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学園編

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 昨年の出来事で、公爵家の降格を知らない者は、貴族平民問わずいない。詳細は知らずとも、その原因が、筆頭公爵家ディレイガルドであることも。そうであれば、普通の神経の者は近付かない。ディレイガルドに関わるすべてに。
 「僕は美しいものが好き、いいえ、愛してます。ソレにジャンルはない。自分が美しいと思ったものは、手に入れる。必ずね。それだけです」
 普通の神経の者は、近付かない。
 なぜ、一定数湧いてくるのか。毎年毎年、勘弁してくれ。平穏に過ごしたいんだよ、こっちはさあ!
 生徒たちは苛立つように、ウィシス・ナーギヤを睨みつけた。
 蒐集家しゅうしゅうかとして有名な彼。本だの絵画だのの蒐集家しゅうしゅうかであれば、よくいる者の一人、で済んだ。
 しかし彼の対象は、美しいもの。本人の言う通り、ジャンルを問わない。噂では、美しい人間を攫って剥製にしている、とまで言われている。
 ウィシスは厄介であった。周囲が自分を警戒していることを知っている。故に、周囲の目をかいくぐって接触する。神の寵愛を一身に受けた造形の、エリアスト・カーサ・ディレイガルドに。
 何かを話しかけるウィシスのことを、エリアストは認識していない。時々纏わり付いてくる者がいることはわかる。だが、それが誰か、同一人物であるかまでの認識がない。以前のように、触れられただけで即排除、とはならなくなったが、不快であることは変わらない。
 しかし。
 この日のエリアストは違った。
 初めてエリアストはウィシスを見た。
 タイカや元公爵家三男のように、絡まれたり暴言を吐かれたわけでもない。
 それなのに。
 エリアストは一瞬でウィシスとの距離を詰めると、その首を片手で締め上げた。そして躊躇ためらいなく窓に向かってウィシスを投げ飛ばした。
 ガラスが割れる派手な音が響く。
 ウィシスの狡猾さが仇となった形だ。エリアストの凶行は、いつも誰かしらが体を張って阻止していたのだが、生徒たちは遠巻きになっていたので止められる者が側にいなかった。結果、ウィシスは外に放り出され、多くのガラス片と共に芝生に転がる。強いて言えば、一階であって良かったと言うべきか。強か背中を打ち、苦痛に顔を歪めるウィシスに、更なる追撃をせんとエリアストが割れた窓を乗り越えてきた。エリアストはウィシスを蹴飛ばし仰向けにさせると、胸に足を乗せた。徐々に力が籠もる。
 「あ、が、な、なぜ」
 痛みと胸の圧迫に喘ぎながら、ウィシスは疑問を口にする。
 「私以外がエルシィに触れていいわけないだろ」
 ウィシスは驚愕した。
 なぜ、バレたのだろう。
 ウィシスには、この学園で手に入れたいものが二つあった。
 一つは、エリアスト・カーサ・ディレイガルド。神の愛し子の異名を持つ、恐ろしく美しい公爵令息様。人の美しさは一瞬だ。実に儚い。その一瞬を、永遠に変えてあげるのだ。永遠に美しさを閉じ込めて、永遠に愛でてあげる。
 そしてもう一つ。アリス・コーサ・ファナトラタ。正確には、彼女の「声」だ。コレは二重に厄介だ。なぜなら、恐怖などで声を失うこともあるため、力尽くや、精神を追い詰めるやり方が出来ず、そのまま、何も壊すことなく閉じ込めなくてはならないからだ。そのためには、自分に惚れさせ、進んで檻に入ってもらう必要がある。そして、彼女に近付くには、まず番犬を排除しなくてはならない。エリアスト・カーサ・ディレイガルド。こちらがかなり厄介なのだ。アリスを手に入れるために、順番を間違えてはいけない。まずはエリアストから。そう思って、エリアストを手に入れるまでは、彼女に一切接触などしていないというのに。
 美しいものが好き、という発言により、エリアストがアリスを連想したとは夢にも思わない。但し、エリアストはアリスのすべてを美しいと思っている、という点だけが違う。
 「な、なんの、」
 何もしていない。まだ、何もしていないのだ。アリスには。だからシラを切る。むしろ、やってもいないことでこんな仕打ちをされたという状況を利用してやればいい。
 そう思うのに。
 エリアストは構うことなく足に更に力を入れた。メキ、と耳の奥に聞こえたかと思うと、次の瞬間、いくつもの無慈悲な音が鳴った。
 「がああああああ!」
 肋が折れた音は、周囲の耳にもはっきり聞こえた。叫ぶウィシスの口からは、血の泡が出ている。折れた骨が、肺を傷つけているのだろう。しかしそれ以上の恐怖が周囲を襲う。
 口から血の泡を出しながら、笑っている。ウィシスは苦しそうに、だが確かに笑っているのだ。
 「ごぼっ、ガ、はあっ、ふふっ、あははっ、ゲフッ、あがぁっ」
 周囲はゾッとした。おぞましい光景に、知らず後退あとじさる。
 「あ、ああ、ふふ、あなたに、ゴブッぐゥゥ」
 息をする度に激痛が走る。それをこらえながらウィシスはしゃべり続ける。
 「あなたに、与えられた傷だと思うと、ゲフッ、ア゛ァ、ふ、ふふ、たまらない」
 ウィシスの下半身は怒張していた。令嬢は扇で顔を隠している。婚約者でもない、しかも質の悪い人間の性癖など、知りたくもなかった。
 みんながドン引きしている中、エリアストはウィシスの右耳を掴んだ。ミチ、と音がする。
 「い゛、あが、あ゛あっ」
  耳の上部付け根が破れたときだった。
 「エル様」
 エリアストは勢いよく振り向く。
 愛しい婚約者の姿を認めると、ウィシスを投げ捨て手袋も脱ぎ捨てて駆け寄る。
 「エルシィ」
 嬉しそうに名を呼び、頬を撫でる。一枚の絵画のように美しい。ウィシスが視界に入らなければ。
 「あの、エル様」
 はにかむアリスが可愛くて愛しげに細められた目に、周囲は赤面しつつ目を逸らしつつ、ウィシスの回収に向かう。
 「どうした、エルシィ」
 刺繍糸が欲しいので帰りに寄り道させて欲しい、とデートの誘いを受けたエリアストは、その後の授業をご機嫌に受けてくれた。アリス教信者の信仰心は、留まるところを知らなくなった。主にエリアストのクラスメイトの。



 *つづく*
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