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日常編

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 尾行けられている。
 エリアストは、街に買い物に来ていた。注文していた品物を受け取りに出向いている。店からは届けると言われたが、アリスへのプレゼントであったため、受け取りに行くと伝えてあった。その品物を受け取り、店を出たときのことだ。そっと護衛に耳打ちをし、エリアストは歩き出した。
 エリアストは誘うように路地裏に入った。
 尾行けていた男たちは、しめたとばかりに路地裏に駆け込む。かなり身なりのいい貴族。それが一人で街を歩いている。なかなかこんなチャンスには出会えない。そう思って飛び込んだのに。シルクハットを目深まぶかに被り、貴族はこちらを向いて立っていた。退路を断つように、路地の入り口を馬車が塞ぎ、馬車の入り口には護衛が二人並び立つ。
 四人の男は誘われたのだと悟る。
 「私に何の用だ」
 右手のステッキを、左の手のひらにトントンとリズミカルに打つ。
 何も答えられない男たちに、エリアストは一瞬で間合いを詰め、一番前の男の左頬を掠めるようにステッキで突きを繰り出す。エリアストの動きに着いてこられなかったシルクハットが、一拍遅れて地面に落ちた。
 美しいアクアマリンの双眸が、男を冷たく睨む。
 「何の用だと聞いている。同じことを言わせるな」
 今度はあまりの美しさに言葉が出ない。
 「ふむ。耳が聞こえないのか口がきけないのか。不要なものはいらないな」
 何をされるか理解をした一人の男が叫ぶ。
 「かっ、金!金だ!」
 エリアストは叫んだ男を見た。
 「金が欲しいなら働け。私に関わるな」
 その言葉に、男たちは気色けしきばんだ。
 「どんなに働いたってスズメの涙ほどしか金は貰えねぇ!おまえら貴族が贅沢するために税金ばっかり上げやがって!」
 「今着ているその上等な服一枚買うのに、オレたちがどれだけ汗水流してるか知らねぇんだ!だから平気でそんなことが言えるんだ!」
 「まともに働いたって碌な稼ぎにならねぇ!だったらって!」
 「金は稼ぐんじゃねぇ!奪うんだ!ある奴から、奪うもんだ!おまえら貴族は、ない奴から奪う!オレたちの方がよっぽど良心的だ!」
 口々に喚く男たち。エリアストは表情のないままステッキをクルクルと回す。ヒュンヒュンと鳴る風切り音が怖い。たしなみのための持ち物ではない。絶対に武器として所持している。
 「私は貴様らのような者が出ないよう法を整備している。なぜだかわかるか」
 恐ろしく高貴な身分だと思っていたが、まさかの法相。二年前に、若く美しい法相誕生と世間を賑わせていたが、まさかこれ程までとは想像すら出来なかった。そして、こんなに恐ろしい男とは。やっとの思いで首を横に振る。
 「貴様らなど生きようが死のうがどうでもいい。勝手にしろ。だが」
 恐ろしい男に睥睨へいげいされ、体を半分以上小さく縮こまらせた男たちは、さらに身を縮める。
 「私の愛しい妻は、貴様らのような者にまで慈悲を与える女神だ。その必要性を無くすために、私は動いている。そんな時間があったら、少しでも私との時間に使ってもらうためだ。理解したか」
 眼差しは極寒、醸し出す空気は絶対零度。恐ろしすぎるはずなのに、なぜだろう。言っていることは、これは、規模のデカすぎる独占欲、かな。
 内容はもちろん素晴らしい。浮浪者や浮浪児、生活困窮者が出ないよう、国を豊かにしようとしているのだ。ただ、動機が。いや、案外世の中とはそういうものなのかも知れない。
 男たちはコクコクと頷く。それを見てエリアストは馬車へと戻って行った。
 「まじめに、働こうかな」
 愛する人を、持ってみたくなった。
 残されたシルクハットを見つめる男たちの呟きが、路地裏に落ちた。


*つづく*
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