68 / 78
ばんがいへん
勇者とは ー後編ー
しおりを挟む
エリアストは、ディアンの説得に渋々嫌々不承不承頷き、ならばとっとと行ってさっさと終わらせてこようと転移してきた。自分が死んだら死んだで後はどうでもいいと。魔王討伐までの冒険譚など、何一つない。人間の城から魔王の城へひとっ飛びだ。
「あ、あり得ない」
シャールの呟きにも興味を示さず、エリアストはララの首を掴んで持ち上げた。
「私の質問に答えろ。先程の話が本当である証拠だ」
シャールは全身が震えた。
いつ、自分は抜かれたのだろう。
背後に庇っていたララを、いとも簡単に捕らえている。
魔王をあっさり捕らえたことに、仲間であるアイザックたちも驚愕の表情だ。
人類総出でどうのとか言ってなかっただろうか。あれ。どっちが魔王だったかな。
「ゆ、勇者殿、それでは魔王殿が話が出来ません」
アイザックが宙ぶらりんのララを支えながら、エリアストを宥める。
ええ?このおっさんも、いつの間に?そしてこいつらが勇者の一行?
もうシャールはガクブルだった。そんなシャールにマアルがよちよちと歩み寄り、慰めるようにその腿をポンポンと叩いた。
エリアストから解放されたララは、アイザックにしがみついた。
「うう、ありがとお、ありがとおおぉ。超好きぃ。結婚してぇ」
アイザックがピシリと固まる。
「ララ様、物事には順序というものがございます。まずは自己紹介からです」
レンフィが少々的外れな指摘をした時だ。扉をノックする音がした。
「失礼いたします。ララ様」
黒髪の女性が扉を開けた。エリアストたちを見て頭を下げる。
「これは失礼いたしました。ご来客中でございましたね。出直して参ります」
下がろうとする女性の手を、いつの間にか目の前にいたエリアストが掴んだ。
「おまえ、名は何と言う」
エリアストの顔が、女性の顔に触れそうな程近付く。恐ろしい程の美貌が近付いても、女性に動揺はない。通常運転だ。
「はい。アリスと申します。ララ様の秘書をしております」
手を握られたままジッと見つめられ、アリスは困ったように笑う。
「あの?」
「ああ、そんなにも愛らしい顔をしてはダメだ、アリス。有象無象が余計に集まってしまう」
するりとアリスの頬を撫で、やはり目を逸らさない。アリスを見つめたまま、ララに冷たい声が飛ぶ。
「おい、魔王。貴様暇だな。秘書はいらんだろう」
アリスを見つめる目は蕩けるように優しい。顔と声がまったく合っていない。
「へ?」
エリアストの言葉がわからない。ララは間抜けな声を出した。
魔物使役の話は何だっただろう。それで詰め寄られていたよね、私。
「え、と。魔物の話の真偽の件は」
「これ程愛らしい者が悪い者に仕えるはずがないだろう。馬鹿か貴様」
すみません。
「アリス。私はエリアスト。ああ、こんなに重い物を持たせたままですまない」
十枚程の紙の束をアリスからそっと受け取ると、後方へぶん投げた。シャールの頭に当たる。紙が当たったとは思えない音が鳴り、大きな瘤が出来た。
嘘、だろ。
シャールは気を失った。マアルが瘤を治すために、魔法を発動させる。規格外過ぎる出来事に、誰もが息を飲む中、エリアストはアリスを口説く。
「アリス、アリスの望むことはすべて叶える。私の全力でアリスを幸せにする。安心してすべて私に委ねてくれ」
「あの、ですが、わたくし、ララ様の秘書官ですので」
エリアストの絶対零度の瞳がララを見た。
「アリス!おめでとう!私も結婚するから!この人と!だから、私も引退かなっ」
アイザックが巻き込まれている。レンフィと意識を取り戻したシャールが全力で拍手をしている。アリスは、まあ、と嬉しそうにララたちを祝福する。
「では、不束者ですが、よろしくお願いいたします、エリアスト様」
本当に、どっちが魔王なの。そして何より、アリスが大物過ぎてびっくりだわ。真の魔王ってもしや?
「ところでさ、私を討伐に来たんでしょ?」
ララがそう言うと、エリアストは面倒そうに視線を寄越した。
「ああ。私は死んだことにしておけ。おまえたちも今まで通りでいいだろう」
怠慢な人間共など放っておけばいい、と言うことらしい。
「でも、勇者はそれでいいの?魔王を倒せなかったって嗤われちゃうよ」
「はっ。お優しいことだな。矮小な者共の評価など気にする必要がどこにある」
さすが魔王様。
「人間と戦いたくないならおまえが説得しろ。私は忙しい。私を巻き込むな」
完全に人ごとですね。はい、わかりました。
「さあアリス、どこに行きたい。早く二人きりになれるところに行こう」
頭に、顔中にキスの雨を降らせる。照れるアリスのその顔を、見たな、と周囲にキレかけているエリアスト。剣に手をかけ全員を葬ろうとするエリアストを、アリスが微笑みながら止めている。
そんな混沌の中。ポツリともれる、一つの声。
「あれ?本当に私、何の役にも立ってない?」
ヨシュアの声は、誰にも聞かれることはなかった。
*おしまい*
次話はアリスを護衛している影たちの話です。
「あ、あり得ない」
シャールの呟きにも興味を示さず、エリアストはララの首を掴んで持ち上げた。
「私の質問に答えろ。先程の話が本当である証拠だ」
シャールは全身が震えた。
いつ、自分は抜かれたのだろう。
背後に庇っていたララを、いとも簡単に捕らえている。
魔王をあっさり捕らえたことに、仲間であるアイザックたちも驚愕の表情だ。
人類総出でどうのとか言ってなかっただろうか。あれ。どっちが魔王だったかな。
「ゆ、勇者殿、それでは魔王殿が話が出来ません」
アイザックが宙ぶらりんのララを支えながら、エリアストを宥める。
ええ?このおっさんも、いつの間に?そしてこいつらが勇者の一行?
もうシャールはガクブルだった。そんなシャールにマアルがよちよちと歩み寄り、慰めるようにその腿をポンポンと叩いた。
エリアストから解放されたララは、アイザックにしがみついた。
「うう、ありがとお、ありがとおおぉ。超好きぃ。結婚してぇ」
アイザックがピシリと固まる。
「ララ様、物事には順序というものがございます。まずは自己紹介からです」
レンフィが少々的外れな指摘をした時だ。扉をノックする音がした。
「失礼いたします。ララ様」
黒髪の女性が扉を開けた。エリアストたちを見て頭を下げる。
「これは失礼いたしました。ご来客中でございましたね。出直して参ります」
下がろうとする女性の手を、いつの間にか目の前にいたエリアストが掴んだ。
「おまえ、名は何と言う」
エリアストの顔が、女性の顔に触れそうな程近付く。恐ろしい程の美貌が近付いても、女性に動揺はない。通常運転だ。
「はい。アリスと申します。ララ様の秘書をしております」
手を握られたままジッと見つめられ、アリスは困ったように笑う。
「あの?」
「ああ、そんなにも愛らしい顔をしてはダメだ、アリス。有象無象が余計に集まってしまう」
するりとアリスの頬を撫で、やはり目を逸らさない。アリスを見つめたまま、ララに冷たい声が飛ぶ。
「おい、魔王。貴様暇だな。秘書はいらんだろう」
アリスを見つめる目は蕩けるように優しい。顔と声がまったく合っていない。
「へ?」
エリアストの言葉がわからない。ララは間抜けな声を出した。
魔物使役の話は何だっただろう。それで詰め寄られていたよね、私。
「え、と。魔物の話の真偽の件は」
「これ程愛らしい者が悪い者に仕えるはずがないだろう。馬鹿か貴様」
すみません。
「アリス。私はエリアスト。ああ、こんなに重い物を持たせたままですまない」
十枚程の紙の束をアリスからそっと受け取ると、後方へぶん投げた。シャールの頭に当たる。紙が当たったとは思えない音が鳴り、大きな瘤が出来た。
嘘、だろ。
シャールは気を失った。マアルが瘤を治すために、魔法を発動させる。規格外過ぎる出来事に、誰もが息を飲む中、エリアストはアリスを口説く。
「アリス、アリスの望むことはすべて叶える。私の全力でアリスを幸せにする。安心してすべて私に委ねてくれ」
「あの、ですが、わたくし、ララ様の秘書官ですので」
エリアストの絶対零度の瞳がララを見た。
「アリス!おめでとう!私も結婚するから!この人と!だから、私も引退かなっ」
アイザックが巻き込まれている。レンフィと意識を取り戻したシャールが全力で拍手をしている。アリスは、まあ、と嬉しそうにララたちを祝福する。
「では、不束者ですが、よろしくお願いいたします、エリアスト様」
本当に、どっちが魔王なの。そして何より、アリスが大物過ぎてびっくりだわ。真の魔王ってもしや?
「ところでさ、私を討伐に来たんでしょ?」
ララがそう言うと、エリアストは面倒そうに視線を寄越した。
「ああ。私は死んだことにしておけ。おまえたちも今まで通りでいいだろう」
怠慢な人間共など放っておけばいい、と言うことらしい。
「でも、勇者はそれでいいの?魔王を倒せなかったって嗤われちゃうよ」
「はっ。お優しいことだな。矮小な者共の評価など気にする必要がどこにある」
さすが魔王様。
「人間と戦いたくないならおまえが説得しろ。私は忙しい。私を巻き込むな」
完全に人ごとですね。はい、わかりました。
「さあアリス、どこに行きたい。早く二人きりになれるところに行こう」
頭に、顔中にキスの雨を降らせる。照れるアリスのその顔を、見たな、と周囲にキレかけているエリアスト。剣に手をかけ全員を葬ろうとするエリアストを、アリスが微笑みながら止めている。
そんな混沌の中。ポツリともれる、一つの声。
「あれ?本当に私、何の役にも立ってない?」
ヨシュアの声は、誰にも聞かれることはなかった。
*おしまい*
次話はアリスを護衛している影たちの話です。
23
お気に入りに追加
428
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~
春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。
6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。
14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します!
前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。
【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
政略結婚だけど溺愛されてます
紗夏
恋愛
隣国との同盟の証として、その国の王太子の元に嫁ぐことになったソフィア。
結婚して1年経っても未だ形ばかりの妻だ。
ソフィアは彼を愛しているのに…。
夫のセオドアはソフィアを大事にはしても、愛してはくれない。
だがこの結婚にはソフィアも知らない事情があって…?!
不器用夫婦のすれ違いストーリーです。
彼の過ちと彼女の選択
浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。
そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。
一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!?
貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。
愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる