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無駄な抵抗も可愛い
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「お父様はバカです」
「え」
家族自慢ならぬ家族貶に、ローセントから戸惑いの声が出た。
「お兄様はそんなお父様を庇ってしまう甘ちゃんです」
「お、おぅ?」
「ですが、家族をとても大切にしてくれます。わたくしが嫁ごうと思ったのは、もちろんロー様のお側にいたいからですが、お金に絡めるのなら、わたくし一人分の食い扶持を減らすためです。家族は、わたくしが本当に幸せになるのなら、と泣く泣く手放してくれたのです」
困ったように溜め息を吐きながら、尚も続ける。
「まあ、そもそも本当に家族が大事なら、みすみす他人に財をかすめ取られるなと言う話ですけど」
「う、あ、うん」
いい話にしたいの、家族を貶めたいの、なんなのこの子。
「わたくしが、ロー様のお側にいたいのです。わたくしは、望んでこちらに参りました。ロー様がどうしてもわたくしではダメだと仰るなら、お願いです。ロー様の手で、わたくしの人生を終わらせてください。わたくしを僅かでも憐れと思ってくださるなら、どうか」
ローセントの側に寄り、膝をついて赦しを請うように胸の前で手を組むルゥルゥ。その言葉に、ローセントは激しく揺れる。
「なぜ、そこまで」
声が震えてしまった。
ルゥルゥは微笑んだ。
「わたくしは、ロー様に笑って欲しいと、思いました。ロー様は覚えていらっしゃらないでしょう。わたくしは、ロー様と、初めましてではないのです。わたくしは、一人で時間を過ごすことが多くて。昨年、王城でのお茶会に参加していたときもそうでした」
~一年前~
どこにも居場所がない。
王家主催の夜会。義務故に、仕方がない、出席はする。侮蔑と恐れ、嘲笑に晒されることは、もう慣れた。けれど、好んで聞きたいわけではない。
静かなところへ、行きたい。
そう思って、庭園に足を伸ばしたローセント。明かりのない、誰もいない場所を探して歩く。そうして見つけた場所で、時間を潰す。もう少ししたら、王族への挨拶が始まる。それが終わったら帰れる。それまでは、ここで。そう思って、空を見上げて星を数えていると、男女の声が聞こえてきた。誰かがこちらに向かって来ていることがわかった。ローセントは溜め息を吐いて、別の場所を探そうと立ち上がった。そして、風に乗って話している内容が聞こえると、ローセントはギュッと唇を引き結んだ。
大丈夫。私の侮蔑も嘲笑も、日常ではないか。気にしない。これは、私が、望んだことだから。
足早にその場を後にする。歩きながら、少し周りが見えていなかったのだろう。ローセントは、一人の令嬢とぶつかる。
「っと、本当に申し訳ありません。お怪我はされませんでしたか」
令嬢は、扇で顔を隠し、震えていた。ローセントは、悲しいフォローをする。
「あ、ああ、この、呪いは、うつりませんので、どうか、ご安心ください」
今にも泣きそうな顔で、懸命に下手な笑顔を作ろうとして、すぐに俯く。失礼、と足早にローセントは去って行った。
「その時、ぶつかった者が、わたくしです」
ローセントも覚えていた。久し振りに邸の者以外と、会話、とは呼べない会話をしたから。
「会場に入ると、噂が聞こえてきまして。はっきり申し上げまして、興味はありませんでした。よくある噂だと、気にしていなかったのですが、淋しそうに壁と同化しているロー様を見つけてしまいました」
噂されているのは、この方だろうとルゥルゥは思った。
「話しかけても警戒されるだろうと、こっそり後をつけていただけだったのですが、色々滾る妄想に身悶えていたところ、ロー様が目の前におりまして」
色々滾る妄想?
ローセントは固まる。
「あんな至近距離で直視したら死ぬと思ったので、何もしない内から死んでたまるかと、断腸の思いで扇で視界を遮ったのです」
至近距離直視で死ぬ?何もしない内は死にたくない?
「ですが、あんなに苦しく、悲しい声を聞くとは思いませんでした」
ルゥルゥは胸を押さえた。
思い出しただけで、胸が苦しくなる。
「わたくしの浅はかな行動が、あれほどロー様のお心を苦しめるとは、思ってもいなかったのです」
そこで初めて気付く。噂に傷つけられ、どうしようもないほど、悲しい思いをしてきたのだと。
「ならば、笑って欲しい。わたくしが、ロー様のお側で、笑わせて見せよう、と」
そっと手を伸ばし、ローセントの手に触れた。ビクリとローセントの体が揺れる。
「わたくし、十八になりました。結婚出来る歳に、なったのです」
触れた手を、握り締める。
「ロー様のお側にいられる権利を、手にしたのです」
ローセントは、尚も抵抗する。
「好いた男はいないと、言っていた」
「はい。愛する男性でしたら、ここに」
「キミは、私を知らないのに」
「ふふ。それはどうでしょう。あ、いえいえ、まあ、そうですね。ではこれからもっと教えてくださいませ。わたくしの愛が、より深まるように」
*つづく*
「え」
家族自慢ならぬ家族貶に、ローセントから戸惑いの声が出た。
「お兄様はそんなお父様を庇ってしまう甘ちゃんです」
「お、おぅ?」
「ですが、家族をとても大切にしてくれます。わたくしが嫁ごうと思ったのは、もちろんロー様のお側にいたいからですが、お金に絡めるのなら、わたくし一人分の食い扶持を減らすためです。家族は、わたくしが本当に幸せになるのなら、と泣く泣く手放してくれたのです」
困ったように溜め息を吐きながら、尚も続ける。
「まあ、そもそも本当に家族が大事なら、みすみす他人に財をかすめ取られるなと言う話ですけど」
「う、あ、うん」
いい話にしたいの、家族を貶めたいの、なんなのこの子。
「わたくしが、ロー様のお側にいたいのです。わたくしは、望んでこちらに参りました。ロー様がどうしてもわたくしではダメだと仰るなら、お願いです。ロー様の手で、わたくしの人生を終わらせてください。わたくしを僅かでも憐れと思ってくださるなら、どうか」
ローセントの側に寄り、膝をついて赦しを請うように胸の前で手を組むルゥルゥ。その言葉に、ローセントは激しく揺れる。
「なぜ、そこまで」
声が震えてしまった。
ルゥルゥは微笑んだ。
「わたくしは、ロー様に笑って欲しいと、思いました。ロー様は覚えていらっしゃらないでしょう。わたくしは、ロー様と、初めましてではないのです。わたくしは、一人で時間を過ごすことが多くて。昨年、王城でのお茶会に参加していたときもそうでした」
~一年前~
どこにも居場所がない。
王家主催の夜会。義務故に、仕方がない、出席はする。侮蔑と恐れ、嘲笑に晒されることは、もう慣れた。けれど、好んで聞きたいわけではない。
静かなところへ、行きたい。
そう思って、庭園に足を伸ばしたローセント。明かりのない、誰もいない場所を探して歩く。そうして見つけた場所で、時間を潰す。もう少ししたら、王族への挨拶が始まる。それが終わったら帰れる。それまでは、ここで。そう思って、空を見上げて星を数えていると、男女の声が聞こえてきた。誰かがこちらに向かって来ていることがわかった。ローセントは溜め息を吐いて、別の場所を探そうと立ち上がった。そして、風に乗って話している内容が聞こえると、ローセントはギュッと唇を引き結んだ。
大丈夫。私の侮蔑も嘲笑も、日常ではないか。気にしない。これは、私が、望んだことだから。
足早にその場を後にする。歩きながら、少し周りが見えていなかったのだろう。ローセントは、一人の令嬢とぶつかる。
「っと、本当に申し訳ありません。お怪我はされませんでしたか」
令嬢は、扇で顔を隠し、震えていた。ローセントは、悲しいフォローをする。
「あ、ああ、この、呪いは、うつりませんので、どうか、ご安心ください」
今にも泣きそうな顔で、懸命に下手な笑顔を作ろうとして、すぐに俯く。失礼、と足早にローセントは去って行った。
「その時、ぶつかった者が、わたくしです」
ローセントも覚えていた。久し振りに邸の者以外と、会話、とは呼べない会話をしたから。
「会場に入ると、噂が聞こえてきまして。はっきり申し上げまして、興味はありませんでした。よくある噂だと、気にしていなかったのですが、淋しそうに壁と同化しているロー様を見つけてしまいました」
噂されているのは、この方だろうとルゥルゥは思った。
「話しかけても警戒されるだろうと、こっそり後をつけていただけだったのですが、色々滾る妄想に身悶えていたところ、ロー様が目の前におりまして」
色々滾る妄想?
ローセントは固まる。
「あんな至近距離で直視したら死ぬと思ったので、何もしない内から死んでたまるかと、断腸の思いで扇で視界を遮ったのです」
至近距離直視で死ぬ?何もしない内は死にたくない?
「ですが、あんなに苦しく、悲しい声を聞くとは思いませんでした」
ルゥルゥは胸を押さえた。
思い出しただけで、胸が苦しくなる。
「わたくしの浅はかな行動が、あれほどロー様のお心を苦しめるとは、思ってもいなかったのです」
そこで初めて気付く。噂に傷つけられ、どうしようもないほど、悲しい思いをしてきたのだと。
「ならば、笑って欲しい。わたくしが、ロー様のお側で、笑わせて見せよう、と」
そっと手を伸ばし、ローセントの手に触れた。ビクリとローセントの体が揺れる。
「わたくし、十八になりました。結婚出来る歳に、なったのです」
触れた手を、握り締める。
「ロー様のお側にいられる権利を、手にしたのです」
ローセントは、尚も抵抗する。
「好いた男はいないと、言っていた」
「はい。愛する男性でしたら、ここに」
「キミは、私を知らないのに」
「ふふ。それはどうでしょう。あ、いえいえ、まあ、そうですね。ではこれからもっと教えてくださいませ。わたくしの愛が、より深まるように」
*つづく*
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