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レイガード新王即位編

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 ディアンはホッと息を吐くと、気を失った愚かな四人を見る。
 失敗したなあ。
 ディアンは空を仰ぐ。
 ワリアロント家は、鉱山の持ち主だ。その鉱山の性質上、貿易とは切り離せない。おまけにどれも非常に質が良く、各国の王室にも献上されるほど。ディレイガルド公爵夫人アイリッシュも、この鉱山で採掘されたものを好んでいる。
 「利になる話でも出来るかと思って呼んでみたんだけどな」
 ディレイガルド公爵夫妻とワリアロント侯爵夫妻は、何度か顔を合わせていた。それもあり、問題がないと踏んで招待客としたのだが。
 衛兵たちが、四人を回収している。当主夫妻は打ち身などで済んでいそうだ。息子は両耳から血が流れている。暗くてハッキリとは見えないが、恐らく切り落とされているだろう。嫁は水に俯せで倒れていたが、生きてはいるようだ。切られた、というより、剣で突かれたのだろう右眼を見て、ディアンは眉をひそめる。
 「愚かな」
 つい、そう口に出た。
 報告された内容と、彼らの有り様を見て、やらかしたのは息子夫婦なのだろう。
 当主は夫人のいいなりで、夫人は息子を溺愛している。息子は嫁に惚れ込んでいると聞くが、嫁はワリアロント家の財産にしか興味がない、と。
 だから、大丈夫だと踏んだ。
 アリスには手を出さないだろう、と。男二人は女性陣に従い、女は息子と金にしか興味がないから、と。女たちの、特に嫁の評価を見誤っていた。
 目を潰された女。目に関する何かが起こったのだろう。ディレイガルドに色目を使ったか、若奥方を良くない目で見たか。耳を落とされた男。若奥方の声に関する何かがあったのかもしれない。もしくはディレイガルドの言葉を聞かなかったか。当主はワリアロントを、夫人は息子を制御出来ないことに、腹を立てられたのかもしれない。
 今にも千切れ落ちそうな女の手を、ディアンは冷めた目で見た。
 ディレイガルドの噂は噂ではないと言うのに。
 美しい。だが、残酷。冷酷。酷薄。けれど、やっぱり美しい。
 美しく、残酷で、冷酷な、公爵令息様。
 学園での噂を知らないのか。
 馴れ馴れしくではあるが、触れただけの平民の娘が何をされたか。エリアストに絡む伯爵家の子息に懸想していた子女が、エリアストに婚約打診を袖にされた子女が、どんな扱いを受けたか。公爵家の子息がどうなったか。伯爵家の子息が、貿易商の息子が、大商家の娘が。
 「噂など。実際は、もっと残酷だ」
 そんな者たちの末路を知れば、決して己の欲のために動こうなどと思うはずがない。
 特に、アリスに手を出した者は、骨の髄まで叩き込まれる。己の愚行で引き起こされた現実を。
 まさか、その噂すら知らなかったのか。そうだとしたら、貿易を営む者として、致命的すぎないだろうか。
 「まあ、実際若奥方殿に手を出したわけではないからそこまで大変なことにはならないと思うが、中途半端の方が残酷なことはままある」
 もっとやらかしていれば、一息で命を摘んでもらえたかもしれない。やらかし過ぎれば、サーフィアやタリ家の二の舞。ならば今回の件はどの程度のものになるのだろう。
 エリアストとアリスが去って行った方を見る。
 「為人ひととなりを見て判断が出来なかったことは、非常に残念だ」
 私のこの行動が、彼らにとって慈悲となったのかどうかはわからない。その場での断罪より、少し冷静になって考えてもらえれば、過剰な制裁は加えられないかもしれない。だが、考えることによって、より重い制裁になる可能性も捨てきれない。
 「あのままディレイガルドに引き渡した方が、彼らの慈悲になったかもしれないな」
 何が正解かわからない。
 まだまだ始まったばかりの、ディアンとエリアストの関係。
 ディアンは、手にした国宝級の放り出された剣を見つめると、溜め息をいた。
 即位して最初の仕事が、ディレイガルドを宥めることなんて、もう泣いちゃうっ。
 はっ?!ワリアロントあんなのを招待した私にも何かあるかも?!いやあぁぁっ!



*最終話につづく*
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