美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん

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日常編

最終話

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 バスターチェ家の茶会から三日。
 またもエリアストの機嫌を損ねる出来事があった。
 王城でのエリアストの執務室で、男の叫び声が聞こえた。何事かと近くにいた衛兵が駆けつけると。
 「理解出来ん」
 ひざまずいた男の右手が、甲側から剣で床に縫い付けられている。ヒィヒィと顔中を苦痛に歪め、涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ。
 「なぜ私の邪魔をする」
 男は法務を司る職に就いた、言わばエリアストの部下だ。エリアストの補佐の補佐、ゴズミル伯爵。年齢はエリアストの親世代。そんな遙かに年上の者を跪かせ、頭を床にこすりつけさせていた。そしてその手を容赦なく貫いたのだ。伯爵は叫ぶ。のたうち回りたいが、手の剣がビクともしない。
 駆けつけた衛兵たちは、そっと扉を閉めた。自分たちは、何も見ていません、と。
 ゴズミルは、上げられた草案のいくつかに難色を示した。なぜかと問うが、明確な答えを言わず、薄っぺらな言葉だけを吐き続けた。周囲が眉をひそめるが、気付かずゴズミルは中身のない何かを身振り手振りを交えて偉そうに語っている。少しして、エリアストが無言で立ち上がると、ゴズミルは肩を揺らした。そして今の状況に陥る。
 エリアストの磨かれた靴が、ゴズミルの視界に入った。そのつま先が、ゴズミルの顎を持ち上げる。酷く冷たい双眸が睥睨している。ガチガチと歯を鳴らしながら震えるゴズミルは、自身が失禁していることにも気付かない。
 「誰の差し金かは知らん。興味もない。だが私の邪魔をするということは、私からエルシィとの時間を奪うことと同義。覚悟の上か」
 エリアストは貧困を無くそうと努力をしている。全員同じ水準を、とは言わない。その日に食べるものにも困窮する、子どもを手放さなくてはならなくなる、そういったことくらいまでは無くそうと、日々思案しているのだ。
 なぜか。
 愛しいアリスと一緒にいる時間を増やすためだ。
 アリスは慈善活動に忙しい。それがなくなれば、自分と一緒にいられる。アリスに時間が出来ると言うことは、自分の仕事も実を結んだ証拠。つまり自分も働く必要はなくなる。アリスが憂うことなく、ずっと一緒にいられる。
 それなのに。
 「変化を受け入れられず、ただイヤだと喚き散らす者が息をしていることに、何の意味がある」
 顎を捕らえていたつま先が、喉に移動する。ゴズミルの喉が大きく嚥下した。
 「これからも息をし続けたいならば、ただ喚くだけではなく、その根拠を示せ」
 素早く剣を抜き去り、肩を蹴って仰向けに転ばせると、その首の横に再び剣を突き刺した。ゴズミルの首筋に、一筋の赤い線が走る。
 「わかったな」
 ゴズミルは泡を吹いて意識を失った。遠巻きに見ていた補佐たちは、顔を青ざめさせ、冷や汗をダラダラと流している。
 そんな人々を余所に、エリアストの護衛が何事もなかったかのように主人の足下に跪き、靴を履き替えさせる。
 「聞いていた通りだ」
 怯える補佐たちを見る。
 「意見をするなという意味ではない」
 自身の机に戻りながら、エリアストは続ける。
 「闇雲に賛同するのも許さん。自身の意見の根拠を示せ」
 ただのイエスマンも、反抗心からの否定もいらない。
 「私の時間を無駄にさせるな」
 今のようにな。
 エリアストは椅子に座ると、また膨大な資料に目を通しながら、草案を詰める作業に移った。


*日常編おしまい*

 番外編を挟んで、新章アーリオーリ王国編となります。よろしかったらお付き合いください。
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