11 / 16
やっと
しおりを挟む
魔女であり、年齢が最早関係ないのであれば、出会ってすぐに行動に移さなかったのは何故だろう、と思って聞いてみた。
記憶の魔法は恐ろしいほど繊細で、扱いが難しいという。
ベリル伯爵家の令嬢であると国中に認識させるため、一年という時間が必要だったという。東の魔女が、国中の記憶に干渉することをたった一年でやること自体あり得ない、と呆れ、南の魔女が、どれだけローセントに執着してるのよ、とドン引いていた。ただ、昔からこの街で暮らしていた、という認識をさせるだけならまだしも、ひとつの家族の中に入り込み、違和感なく暮らしていることが、驚愕を通り越して恐怖すら感じる、と二人の魔女に詰られていた。凄すぎて叩かれるって、理不尽極まりないな、と思った。
そもそもそんな回りくどいことをせずに、他国の人間を装うなり何なりで、普通に私に接触すれば良かったのではないだろうか、と思ったが、黙っておく。
ちなみにルゥルゥが社交界に紛れていたのは、婚活中だったという。ここ百年くらい、世界中の社交界にこっそり紛れていたらしい。そして一年前に、ようやくローセントに巡り会えたのだと。
家族であるはずのルゥルゥが、実は家族ではなかったと知ったベリル家は、泣きながら、それでも家族だ、とルゥルゥをぎゅうぎゅうと抱き締めていた。本当に、ルゥルゥを愛しているんだな、と思った。確かにこんな人たちであれば、お金のために家族を差し出すことはないだろう。
それにしてもあの時、違和感を覚えるべきだった。
“昨年、王城のお茶会に参加していたときもそうでした。”
ここへ来た初日に、そう言われた。ルゥルゥは十八だと言っていたのに。王城から茶会への招待状が届くのは、十八から。一年前なら、ルゥルゥは十七。王城の茶会に参加など、出来ようはずもないのだから。
騒動だらけの今回の王太子生誕祭から戻り、盛りだくさんな今日の出来事を思う。
「呪いを、解けるのだろうか」
ローセントは、ポツリと呟く。
どの魔女よりも凄まじい使い手だと言っていた。グラスで頭に怪我を負ったとき、痛みがなくなったのは、治癒の魔法を使ってくれたのだ。眼帯も、何かの魔法がかけられていて、目を保護してくれたに違いない。だが、これまで一度も呪いについて言ってくることはなかった。
胸の痣を、シャツごと握り締める。呪いの発動まで、一ヶ月もない。きっと、呪いを解くことは叶わない。だから、ルゥルゥも、呪いには触れないのだろう。
「あと少し。まだまだ思い出を作りたいな。ルゥと、たくさん、楽しい思い出を」
ギリ、と、痣を抉るように爪を立てた。
「ねえ、ルゥルゥ、あの、お願いが、あるんだ」
庭を、二人で歩いていたとき。ローセントがそんなことを口にした。
「はい。何でも仰ってください。どんなことでも叶えますわ」
どんなことでも。ローセントはゆるく首を振ってから、ルゥルゥを見つめた。
「呪いが、発動するとき」
繋いだ手に、力を込める。
「ただ、こうして、手を繋いで、一緒に、いてくれないか、ルゥルゥ」
少し、声が震えた。
「お安いご用ですわ、ロー様」
ルゥルゥは真摯な眼差しで応えてくれた。
特別なことはしない。ただ、いつも通りの毎日を。そう、家人たちは心がけた。
誕生日が、来る。来てしまう。
奇跡を、願う。
ルゥルゥが、奇跡を起こしてくれるかもしれない。
他力本願であるとわかっている。けれど、もう、縋るしかない。数多のお伽噺で語られるような、愛が起こす奇跡を。
「ルゥ、すまない、すまない、ルゥ」
時間が、ない。もう直、日付が変わる。誕生日が、来てしまう。
部屋には、誰もいない。ふたりきり。
約束通り、手を、繋いでいる。
「ひとり、残して逝くことを、どうか、どうか赦してくれ」
たくさん、思い出を作った。きっと、それが、心の支えになってくれると、信じて。
「ルゥ、ありがとう。私と共にいてくれて。たくさん、思い出を、一緒に、作って、くれて。ルゥ、ありがとう、本当に」
ボロボロと涙が零れる。
「ごめん、ルゥ、情けなくて、ごめん。笑って別れるつもりだったんだ。こんな、情けない姿、見せるつもり、なかったんだよ」
キュッ、と握る手に力が込められる。
「私が、ルゥを、幸せに、したかった」
繋ぐ手を引き寄せ、抱き締める。
「ルゥ、愛している。愛しているよ、ルゥ」
ローセントの手がルゥルゥの頬に添えられる。ゆっくりローセントの顔がルゥルゥに近付くと、そっと唇が重なった。少しして離れたローセントは、懸命に笑った。
「ルゥと、もっと、いっしょ、に、いた、かった、なあ」
ボロボロと零れ落ちる涙に、ルゥルゥはくちづけた。
「こんな極限にならないと自分の気持ちを吐き出せないロー様が、本当に愛おしい」
今度はルゥルゥからその唇に、自身のものを重ねる。
「申しましたでしょう?どんなことでも叶えると。何でも仰ってください、と」
ルゥルゥは心の底から嬉しそうにした。
「ルゥファルゥア。わたくしの真名です、ロー様。真名を、呼んでくださいませ」
「ルゥファ、ルゥア?」
*つづく*
記憶の魔法は恐ろしいほど繊細で、扱いが難しいという。
ベリル伯爵家の令嬢であると国中に認識させるため、一年という時間が必要だったという。東の魔女が、国中の記憶に干渉することをたった一年でやること自体あり得ない、と呆れ、南の魔女が、どれだけローセントに執着してるのよ、とドン引いていた。ただ、昔からこの街で暮らしていた、という認識をさせるだけならまだしも、ひとつの家族の中に入り込み、違和感なく暮らしていることが、驚愕を通り越して恐怖すら感じる、と二人の魔女に詰られていた。凄すぎて叩かれるって、理不尽極まりないな、と思った。
そもそもそんな回りくどいことをせずに、他国の人間を装うなり何なりで、普通に私に接触すれば良かったのではないだろうか、と思ったが、黙っておく。
ちなみにルゥルゥが社交界に紛れていたのは、婚活中だったという。ここ百年くらい、世界中の社交界にこっそり紛れていたらしい。そして一年前に、ようやくローセントに巡り会えたのだと。
家族であるはずのルゥルゥが、実は家族ではなかったと知ったベリル家は、泣きながら、それでも家族だ、とルゥルゥをぎゅうぎゅうと抱き締めていた。本当に、ルゥルゥを愛しているんだな、と思った。確かにこんな人たちであれば、お金のために家族を差し出すことはないだろう。
それにしてもあの時、違和感を覚えるべきだった。
“昨年、王城のお茶会に参加していたときもそうでした。”
ここへ来た初日に、そう言われた。ルゥルゥは十八だと言っていたのに。王城から茶会への招待状が届くのは、十八から。一年前なら、ルゥルゥは十七。王城の茶会に参加など、出来ようはずもないのだから。
騒動だらけの今回の王太子生誕祭から戻り、盛りだくさんな今日の出来事を思う。
「呪いを、解けるのだろうか」
ローセントは、ポツリと呟く。
どの魔女よりも凄まじい使い手だと言っていた。グラスで頭に怪我を負ったとき、痛みがなくなったのは、治癒の魔法を使ってくれたのだ。眼帯も、何かの魔法がかけられていて、目を保護してくれたに違いない。だが、これまで一度も呪いについて言ってくることはなかった。
胸の痣を、シャツごと握り締める。呪いの発動まで、一ヶ月もない。きっと、呪いを解くことは叶わない。だから、ルゥルゥも、呪いには触れないのだろう。
「あと少し。まだまだ思い出を作りたいな。ルゥと、たくさん、楽しい思い出を」
ギリ、と、痣を抉るように爪を立てた。
「ねえ、ルゥルゥ、あの、お願いが、あるんだ」
庭を、二人で歩いていたとき。ローセントがそんなことを口にした。
「はい。何でも仰ってください。どんなことでも叶えますわ」
どんなことでも。ローセントはゆるく首を振ってから、ルゥルゥを見つめた。
「呪いが、発動するとき」
繋いだ手に、力を込める。
「ただ、こうして、手を繋いで、一緒に、いてくれないか、ルゥルゥ」
少し、声が震えた。
「お安いご用ですわ、ロー様」
ルゥルゥは真摯な眼差しで応えてくれた。
特別なことはしない。ただ、いつも通りの毎日を。そう、家人たちは心がけた。
誕生日が、来る。来てしまう。
奇跡を、願う。
ルゥルゥが、奇跡を起こしてくれるかもしれない。
他力本願であるとわかっている。けれど、もう、縋るしかない。数多のお伽噺で語られるような、愛が起こす奇跡を。
「ルゥ、すまない、すまない、ルゥ」
時間が、ない。もう直、日付が変わる。誕生日が、来てしまう。
部屋には、誰もいない。ふたりきり。
約束通り、手を、繋いでいる。
「ひとり、残して逝くことを、どうか、どうか赦してくれ」
たくさん、思い出を作った。きっと、それが、心の支えになってくれると、信じて。
「ルゥ、ありがとう。私と共にいてくれて。たくさん、思い出を、一緒に、作って、くれて。ルゥ、ありがとう、本当に」
ボロボロと涙が零れる。
「ごめん、ルゥ、情けなくて、ごめん。笑って別れるつもりだったんだ。こんな、情けない姿、見せるつもり、なかったんだよ」
キュッ、と握る手に力が込められる。
「私が、ルゥを、幸せに、したかった」
繋ぐ手を引き寄せ、抱き締める。
「ルゥ、愛している。愛しているよ、ルゥ」
ローセントの手がルゥルゥの頬に添えられる。ゆっくりローセントの顔がルゥルゥに近付くと、そっと唇が重なった。少しして離れたローセントは、懸命に笑った。
「ルゥと、もっと、いっしょ、に、いた、かった、なあ」
ボロボロと零れ落ちる涙に、ルゥルゥはくちづけた。
「こんな極限にならないと自分の気持ちを吐き出せないロー様が、本当に愛おしい」
今度はルゥルゥからその唇に、自身のものを重ねる。
「申しましたでしょう?どんなことでも叶えると。何でも仰ってください、と」
ルゥルゥは心の底から嬉しそうにした。
「ルゥファルゥア。わたくしの真名です、ロー様。真名を、呼んでくださいませ」
「ルゥファ、ルゥア?」
*つづく*
22
お気に入りに追加
258
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので初恋の人と添い遂げます!!~有難う! もう国を守らないけど頑張ってね!!~
琴葉悠
恋愛
これは「国守り」と呼ばれる、特殊な存在がいる世界。
国守りは聖人数百人に匹敵する加護を持ち、結界で国を守り。
その近くに来た侵略しようとする億の敵をたった一人で打ち倒すことができる神からの愛を受けた存在。
これはそんな国守りの女性のブリュンヒルデが、王子から婚約破棄され、最愛の初恋の相手と幸せになる話──
国が一つ滅びるお話。
婚約破棄されたら人嫌いで有名な不老公爵に溺愛されました~元婚約者達は家から追放されたようです~
琴葉悠
恋愛
かつて、国を救った英雄の娘エミリアは、婚約者から無表情が不気味だからと婚約破棄されてしまう。
エミリアはそれを父に伝えると英雄だった父バージルは大激怒、婚約者の父でありエミリアの親友の父クリストファーは謝るがバージルの気が収まらない。
結果、バージルは国王にエミリアの婚約者と婚約者を寝取った女の処遇を決定するために国王陛下の元に行き――
その結果、エミリアは王族であり、人嫌いで有名でもう一人の英雄である不老公爵アベルと新しく婚約することになった――
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる