禁じられた遊び

らがまふぃん

文字の大きさ
上 下
10 / 20

決壊

しおりを挟む
 テレーゼはいつも黙って聞いてくれる。眼差しが、撫でる手が、いつも心配そうにしてくれている。
 世間の悪評は、彼女が起こしたことではないと、マリーナは気付いている。
 テレーゼの家族が、彼女の意志と関係なく動いているのだと。
 出会ったときのハンカチの話で例えるなら、もし、テレーゼが好意でハンカチをマリーナに渡したのだとしても、家族はそうは受け取らない。美しいテレーゼの持ち物が欲しくて、心優しいテレーゼを唆して奪い取った、と解釈する。いくらテレーゼが違うと言っても、テレーゼが優しいから盗人を庇っているのだ、となる。
 だから、テレーゼは最初から人に近付かなかった。それでも周りが放って置かず、テレーゼに近付こうとするから、彼女の悪評は、ますます強固なものとなってしまった。
 テレーゼを愛するあまり、テレーゼを孤独にしてしまっていることに、家族は気付けない。
 愛されすぎて、孤独なテレーゼ。
 愛されずに、孤独なマリーナ。

………
……


 「甘えたことを言うな!!おまえのためにどれだけの犠牲を払ったと思っているんだ!!」
 思い切り頬を叩かれたマリーナは、床に倒れ伏す。口と鼻からは血が流れている。
 何が起こったのか、マリーナは理解が出来なかった。
 ぐわんぐわんと耳鳴りがする。視界がぼやけ、頭も痛い。
 「貴様の努力の足りなさを省みず、逃げることばかり考えおって!!いつからそんな甘ったれた考えをするようになった!!え?!」
 「だ、旦那様、なりませんっ。お嬢様の体に傷をつけるなどっ」
 ビリビリと空気を震わせる父親の怒鳴り声を抑えるように、長年この家に仕える家令の諫める声が、遠くに聞こえた。それで、ようやく自分が叩かれたのだとわかった。
 「黙れ!こんな親不孝者など!育ててやった恩も忘れおって!少しの努力も出来ん愚か者など私の娘ではないわ!!」
 ガクガクと震える体を叱咤し、マリーナは床に頭をつけて謝る。
 「申し訳ございません、申し訳ございません、お父様」
 ドレスはすべて直してもらわないと、もう体に合わない。
 断続的に頭痛と眩暈がして、食欲もかなり失せた。眠りたいのに、眠るための体力が残っていないことだってある。
 プレッシャーに押し潰されそうになりながら、それでも足掻いて分不相応な立場になろうとしているのだ。ならば、これは、当然の報いなのだろう。
 努力の、出来ない、当然の、報い。
 そうか。少しの努力も、出来ていないのか。
 「あ、あ、甘えすぎておりました。お父様の、お気持ちを、踏みにじるようなことを申し上げた、愚かなわたくしを、どうか、どうか、お赦しくださいませ」
 体の震えは止まらない。流れる血も、涙も
 壊れていく心も
 止められない。

………
……


 侍女から濡らしたタオルをもらって、頬を冷やす。
 心配そうな侍女に、マリーナは微笑んだ。
 「大丈夫よ。ありがとう。あとは一人で出来るから、あなたはもう休んで」
 渋る侍女を大丈夫だからと追い出し、マリーナは机に向かった。
 「これがいいかしら。うーん、やっぱりこっちかしら。ふふ、どうしましょう。迷ってしまうわ」
 本当に久し振りに、楽しいと思った。
 テレーゼといる時は、嬉しい、だったから。
 「うん、これにしましょう」
 手にしたものは、桜の透かし模様が入った、淡いピンクの便せん。
 「テレーゼ様の、頬のような色だわ」
 マリーナは幸せそうな笑顔を浮かべながら、たくさんの涙を頬に落としていた。



**つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

旦那様、愛人を頂いてもいいですか?

ひろか
恋愛
婚約者となった男には愛人がいる。 わたしとの婚約後、男は愛人との関係を清算しだしたのだが……

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...