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番外編
リスラン様は、通常運転
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ユセフィラが階段から落ちて怪我をした。
先日生徒会からの相談を受けていたリスランたちは、その件で本日も生徒会室を訪れていた。
慌てた様子の男子生徒からそんな話を聞いて、急ぎユセフィラの元へ駆けつけたリスラン。応急処置中の養護教諭を押しのけ、リスラン手ずから手早く処置を済ませると、他の教諭や元凶であろうスウィーディーが来る前に、ノヴァにあの場にいた者たちを止めるよう指示を出し、ユセフィラを連れて風のように去って行った。
公爵家へ戻る馬車にて。
「このような事態を起こしてしまい、申し訳ございませんでした」
リスランの膝の上で横抱きにされ、揺れる馬車の中、痛めた足がどこかにぶつかってしまわないよう、その足をリスランに軽く持ち上げられたままのユセフィラは、恥ずかしそうに、しかし己の不甲斐なさに、悔しそうに謝罪を口にする。
「わたくしは、殿下の妃に、ふ、ふさわ、し」
「ユフィ、やめてくれ」
ノヴァへ指示を出したとき以外ずっと無言だったリスランが、その先の言葉を許さない。
「ユフィ、二人きりだ。その他人行儀な呼び方もダメだ」
ユセフィラの体を支える腕が、よりリスランの体へと引き寄せる。
リスランの体は震えている。
怒りか、恐怖か。
両方だろう。
大丈夫か、痛くはないか。
そんな言葉など出て来ない。心配していないということではない。
大丈夫なはずがない。痛くないはずがない。
大丈夫です、大したことではありません。
そんな言葉をユセフィラに言わせないために、リスランはそんな言葉を言わない。
代わりに、態度で示す。思い切り、心の底から。
幼い頃からそうだった。
ユセフィラに何かあると、片時も離れなくなる。
風邪で寝込めば付きっきりで看病する。未来の王太子に何かあったらと周囲が止めるが、頑なに離れない。
指を紙で切ってしまったときでさえ、「失血死したらどうするんだ!」と顔面蒼白でユセフィラを離さなかった。
病的なまでの心配性は、ユセフィラの一言で、過剰な心配性程度までに抑えられた。
「まあ、リン様。わたくしに何かある度このようにお側にいてくださるのなら、わたくし、病気も怪我も喜んで受け入れますわ」
その一言に、リスランは大きなショックを受ける。
“忙しいリスランがずっと側にいるなら、病気も怪我もガンガン来いよ!何なら自衛もしないし不摂生も万々歳だぜヒャッハー!”
リスランには、こう聞こえた。
ユセフィラからも愛されている自覚はあった。リスランのように病的なまでの愛であれば、そんな副音声にもなっただろう。つまり、リスランだったらそう考える、という話。
もちろんユセフィラは、“体はつらいけど、愛する人が側にいてくれるから、悪いことばかりではない”、と言っているだけだ。
愛し方の方向性に違いはあれど、愛は愛。
永遠にユセフィラの世話をすることは幸せすぎて死ねるが、ユセフィラが病気や怪我ばかりで、つらく苦しむ姿など見たくない。ヒャッハーされては堪らない。
こうして、まったく意図していないすれ違いにより、リスランの病的心配性は、過剰な心配性程度に落ち着いた。
だが、今回の件はダメだ。
「ユフィ。オレの我が儘、きいて」
公爵家の馬車が着いた先は、王宮。
御者に、ユセフィラを預かることを公爵家へ伝言させ、詳細は追って使いを出すと伝えた。
一旦学園へ戻るが、自分の目の届くところにいてくれないと安心出来ない。
リスランが公爵家で世話になるのは(公爵家はどうだかわからないが)問題ないのだが、今後の話し合いでアサトたちを頻繁に呼び出すには、公爵家では都合が悪い。
王城は出仕や業者など、多くの人の出入りがあるので、アサトたちが集まっても違和感がないことから、ユセフィラをこちらへ連れて来た。
ユセフィラの足に負担がかからないよう揺れを抑えて歩き、部屋に着くと、ゆっくりソファーに座る。もちろんユセフィラは膝の上。
「ユフィが、自宅の方が休めるのはわかっている。だが、すまない」
片方の手でユセフィラの手をギュッと握り締めると、ユセフィラが静かに言った。
「リン様。ご心配をおかけしていることを理解した上で、不謹慎なことを申します」
握られた手を、キュゥッと握り返す。
「ふふ。最近お忙しいことばかりでしたので、ふたりでいられる時間が、嬉しいです」
そう、頬を染めて微笑んだ。
リスランはギュウギュウとユセフィラを抱き締める。
「頑張って!オレの理性!!」
学園から戻り、王宮にて、ノヴァ、フィスラン、アサトたちとその婚約者ネルヴィスたちを集めてリスランが咆える。
「呪術師を呼べ!オレが直々に呪い殺してやる!!」
「呪術師を呼ぶ意味とは」
アサトが冷静に突っ込む。
「やり方を教わる」
「そもそも呪術師ってどこにいるの」
キリリと答えるリスランに、シュリが呆れたように返す。
立場を幼馴染みとして接するときのアサトとシュリの口調は砕けている。ガイアスだけは、いつでも変わらず丁寧だ。見た目脳筋そうなガイアスだが、一番思慮深く、心優しい。今も、困ったようにオロオロとしている様子が窺える。
ネルヴィスたちは、ソファーに座るユセフィラを甲斐甲斐しくお世話している。その様子に、時々リスランが嫉妬の目を向けるが、彼女たちは気にしない。
「従兄上、東の国に、高名な呪術師がいる」
「すぐ呼ぼう!」
「往復で二ヶ月かかるけど」
「ノヴァアアアァァ」
「だけど、今度の学期末のパーティーで、決着はつくよ」
ノヴァの言葉に、全員が姿勢を正す。
「私からの報告は――」
………
……
…
「では、我々は口を出さず、見守ろう」
リスランはユセフィラの元へ歩き出す。ネルヴィスたちに囲まれたユセフィラを抱き上げると、また自分が座っていた場所へ戻る。
「とりあえず今日はここまでだ。みんな、ご苦労」
それだけ言うと、もうリスランの目にはユセフィラしか映っていなかった。
リスランのユセフィラへの執着は、両家族とアサトたち、ごく一部の者たちしか知らない。
*おしまい*
先日生徒会からの相談を受けていたリスランたちは、その件で本日も生徒会室を訪れていた。
慌てた様子の男子生徒からそんな話を聞いて、急ぎユセフィラの元へ駆けつけたリスラン。応急処置中の養護教諭を押しのけ、リスラン手ずから手早く処置を済ませると、他の教諭や元凶であろうスウィーディーが来る前に、ノヴァにあの場にいた者たちを止めるよう指示を出し、ユセフィラを連れて風のように去って行った。
公爵家へ戻る馬車にて。
「このような事態を起こしてしまい、申し訳ございませんでした」
リスランの膝の上で横抱きにされ、揺れる馬車の中、痛めた足がどこかにぶつかってしまわないよう、その足をリスランに軽く持ち上げられたままのユセフィラは、恥ずかしそうに、しかし己の不甲斐なさに、悔しそうに謝罪を口にする。
「わたくしは、殿下の妃に、ふ、ふさわ、し」
「ユフィ、やめてくれ」
ノヴァへ指示を出したとき以外ずっと無言だったリスランが、その先の言葉を許さない。
「ユフィ、二人きりだ。その他人行儀な呼び方もダメだ」
ユセフィラの体を支える腕が、よりリスランの体へと引き寄せる。
リスランの体は震えている。
怒りか、恐怖か。
両方だろう。
大丈夫か、痛くはないか。
そんな言葉など出て来ない。心配していないということではない。
大丈夫なはずがない。痛くないはずがない。
大丈夫です、大したことではありません。
そんな言葉をユセフィラに言わせないために、リスランはそんな言葉を言わない。
代わりに、態度で示す。思い切り、心の底から。
幼い頃からそうだった。
ユセフィラに何かあると、片時も離れなくなる。
風邪で寝込めば付きっきりで看病する。未来の王太子に何かあったらと周囲が止めるが、頑なに離れない。
指を紙で切ってしまったときでさえ、「失血死したらどうするんだ!」と顔面蒼白でユセフィラを離さなかった。
病的なまでの心配性は、ユセフィラの一言で、過剰な心配性程度までに抑えられた。
「まあ、リン様。わたくしに何かある度このようにお側にいてくださるのなら、わたくし、病気も怪我も喜んで受け入れますわ」
その一言に、リスランは大きなショックを受ける。
“忙しいリスランがずっと側にいるなら、病気も怪我もガンガン来いよ!何なら自衛もしないし不摂生も万々歳だぜヒャッハー!”
リスランには、こう聞こえた。
ユセフィラからも愛されている自覚はあった。リスランのように病的なまでの愛であれば、そんな副音声にもなっただろう。つまり、リスランだったらそう考える、という話。
もちろんユセフィラは、“体はつらいけど、愛する人が側にいてくれるから、悪いことばかりではない”、と言っているだけだ。
愛し方の方向性に違いはあれど、愛は愛。
永遠にユセフィラの世話をすることは幸せすぎて死ねるが、ユセフィラが病気や怪我ばかりで、つらく苦しむ姿など見たくない。ヒャッハーされては堪らない。
こうして、まったく意図していないすれ違いにより、リスランの病的心配性は、過剰な心配性程度に落ち着いた。
だが、今回の件はダメだ。
「ユフィ。オレの我が儘、きいて」
公爵家の馬車が着いた先は、王宮。
御者に、ユセフィラを預かることを公爵家へ伝言させ、詳細は追って使いを出すと伝えた。
一旦学園へ戻るが、自分の目の届くところにいてくれないと安心出来ない。
リスランが公爵家で世話になるのは(公爵家はどうだかわからないが)問題ないのだが、今後の話し合いでアサトたちを頻繁に呼び出すには、公爵家では都合が悪い。
王城は出仕や業者など、多くの人の出入りがあるので、アサトたちが集まっても違和感がないことから、ユセフィラをこちらへ連れて来た。
ユセフィラの足に負担がかからないよう揺れを抑えて歩き、部屋に着くと、ゆっくりソファーに座る。もちろんユセフィラは膝の上。
「ユフィが、自宅の方が休めるのはわかっている。だが、すまない」
片方の手でユセフィラの手をギュッと握り締めると、ユセフィラが静かに言った。
「リン様。ご心配をおかけしていることを理解した上で、不謹慎なことを申します」
握られた手を、キュゥッと握り返す。
「ふふ。最近お忙しいことばかりでしたので、ふたりでいられる時間が、嬉しいです」
そう、頬を染めて微笑んだ。
リスランはギュウギュウとユセフィラを抱き締める。
「頑張って!オレの理性!!」
学園から戻り、王宮にて、ノヴァ、フィスラン、アサトたちとその婚約者ネルヴィスたちを集めてリスランが咆える。
「呪術師を呼べ!オレが直々に呪い殺してやる!!」
「呪術師を呼ぶ意味とは」
アサトが冷静に突っ込む。
「やり方を教わる」
「そもそも呪術師ってどこにいるの」
キリリと答えるリスランに、シュリが呆れたように返す。
立場を幼馴染みとして接するときのアサトとシュリの口調は砕けている。ガイアスだけは、いつでも変わらず丁寧だ。見た目脳筋そうなガイアスだが、一番思慮深く、心優しい。今も、困ったようにオロオロとしている様子が窺える。
ネルヴィスたちは、ソファーに座るユセフィラを甲斐甲斐しくお世話している。その様子に、時々リスランが嫉妬の目を向けるが、彼女たちは気にしない。
「従兄上、東の国に、高名な呪術師がいる」
「すぐ呼ぼう!」
「往復で二ヶ月かかるけど」
「ノヴァアアアァァ」
「だけど、今度の学期末のパーティーで、決着はつくよ」
ノヴァの言葉に、全員が姿勢を正す。
「私からの報告は――」
………
……
…
「では、我々は口を出さず、見守ろう」
リスランはユセフィラの元へ歩き出す。ネルヴィスたちに囲まれたユセフィラを抱き上げると、また自分が座っていた場所へ戻る。
「とりあえず今日はここまでだ。みんな、ご苦労」
それだけ言うと、もうリスランの目にはユセフィラしか映っていなかった。
リスランのユセフィラへの執着は、両家族とアサトたち、ごく一部の者たちしか知らない。
*おしまい*
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