悲しくも美しい物語

らがまふぃん

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6.契約 過去

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 大広場に設置された台の上には、ボロボロになった愛しい人。
 大勢の野次馬で近付けない。それでもレンは強引に突っ込んでいった。
 なぜ、こんなことに。なぜ、なぜ。
 「ティア、ティア、アルテイルッ」
 ようやく一番前に辿り着くが、柵が邪魔で側に行けない。こんなことになっているのに、その体を抱き締めてやることも、手を握ってやることさえも出来ない。涙が溢れる。
 なぜ、こんなことにっ。
 こんな意味のわからないことを止めることすら出来ない。
 ならばせめて。
 ならばせめて、一緒に。
 その隣に。
 一緒に逝こう、アルテイル。
 それなのに。
 ありがとう
 アルテイルはそう繰り返した。
 「ぃや、やめてくれ。そんなこと、言わないで」
 首を横に振る。
 アルテイルは笑った。
 「や、いやだ、いやだっ。やめろやめろやめろやめろおおおお!アルテイル!!」



 晒された首の前には、生気を失った男がいた。
 涙の跡が残るその首に、男は何を思っているのだろう。
 『憎いか』
 ふと、声が聞こえた気がした。男は虚ろな目を少しだけ動かす。
 『憎いだろう』
 男の耳に、今度ははっきり聞こえた。男は動じることもなく、その声に答えた。
 「憎い?そんな言葉では足りない」
 男の返事に、その声は気をよくした。
 『復讐したいか』
 「何があったのか知りたい」
 『ほう』
 「知った上で絶望を」
 『手を貸してやろう』
 「代償は」
 『おまえの魂は永遠に救われない』
 「そうか」
 『ならばこの手を取れ』
 虚空に現れた手を、男は躊躇ためらいもなく掴んだ。



 罪人の首は、持ち去られないよう警護がつく。
 一人の男がずっと首の前に座っていた。二人の警護は、恋人だったのかも知れないと、何かをするわけではないので放っておいた。稀代の悪女にも、こんなに想ってくれる人がいたのか。いや、稀代の悪女に骨抜きにされた者なのかもしれない。
 そんな男が、ブツブツと呟き始めた。ずっと大人しかったのに、日が沈みかけた途端だ。
 「おい、大丈夫か」
 警護の声に、男は反応しない。ボソボソと何かを言っている。しかしその声もすぐに止む。男が虚空に手を伸ばすと、男の体が突如痙攣けいれんし始めた。警護の者は慌てて男に駆け寄る。すぐに痙攣は治まったが、男は倒れたまま動かない。救護室へ運ぼうとしたとき、男は起き上がった。
 「おい、だいじょ」
 警護の男の言葉はそれ以上続かなかった。首が、落ちた。
 もう一人の警護が叫び声を上げる寸前、その首も、体から離れた。
 「ティア、アルテイル」
 男は愛しい人の名前を呼んだ。
 「一緒に、帰ろう」
 晒された首をそっと抱き締める。
 「お家に、帰ろう。ティア」
 男の体は闇に溶けるように消えた。


*~*~*~*~*


 シェラハドール邸で情報を整理しながら状況把握に努めていた、シェラハドール伯爵夫妻とシンディニア伯爵夫妻。日が落ちる頃には、多少の落ち着きを取り戻していた。その時だ。四人がいる応接間の窓を叩く音がした。四人は顔を見合わせる。もう一度、音がした。ドア付近に控えていた執事が警戒しながら窓に近づくと、レンの姿があった。
 「レン様、どうし…っ」
 執事の声に、四人は駆け寄る。
 「レン、どう、な…っ?!」
 「ひっ?!」
 「ぐっ」
 「何てことっ!」
 レンの抱えているものに、誰もが絶句した。
 「てぃ、あ」
 シンディニア夫人は倒れた。シェラハドール夫人も座り込んでいる。伯爵二人の顔色もひどく悪い。
 「私は」
 レンは自分に言い聞かせるように言葉を発した。
 「私は王太子を赦しません。未来永劫、赦しません」


 *つづく*
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