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 「何故知っているのか、という顔ね。当然でしょう?」
 システィアは立ち上がると、アビアント家に近付く。
 「王家と縁戚になる者の身辺調査をしていないはずがないでしょう。何を今更」
 システィアは、優雅にコロコロと笑った。

 第一王子リュクスの婚約者であるアビアント家長女ラーナは、表向きの評判は上々。性別も貴賤も問わず平等に接する、という素晴らしいもの。
 ただし、が付く。
 優秀な者に対しては、分け隔てなく扱う。
 それでは、そうではない者に対してはどうか。
 シーナへの扱いが物語る。
 しかし、侯爵家という地位と、優れた容姿と頭脳、それに偏ってはいるが性別貴賤問わず平等に扱うことから、優しいだけではなく、厳しい対応も出来る、という好評価になっている。
 これは、ラーナに限った話ではなく、アビアント家に言えることであるのだが。

 「それに」
 システィアはピタリと笑みを消し去る。
 「精霊王ケイのもとに嫁ぐのです」
 高次元の存在との婚姻。システィアはじきに人ではなくなる。
 「わたくしがどういう存在か、おわかりになるでしょう」

 システィアの背後が揺らめき、二つの腕がシスティアを背後から抱き締めた。
 精霊王ケイだった。

 突然の精霊王の顕現に、アビアント家は動くことが出来なかった。
 そんなアビアント家を、国王は睥睨する。
 「人間の尺度で物事を考えるな。精霊は、世界中に耳目を持つ」
 「システィーに隠し事など出来んと言うことだ」
 国王の言葉を継ぎ、リュクスは冷たく笑う。
 精霊王が、背後から抱き締めたシスティアの頬に自身の頬を擦り寄せた。
 「わたくし、わたくしの家族以外はどうでもいいのよ」
 システィアは嬉しそうに微笑みながら言った。

 「でも、シーナだけは別。家族以外では、あの子だけは幸せになってもらいたいと心から願うわ」

 システィアの言葉に、精霊王は抱き締める腕に力を入れる。
 「まあ、妬いてくださるの?ふふ、でもおわかりでしょう?あなたへの愛とあの子への愛は違うと。妬く必要はなくてよ」
 「わかっていても嫌なものは嫌だ」
 グリグリとシスティアの肩口に額を押しつけ、子どものようなことを口にする精霊王の頭を撫でる。
 「それをおっしゃるなら、あなたこそシーナと仲良しではありませんか」
 「あれは違う。あいつがいつもおまえとのことを自慢するから」
 ケンカ友だちのようなもの。
 二人の会話に、アビアント家は凍り付いている。

 シーナが、何だというのか。

 「ふふ、おかしい。本当に愚かだこと」
 システィアは冷たく嗤った。
 再び自分の椅子へと戻りながら、システィアは続ける。
 「生まれたとき、わたくしには精霊の加護の確認が出来なかった。けれど、わたくしには加護がある」
 椅子に座ると、後ろから抱き締めたままの精霊王の頬をスルリと撫でた。
 「見ての通り、とびっきりの加護が」
 頭を引き寄せ、その頬に唇を寄せると、二人は視線を交わして微笑んだ。
 「王の加護は、あの水晶ではわからないの」
 強すぎる力に反応できない。
 システィアに、水晶は光らなかった。けれど王家はわかった。
 生まれた瞬間、わかってしまった。

 可愛い可愛い、愛しい愛しいシスティア。ずっとずっと、自分たちの手で大切にしたかった。けれど、いつか手放さなくてはならなくなると。

 システィアが母胎から出た瞬間、部屋中に光が降り注いだ。
 そして、生まれたばかりのはずなのに、何かに微笑んだのだ。
 時が経つと、何かを目で追うようになり、手を伸ばし、追いかけ、話すようになり。

 それは、古い古い昔話。


 ”その精霊は、探している。”
 ”たったひとりを、探している。”


 ああ、この子が、なのだ。

 いつか、手放す日が来ると。それがわかっているからつらいけれど。
 せめてたくさん愛させて欲しい。
 人として生きる、ほんの僅かな時間が、幸せであるように。

 そうしてたくさんの愛を受けたシスティアと、真逆の扱いを受けたシーナ。
 シーナが生まれたときも、同じような現象が起こったはずなのに。
 水晶が光らなかったという現実だけを受け入れた、愚かなアビアント家。その愚かさを嘲笑うかのように告げた。

 「シーナあのこの加護は、精霊女王よ」


 それは、遠い遠い昔の話。
 今は、殆どの者が忘れてしまった。


 ”その精霊は、探している。”
 ”たったひとりを、探している。”
 ”精霊の王は、探している。”
 ”男の王も、女の王も、探している。”

 ”精霊のつがいを、探している。”




*つづく*

次回から前後編で、過去の話に入ります。
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