

 「しっかり罪を償ってくださいね」
 「ちくしょう!何だよおまえ!何なんだよ!」

 わめく男に容赦なく猿轡さるぐつわをして黙らせる。

 あっさりと制圧する透子を、四人は当然のように称賛する。

 社員たちは、あまりのことに声も出せない。どこか別の世界にまぎれ込んでしまったように感じていた。

 日向透子ひむかいとうこ

 可もなく不可もなく。いたって普通の外見、普通のどこにでもいるような派遣のOL。仕事もすごく出来るわけではないが、そつなくこなし、誰かとトラブルを起こすこともない。口数が少なく大人しいが、誰とでも普通に会話はする。ありふれた黒髪黒目の外見だが、その黒髪はとても艶やかで美しい。背は少々低めで少々やせ気味。

 平々凡々な火の本国ひのもとこくの小柄な女性?

 いいや。ちっとも平凡などではない。



*つづく*
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