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9.動く 過去
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アルテイルが処刑された翌日、大広場は騒然としていた。衛兵たちが忙しなく動いている。晒された首は、髪を梳り、綺麗にまとめられ、いくつかの宝石で飾られていた。顔には美しく化粧が施され、とても罪人として晒されているとは思えない。
美しく飾られたその首は、ただ眠っているだけのように見えた。
警護の者が首を落とされて殺されていたのは、このためだろう。アルテイルを想う誰かが、憐れな姿になった彼女をせめて美しくしてやりたかった。稀代の悪女と言われる彼女のために、ここまでやってくれる者がいた。それが、人々の興味をより引くこととなっていた。
そんな通りを迂回して、一台の質素な馬車が王城に入っていった。
*~*~*~*~*
「シンディニアは伯爵位を剥奪の上、毒杯を命ずる」
審理などない。名ばかりの裁判。定型通り。拷問の後、処刑ではないだけマシか。毒杯はせめてもの情けか。
シンディニア夫妻の心は凪いでいた。
もう、いい。
こんな国に、未練はない。
「最後に何か言いたいことはあるか」
国王の言葉に、シンディニア夫妻は微笑んだ。場がざわめく。
「我が娘はそんな愚かではない。娘の汚名を雪ぐことの出来ない自分の不甲斐なさが呪わしい。陛下の御世に、また、次代の御世に、安寧のあらんことを」
レン殿。すべてを任せてすまない。
シェラハドール家の人よ。後を頼む。
ティア。そちらに行ったら謝らせてくれ。
シンディニア夫妻は毒杯を呷った。
*~*~*~*~*
『これからどうするんだ』
あの日、手を差し伸べてくれたのは、神ではない。悪魔だった。
悪魔はチャンスを待っている。虎視眈々と。体を持たない彼らは、契約完了の暁には、契約した人間の体をもらい受けることが出来る。それまでは、契約主の体に居候している状態だ。体を持つ悪魔は、人類の最も恐れる脅威となる。魔物や魔獣など目ではない。人間以上の知能を持ち、人間以上の魔力を持ち、人間以上の魔法を扱う。
だが、悪魔は誰とでも契約できるわけではない。細かい条件がある。その中で一番欠かせないことが、絶望。これがなかなか難しい。人は強かだ。絶望していると思っても、そうではない。どこかに微かに希望を持っているものなのだ。
アルテイルを丁寧に埋葬したレンに、悪魔メフィストフェレスが聞いてきた。
「あの男を即位させる」
『ほう』
「然るべき日まで、あの男には、何もしない。その日が来たら、安らぎのない死を」
『あの男には?』
レンは昏く笑う。
「ああ。恐怖は、感じ続けてもらうけどな」
アルテイルの眠る墓石を優しく撫でた。
「そしてアルテイルの名誉を回復させる」
優しく語りかける。
「ティア、綺麗な紅葉を見つけたよ。こんなに均一に色付くことってあまりないんだ」
紅葉を数枚、墓石の前に捧げた。
「なあ、メフィスト。もしも、の話なんだが」
*~*~*~*~*
現王ジュラヴァルタが即位したのは、その処刑からおよそ半年後、三十一の時であった。時の国王に心臓の病が見つかったため、ジュラヴァルタへと王位継承となった。ジュラヴァルタの子ども、第一王子ジュラヴァリオ十三歳、第二王子ジュラキュレム十一歳、王女ジュリエッタ八歳の出来事だった。
毎日届けられていたカンパニュラの花が、ジュラヴァルタが即位してからは、年に一回だけになった。その日が、アルテイルを処刑した日だと気付けた者は、果たしてどのくらいいるのだろうか。
*つづく*
次話から現在の話へ戻ります。
美しく飾られたその首は、ただ眠っているだけのように見えた。
警護の者が首を落とされて殺されていたのは、このためだろう。アルテイルを想う誰かが、憐れな姿になった彼女をせめて美しくしてやりたかった。稀代の悪女と言われる彼女のために、ここまでやってくれる者がいた。それが、人々の興味をより引くこととなっていた。
そんな通りを迂回して、一台の質素な馬車が王城に入っていった。
*~*~*~*~*
「シンディニアは伯爵位を剥奪の上、毒杯を命ずる」
審理などない。名ばかりの裁判。定型通り。拷問の後、処刑ではないだけマシか。毒杯はせめてもの情けか。
シンディニア夫妻の心は凪いでいた。
もう、いい。
こんな国に、未練はない。
「最後に何か言いたいことはあるか」
国王の言葉に、シンディニア夫妻は微笑んだ。場がざわめく。
「我が娘はそんな愚かではない。娘の汚名を雪ぐことの出来ない自分の不甲斐なさが呪わしい。陛下の御世に、また、次代の御世に、安寧のあらんことを」
レン殿。すべてを任せてすまない。
シェラハドール家の人よ。後を頼む。
ティア。そちらに行ったら謝らせてくれ。
シンディニア夫妻は毒杯を呷った。
*~*~*~*~*
『これからどうするんだ』
あの日、手を差し伸べてくれたのは、神ではない。悪魔だった。
悪魔はチャンスを待っている。虎視眈々と。体を持たない彼らは、契約完了の暁には、契約した人間の体をもらい受けることが出来る。それまでは、契約主の体に居候している状態だ。体を持つ悪魔は、人類の最も恐れる脅威となる。魔物や魔獣など目ではない。人間以上の知能を持ち、人間以上の魔力を持ち、人間以上の魔法を扱う。
だが、悪魔は誰とでも契約できるわけではない。細かい条件がある。その中で一番欠かせないことが、絶望。これがなかなか難しい。人は強かだ。絶望していると思っても、そうではない。どこかに微かに希望を持っているものなのだ。
アルテイルを丁寧に埋葬したレンに、悪魔メフィストフェレスが聞いてきた。
「あの男を即位させる」
『ほう』
「然るべき日まで、あの男には、何もしない。その日が来たら、安らぎのない死を」
『あの男には?』
レンは昏く笑う。
「ああ。恐怖は、感じ続けてもらうけどな」
アルテイルの眠る墓石を優しく撫でた。
「そしてアルテイルの名誉を回復させる」
優しく語りかける。
「ティア、綺麗な紅葉を見つけたよ。こんなに均一に色付くことってあまりないんだ」
紅葉を数枚、墓石の前に捧げた。
「なあ、メフィスト。もしも、の話なんだが」
*~*~*~*~*
現王ジュラヴァルタが即位したのは、その処刑からおよそ半年後、三十一の時であった。時の国王に心臓の病が見つかったため、ジュラヴァルタへと王位継承となった。ジュラヴァルタの子ども、第一王子ジュラヴァリオ十三歳、第二王子ジュラキュレム十一歳、王女ジュリエッタ八歳の出来事だった。
毎日届けられていたカンパニュラの花が、ジュラヴァルタが即位してからは、年に一回だけになった。その日が、アルテイルを処刑した日だと気付けた者は、果たしてどのくらいいるのだろうか。
*つづく*
次話から現在の話へ戻ります。
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