9 / 16
怪我の功名
しおりを挟む
「まあ、聞こえませんでしたか。わかりやすく大きな声で申し上げますと、わたくしが宝石であるなら、あなた様はキッチンで、誰もが声を上げる黒く光るもの。わたくしが夜空で輝く星ならば、あなた様は夜の灯りの中にいる蝶のようなもの」
わかりづらい。えーと、綺麗なもののように言ってみているけれど、それ、どちらも虫に分類されるものではなかろうか。つまり。
「僕はそこの呪われた男より劣る、と」
ショーンは手にしていたグラスを持ち上げた。
「ああ、手が滑ったよ」
馬鹿にされること、見下されることに我慢ならない性分のショーンは、そう言ってルゥルゥの頭にゆっくりとグラスの中身を零した。いや、零そうとした。その手を掴まれる。
「お止めください」
ショーンはピクリと眉を上げた。
「汚らわしいっ!僕に触れるな!呪いを僕にうつす気かっ」
ローセントの行いに激昂したショーンは、グラスを持ったままの手を振り下ろし、中身がローセントの頭からかかると同時に、そのグラスが頭で割られた。
「っ」
「ロー様っ」
ルゥルゥが慌ててローセントの頭に手を伸ばすと、ローセントはその手をやんわり押し戻し、触らないように言う。
「ガラスの破片で、ルゥの手に傷がついてしまう。私は大丈夫だから」
皮膚が引き攣れて思うように表情が動かないが、安心させようと笑ってくれているのがわかる。ルゥルゥは泣きそうになりながら怒る。
「血が!出ているのです!わたくしの心配をしている場合ではありません!」
「わ、ちょっと、ルゥ」
ルゥルゥは傷口を確かめようと、包帯をむしり取る。包帯がクッションになって、然程傷は深くなかった。ガラス片も、入り込んでいない。包帯に血は滲んだが、それだけで済んでいた。安堵の息を吐いて、ルゥルゥはその傷口にくちづけた。不思議なことに、痛みが引いた。
「ルゥ?」
不思議そうな声を出すローセントに、ルゥルゥは微笑んだ。
「ありがとうございます、ロー様。庇ってくださって、嬉しかった」
「ルゥに何もなくて良かった」
二人の世界を作り上げていると、誰かが叫ぶように言った。
「深窓の姫君の貴公子っ」
妙なワードに、ローセントとルゥルゥは声のした方を見る。
女性たちは顔を紅潮させ、ローセントを凝視していた。
レゾワも真っ赤になって震えている。ショーンも驚きに口を開閉しているが、言葉が出ていない。
当然だ。誰が、美しい素顔を隠すと思う。まだマシな方を晒していると、思うだろう。
確かに噂の貴公子は、右側を覆う仮面を着けていた。それは、顔をわかりにくくするためのものであると思っていたのだが。これなら、間違いなく身元バレしない。他国の人だと思われても当然だった。呪われた伯爵の素顔を、誰ひとり見たことがないのだから。
何故今になって、その素顔を晒して国のあちらこちらへ出没していたのか。
それは、ルゥルゥとの思い出作りをしようとしていたからだ。ローセントはどこへ行っても目立つ。そして、悪意をぶつけられるのだ。そういうものに煩わされず、ふたり穏やかに過ごしたかった。そうして考えたことが、いつも外に出るスタイルと、反対のことをしようというもの。ルゥルゥは微妙な反応だったが、頷いた。
包帯の下に、これほどの美貌が眠っていたなんて。
右半分の醜悪さを吹き飛ばすほどの衝撃の美貌。誰もがローセントから目が離せない。
「あ。しまった。申し訳ありません、ロー様。包帯、外してしまいました」
気まずいような、少し嬉しそうな、そんな表情がルゥルゥに浮かぶ。
ローセントが、侮蔑ではない視線を一身に受けていることが嬉しいのだろうか。
「もうバレてしまったものは仕方がありません。さ、こちらの愛くるしいおめめは隠しましょうね」
違った。閉じない方の目を衆目に晒さずに済んで喜んでいた。本気で可愛いと思っていたようだ。
今のルゥルゥの反応を思えば、思い出作りで素顔を晒すときに微妙な反応だったのは、いつも通りで問題ないと思ったのだろう。可愛いと言っている目が見られないことを残念がりつつ、衆目に晒さなくて済むのかという、隠しておきたいジレンマで揺れ動いていたのだろう。
ちなみに、深窓の姫君と言われていたのは、当然ルゥルゥだ。顔は見えなかったし、所作は美しい。美貌の貴公子が愛おしげに見つめていたのだ。誰もが勝手に妄想を膨らませるだろう。
ルゥルゥの手で、白く綺麗な眼帯が着けられる。銀の刺繍が入った美しいものだ。いつも家で着けているものとは違う。眼帯があるだけで乾き方が違うのだが、乾かないわけではない。しかし今着けてもらった眼帯は、不思議と目の乾きが癒された。
先程の傷にしてもそうだが、どうなっているのだろう。
美しい眼帯は、とてもローセントに似合っていた。より、その美貌が際立つ。会場中は、あまりのことに言葉を失っていた。
そんな中、この空気を断ち切るように、王族が入場する合図が響き渡った。
*つづく*
わかりづらい。えーと、綺麗なもののように言ってみているけれど、それ、どちらも虫に分類されるものではなかろうか。つまり。
「僕はそこの呪われた男より劣る、と」
ショーンは手にしていたグラスを持ち上げた。
「ああ、手が滑ったよ」
馬鹿にされること、見下されることに我慢ならない性分のショーンは、そう言ってルゥルゥの頭にゆっくりとグラスの中身を零した。いや、零そうとした。その手を掴まれる。
「お止めください」
ショーンはピクリと眉を上げた。
「汚らわしいっ!僕に触れるな!呪いを僕にうつす気かっ」
ローセントの行いに激昂したショーンは、グラスを持ったままの手を振り下ろし、中身がローセントの頭からかかると同時に、そのグラスが頭で割られた。
「っ」
「ロー様っ」
ルゥルゥが慌ててローセントの頭に手を伸ばすと、ローセントはその手をやんわり押し戻し、触らないように言う。
「ガラスの破片で、ルゥの手に傷がついてしまう。私は大丈夫だから」
皮膚が引き攣れて思うように表情が動かないが、安心させようと笑ってくれているのがわかる。ルゥルゥは泣きそうになりながら怒る。
「血が!出ているのです!わたくしの心配をしている場合ではありません!」
「わ、ちょっと、ルゥ」
ルゥルゥは傷口を確かめようと、包帯をむしり取る。包帯がクッションになって、然程傷は深くなかった。ガラス片も、入り込んでいない。包帯に血は滲んだが、それだけで済んでいた。安堵の息を吐いて、ルゥルゥはその傷口にくちづけた。不思議なことに、痛みが引いた。
「ルゥ?」
不思議そうな声を出すローセントに、ルゥルゥは微笑んだ。
「ありがとうございます、ロー様。庇ってくださって、嬉しかった」
「ルゥに何もなくて良かった」
二人の世界を作り上げていると、誰かが叫ぶように言った。
「深窓の姫君の貴公子っ」
妙なワードに、ローセントとルゥルゥは声のした方を見る。
女性たちは顔を紅潮させ、ローセントを凝視していた。
レゾワも真っ赤になって震えている。ショーンも驚きに口を開閉しているが、言葉が出ていない。
当然だ。誰が、美しい素顔を隠すと思う。まだマシな方を晒していると、思うだろう。
確かに噂の貴公子は、右側を覆う仮面を着けていた。それは、顔をわかりにくくするためのものであると思っていたのだが。これなら、間違いなく身元バレしない。他国の人だと思われても当然だった。呪われた伯爵の素顔を、誰ひとり見たことがないのだから。
何故今になって、その素顔を晒して国のあちらこちらへ出没していたのか。
それは、ルゥルゥとの思い出作りをしようとしていたからだ。ローセントはどこへ行っても目立つ。そして、悪意をぶつけられるのだ。そういうものに煩わされず、ふたり穏やかに過ごしたかった。そうして考えたことが、いつも外に出るスタイルと、反対のことをしようというもの。ルゥルゥは微妙な反応だったが、頷いた。
包帯の下に、これほどの美貌が眠っていたなんて。
右半分の醜悪さを吹き飛ばすほどの衝撃の美貌。誰もがローセントから目が離せない。
「あ。しまった。申し訳ありません、ロー様。包帯、外してしまいました」
気まずいような、少し嬉しそうな、そんな表情がルゥルゥに浮かぶ。
ローセントが、侮蔑ではない視線を一身に受けていることが嬉しいのだろうか。
「もうバレてしまったものは仕方がありません。さ、こちらの愛くるしいおめめは隠しましょうね」
違った。閉じない方の目を衆目に晒さずに済んで喜んでいた。本気で可愛いと思っていたようだ。
今のルゥルゥの反応を思えば、思い出作りで素顔を晒すときに微妙な反応だったのは、いつも通りで問題ないと思ったのだろう。可愛いと言っている目が見られないことを残念がりつつ、衆目に晒さなくて済むのかという、隠しておきたいジレンマで揺れ動いていたのだろう。
ちなみに、深窓の姫君と言われていたのは、当然ルゥルゥだ。顔は見えなかったし、所作は美しい。美貌の貴公子が愛おしげに見つめていたのだ。誰もが勝手に妄想を膨らませるだろう。
ルゥルゥの手で、白く綺麗な眼帯が着けられる。銀の刺繍が入った美しいものだ。いつも家で着けているものとは違う。眼帯があるだけで乾き方が違うのだが、乾かないわけではない。しかし今着けてもらった眼帯は、不思議と目の乾きが癒された。
先程の傷にしてもそうだが、どうなっているのだろう。
美しい眼帯は、とてもローセントに似合っていた。より、その美貌が際立つ。会場中は、あまりのことに言葉を失っていた。
そんな中、この空気を断ち切るように、王族が入場する合図が響き渡った。
*つづく*
11
お気に入りに追加
258
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので初恋の人と添い遂げます!!~有難う! もう国を守らないけど頑張ってね!!~
琴葉悠
恋愛
これは「国守り」と呼ばれる、特殊な存在がいる世界。
国守りは聖人数百人に匹敵する加護を持ち、結界で国を守り。
その近くに来た侵略しようとする億の敵をたった一人で打ち倒すことができる神からの愛を受けた存在。
これはそんな国守りの女性のブリュンヒルデが、王子から婚約破棄され、最愛の初恋の相手と幸せになる話──
国が一つ滅びるお話。
婚約破棄されたら人嫌いで有名な不老公爵に溺愛されました~元婚約者達は家から追放されたようです~
琴葉悠
恋愛
かつて、国を救った英雄の娘エミリアは、婚約者から無表情が不気味だからと婚約破棄されてしまう。
エミリアはそれを父に伝えると英雄だった父バージルは大激怒、婚約者の父でありエミリアの親友の父クリストファーは謝るがバージルの気が収まらない。
結果、バージルは国王にエミリアの婚約者と婚約者を寝取った女の処遇を決定するために国王陛下の元に行き――
その結果、エミリアは王族であり、人嫌いで有名でもう一人の英雄である不老公爵アベルと新しく婚約することになった――
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
王宮勤めにも色々ありまして
あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。
そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····?
おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて·····
危険です!私の後ろに!
·····あ、あれぇ?
※シャティエル王国シリーズ2作目!
※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。
※小説家になろうにも投稿しております。
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる