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怪我の功名

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 「まあ、聞こえませんでしたか。わかりやすく大きな声で申し上げますと、わたくしが宝石であるなら、あなた様はキッチンで、誰もが声を上げる黒く光るもの。わたくしが夜空で輝く星ならば、あなた様は夜のあかりの中にいる蝶のようなもの」
 わかりづらい。えーと、綺麗なもののように言ってみているけれど、それ、どちらも虫に分類されるものではなかろうか。つまり。
 「僕はそこの呪われた男より劣る、と」
 ショーンは手にしていたグラスを持ち上げた。
 「ああ、手が滑ったよ」
 馬鹿にされること、見下されることに我慢ならない性分のショーンは、そう言ってルゥルゥの頭にゆっくりとグラスの中身を零した。いや、零そうとした。その手を掴まれる。
 「お止めください」
 ショーンはピクリと眉を上げた。
 「汚らわしいっ!僕に触れるな!呪いを僕にうつす気かっ」
 ローセントの行いに激昂したショーンは、グラスを持ったままの手を振り下ろし、中身がローセントの頭からかかると同時に、そのグラスが頭で割られた。
 「っ」
 「ロー様っ」
 ルゥルゥが慌ててローセントの頭に手を伸ばすと、ローセントはその手をやんわり押し戻し、触らないように言う。
 「ガラスの破片で、ルゥの手に傷がついてしまう。私は大丈夫だから」
 皮膚が引き攣れて思うように表情が動かないが、安心させようと笑ってくれているのがわかる。ルゥルゥは泣きそうになりながら怒る。
 「血が!出ているのです!わたくしの心配をしている場合ではありません!」
 「わ、ちょっと、ルゥ」
 ルゥルゥは傷口を確かめようと、包帯をむしり取る。包帯がクッションになって、然程傷は深くなかった。ガラス片も、入り込んでいない。包帯に血は滲んだが、それだけで済んでいた。安堵の息をいて、ルゥルゥはその傷口にくちづけた。不思議なことに、痛みが引いた。
 「ルゥ?」
 不思議そうな声を出すローセントに、ルゥルゥは微笑んだ。
 「ありがとうございます、ロー様。庇ってくださって、嬉しかった」
 「ルゥに何もなくて良かった」
 二人の世界を作り上げていると、誰かが叫ぶように言った。
 「深窓の姫君の貴公子っ」
 妙なワードに、ローセントとルゥルゥは声のした方を見る。
 女性たちは顔を紅潮させ、ローセントを凝視していた。
 レゾワも真っ赤になって震えている。ショーンも驚きに口を開閉しているが、言葉が出ていない。
 当然だ。誰が、美しい素顔を隠すと思う。まだマシ・・・・な方を晒していると、思うだろう。
 確かに噂の貴公子は、右側を覆う仮面マスクを着けていた。それは、顔をわかりにくくするためのものであると思っていたのだが。これなら、間違いなく身元バレしない。他国の人だと思われても当然だった。呪われた伯爵の素顔を、誰ひとり見たことがないのだから。
 何故今になって、その素顔を晒して国のあちらこちらへ出没していたのか。
 それは、ルゥルゥとの思い出作りをしようとしていたからだ。ローセントはどこへ行っても目立つ。そして、悪意をぶつけられるのだ。そういうものに煩わされず、ふたり穏やかに過ごしたかった。そうして考えたことが、いつも外に出るスタイルと、反対のことをしようというもの。ルゥルゥは微妙な反応だったが、頷いた。
 包帯の下に、これほどの美貌が眠っていたなんて。
 右半分の醜悪さを吹き飛ばすほどの衝撃の美貌。誰もがローセントから目が離せない。
 「あ。しまった。申し訳ありません、ロー様。包帯、外してしまいました」
 気まずいような、少し嬉しそうな、そんな表情がルゥルゥに浮かぶ。
 ローセントが、侮蔑ではない視線を一身に受けていることが嬉しいのだろうか。
 「もうバレてしまったものは仕方がありません。さ、こちらの愛くるしいおめめは隠しましょうね」
 違った。閉じない方の目を衆目に晒さずに済んで喜んでいた。本気で可愛いと思っていたようだ。
 今のルゥルゥの反応を思えば、思い出作りで素顔を晒すときに微妙な反応だったのは、いつも通りで問題ないと思ったのだろう。可愛いと言っている目が見られないことを残念がりつつ、衆目に晒さなくて済むのかという、隠しておきたいジレンマで揺れ動いていたのだろう。
 ちなみに、深窓の姫君と言われていたのは、当然ルゥルゥだ。顔は見えなかったし、所作は美しい。美貌の貴公子が愛おしげに見つめていたのだ。誰もが勝手に妄想を膨らませるだろう。
 ルゥルゥの手で、白く綺麗な眼帯が着けられる。銀の刺繍が入った美しいものだ。いつも家で着けているものとは違う。眼帯があるだけで乾き方が違うのだが、乾かないわけではない。しかし今着けてもらった眼帯は、不思議と目の乾きが癒された。
 先程の傷にしてもそうだが、どうなっているのだろう。
 美しい眼帯は、とてもローセントに似合っていた。より、その美貌が際立つ。会場中は、あまりのことに言葉を失っていた。
 そんな中、この空気を断ち切るように、王族が入場する合図が響き渡った。


*つづく*
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