上 下
11 / 26

日向透子との出会い ~ノーマside~

しおりを挟む
 トーコを初めて目にしたとき、私は眉をひそめた。



 海を移動するのは一苦労だ。

 空港のない島に行くときは、船の移動だ。足場の悪い海上の護衛は、陸上を護衛するより難易度が高い。

 「遊びではないのですよ。好奇心から無理を通したのであれば、お帰りなさい。それは、他の方たちの命を軽んじる行為です」

 屈強な護衛たちの中、子供のような体格が交じっていたので注意をした。護衛は命懸け。そんな場所に、興味本位で子供が交じっていいはずがない。何が命取りになるかわからないのだ。

 私の言葉に少し驚いた顔をしたその子は、すぐに眉を下げた。すると、背後から慌てたように声がかかる。

 「ミュゲル様、彼女は今作戦の要なのです」

 護衛隊長がその子を紹介する。

 「トーコ・ヒムカイです。彼女なしに今回キメラに遭遇した場合の護衛生存率は、四割に満たないかと」

 護衛隊長の言葉に、今度は私が驚く。少年だと思っていたが、女性であることにも。

 「キミが、ヒムカイ?」

 父から聞いていた。近年、凄腕の護衛が入ったと。女性だとは聞いていたが、容姿まで詳しくは聞いていなかった。勝手に他の護衛たちと同じような、屈強な人物だと思っていた。

 「ご挨拶が遅れました。トーコ・ヒムカイです。今回ミュゲル様の護衛につく栄誉をたまわりました。安全な旅にはなりませんが、ミュゲル様を無事にこのお屋敷へお戻りいただけるよう尽力いたします」

 トーコの美しい髪が、サラリと揺れた。



 甲板かんぱんに設置されたいくつかのカメラの内、一つがトーコを映していた。背中には、空中を移動するためのエアーと呼ばれる物が装備され、何かあればいつでも海上に飛び出せる。彼女は前方を見据え、動かない。どれくらい時間が経っただろう。トーコがカメラから消えた。思わず背もたれから体を起こす。少しして、トーコの背丈ほどもある銃を背負ってきた。重量がありそうだが、彼女は軽々持ち上げ、前方を見据え、引き金を引いた。同時にその銃を持って海上へ飛び出し、見えなくなった。思わず部屋から出ると、扉前の護衛が阻止する。

 「ミュゲル様、お戻りを」
 「キメラですか」
 「いえ、大型の海洋生物です。獰猛どうもうな性格のモノなので、処理に向かっております」

 護衛は油断なく警戒している。私を甲板に出す気はない。それはそうだ。自身でも言った通り、何が命取りになるかわからないのだ。戦闘のド素人が、それこそ興味本位でウロウロされたら堪ったものではないだろう。その時、護衛が耳に手を当て、了承の言葉を口にした。小型無線機で連絡を取り合っている。

 「ミュゲル様。キメラが現れました。ヒムカイが海洋生物を討伐とうばつしたとのことで、そのままキメラ討伐に向かうとのことです。交代の者が来たら私も向かいます。どうぞ部屋にお戻りください」

 先程飛び出して行ったトーコが、もう討伐したという。足場のない海上で戦うことは、海を生活の場とする生物たちより遙かに不利だ。それを、いとも容易たやすく終わらせるとは。自身の気持ちが高揚こうようしているのがわかる。

 それからしばらくして、騒がしかった甲板が落ち着きを取り戻した頃。

 部屋から再び出ようとして、先程の護衛と交代した護衛が苦笑する。

 「どうぞ、ミュゲル様。脅威きょういは去りましたので、外の空気を吸われるのもよろしいかと」

 狭い廊下を進み、甲板へと続く扉を開ける。眩しさに一瞬くらんだ目に飛び込んできたのは、戻ったばかりのトーコの姿だった。その姿に、言い知れぬ感情が背中をう。

 トーコは返り血を浴びていた。

 海洋生物のものかキメラのものかはわからない。幼い顔に散る赤が、どうしようもなくなまめかしく見えた。

 トーコは汚れた自分を隠すように、軽く一礼だけすると、屈強な男たちに埋もれて見えなくなってしまった。

 私はトーコが消えた方を、見つめ続けた。




*つづく*
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

Blue Rose~傍役令嬢のアフターケア~

夢草 蝶
恋愛
 ある社交パーティーの場でたくさんの殿方を侍らせているロマンス小説のヒロインみたいな少女。  私は彼女たちを気にせず、友人たちとの談笑を楽しんだり、軽食に舌鼓を打っていた。  おや? ヒロイン少女が王子に何かを耳打ちしている。  何を言っているのだろうと眺めてたら、王子がびっくりしたように私を見て、こちらへやって来た。  腕を捕まれて──うぇ!? 何事!?  休憩室に連れていかれると、王子は気まずそうに言った。 「あのさ、ないとは思うけど、一応確認しておくな。お前、マロンに嫌がらせとかした?」  ・・・・・・はぁ?  これは、お馬鹿ヒロインによって黒歴史を刻まれた者たちを成り行きでアフターケアする令嬢の物語である。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

処理中です...