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日常編

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 「私はエルシィに相応しくあれるよう努力をしている。その私の隣に並べるのは、この程度の女か。私はまだまだエルシィに相応しくないと」
 違う。美しいからと言っているではないか。しかし、誰も何も言えない。言ってしまえば、アリスを侮辱することになる。そっちの方が、マジやべーことになる。そして何気にバスターチェ嬢を落としている。おまえ程度が自分の隣に相応しいというのであれば、まだまだ自分はアリスの隣に相応しくない。つまり、アリスと比べるのも烏滸おこがましいほど、おまえは下であると。だが、バスターチェ嬢はそんな嫌味に気付かない。
 「貴様、私を侮辱しているのか」
 「え、あ、いえ、あの」
 なぜそんな話になっているのだろう、とバスターチェ嬢は戸惑いを隠せない。美しいエリアストには、美しい自分が似合うと、相応しいと言っただけなのだが。
 「え、エリ、ディレイガルド公爵様に、相応しい教育だって、受けて参りましたのよ。公爵家にとつい」
 護衛がバスターチェ嬢の喉を締め上げる。
 「私に相応しい教育とは何だ。貴様の振る舞いを見る限り、とてもその教育が実を結んでいるように見えん。それともやはり私はその程度の人間だと愚弄しているのか」
 バスターチェ嬢は苦しさに藻掻き、口をはくはくと動かしている。
 「私の前に二度と現れるな。破ったらそのご自慢の顔がどうなるか、身をもって体験することになる」
 取り巻きの子女たちは、あまりのことに腰を抜かしている。久しぶりにエリアストの狂気に触れた同年代たちは、アリスに祈りを捧げている。魔王様をどうかお鎮めください、と。
 「ふふ、旦那様、ありがとうございます」
 アリスは微笑む。エリアストは困ったように眉を下げた。アリスへの攻撃を、自分へのものとすり替えていると見透かされている。
 「たくさん、我慢をしてくださって、ありがとうございます。わたくしをかばってくださって、ありがとうございます」
 本当だったらアリスを侮辱した女を、すぐにでもくびり殺したい。こんなに愛らしいアリスと比べるなんて万死に値する。けれど、そんなにあっさり殺してやるなんてダメだ。自分が見えていない愚か者に、相応しい結末を用意しよう。だから、殺しはしない。今は・・、これで収めてやる。
 エリアストが目で合図をすると、護衛はバスターチェ嬢から手を離した。酸欠でそのまま倒れたバスターチェ嬢を一瞥もすることなく、エリアストたちは帰って行った。
 そのひと月後、バスターチェ家は領地に戻る。王都にいる間、バスターチェ嬢は外出する度に、暴漢に襲われかけたり川に突き落とされそうになったりと、なぜか・・・命の危険を感じることばかりが起こった。
 だが、一番彼女を病ませたのは、声だ。
 道を歩いていると、すれ違う誰かに囁かれる。
 綺麗な顔だ。飾っておきたい。
 美しいお顔。わたくしにくださらない?
 その首を銀の皿に乗せてあげる。毎日キミの顔が見られるんだ。
 ねえ、その綺麗な顔を苦痛で歪ませてあげたいんだ。いいかい?
 犯人を特定出来ない状況下で、必ずそんなことを囁かれるのだ。
 心が壊れかけたバスターチェ嬢を守るため、領地に戻ることにした。愚かな娘であったが、それでも見放すことは出来なかった。そうなった責任は、自分たちにもあると。バスターチェ伯爵家は、二度と、王都の土を踏むことはなかった。


*最終話へつづく*
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