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4.王太子、たまには真面目になる

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 「シュワルツェネーラとシルヴェスターニャに警戒けいかいをしたのは、やはりクロイセン侯爵家とソレンダーク侯爵家ですわ」
 帰りの馬車。伯爵令嬢ミュールマーナが告げる。
 ふむ、と王太子ライムグリンは考える。
 王太子妃の座を狙う者は、二通りいる。一つは王家とのつながり、女性の最高権力を握れるという権力欲の強い者。もう一つは、国家転覆こっかてんぷくはかる者。現王家を乗っ取ろうとする、さらに権力欲の強い者。大抵は前者だ。時に、後者が現れる。
 クロイセンとソレンダークの令嬢は従姉妹いとこの関係だ。どちらが王太子妃についてもいいよう英才教育を受けてきた。妃に選ばれなかった方は、妃の女官にょかんとして登城させる腹づもりでいるようだ。ここでどちらかまたは二人に、ライムグリンに対して情が芽生えていたら、話はややこしくなっていたかも知れないが。
 あらゆる証拠を集めてはいるが、この二家が国家転覆を謀っているという決定的証拠が足りないのだ。
 「こちら、お二人からいただいたお菓子です。食べる振りをして袖に忍ばせましたの。何か出てくるかも知れませんわ」
 「ミュウ」
 「はい」
 ライムグリンはジッとミュールマーナを見つめる。ミュールマーナも少し首をかしげてライムグリンを見る。しばらくそうして、やがてライムグリンはひとつ息を吐く。
 「やはり心配だ。私はミュウが大事なんだ。別の者をおとりにさせるべきだった」
 偽の婚約者を立て、あぶり出してから、正式な発表をすれば。
 ミュールマーナは微笑む。
 「何度も話し合ったではありませんか。このくらいけて見せないと、あなた様の妻は務まらないでしょう」
 王太子妃、ではなく、あなた様の妻、と言う。こういうところも、ライムグリンがミュールマーナにめろめろになる要因だった。
 「こういうことは長期戦ですわ。わたくしがあなた様の妻になっても、女官として出仕し、わたくしを蹴落けおとすチャンスを虎視眈々こしたんたんと狙ってくるでしょう。囮を使っていたら、いつまで経っても結婚できませんわ」
 ライムグリンは目を見開く。
 「ミュウ、それは、早く私と結婚したいと、そう、思ってくれている、と」
 その言葉に、一拍置いて、ぼんにゃり顔のまま真っ赤になった。
 「ミュウッ」
 ライムグリンはぎゅうぎゅうと抱き締めた。


*~*~*~*~*


 事態は急展開を見せた。
 ミュールマーナが渡した菓子から、毒物が検出された。ただし、死に至るものではなく、長期的に摂取すると、子が産めなくなるというものだ。これを追っていくと、クロイセン家子飼いの子爵家の領地で採れるものと判明。身元を隠した王国騎士数名がそこへ向かう途中、野盗におそわれている馬車に遭遇そうぐうした。助けに入ったが、間に合わなかった。辛うじて息のある者が、剣を差し出す。これをソレンダーク侯爵家へ渡してくれ、と。そうしてその者は息絶えた。一人が急ぎ王城へ戻り、残りが応援を待ちながら検分のために残る。
 「ミュウは幸運の女神だ」
 執務室でライムグリンはうっとりとそう言った。
 騎士が持ち帰った剣には細工がされていた。細工の中にはメモのような紙が一枚。小さな文字で、隣国からの手紙がつづられていた。簡単に言うと、ソレンダークかクロイセンが王となった暁には、貿易面での優遇措置ゆうぐうそちについての大骨格だいこっかくが書かれ、詳細は話し合おうと場所と日時が記されていた。
 「我々がこれを入手したと気取られるな。完全に元に戻し、ソレンダーク侯に届けよ」
 こうして見事、解決へと導いた。
 そして裁判が始まる。


 *最終話につづく*
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