46 / 67
結婚編
7
しおりを挟む
「なぜあなたがエリアスト様と結婚なんてことになっているのかしら」
アリスがお花を摘みにエリアストから離れたときだ。エリアストはもちろん付いてこようとしたが、ララが圧のある笑顔で止めた。自分が護衛として付いて行くからそれはやめろと、すごく圧のある笑顔で止めた。レディに恥をかかせるなと、ものすごく圧のある笑顔で。
仕方なくものすごく渋々エリアストは大人しく待つことにした。
そうして離れた途端、これだ。ララは溜め息をつく。
「アリス嬢、いつもこうなの?ディレイガルドはわかってるからアリス嬢から離れなかったのか、いや、違うな。ただ離れたくないだけだな。そこは間違いないな」
「エル様と学園で過ごされた方々は、それは紳士淑女でございます」
アリスの言葉にララは頷く。
「なるほど。こういう輩はディレイガルドの見てくれに騙された実際関わることのなかった連中か。おっと、これではアリス嬢に失礼だった。申し訳ない」
アリスは微笑んで首を振る。
「何をさっきからコソコソと。本来でしたらわたくしこそがエリアスト様に嫁ぐ予定でしたのよ。それを横から奪うような真似をして!淑女の風上にも置けませんわ!」
アリスは驚いた。婚約者候補の話など聞いたことがないからだ。そんなアリスの困惑を見て、その女性はバカにしたような笑みを向ける。
「まあ、何かしら、その顔。まさか知らなかったのかしら?クシャラダナ侯爵が娘、カリアが婚約者であったと」
宰相補佐の娘のようだ。婚約者候補ではなく婚約者であったらしい。アリスとララはとりあえず黙って聞いていた。
「お父様も言っていたわ。ディレイガルド公爵様と懇意にしている、次期ディレイガルド公爵夫人はおまえだ、と」
ちょっと待て。ララは思わずそう口にしかけたが、がんばって耐える。
「ですから、わたくしはエリアスト様が卒業なさるのをお待ちしていたというのに!年齢は上ですが、このくらいの差があった方が、公爵家を支える女主人として相応しくあれるのよ」
年上であることが気になるようだ。言い訳のように聞いてもいないのに話す。だがその言い訳はいただけない。現公爵夫人は当主の一つ年下だ。現公爵夫人を侮辱していると取られてしまう。だがカリアは気付かず続ける。
「エリアスト様に言い寄っている女がいるとは聞いていました。まあ、学生のうちは火遊びも大目に見ましょうと黙っていたというのに。まさか結婚だなんて!どこまでも図々しいったら!」
アリスは最早何を言えばいいかわからなかった。そんなアリスにララが耳打ちをする。
「確認なんだけど、ディレイガルドがデビュタント迎えたのって一昨年の話だよね」
「はい、左様でございます」
「あの人、宰相補佐の娘さんだよね。ディレイガルド家と懇意にしているってことは、アリス嬢が火遊びじゃなくて、正式な婚約者だって知ってるはずだよね」
「懇意にされていなくとも、周知の事実にございます」
アリスの発言は嫌味でも何でもなく、本当に周知の事実だ。
「元々彼女と婚約をしていたのに、ディレイガルドがアリス嬢に走ったってこと?あんなのと婚約してたの?」
あんなの、とは言い過ぎのような気がしないでもないが、とりあえずいい。婚約者がいたとは聞いていない。
「え、じゃああの娘さんの妄想?」
まあ、そうなる。はっきり言って、アリスはそんな妄想を口にするカリアに驚いている。婚約者候補であれ、婚約者であれ、いなかったと知っているからだ。だからこそ、そんな話は聞いたことがない。万が一にもこれがディレイガルド家の耳に入ったら。そう思うと、アリスは困惑を隠せない。
「どうしましょう。クシャラダナ侯爵令嬢様をお止めしたいのですが」
アリスの言いたいことが伝わり、ララは苦笑する。
「優しいね、アリス嬢は」
「いいえ、殿下、誤解です。エル様のお手を煩わせたくないだけです」
ははっ、とララは笑う。
「間違ってないよ。優しいんだよ、アリス嬢」
*~*~*~*~*
一方、エリアストはたくさんの人に囲まれていた。
学園でエリアストに関わったことのない者たち。噂でしか知らない子息子女は、アリスやララと話をする姿を見て、噂は噂でしかなかったと判断した。
美しい公爵令息。纏う空気は冷ややかだが、簡単ではあるが相槌は打ってくれる。それだけでみんなが色めき立つ。代わる代わる話題を振られるも、エリアストの反応は薄い。それでも誰もが夢中で話しかけた。少しでもお近づきになりたい。その地位が目当てか、見た目が目当てか。わからないが、欲のある目を向けられることに、エリアストは内心苛立っていた。しかし、父の言っていたことが頭から離れない。
今に流されるな。本当にアリス嬢を幸せにしたいなら、戦う武器も守る盾も、ひとつでも多い方がいい。ディレイガルドの名は、その最たるものだ。だが空のディレイガルドでは意味がない。名に負ける自分であってはならない。国をも平伏させるディレイガルドだ。
邪魔になれば、その公爵位さえ捨てても構わないと思っていた。けれど。
戦う武器、ひとつでも多く。
自分が上手く立ち回れば、自分が上手く人心を掌握すれば。
守る盾、ひとつでも多ければ。
アリスを幸せに。
それ以外、自分の存在意義はない。
けれど今、アリスが呼んでいる気がする。
行かなくては。
*つづく*
アリスがお花を摘みにエリアストから離れたときだ。エリアストはもちろん付いてこようとしたが、ララが圧のある笑顔で止めた。自分が護衛として付いて行くからそれはやめろと、すごく圧のある笑顔で止めた。レディに恥をかかせるなと、ものすごく圧のある笑顔で。
仕方なくものすごく渋々エリアストは大人しく待つことにした。
そうして離れた途端、これだ。ララは溜め息をつく。
「アリス嬢、いつもこうなの?ディレイガルドはわかってるからアリス嬢から離れなかったのか、いや、違うな。ただ離れたくないだけだな。そこは間違いないな」
「エル様と学園で過ごされた方々は、それは紳士淑女でございます」
アリスの言葉にララは頷く。
「なるほど。こういう輩はディレイガルドの見てくれに騙された実際関わることのなかった連中か。おっと、これではアリス嬢に失礼だった。申し訳ない」
アリスは微笑んで首を振る。
「何をさっきからコソコソと。本来でしたらわたくしこそがエリアスト様に嫁ぐ予定でしたのよ。それを横から奪うような真似をして!淑女の風上にも置けませんわ!」
アリスは驚いた。婚約者候補の話など聞いたことがないからだ。そんなアリスの困惑を見て、その女性はバカにしたような笑みを向ける。
「まあ、何かしら、その顔。まさか知らなかったのかしら?クシャラダナ侯爵が娘、カリアが婚約者であったと」
宰相補佐の娘のようだ。婚約者候補ではなく婚約者であったらしい。アリスとララはとりあえず黙って聞いていた。
「お父様も言っていたわ。ディレイガルド公爵様と懇意にしている、次期ディレイガルド公爵夫人はおまえだ、と」
ちょっと待て。ララは思わずそう口にしかけたが、がんばって耐える。
「ですから、わたくしはエリアスト様が卒業なさるのをお待ちしていたというのに!年齢は上ですが、このくらいの差があった方が、公爵家を支える女主人として相応しくあれるのよ」
年上であることが気になるようだ。言い訳のように聞いてもいないのに話す。だがその言い訳はいただけない。現公爵夫人は当主の一つ年下だ。現公爵夫人を侮辱していると取られてしまう。だがカリアは気付かず続ける。
「エリアスト様に言い寄っている女がいるとは聞いていました。まあ、学生のうちは火遊びも大目に見ましょうと黙っていたというのに。まさか結婚だなんて!どこまでも図々しいったら!」
アリスは最早何を言えばいいかわからなかった。そんなアリスにララが耳打ちをする。
「確認なんだけど、ディレイガルドがデビュタント迎えたのって一昨年の話だよね」
「はい、左様でございます」
「あの人、宰相補佐の娘さんだよね。ディレイガルド家と懇意にしているってことは、アリス嬢が火遊びじゃなくて、正式な婚約者だって知ってるはずだよね」
「懇意にされていなくとも、周知の事実にございます」
アリスの発言は嫌味でも何でもなく、本当に周知の事実だ。
「元々彼女と婚約をしていたのに、ディレイガルドがアリス嬢に走ったってこと?あんなのと婚約してたの?」
あんなの、とは言い過ぎのような気がしないでもないが、とりあえずいい。婚約者がいたとは聞いていない。
「え、じゃああの娘さんの妄想?」
まあ、そうなる。はっきり言って、アリスはそんな妄想を口にするカリアに驚いている。婚約者候補であれ、婚約者であれ、いなかったと知っているからだ。だからこそ、そんな話は聞いたことがない。万が一にもこれがディレイガルド家の耳に入ったら。そう思うと、アリスは困惑を隠せない。
「どうしましょう。クシャラダナ侯爵令嬢様をお止めしたいのですが」
アリスの言いたいことが伝わり、ララは苦笑する。
「優しいね、アリス嬢は」
「いいえ、殿下、誤解です。エル様のお手を煩わせたくないだけです」
ははっ、とララは笑う。
「間違ってないよ。優しいんだよ、アリス嬢」
*~*~*~*~*
一方、エリアストはたくさんの人に囲まれていた。
学園でエリアストに関わったことのない者たち。噂でしか知らない子息子女は、アリスやララと話をする姿を見て、噂は噂でしかなかったと判断した。
美しい公爵令息。纏う空気は冷ややかだが、簡単ではあるが相槌は打ってくれる。それだけでみんなが色めき立つ。代わる代わる話題を振られるも、エリアストの反応は薄い。それでも誰もが夢中で話しかけた。少しでもお近づきになりたい。その地位が目当てか、見た目が目当てか。わからないが、欲のある目を向けられることに、エリアストは内心苛立っていた。しかし、父の言っていたことが頭から離れない。
今に流されるな。本当にアリス嬢を幸せにしたいなら、戦う武器も守る盾も、ひとつでも多い方がいい。ディレイガルドの名は、その最たるものだ。だが空のディレイガルドでは意味がない。名に負ける自分であってはならない。国をも平伏させるディレイガルドだ。
邪魔になれば、その公爵位さえ捨てても構わないと思っていた。けれど。
戦う武器、ひとつでも多く。
自分が上手く立ち回れば、自分が上手く人心を掌握すれば。
守る盾、ひとつでも多ければ。
アリスを幸せに。
それ以外、自分の存在意義はない。
けれど今、アリスが呼んでいる気がする。
行かなくては。
*つづく*
70
お気に入りに追加
513
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~
春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。
6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。
14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します!
前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。
【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる