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11.過去 前編

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 物心ついた頃から、人ではないものが見えていた。それが精霊であることは、なぜか知っていた。時々フラリと遊びに来る、真っ白な髪の美しい人が、精霊の中でも高位の存在だということは、なんとなく理解していた。ファルシレア、と名前を教えてくれたが、二人きりの時以外、決して呼んではいけないと言われた。
 「じゃあなんで教えるのよ。うっかり呼んじゃうじゃない」
 ぷりぷりしながらそう言うと、二人きりの時は呼んで欲しいんだもん、と涙目になりながら怒られた。ちょっと可愛いと思った。では普段は何と呼べば良いか聞くと、何でもいいと言われたので、レアと呼ぶことにした。

 一応侯爵家に生まれたからには、いろいろなしがらみがついて回る。お勉強もその一環。でも、精霊たちが邪魔をする。いたずらばかりするから、ちっとも勉強にならない。マナーもダンスも社交も、いつもいつもイタズラに邪魔をされていた。
 「んもう!あなたたちがそういうことばかりするから、私は劣等生のレッテルを貼られるんじゃない!」
 そう怒ってみても、精霊たちからは、シーナが遊んでくれないからだ、あんなつまんないことは止めてもっと遊ぼう、と口々に反省の色まったくなしの反撃に遭う。

 要は精霊たちが原因でシーナが蔑ろにされるようになったのだが、精霊たちからしたら、精霊の使い以外は取るに足らない存在であり、侯爵家は、勉強やマナー意味のわからないことで大好きなシーナを縛り付ける忌々しい存在なのだ。そしてその忌々しい存在が、大好きなシーナを蔑ろにする。余計にシーナを忌々しい存在から引き離すべく、意味のわからないことを止めさせようとする、と負のループが出来上がっていた。激怒する精霊たちをシーナが抑えてはいたが、それでもちょいちょい地味に反撃をしてはいた。

 お風呂に入るとき、ドアに足の小指をぶつけてやったよ。
 お風呂のお湯を水にしておいた。
 お風呂の床、滑りやすくしたの。
 お風呂で、流しても流してもどこかしらに泡がついて、出られないようにしてみたよ。
 お風呂の石鹸、体につけた途端ヤバいニオイを発するようにした。

 などなど、なぜかお風呂ネタが多かった。そんな精霊たちの報告を聞く度に、シーナは悪い顔で、「お主も悪よのぅ」とニヤニヤしながら、精霊たちに美味しい焼き菓子を振る舞った。一応、悪戯で済む範囲はシーナも許容してはいた。床を滑りやすくするのは危ないけれど。
 ちなみに焼き菓子などの甘いものは、シーナに出されることはない。シーナは精霊たちと共謀して、ちゃっかり厨房からくすねていた。
 それから精霊たちは、シーナに危害を加えたときは、シーナに知られないよう危害を加えた者に報復をしていた。怪我をさせることはないが、死を連想させる出来事を起こしたり、死んだ方がマシだと思えるような悪夢を見せたり。精霊たちにとって、シーナを傷つけた者など死んで当然なのだが、シーナが止めるから我慢をしている。精霊たちにとっては温すぎる報復だが、しないより僅かに留飲は下がるから、その程度で我慢することにしていた。

 そんな精霊たちに愛されるシーナが、愛する精霊たちからの遊ぼうコールに折れるのは時間の問題だった。
 「仕方ないわね。じゃあ今日は昨日生まれたって言っていた花を見に行くわよ!私が一番乗りね!」
 そう言うと同時に部屋の窓を開け放ち、躊躇いもなく窓から庭へ降り立つ。
 今日も授業はサボり決定。ますます侯爵家の人間たちとの距離は開いていく。
 けれどシーナはそんなことお構いなし。シーナもまた、これ程までに精霊の存在に愚鈍な侯爵家になど、興味がなかったから。だからシーナは努力をする。侯爵家の人間に、早く見放されるよう愚者になる。

 シーナが愚かであればあるほど、早く見放してくれるはずだと。

 ちなみにシーナの部屋は二階だ。五歳にもならない少女が飛び降りて平然としていることがおかしい。
 まあ、なんだかんだ言っても、常に全力で精霊と遊ぶシーナは、ますます精霊たちに好かれていった。ファルシレアもよく一緒に遊んだ。

 精霊たちが、ファルシレアを女王様と呼んでいたので、女王なんだー、と思っていた。



*つづく*
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