4 / 20
終幕
しおりを挟む
―ヴェルエルンside―
テレーゼが死んだと聞かされたとき、最初に感じたものは、安堵だった。
ああ、あの美しい令嬢は、誰のものにもならないのか。
そう思った。
次に、後悔が押し寄せた。
ああ、どうせ死んでしまうのなら、初めて見たあのパーティーの日に、心のままに陵辱してやればよかった。あの美しい少女の体を暴いて、己の欲のままに、犯し尽くしてやれば。そうすれば、あの少女は自分のものになったのに。
自分の妻に迎えられないと知ったとき、それでも何とかしてテレーゼを妻にしようと考えた。だが、考えても考えても、行き止まりにあたる。
ある日、ふと思った。
何も妻でなくともよいのだ。
王太子妃は大変だ。王太子教育を受ける自分がよくわかる。ならば、その面倒な王太子妃は、候補の誰かに押しつければいい。テレーゼは、自分の側でただ微笑み、癒してくれる存在になってくれればいいのだ。
王太子妃の地位さえないただの側妃にする方が、余程難易度が上がるけれど、いい。もう、側妃としてしか考えられない。
王太子妃なんかより、そちらの方がいい。ただ愛でられる存在の方が、ずっといい。
なぜなら、王太子妃に比べれば、公務はないのと一緒。
毎日毎日、気が狂うまであの体を貪り尽くしていいのだ。
ああ、考えただけで体が熱くなる。
テレーゼ。美しいテレーゼ。私の天使。
悪女などと噂が流れているが、そんなものどうでもいい。部屋に閉じ込め、監禁してしまえばいい。うるさくするなら声を潰そう。ただただ私に従順になるまで躾けてやればいいだけのこと。
誰にも渡さない。必ずこの手に入れてやる。
そう考えていたから。
自分のものにもならないけれど、決して他の者の手にも渡らない。
テレーゼを確実に手に入れる方法を見つけられていなかったからこその、安堵。
「ああ、テレーゼ。私の、私だけの」
………
―レム家side―
「リーゼ、リーゼ」
ラズノはただ、呼び続けた。愛しい愛しい、何よりも大切な妹を。
「ああ、リーゼ、どこにいるの、可愛いリーゼ。私の、リーゼ」
アスマは探し続けた。何よりも愛して止まない、愛しすぎる妹を。
「嘘だ、信じない、こんなの、信じない。リーゼ、頼む、帰ってきてくれ」
公爵は祈り続けた。誰かが助けてくれていて、今に戻ってくることを。
「リーゼ、わたくしのリーゼ。今日もとても愛らしいわ。さあ、新しいドレスに着替えましょう。わたくしのリーゼ」
公爵夫人は夢の住人となった。人形をテレーゼだと思い込み、片時も離さない。
筆頭公爵レム家は、壊れた。
*~*~*~*~*
テレーゼが入学して、一年。
進級前の長期休暇での出来事だった。
家族で出掛けていた。
「「「「リーゼ!!」」」」
ここにいるはずのない魔物。
木の上から手を伸ばし、一瞬でテレーゼを自身の下へと引き上げた。
そのままテレーゼの喉笛を食いちぎると、夥しい血が下にいる家族に降り注ぐ。魔物はその傷口からジュルジュルと音を立てて血を吸っている。
ビクビクと痙攣するテレーゼを、家族は茫然と見ていた。
やがて母親が、狂ったように叫び声を上げる。
それに触発されたように、アスマが火を放ち、ラズノが風でその火を大きくして魔物を攻撃する。父親が植物を操り魔物を拘束しようとするが、魔物の動きは素速く、テレーゼを抱えたまま一瞬で森の奥へと姿を消した。すぐに後を追うが、どこにもその姿はなかった。
それからずっと、テレーゼを探している。
森だけではなく、そこを抜けた町や村、山々まで、ずっと捜索は続いている。
………
……
…
優しくて、残酷な人たち。
さようなら。
狂った母親の叫びを聞きながら、テレーゼはそっと目を閉じ、過去を思い出していた。
*つづく*
テレーゼが死んだと聞かされたとき、最初に感じたものは、安堵だった。
ああ、あの美しい令嬢は、誰のものにもならないのか。
そう思った。
次に、後悔が押し寄せた。
ああ、どうせ死んでしまうのなら、初めて見たあのパーティーの日に、心のままに陵辱してやればよかった。あの美しい少女の体を暴いて、己の欲のままに、犯し尽くしてやれば。そうすれば、あの少女は自分のものになったのに。
自分の妻に迎えられないと知ったとき、それでも何とかしてテレーゼを妻にしようと考えた。だが、考えても考えても、行き止まりにあたる。
ある日、ふと思った。
何も妻でなくともよいのだ。
王太子妃は大変だ。王太子教育を受ける自分がよくわかる。ならば、その面倒な王太子妃は、候補の誰かに押しつければいい。テレーゼは、自分の側でただ微笑み、癒してくれる存在になってくれればいいのだ。
王太子妃の地位さえないただの側妃にする方が、余程難易度が上がるけれど、いい。もう、側妃としてしか考えられない。
王太子妃なんかより、そちらの方がいい。ただ愛でられる存在の方が、ずっといい。
なぜなら、王太子妃に比べれば、公務はないのと一緒。
毎日毎日、気が狂うまであの体を貪り尽くしていいのだ。
ああ、考えただけで体が熱くなる。
テレーゼ。美しいテレーゼ。私の天使。
悪女などと噂が流れているが、そんなものどうでもいい。部屋に閉じ込め、監禁してしまえばいい。うるさくするなら声を潰そう。ただただ私に従順になるまで躾けてやればいいだけのこと。
誰にも渡さない。必ずこの手に入れてやる。
そう考えていたから。
自分のものにもならないけれど、決して他の者の手にも渡らない。
テレーゼを確実に手に入れる方法を見つけられていなかったからこその、安堵。
「ああ、テレーゼ。私の、私だけの」
………
―レム家side―
「リーゼ、リーゼ」
ラズノはただ、呼び続けた。愛しい愛しい、何よりも大切な妹を。
「ああ、リーゼ、どこにいるの、可愛いリーゼ。私の、リーゼ」
アスマは探し続けた。何よりも愛して止まない、愛しすぎる妹を。
「嘘だ、信じない、こんなの、信じない。リーゼ、頼む、帰ってきてくれ」
公爵は祈り続けた。誰かが助けてくれていて、今に戻ってくることを。
「リーゼ、わたくしのリーゼ。今日もとても愛らしいわ。さあ、新しいドレスに着替えましょう。わたくしのリーゼ」
公爵夫人は夢の住人となった。人形をテレーゼだと思い込み、片時も離さない。
筆頭公爵レム家は、壊れた。
*~*~*~*~*
テレーゼが入学して、一年。
進級前の長期休暇での出来事だった。
家族で出掛けていた。
「「「「リーゼ!!」」」」
ここにいるはずのない魔物。
木の上から手を伸ばし、一瞬でテレーゼを自身の下へと引き上げた。
そのままテレーゼの喉笛を食いちぎると、夥しい血が下にいる家族に降り注ぐ。魔物はその傷口からジュルジュルと音を立てて血を吸っている。
ビクビクと痙攣するテレーゼを、家族は茫然と見ていた。
やがて母親が、狂ったように叫び声を上げる。
それに触発されたように、アスマが火を放ち、ラズノが風でその火を大きくして魔物を攻撃する。父親が植物を操り魔物を拘束しようとするが、魔物の動きは素速く、テレーゼを抱えたまま一瞬で森の奥へと姿を消した。すぐに後を追うが、どこにもその姿はなかった。
それからずっと、テレーゼを探している。
森だけではなく、そこを抜けた町や村、山々まで、ずっと捜索は続いている。
………
……
…
優しくて、残酷な人たち。
さようなら。
狂った母親の叫びを聞きながら、テレーゼはそっと目を閉じ、過去を思い出していた。
*つづく*
33
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる