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ディレイガルド事変編

最終話

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 エリアストの言葉に、オーシェン家は何を言われたのか理解が出来なかった。シズワナとやり取りをしていたのに、突然矛先が向いて、目を白黒させている。
 「貴様らの娘は、ディレイガルドに脅迫文を送ってきた」
 会場中が息を飲む。何と言う命知らずな。
 「私の愛しい妻を失うところだった。本当に恐ろしいことだ」
 エリアストの言葉に、全員がどよめく。一体どんな脅迫文だったというのか。
 エリアストは、胸に顔を埋めるアリスを抱き締めていた腕に、さらに力を込める。その頭にくちづけながら、オーシェン家を睨んだ。
 「全員毒を呷れ」
 もう一度そう言うと、やっと言葉が脳に届いたオーシェン家は、顔を引き攣らせた。
 「不満か」
 「私どもは関係ありません!その娘が勝手にやったこと!」
 「死ぬならその子だけでございましょう?!」
 「関係ないか」
 口々に喚くオーシェン家を、絶対零度の目が見下ろす。
 「公爵様、無礼を、不敬を働いたのはわたくしでございます。家は、何も知らないのです。わたくしの、独り善がりなのです。どうか」
 「何故私が貴様の望みを聞かねばならん」
 床に伏し、懇願するシズワナの言葉を切り捨てる。シズワナは唇を噛みしめる。
 「ディレイガルドに盾突くとはどういうことか。成人しているのだ。知らんとは言わせん」
 この国唯一のカーサを賜る最高位貴族。王族さえも、ディレイガルドの言葉には重きを置く。ディレイガルドを怒らせると、国が動く。
 オーシェン家は体を震わせた。
 「この娘が何故このような行動に出たのか。貴様らは考えないのか。考えられないのか」
 オーシェン家は互いの顔を見合わせる。
 「貴様らのこの娘への態度は何だ」
 ハッとし、オーシェン家はシズワナに視線をやると、バツが悪そうに目を逸らす。
 「我が妻を怒らせるほどの態度は何だと聞いている」
 それが原因で、今回の暴挙に出たのではないか。アリスが怒るほどだ。そんな態度ではなく、他の兄姉に接するのと同じであれば、起こらなかった事態のはずだ。つまり、シズワナだけのせいではない。
 シズワナは額を床にこすりつけ、告白する。
 「わたくしが、わたくしが醜いことが悪いのです。この顔が、この痣が」
 シズワナの顔には、右目の下から顎にかけて、痣がある。皮膚が引き攣れているため、顔が歪んで見えてしまうのだ。
 「それが何だ。ここにいる者たちと違いがわからん」
 シズワナは顔を上げた。
 この世界で価値があるのはアリスだけ。それ以外は、等しく価値がない。
 そんなエリアストの言葉は、間違いなく本心であった。
 シズワナは笑った。
 アリス様といるときだけ、自分が普通の人間だと思えた。アリス様といるときだけ、心が安らいだ。アリス様といるときだけ、笑うことが出来た。
 だけど今。
 アリス様以外の言葉に、確かに笑っている自分がいた。
 「ありがとう、ございます。ディレイガルド公爵様。ディレイガルド公爵夫人様」
 歪んで引き攣った、醜い笑顔。だけど、もういい。死ぬ前に気付けて良かった。
 醜い痣こんなものに振り回されていた自分。なんて愚かだったのだろう。自分で自分の人生をつまらなくしてしまっていた。もし、生まれ変わりなんてものがあるのなら。今度はこの痣を笑い飛ばせるくらい、強く凜とした心を持って生きていこう。
 アリス様は、言わない言葉で、ずっとそれを伝えてくださっていたのですね。
 見た目で判断する者の言葉に傷つく必要はない。そんな者のために、下を向く必要などないのだ、と。
 ああ、神様。ディレイガルド家に出会えたことに、感謝申し上げます。
 ねえ、聞いてくださいな。
 この十九年の人生で、誰もが羨む素敵な出会いをしたのよ、わたくし。
 わたくしの心の暗雲を晴らして下さった、とっても素敵な出会い。
 すべての人に誇れる、素晴らしい出会いをしたの。


 エリアスト・カーサ・ディレイガルド。
 キレイ。
 顔も、名前も、キレイ。
 アリス・カーサ・ディレイガルドを一途に愛するその心が、キレイ。
 キレイ。キレイね。
 アリス・カーサ・ディレイガルド。
 キレイな公爵に愛される、キレイな人。
 キレイな公爵を愛する、一番キレイな人。
 二人とも全部キレイ。全部全部、とってもキレイね。
 最期に、わたくしの心までキレイにしてくれて、ありがとう。



*ディレイガルド事変編おしまい*

 理不尽な扱いを受け続けた、救われない少女の話でした。最期に何かを悟ったようです。それが、シズワナの救いとなりました。
 “王族さえも、ディレイガルドの言葉には重きを置く。”とは、この国の人々の認識です。前作にも記しました通り、ディレイガルドこそが真の支配者であると知るのは、王家の限られた者のみです。
 この後、ちょっとしたエル様の独白があります。よろしかったらお付き合いください。
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