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ージーン・ヴァンタインの場合ー

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 「会いたかった!会いたかったぞ、トーコ!」

 何社もの会社が入ったビルの入り口前。

 キラキラした男がいた。髪は黄金、瞳は青。意志の強そうな眉はキリリと上がり、形の良い唇が微笑む。美しい男が口にした名は、このビルに入る会社の中でもいたって普通の女性社員、日向透子ひむかいとうこ。黒髪黒目の、火の本国ひのもとこくではありふれた外見。背は少々低めで少々やせ気味。

 「おはようございます。仕事がありますので終わってからにしてくださいね」

 平凡透子がキラキラハイスペックを華麗に置き去りにしたことに、入り口前にいた人々は、何が起きたかわからなかった。置き去りにされたハイスペックも同じだ。

 「あれ」

 ハイスペックは側にいた側近を振り返る。

 「こういうときって、お会いしたかったです、って抱き締めてくれるものではないのか」
 「ジーン様との気持ちにへだたりがあるようですね」

 ジーンと呼ばれたハイスペックは、側近をジッと見た。

 「ジーン様の愛がヘビー級だとしましょう。トーコ様の愛はミニマム級、と言ったところでしょうか」

 ボクシングの階級で、ヘビー級は一番重い階級になり、ミニマム級は一番軽い階級だ。

 「愛はあるけどそこに格差があると」
 「トーコ様に愛があるかはわかりかねますが」
 「そこは嘘でも、格差はあれど愛があるから問題ない、とか言うところではないのか」
 「嘘でもよろしいのですね」
 「おまえ、私のことキライだろう」
 「とんでもない」

 軽快な側近とのやり取りに気を悪くするでもなく、ジーンは入り口に向かう。

 「ジーン様、大人しく待たれた方がよろしいのでは」

 側近の言葉に、ジーンはニヤリと笑った。

 「トーコは私を待っているんだ。つれない態度も私の気を引くため。健気けなげではないか」
 「勘違いかと思われますが」
 「もうおまえは喋らんでいい」

 透子を追いかけ中に入って行ったジーンの背中を見つめながら、周囲の人々は戸惑いの声を上げる。

 「あれって、ヴァンタインの御曹司おんぞうし、だよな」
 「画面の向こうでしか見たことないけど、間違いないんじゃないかな」
 「四大財閥の人が、何で?」
 「追いかけられた人、誰なんだろう」


*~*~*~*~*


 「トーコ!ほら、遠慮せず私の胸に飛び込んできていいんだぞ!」

 会社の扉が開くなり、キラキラの眩しい見た目の男がそう言って入ってきた。出勤したばかりの社員たちは唖然と眩しい男を見る。

 「え、あれ、ジーン・ヴァンタイン?」

 誰かの呟きに、全員が驚愕きょうがくする。間違いない。ヴァンタインの御曹司だ。そんな大財閥の人間が、こんな、と言ったら失礼だが、中小企業のこの会社に何の用があるというのか。全員がワケがわからず呆然としている中、声がした。

 「ジーン様、仕事だから終わってから、と申し上げたかと思うのですが」

 全員が声の主を見る。可もなく不可もない、目立たない女性である日向透子が、どこか呆れたような声音で、ヴァンタインの御曹司にそう言った。

 驚愕だった。

 世界が平伏す大財閥の御曹司だ。どんな美女もよりどりみどりのはずの、ジーン・ヴァンタイン。決して庶民と交わることのない、雲の上の存在、のはず。それが、失礼だが、本当に平凡な女性でしかない透子と関わりがあること自体、意味がわからなかった。

 「照れずとも良い。ほら、来い、トーコ」

 両手を広げてウエルカムなジーンに、透子は呆れた溜め息をいてジーンのところへ足を向けた。少し離れたところで止まると、ジーンは苦笑して透子の手を引っ張ると、その腕の中に閉じ込めた。黄色い悲鳴があちこちから聞こえる。

 「本気、ですか」

 透子の言葉に、何を当たり前な、と言うように、ジーンは目を丸くした。

 「最初からそう言っているだろう」

 一年ぶりの透子の感触に、ジーンはそれはそれは幸せそうな笑みを浮かべた。

 「秘宝おまえを手に入れるために、一年待った」

 透子の頭にくちづける。

 「全力でいく。覚悟しろよ」

 野性的な笑みがひどく似合っていて、周囲の人々は顔を真っ赤にさせた。

 「トーコ、ここな、ここ」

 ジーンは早速行動に移す。透子の手を取り、壁際に立たせる。

 「ここに立ってろ」

 銃口を向け、容赦なく引き金を引く。周囲が悲鳴を上げる。先程までの雰囲気は何だったというのか。この男は殺し屋なのか。

 しかし銃弾は透子の顔左側、二十センチ逸れた壁に穴を空けた。

 「この国の女の子は、随分刺激的なことが好きなんだなって思ったが」

 意味がわからない。生死をかけるほどの刺激を求める人など稀だ。それを、この国の女性すべてがそんな狂気に満ちているみたいに言われても。

 「これが、壁ドンってやつだろう?どうだ?ドキドキしたか?ほ、惚れた?」

 違う。大いに違う。壁に銃をドンすることじゃない。腕とか手で壁をドンすることです。銃じゃない。

 「確かにドキドキはしましたね。なるほど。これが壁ドンですか」

 日向さーん?!

 「ドキドキしたか!では私に惚れたと言うことだな?!早速婚儀に取りかかろう!」
 「相変わらずだね、ヴァンタイン」

 涼しげな声に、嫌な予感を覚えつつ振り返る。

 ジーンの予感は的中した。

 「チッ。もう来たか、ロベロニア」




*つづく*
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