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第3記
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[滞在2日目]
『
任務の途中、私たちはある村へやってきた。
そこでは緊急の任務に就くはずだった。
しかし、緊急要請には申請の有効性が認められなかった。
私は虚偽報告と判断した。
本部にはそれを正確に報告した。
私の判断は正しいと思っている。
本部がどう判断するかが重要だ。
でも、私と同じ判断になると思っている。
私は、気になっている。
私は村の要請を拒否した。
でも、村ではそれを気に留めていない。
なにかおかしい気がする。
村の人たちは親切だ。
夕飯も豪勢で、ドームで食べる食事よりも珍しくていろんな料理があって美味しかった。
特に牛肉を使った料理が初めて食べたけど美味しかった。
誰かの手作り料理を食べたのは久しぶりだ。
寮の食事は、たまに手作り料理っぽいのあるけど、どっちかわからないのでカウントしないでおく。
村の人たちが私たちをお客さんとして呼んだのはわかっている。
だから丁重に扱ってくれるし、よく扱ってくれる。
でも、何を求めているのか、何を狙っているのか。
それがわからない、それが奇妙なんだと思う。
私はそれが気のせいであれば良い、と思っている
彼らは、悪い人たちじゃない、と思う。
でも何かを望んでいる。
それは、はっきりさせたいけれど。
でも、向こうのその何かが自分から今も近づいてくる気がする。
村の人たちがそう言っている。
彼らは待っているのかもしれない、その何かを。
ならば、私たちは準備をしておく。
何が起きても動けるように。
常にどういう判断をするか、それが重要だ。
明日(というか今日)は、散歩でもしたい。
あと、ご飯も今日も美味しいのだといいな。
夕飯は期待している。
追記:本部の判断はやはり拒否処分だった。
待機は継続。
後で仔細確認を取る。
―――――ファム-ミリア-ノァ,S.S.822.x.x
』
「ふむ。」
小さく鼻を鳴らすようにミリアが、書き上げた日記を軽く読み返して、携帯を閉じた。
いつもなら昨夜書く日記だけど、なんか疲れてたので寝起きの朝に書いた。
頭がすっきりして、まとまった考えを書けたと思う。
守秘義務があるから、詳しいことは書けないのは注意して。
・・ケイジのイビキが聞こえる静かな部屋の中では、リースは静かに寝ているようで、ガイも起きているような気配はあったけれど。
ミリアは私用の携帯を枕元に置いて、仕事用の携帯を操作し、村中に停めてある軽装甲車と通信を無線で繋ぐ。
警備部本部からの指令に関してはさっき確認したので、今日のニュースをチェックしていると、ガイがベッドから起き上がってた。
時間を見れば頃合いか、ミリアも起き上がって。
立ち上がったガイが、あくびをしていたので、声をかけようと・・・思ったら、ミリアもあくびが出てた。
「よ、おはよう」
ガイに先に言われたので、ミリアは自然と出た涙を目に溜めて。
「おはよ、」
小さく弱い吐息で応えた。
『ブルーレイク』に来て翌日の朝、目が覚めたミリア達一行はのんびり朝の支度をしている間にも、今日の予定をミリアが口頭で伝えてから、朝ご飯までは自由時間にした。
ミリアとガイは軽装甲車まで行って本部と再度、連絡確認を取ったりして、リースはぶらつくと言って外へ散歩に出て、ケイジは朝ご飯に呼ばれるまで寝てた。
時間が来ると村のおばさんに案内されて村長宅で軽い朝食を頂いた。
朝はパンにバターやペーストを塗ったり、昨夜の料理の残りからスープなどを頂いて、それらも美味しかった。
それから、寝ぼけ眼のケイジが、食べる時には元気になっていた。
ガイは村長さんたちと笑顔を交えて話していて、リースは散歩してきたからかいつもよりはスープなどを食べていたように見えた。
それから朝食後は、許可をもらって改めて村の様子を見て回っていた。
昨日は夕焼けの景色と夜の景色しか見れなかったが、日が高い村は改めて見ても最初の印象どおり、日差しは強くてもどこか牧歌的で穏やかな雰囲気だ。
頭に被ったキャップのつばの影からも足りない、手で庇《ひさし》を作って見上げれば、自分たちが大きな断崖を背にした村の麓にいることがわかる。
今は強い日差しに晒されている村だが、太陽の角度を考えると午後を過ぎればその巨大な崖が影を作って、日陰は次第に村全体に広がっていきそうだ。
地図を見た時も思ったが、特殊な地形だ。
でも、この地形のお陰でここは拠点を作りやすかったんだろう。
その大きな影は身体を休められるオアシスみたいなものなんだろう。
更に歩いた村の境界近くでは、遠い歪なフェンスやバリケード越しに砂漠の景色が見えるというのに、村の敷地内には雑草なりの黄色や緑色の草が短くもまばらに生えているのが見える。
歩いている場所を靴で踏むと、乾いた砂ではなく土の様な硬さにぽろぽろとした砂利のようなものも見られる。
それに、村の中には牧場らしい施設に土地を囲む柵などがあり、その柵内の高いところで空を覆うプリズム色の大きな傘の下では、「めぇ~めぇ~」と鳴く家畜たちがのんびりしているようだ。
あれは『プリズム・ディバイダ』だ。
プリズム色の傘は、熱の多すぎる有害な日差しから地面を守る。
太陽光が傘を透過し適度に和らぐ日差しになり、有害な光線を除去して変化し、草木が育つのに適した環境へと調整してくれる。
それらは砂漠で生きるためには重要な設備と道具で、和らぐ日差しの下はとても気持ちいい。
ドーム、『リリー・スピアーズ』でも日常的に見かけるし、傘の下で見上げるプリズム色の空は、とても特別だ。
それからも村の中を歩いたが、他にも野菜を作る畑らしきものがあった。
知識として知っている、映像などで見る畑の光景では野菜は一面の黒い土で育つものらしいから、黄色い土で育つ野菜は少し奇妙というか、不思議な感覚の光景である。
でも、そういうもんなのかもしれない。
そんな牧場の傍の様子を眺めながら歩くミリア達4人は、しばらく歩けばまた家屋が集まる一角を通りがかっていた。
乾いた土地、家の乾いた木の色、強烈な日差しが、ここが砂漠だという事を思い出させてくれるのに、村の中は麗らかで、穏やかな雰囲気が満ちている。
日差しを避けるように日陰から日陰へ走り回る子供たちが元気に笑い合って。
日陰の中には、お年寄りのおばあさんがいて、手仕事をしながら椅子に座って子供たちを見守っている。
村を眺めていると過ごす人たちは男性や女性が程ほどにいて、こちらを珍しげに見てくる視線もある。
彼らは頭からスカーフを目深に巻いた、煩わしい砂風や日光を防ぐ衣装で、こういう環境、他の場所やリリーの外でよく見かけるスタイルだ。
4人で歩いてるミリアは、日除けのキャップのつばを深く被り直した。
それから、汗も乾く熱さの息を、ほぅっと吐いて水筒に口を付けて水を飲む。
「こりゃあ、のんびりしたところだな。」
ガイが日差しの下で、遠くに目を細めながら言ってたけど。
「なんていうか、のどかさを絵に描いたら、素敵だねぇ」
「なんだよいきなり」
ミリアが暑さに目を細めて言ったのを、向こうの柵を覗き込んでたケイジが振り返ってた。
「言いたい事はわかる、隊長」
ガイはミリアの気持ちがわかるらしい。
「そういや、この村にいろって話になってるって事は、次の命令が来るまで動くなってことだろ?」
と、ケイジがミリアへ聞いていた。
「そうだね。逗留《とうりゅう》命令に切り替わったんだけど、いつになるかまでは。ま、警備部の仕事だから適当なとこも多いよね」
「それな。すぐに帰還命令が来ると思ってたんだが、」
ガイもそう思っていたようだ。
それはミリアも気になった所だが。
「リプクマの調整はどうなるんだよ」
ケイジは柵に寄り掛かりながら、欠伸しながらだ。
「ん-、それね。一応、そっちとも連絡とったから、向こうで何とかしてくれるでしょう。」
「取れるのか?」
「うん?」
「・・ゲームの予約をしたい」
「帰ってからにしなよ」
「・・あつい」
って、急に、リースが耐えられなくなったようで、喉の奥から絞り出したような声がした。
「あ、おい!?大丈夫かリース?」
ふらふらしているリースに気が付いたケイジが、リースの腕をつかんで立たせようとしてた。
「・・大丈夫」
「ふらついてんぞ!?おまえ!」
「もしかして貧血・・?」
さすがにミリアも心配になって。
「・・そんな事無い、真っ直ぐ歩いてるじゃないか・・・」
「おまえ、頭もぐらついねぇか?意識ちゃんとしてんのかよ」
「・・大丈夫じゃない?」
「なんで疑問系なんだよ」
「日陰で水飲むか。」
ガイがそう言ってくれる。
「そもそも、意識がおかしくなっている人に向かって、意識大丈夫かという質問をしたってまともな返事は返ってこないでしょう」
リースが急に長い言葉をすらすら話す。
「そ、その通りだけど、なんで薀蓄を語る、いや、やっぱやばいんじゃないかお前」
「リース、朝の散歩してきたばかりだもんねぇ」
「リースはそんなに散歩好きなんだな?」
「俺が知るかよ、ほれ、飲めよ」
日陰にリースを座らせたケイジが、リースの携帯している水筒を指さす。
リースは黙って、こくこくと喉を動かして飲み込んで、一息つけたようだった。
現在の装備は日中の標準軽装で、各自の小さめの携帯バッグには水筒、携帯食、救急セットなど、他にも拳銃などの小型武器も携行している。
村の中に危険はないだろうが、強い太陽光が出ている間は歩いているだけでも危険だし、これらの軽装も日陰のない直射日光の当たる場所を歩くための最低限の装備だ。
リースの様子を見届けてから適当な日陰でミリアたち一行は、適当にその辺のボロい椅子やコンテナに腰掛けて休み始める。
ボロボロだけど金属製の小さいテーブルもあったりと、普段から誰かが過ごしている憩いの場のようだ。
「やっぱり日中はあっついわー」
ぱたぱたと、着ている砂漠迷彩ジャケットの中に風を送るケイジだ。
ミリアも、少し歩いただけなのに、熱さで汗が全身から吹き出ている。
そんな彼らが屯うそこへ、近づく人影があって、いち早く目に留めたのは、リースだった。
「おはようございます」
突然声をかけられて、ケイジ達4人が顔を上げた。
傍に近寄って来て目の前に立ったのは、こげ茶色の砂に汚れたローブを纏ってフードを被った小さな背格好、ミリアよりもちょっと小さく見える。
フードの奥のその少女の顔にケイジは見覚えがあった。
「昨日は、どうもです。」
控えめにだけど、気丈な声を出したような挨拶だった。
昨日、この村に着いてすぐに、最初にケイジが話したあの少女だ。
「ああ、あの時はありがとな。」
村の入り口を教えてくれたのを覚えている。
少女がフードを脱ぐと、癖毛の黒い髪と黒い瞳が現れる。
年はここにいる誰よりも若いだろう、浅黒い褐色の肌に、輝く瞳をみんなに向ける。
「いいえ、こちらこそ。わざわざドームから来てもらったんですよね?私たちの方が感謝してます。」
健康的で利発そうな彼女の顔立ちは、今初めてちゃんと見れたが、美少女と言えるかもしれない。
あどけなさが残る可愛さの、でもどこかしっかりした印象のある少女は、後ろで纏めた髪の毛を肩に流して、長い睫毛が数度瞬いて、動く黒い瞳が強い好奇心を見せるように4人を見回していた。
それから、肩をちょっと竦めるような仕草が可愛らしかった。
「あの、私はメレキって言います。」
「ん、ああメレキか。よろしく・・・」
「名前、」
って、ミリアにわき腹を小突かれてケイジが思い出したように口を開いた。
「・・俺はケイジ。そっから・・」
「ミリアです」
「ガイだ」
ケイジが紹介する前に先に自己紹介してた2人と。
「・・リース・・です」
リースが、気持ち悪そうで真っ青だが、頑張ったようだ。
「リース・・・?」
「リースがどうした?」
リースで視線を止めたメレキの反応が、ケイジは少し気になったが。
「リースさんですか、朝でもちゃんとスカーフとかしないと、太陽から守らないとお肌すぐに焼けちゃいますよ?真っ白いお肌なら尚更です。」
「ん、朝?会ったのか?」
「会ったというより、見かけたんです。太陽が凄く当たってるのに歩いてたから、なんだろって思ったんですけど」
「お前も無茶するな」
「無茶でもないと思ってたんだけど、帽子被ってたし・・けど、後から来るね」
「お前バカだな」
「はっはっは、日焼け止めはちゃんと塗っとけよ。」
ケイジにガイが笑ってる。
「補外区で過ごすのはほとんど初めてでしょ?気をつけなよ」
ミリアに注意されるリースだ。
「お前、舐めてたんだろ」
「・・そう、かな・・・?」
「そうだろ」
「・・そっか。」
当たり前だと言わんばかりのケイジに、まだ静かなリースは納得したようだ。
そんな様子を見てたミリアは、その少女の方に振り返った。
「メレキさん?ちょっとお話聞いてもいいですか?」
ミリアに呼びかけられたメレキは笑っていたが、不思議そうに瞬いた。
「昨日着いたばかりで、村長さん達から簡単なお話は聞いたんですけど。もう少し現状を詳しく調査しようと思いまして。簡単な質問させてもらってよろしいですか?」
「はい、いいですよ。」
「まず、村を襲うディッグ、強盗集団。たびたびここへ来るんですか?」
「はい。・・と言っても半年に、家畜の泥棒が来るか来ないかくらいですけど」
「ここの護衛の方々が充分に対処されてました?」
「タイショ・・・?・・」
「あぁ、えっと、村を守っている人たちが、ちゃんと・・してて、みなさん問題なく?」
「はい、村に入れないで帰っちゃいます。」
「しっかりしているんですね。では今回の様に、襲撃が前もって分かる事って良くある事なんですか?」
「えっと・・、分かる時もあるけど、分からない時も、その、あります」
「ふーん・・?・・・それについて、どうして事前に分かるか、知ってます?」
「いえ・・、よくわかりません」
「そうですか・・。えぇと、アシャカさんが、言い出すと言った感じで?」
「アシャカさん、ですか?」
「そうです」
「はい・・、アシャカさんが、です。」
「ふーん・・」
「なんか尋問みたいになってないか?」
「え、そう?」
ケイジに言われてミリアは瞬いたけど。
「ジンモン・・・?」
意味が分かってないようなメレキが瞬いている。
ケイジは茶化してきたのかもしれないけど。
「えと、ありがとうございました、もう少し自分たちでも調べますけど、参考にさせて頂きますね」
「はい。」
「なんかすっきりしないんだよな、」
不意にケイジが横から口を挟んできた。
「何が?」
ミリアも振り返るけど。
「その、アー・・サカ?」
「アシャカさんね」
「そう、アシャカ。信用できるのか?」
ケイジは、ミリアにではなく、メレキに向かって言っていた。
・・ふむ、とミリアもメレキを見ている。
ガイも、リースも、4人の視線をメレキが一身に受けることになったが。
「ア、アシャカさんは立派なリーダーです。まだ、正式には違いますけど。私達がみんな信頼してるリーダーです」
「・・あー」
少し、わかったような声を上げるミリアだ。
「あなた警護団の方?」
「はい、そうです」
「あら・・、ごめんね、無神経な事言ったかな?ケイジもね、ごめんね。」
「何で俺だ?」
「言ったでしょ、信用できるのかとか」
「当然の事を聞いただけだろ」
「いいんです、言うとおり当然の質問ですから。」
「そう・・?」
メレキがケイジをフォローしたのは、ミリアもちょっと瞬いたけど。
それよりも、アシャカは警護に当たっている傭兵団のリーダーと言っていたし、ミリアもその認識でいた。
だけど、その傭兵団にはこんな小さな少女もいるということになる。
それはつまり、護衛集団のCross Handerについて、自分が持っているイメージと食い違いが生まれている可能性がある。
「根本的に勘違いをしてたみたい、あなた達の事聞かせてもらってもいいかな?」
「はい」
「あなた達のこと、大まかにでもいいから、とりあえず教えてほしいの。Cross Handerってどういう人たち?」
「はい、・・護衛団、私達の、Cross Handerはこの村の護衛をしてます、大人たちが。それに男の人が戦いに出ます。女の人と子供もたくさんいて、ここの村の人達と一緒に住んでます。・・・他は、えっと・・ずっと昔っかららしいです、」
「えーと、なるほど。質問いい?」
「はい」
「Cross Handerは護衛団と言っても、血縁の、家族で出来ている集団だと?」
「ケツ・・?」
「家族みたいな、」
「あ、はい。お父さんも戦士です。」
「そして、村の人達と一緒に、親しく付き合ってる?」
「親しく・・っていうと、」
「そうね・・、一緒に遊んだり、近所づきあいみたいな?子供たちの友達いっぱいいる?」
「はい、一緒に遊んだりしてますよ・・?」
「だよね。・・・じゃずっと、ここに住んでるんだ」
「はい、生まれた時からこの村に住んでます。・・もう何十年も移動はしてないって聞いてるし・・」
「そっか、なるほどねぇ」
ミリアは何度か頷きながら、メレキがちょっと唇を尖らすのを見つめていた。
なるほど、お金で雇われた傭兵団と雇い主の村、という関係を私はイメージしていたけれど、それが少し違うようだ。
彼らは長年一緒に住んでいて、村人同然に暮らしている。
そして、村中での分業システムが出来上がっている。
ブルーレイクの村人は村の維持や発展を、Cross Handerはその仲間として警護を全面的に任されていると。
もちろん、お互いを手伝うこともあるだろうが、どちらにしろきっとお互いが厚い信頼関係を築いている。
だとすると、リリー・スピアーズの関係機関もその辺の事情は把握しているのだろうか・・・?
だとしたら、今回の私たちの逗留命令もそれに関係するんだろうか・・・?証拠が無いなら、ただの思い付きになるけれど。
ふむふむと、ミリアは何度か1人頷いて頭の中を整理していた。
「メレキちゃんは今何をしてたんだ?」
ガイがメレキに聞いていた。
「私は・・」
「メレキ姉ちゃあぁん!」
って、すごい大きな元気な声を、出しながら小さい男の子と女の子たちが走ってきた、4人くらい。
「ディェテメレキ!」
「エサあげたら遊んでくれるって言ったじゃんっ!」
とてもとても、威勢のいい。
「あ、ごめんね、ちょっとお話してたから・・」
メレキは子供たちに慕われているようだ。
それに、子供たちの格好、確かに村の子やCross Handerの子っぽい、メレキが言った通り、みんな仲良しみたいだ。
彼らはみんな家畜のお世話でも手伝ってたみたいだ。
ふと、ミリアは少し離れた場所でこっちを見てる子たちの1人と目が合った。
ローブを目深《まぶか》に被った、たぶん女の子、顔は陰に隠れ気味だがメレキと同じくらいの子か、こっちを見てたけど・・・少し遠慮気味なのは、警戒してるのかもしれない。
まあ、あの子たちのような反応が普通なんだろう、よそ者を警戒するのは当然だから。
目の前のメレキたちは活発でいて、子供ながらに勇気のある子たちなのかもしれない。
と、傍でこっちを見てる小さな子の爛々とした瞳と目が合った。
「だーれ?」
嬉々として話しかけてきた。
うん、やっぱり勇気と言うよりは、よくわかってないだけかもしれないな。
「しってる!そとからきたんだろ!?」
「おそと?あぶないよ?」
「でもおそとからきたんだよ!?」
「ふーん」
「うちゅーじん、」
「どーむ、どーむ」
「どー、むーじん?」
「ちょっと違うかな、」
ミリアは苦笑いだけど。
「おなまえ、なんてぇの?」
「えっとね、ケイジさん、ミリアさん、ガイさん、リースさん」
「ふーん」
「みんな仲良くしてあげてね」
『はーいー』
「あい、」
「いかないの?」
「ディェテメレヒっ!」
「あそぼー、」
「そうだね、えっと・・」
「あ、ありがとう。色々聞けて助かりました。遊んで来てね、」
「いいえ、皆さんよろしくお願いします。」
「じゃね、ミリアちゃん、と・・・」
「ばいばい~」
「・・・?」
「みんな、ばいばい~」
「ばいばいーみらあちゃん、と・・、・・・」
「ディェテギュナナ リアコンテ・・・・」
「ンン?ヘプリコルン?」
メレキちゃんは小さい子たちと民族語で話してる。
やっぱり、彼女も共通語を普段使ってはいるけれど、バイリンガルのようだ。
「っん-、ディェテギュナナ リュコニコ・・・っ・・」
「ばん、ばん、ばん、ばんっ・・!」
男の子が元気な、鉄砲のマネだろうか、こっちに向かって撃って来てたけど。
瞬くミリアとケイジと、笑ってるガイと、青い顔をしているリースで。
そのまま、メレキちゃんは子供たちに引っ張られていった。
苦笑い気味に微笑みを保っていたミリアが、見送るまま、不思議そうに言う。
「なんで私だけ?」
名前を呼ばれたのが不思議だったらしい。
「子供の親近感が湧いたんじゃねぇ?」
ケイジが言って寄越してた。
「・・好かれやすいって事ね・・・、」
無理やり都合よく解釈しといたミリアだけど。
「ふむ・・・」
少し思案にふけるようなミリアは。
「ガイ、何で笑ってるのよ」
って、見つけたガイの笑顔は看過できなかった。
「いや、子供は微笑ましいなって思ってな」
「誰?子供って、誰のこと?」
「・・あいつらだよ。被害妄想は良くないぞ」
「・・・」
珍しく大人しく口を閉じたミリアだけど。
文句は言いたそうな顔だけど、そんな2人を他所に離れてたリースが壁に手をついてて、寄り掛かったままぴくりとも動かないのに気付いた。
「おい、リースお前寝るなや」
見つけたケイジの言葉にぴくっと反応して、細めた目のまま顔を上げる。
「ん・・、ん、・・おはよう」
「え、寝てたの?」
「いつから寝てたんだ、たく」
「・・さぁ」
「聞いてねえっつうの」
「気持ち悪いんじゃないの?」
「こっちのが気持ちいい・・」
「ほんとに大丈夫?」
「ただの寝不足じゃないのか?」
「・・あぁ・・・」
「補外区ってこんな症状出るケースあるっけ?」
「聞いたことはあるが、原因はわからん。」
「あとでリプクマに連絡にしとくか、対処法を一応聞く、」
「そうだな。」
「人が多いと寝れないタイプだぞ、こいつ」
って、ケイジが言ってた。
「・・え、そうなの?」
一瞬止まったミリアが瞬いてたけど。
「昨日寝てないのか?」
「少し寝た・・。もう、行くの?」
「そうね、もう少し回ってみようか。動ける?」
「うん、」
「ういす、隊長」
「あとで寝れるよう考えようか」
「今日は全力で寝るから、大丈夫」
「どう寝るの」
「・・・・。」
「なんか言えよ。」
「次どこ行くんだ?」
「あっちの方かな」
「ケイジ、リースの手を引っ張っといて」
「なんで俺が・・・」
「あれ、ネコがいるぞ」
「へぇ、ネコ?ペットかな?」
「聞けよ、」
そんな風に誰ともなく歩き出す4人は、家屋の隙間で丸くなってこっちを見てるネコにふらりと足を向けて、ちょっとコミュニケーションを取るついでに、村の中をまた散策し始めていた。
ミリア達4人は昼まで村を歩き回り、またリースを休ませて日陰の涼しいところで少し寝かせてあげたりしながら、いろいろな所や景色を見たり村の人たちの生活の様子を眺めたりして、話しかけてみれば大体の人から嫌な顔せず同じような話を聞く事ができた。
あの少女から聞いた話に加え、この場所に住んで長いこと、村が崖の麓にある理由、昔はあそこの洞窟で生活をしていた時期があるから、とか村にまつわる話をいくつか聞けた。
みんなが同じような事を言うなら、そういった話は凡《おおよ》そは信用していいだろう。
でも、村に対して抱く不思議な感覚がなんとなくあって。
村の観察や聞き込みは何かしらに繋がるかと思ったけど、まったくだった。
そんな時に無線連絡をもらって、散策を切り上げて村長宅で昼食のパンとチーズにベーコン、野菜のスープに、まだ残ってる昨日の料理の残りを頂いた。
料理は独特の味付けもあるけど、なんとなく食べ慣れてきた料理になってきたので新しい味わいを発見している。
ケイジが同じテーブルで食べてる村長さん達に言って、パンにその肉料理とかを挟んでサンドイッチを作り始めたのを見て、ミリアもサンドイッチを作ってみて被りついたら、がぶりと美味しい食感と味が口の中で広がる、のと同時に無線機の呼び出し音がほぼ同時に鳴った。
アシャカから手渡された無線機は、ビーと音を上げて、ガイが隅に置いていた携行バッグの中にあったが、その音に驚いた村長がびくんっと震えたのは目の端にさておいて、ミリアはガイから無線機を受け取る。
『ザザッ・・ミリア殿。今、来れるか?』
ミリア、『殿』・・・?
「えーと、食事中で、」
『マダックの所か?』
「はい、村長の所です」
『ふむ、わかった。今からそちらへ行く』
「え?はい・・」
そう言って無線が切れた。
「あのでっかいボスか?」
聞き耳を立てていたケイジが無遠慮に聞いてくる。
「そう、今こっちに来るって」
ミリアは村長の方に視線を送るが、その意味に気が付いた彼も、わからないと言った風に小首を傾げて返すだけだった。
とりあえず、注意はされなかったので、お腹にサンドイッチを詰め込んでいく4人だ。
「いやぁ、食いっぷりがいいですなぁ、みなさん」
マドック村長も笑顔だ。
同じ席のおばさんやジョッサさんも笑っている。
「あ、俺のタマゴ焼き・・っ」
「え、別に誰のでもないでしょ」
「こっちに寄せといたんだよっ、あ、俺の焼いたベーコン!」
「早いもん勝ちだ」
熾烈な戦場の様相を呈してきてたテーブルの席だったけれど。
リースは、我関せず、目を細めたまま手に持ってる自分のサンドイッチを小さな口で齧って、もくもくとマイペースに食べてた。
「ジョッサは私の娘ですよ、」
「え、そうなんですか、」
ジョッサさんがおばさんの娘、つまり村長の孫娘であることを聞いて驚くミリアだけれど。
じっと見ているケイジが、なんか失礼な事を言いそうな感じがしているけれど。
「失礼するぞ、」
と、暫くして言ったとおりに、扉を開けて昼食中のリビングの食卓に現れたアシャカさんとダーナトゥさんが、こちらを見つけた。
「アシャカ、何事だ?」
村長が当然の疑問をアシャカさんに尋ねると、彼はにっと笑った。
「作戦会議だよ」
マジか?と、ケイジはちょっと嫌な顔で反応したが、昼飯はそろそろお腹を満足させてきてるので、背もたれに背中を預けて深く息を吐いた。
ミリアはアシャカさんを見ていたが、顔は笑っても冗談を言っているわけでもないらしい。
ミリアが仲間の3人を一応見回しても、ガイが肩を軽く竦めたくらいだった。
「ほら、あれあったろ、ボード。あれで簡単に説明するつもりだ」
「全く、食事中だというのに無粋な男たちだよ」
そう、呆れたような物言いをわざとしたような村長は奥に引っ込んでいった。
「俺らにも摘まませてくれ」
「はいよ、座って座って、」
「あ、私がやるよ」
お皿とか食器を取りにジョッサさんたちが席を立ってて。
やっぱり仲が良いみたいだ。
「食事は続けてくれていい」
気にした風でもなくアシャカさんは、空いていた椅子にどっかりと腰を下ろした。
それから、漬物を摘まむケイジがもぐもぐと口を動かし続けていたり、他の3人も瞬くような表情でもぐもぐしている姿を見回した。
いま村長が持ってきたボードと専用のペンで、テーブルの一角が作戦会議場になる、・・と言っても。
ダーナトゥさんがペンを取り、説明を始めたのは作戦についてよりも、先ずは知っておいた方が良いと言うブルーレイクの現在状況についてだった。
「普段は、俺たちCross Handerが村の周りを囲むようにして居座っている。
ここに大まかな地図を描いたが、『ここ』と『ここ』、『ここ』と『ここ』、そして『ここ』だ。
この崖以外は、普段の生活の中で見張り場を兼ねている。
緊急の戦闘に際して迅速に対処できるように戦士も常時いる。
他にも、・・・、俺たちは『嫌な予感』って呼んでいるんだがな。」
ボードを立てて、ダーナトゥさんが書き込んだ簡単な村の略図をミリア達4人は覗き込んでいたが。
「予感?嫌な?」
ミリアが聞き返したのは、彼が引っかかる単語を言ったからだ、・・単語なのかわからないけど。
「Cross Handerの『嫌な予感』。今回急遽、君たちに来てもらったのもこれが理由だ。」
「・・・はぁ、」
嫌な予感がしたから、私たち警備部のパトロールを呼んだ、そんなわけがない。
・・なにかの暗喩なのかもしれない。
彼が言う『嫌な予感』とは私たちを呼んだ理由、つまり私たちに話せない情報源を指していると思って間違いなさそうだ。
ミリアは訝《いぶか》しみが解けないままだが、ダーナトゥさんもアシャカさんも顔色一つ変えない。
「君たちもこの村を一通り見て回ったとは思うが、まずは念のため我々の陣地の把握と基本戦術を教えよう」
『嫌な予感』については説明もないし、尋ねても答えはしないだろう。
それと、私たちが散策してたのもちゃんと向こうに伝わっているようだ。
「ちょっと待ってください?私たちも戦力に含まれてるんですか?」
「・・いや、あくまで把握しておいてほしいだけだ。その方がそちらも方針が決めやすいと思ったからだ。」
まあ、アシャカさんが言う事ももっともだ。
「そうですね、」
「これは、この村の地図だ。」
アシャカさんが指し示したボードは少し小さいが、この場にいる全員が覗き込んで注目する。
「来る時に実際見たはずだ、村の周囲をぐるっとバリケードが囲んでいる。
有刺鉄線付きの金網だ。
それにフェンスもある。
このフェンスと村の領分の間は空き地帯となっていて、フェンスからおよそ100m離れた場所に幾つか塹壕も作ってある。
また、このやや後方にフェンスまでは届くライトを等間隔に幾つか設置している。」
それは、夜間でも戦えるということだ。
もちろん日が出ているときよりも視界は良くないだろうが、彼らを信用するなら実用に耐えうる性能なんだろう、・・たぶん。
そして、アシャカさんは地図の一箇所を指す。
「フェンスを抜ける入り口はここ1つだけ。
これも来る時に見ただろう。
勿論、村の非常時にはここも塞いでおく。
これでフェンスの安易な突破は不可能になる。
俺たちは丁度狙い撃ちができる距離に壁、塹壕だな、さっき言った、これを作り、そこから射撃をすれば良い。
威嚇でも何でもしていれば大抵のやつらはその内諦める。
もし突っ込んでこようとしてもフェンスに手間取っている間に掃討するだけだ。」
その後は通報したリリー・スピアーズの警備部に対処してもらう、という流れなんだろう。
この戦法はとても堅実だ。
実際に、被害を最小に村を防衛するという目的なら、理にかなっているだろう。
――――ミリアは手の甲を唇に当てて、考えている。
何回か頷いていて、言葉を口にすること無く、アシャカを見て説明を聞いている。
「これがいつもの戦いの展開だ。
が、これまでには何度か車両で突っ込まれる事もあった。
その時は、この有刺鉄線と金網のフェンスを突破され、そこから敵がなだれ込もうとするんだが、なんせ、見晴らしの良すぎるこのフェンスと俺たちの壕との距離だ。
無闇に突っ込んできても、途中で死ぬのがオチだ。
車さえ止めれば俺たちの勝ちだった。
それにそんな事をするのは頭の悪い奴ら、だけだろう」
なるほど、フェンスが錆ついていただけではなく、所々大きな範囲で補修した跡があったのも納得できる。
今までに破壊されたものを補修して凌《しの》いできたのだろう。
まあ、長年の戦いの蓄積という感じだったが。
例えば、いま簡略的に仮想する敵性勢力は、村を占領でもするつもりなのか、車が無ければ、この村を離れる時にはこの砂漠の中での移動が困難になる。
車両はフェンス突撃時に無傷では済まされない。
車両が破壊されれば彼らは投降するか、最後まで抵抗して全滅するしかなくなる。
だから、敵性勢力が充分な物資を用意していても、車両で村に突っ込むなんて、どんな状況を仮定しても作戦としては悪手《あくしゅ》だ。
納得するミリアはアシャカさんに1つ頷いたが。
「車を止めるって、破壊するってことですか?」
「おう、対重車両用のランチャーが数発ある。ドームとの交流のお陰だな。」
「数発・・・」
「すごいですね、」
「使うつもりは無い。村が爆発しても困るからな。」
にっと笑うアシャカさんだけど。
たしかに誤射は怖いだろう。
「まぁ、車なんて高価で貴重なもん持ってるゴロツキなんてな。
フェンスに衝突させて車も壊しちまうのも勿体無いって考えるだろう。
フェンスはボロっちく見えるが、無傷じゃ済まないってわかるだろう。
それにやつらの移動手段でもあるからな、生命線を捨ててまで・・、とまあ、そこまで言わなくてもわかっているか。
あんた達にはそんな事は。
あーと・・、さっきライフルと言ったが、これも充分に整えさせてもらっている。
ドームのお陰でな。」
アシャカさんが間を少し空けたので、ミリアは手書きの地図を見ていた視線を移してアシャカさんを見る。
アシャカさんの視線とミリアの視線がぶつかった。
「そちらの戦力は?」
ミリアの問いに。
「あとで話そう。」
アシャカさんは短く答えた。
「よくある展開はこんな感じだ。俺たちは遮蔽物に潜んで飛んでくる弾にさえ注意していればいい。ただし、」
アシャカが韻を強く発する。
「今回のは『嫌な予感』だ。」
――――さっきから何度か出ていた、その不可思議な言葉。
この村で、特別な意味を持つ類の何かなのだろうか。
伝統的な『おまじない』を信じている、と言われても驚かないつもりだ、彼らの暮らす様子や風景を見ていればそれも納得できるから。
「状況がだいぶ変わってくる。」
まあ、『それ』がアシャカさんたちが危険視するもの、という意味は推測できてるが、曖昧すぎていまいち想定する状況整理には組み込めない。
「嫌な予感って・・・」
ミリアが反芻する。
「この場合、敵の攻撃が事前に察知できているという状況ではある。
これは無条件で信じてくれ。
なのでこの場合、最初から村の中央に本隊と言える主力を集めておき、小戦力の見張りの人数を増やし、厳戒態勢を取る。
増やした見張りは村の境界にも配備しておく。
敵が来たらその地点へ主力が移動し、フェンスを挟んで主力が援護射撃し防衛を固めるやり方だ。」
「今回もその中央に前線を作る作戦でいくという事ですか?」
「そうだ。
だが、今回は主力を二手に分ける準備をしておく。
ファーストアタックを主力で応戦するが、その際に主力から数人を残しセカンドアタックに備える。
その際、人数が足りなくなるので見張り要員は2人に留めておく。」
「敵の人数が分からない以上、薄く伸びる戦線を自ら張るよりも、複数箇所の突破に備えて要所への人員移動を円滑に行うんですね」
「・・そうだな。あとはなんだったか・・・」
「質問いいですか?」
「おう」
「持久戦を覚悟だと思いますけど、食料などの備蓄はどうですか?」
「事前に分かっていた事もあって充分確保している。」
そもそも、敵には射撃をしのぐ遮蔽物が用意されていない状況だ。
敵が複数の車両を持つ総力戦でくるなら、意図せずとも戦線は薄く延びていく。
弾の補給を途切れさせなければ、持久戦で相手の動きを制限する作戦は有効で、戦場のコントロールはこちらの圧倒的に有利なのは変わらない。
けど、相手がそこまで考えなしじゃなかった場合。
相手が取るべき方法はなんだろうか・・・?この防衛陣の穴を突破するための方法・・・?
「見晴らしの良いフェンスの外から、俺たちの人数で張る弾幕をやすやすと防衛線を突破できるほど大人数をかけれる奴らなんていない。いたとしたら、軍隊だな、はっはっは・・とまぁ、話はこれくらいだ。」
アシャカさんは冗談を言うような余裕があるみたいだ。
彼が話を終えたのを見計らって、ミリアが口を開く。
「質問いいですか?」
「もちろんだ、」
「崖は?」
そう、彼らは村の外からの攻撃に備えているが、村の背面にある巨大な断崖は、とても特殊な存在だ。
崖からのルートは想定しているのだろうか?
「あれは普通の人間には無理だ。切り立っていてよく見れば反っているんだ。クライミングの技術があればわからないが、あそこから降りるのは自殺行為に等しい。」
「なるほど。」
村の背面の崖から侵入できない理由は納得できる。
彼らが想定しているのはディッグであり特殊部隊なんかではない。
そもそも装備も充分に整っている特殊部隊が攻めてくるのだったら、崖上から襲撃をかける必要もないはずだ。
この村をもっと簡単に攻略する方法はいくらでも思いつく。
「他の質問を。いま、私たちに詳しい情報を渡したということは、『そのとき』が近づいてきているということですか?」
そう、このタイミングということは、私たちが知る必要がある段階だということ、とも受け取れる。
―――――ダーナトゥは・・・ミリアを見つめていたままで・・アシャカが、ミリアを見ていた顔が、にぃっと笑う。
「その通りだ。」
はっきり伝えたアシャカを、ダーナトゥは振り返っていた。
「そして、相変わらずその情報源はこちらへ示せないと?」
「その通りだ。」
『私たちはまだそちらの言う事を信じたわけではない』、そういう意味とも取れるミリアの言葉へ、アシャカは即答していた。
だから、ミリアが答える言葉は1つだけだ。
「わかりました。」
「勘違いしないでくれ。事態を見て、もっと詳しい情報を必ず渡す。」
アシャカがそう真っ直ぐに見つめてくる双眸《そうぼう》を、ミリアは受け止めていた――――――
事態が動いたとき、つまり、もっと切羽詰まってきたときに必ず助けを求めるということだろう。
その対応に不満が無いわけじゃないが・・・。
「手遅れになる可能性もありますよ」
「わかっている。だが、頼む。」
頑《かたく》なに、情報源は未だに言えないようだ。
それだけ意固地になる理由も、最早強く追及してでも、って気になるレベルだが。
「わかりました。私のほうからも少し。」
「おう、納得できないだろうからな。いくらでも答えるぞ。」
「いえ、それじゃなくて、本部から受けた命令の指針です」
「お、進展か?」
「えーと・・、単刀直入に言えば、今すぐの増援はありません。」
「ふむ・・」
「しかし、私たちは数日の間ここブルーレイクに逗留し、状況報告せよとの事です」
「ふむ、およそ昨日、貴方が言ったとおりになったな」
「ええ、こればかりはどうしようもありません。」
「ん、・・ああ。増援が見込めそうであるだけ、感謝はしているよ。それに貴方たちはいて下さる。」
にぃっとアシャカは口端を上げて。
その言葉は社交辞令でも、嫌味を含んだもので無いのだとミリアは思える。
だから、アシャカの笑顔を、ミリアも微笑みで返した。
「それで、こちらの戦力を聞いてもよろしいですか」
「あぁ、言ってなかったな。銃を撃てるのは40名以上、その程度だ。」
一個小隊規模もいるのか、確かによほどの戦力だ。
少なくとも、このブルーレイクを守るには十分カバーできる戦力だとミリアは思った――――。
「で、つまりどういうことだ?」
「話聞いときなさいよ」
開き直って聞いてくるケイジに、ミリアはお決まりの注意をしてた。
「おう、」
というか悪びれることが頭にないケイジで。
・・一旦、口を閉じたミリアはそれから、ガイへ振り返って。
「ガイお願い」
「俺か、」
ガイに丸投げしておいて、ドアの外、村長宅の軒先から顔を出したミリアは、歩いて外の扉の傍の日陰で思い切り空に向かって伸びをしていた。
一足先に戻ったアシャカさんたちからしっかり説明が聞けたし、それらを頭の中で整理しつつ、軒先から見える村の景色を眺めてる。
「暗くなってきたな」
ケイジが顔を出してそう言ってた。
確かに、村は日陰で暗くなってきている。
昼を過ぎたあたりから崖の方の影がくっきりと、日向と日陰を分けている。
村の人たちも広がる日陰の中を歩いて快適そうだ。
「もう少し歩こうか、」
ミリアは他の3人に告げて。
「まだ行ってないところあったか?」
「逆側の方とか、歩きながらケイジ達に説明してて、」
「げ、」
「状況理解しとかないと、いざという時に動けないでしょ」
嫌な顔をしてるケイジに言ったミリアが歩き出す。
リースはお腹が膨れたからか、もうぼうっとしているような、眠そうだけど。
ミリアは肩越しに他の3人が付いてきているのを認めつつ。
ガイが掻い摘んで話す声を聞きながら、食後の散歩でもあるので、のんびりとした足取りで4人はまた村をぶらつくか、辺りに日陰が多くなった村の中を散歩することにした。
―――――アシャカさんたちCross Handerは私たちを疎外するつもりもないようなのも、一先ず安心していいだろう。
敵の情報も、時が来たら共有すると言っていたし。
まあそのお陰で、思ったより長くなったミーティングは、昼の遅めの時間までになって。
休憩を挟んだ時にお茶を貰ったついでに、それを淹れた水筒をぶら下げて再び4人は村を歩いている。
彼らはのんびりとした観光客の雰囲気を漂わせつつも、さっき聞いた村の地図を照らし合わせながら、実際の防備を自分の目で見回りながら、たまに村の人に話しかけて話を聞いたりしていた。
地形的には村の北側が大きな崖となっており、この切り立った急斜面、一部反り返っているので人が降りてくるのはほぼ不可能だ。
これも話の通りだ、専門の装備なしには登れない山と言ってもいいかもしれない。
他にも、フェンス、戦闘員の詰め所なども確認したが大体が話の通りだった。
そして、Cross Handerについて歩いている人へ何回か尋ねても、村の人からはやはり信頼が厚い事が伝わってくる。
彼らは頼りになる、とか、家族や親戚がそこにいるとか。
この村は、間違いなくCross Handerの彼らと共に立っている。
だから・・・間違いないんだけれど。
でもなんだか、なんだろう。
なにかはわからないんだけれど、得体の知れないなにかが、なにかの虚構が、この景色のどこかに紛れ込んでいるような。
・・・遠くの景色が、現実感が薄い村の景色に私がいるからか。
・・ああ、そうか、・・・ここにいるのが、私の夢の中の様な気がしているのかもしれない。
―――――・・『あの景色』に、よく似ているような気がしているからか・・・たしかに、重なる。
――――・・・やっぱり、よくわからない。
――――――あのとき、アシャカさんが私へ真っ直ぐに向けていた真摯《しんし》な目は、信じても良いんだろうか。
―――――私は、流されないように、彼の目を受け止め、見つめ返していたはずだけれど。
・・・彼が言う、『必ず情報を渡す』という状況は、事態が動いたときのことで、つまり、もっと切羽詰まってきたときに必ず助けを求めるということだろう。
でも、その状況だけで、そうなったときの方が状況がヤバいはずだ。
こっちとしては、できればもっと早く情報共有してもらう方が助かるのだが。
みんなの安全が確保できなくなり、手遅れになる可能性だって高い。
もちろん、『みんな』というのは私たちも含まれている。
ここには命令で来ているのであって、隊のみんなを無為に危険にさらすわけにもいかない。
せめて情報源さえわかれば、調査できるはず。
警備部の協力も得られるかもしれないし、私たちが真偽を確かめれば確実に増援は来る。
ただ、それも今は皆目見当がつかない。
村の中を歩き回っていても、特別な何かがあるようには思えないし。
・・私たちに情報源を譲らないのは、なぜだろう。
『情報源』である何かを、隠している・・・、隠すのなら、大切なもの・・・、大切にしたがっている・・のか。
警備部に知られてはいけない、『大切なもの』・・・がある、ということか。
・・Cross Handerの人たちが嘘を吐いていないのなら、が前提の仮定だけれど。
・・・Cross Hander側にも理由はあるんだろうけれど。
その理由がわからなければ、こちらが動くことはできない。
私たちもほとんど動けない。
そういうことだ・・。
もし・・・。
もしも、手遅れになったら。
・・・場合によっては『放棄』せざるを得ない・・・。
――――私たちには、ブルーレイク警護の命令は出ていない。
避難の手伝いはできるかもしれない、けれど、彼らが動こうとしていない現在は、私たちにできることはきっと多くないんだろう。
―――つまり、そういうことだ・・・。
・・・・さて、どうするか、私たち・・。
日陰から少しずつ日が傾き始め、日陰を増していく村の景色を眺めているミリアは、変わりない村のひなびた、のどかな光景へ顔を上げて。
ケイジやリースがその辺の子供たちと遊んでいるのを眺めてた。
わーわーやってるケイジは男の子のガキ大将って感じだし、意外にもリースも子供にまとわりつかれているのは、中性的な印象だし、長い金髪が小さな女の子に人気みたいで、たまに引っ張られている。
そして、リースは逃げたそうだ。
「っていうか、」
ミリアの声に。
「ん?」
傍のガイが気づいて。
「子供に好かれやすいのね」
「ケイジはハマってるのな」
ケイジはそれっぽいから、ガイが面白そうに笑ってた。
「リースは女の子にモテてるのも意外だが、羨ましいよな」
って、ガイは冗談なのか本心なのか、後でリース達をからかうのかもしれない。
「ガイは大きすぎるのかな?」
「そうだな、近づいてみるか?」
「怖がらせないでよ?」
「ナイスガイなのにな。」
って、笑ってるガイだ。
まあ、ケイジは男の子たちに偉そうにしてたり、なんか張り合ってたりで、子供たちと一緒に遊んでるのは、なんか気が合うみたい、っていう感じだった。
『ナァオゥイ マルベィキロリアゥナァ』
って、遠目からまた誰かケイジ達の方へ近づいてきたな・・って思ってたら、そのローブを纏った子供たちよりは背の高い青年が、彼は村の民族語か、ミリアにはよく聞き取れないが子供たちに声をかけてた。
『ナァ~ ディェテメレキミカ』
そう、子供たちは振り返ってなにか返事をしていたのだが、会話の内容がわからない。
でも、その青年には見覚えがある、確か昨日、村に入る前に近づいてきた彼と似ている。
『メレキ? ルァマラニ・・・』
同じ青年か・・・?あの気の強そうな、こちらを一瞥するようにだけど、睨んでくるようなキツい目は間違いない。
「ん?どうした?」
子供たちが傍にいるケイジとちょっと向かい合うように動く。
青年の彼が伝えた何かの言う事を聞いたように、子供たちが距離を取って少し警戒し始めていたので、念のためにミリアは立ち上がっていた。
「あまり近づかないでくれ」
と、青年の彼が共通語を話した、そういえば昨日も話していたかもしれない。
「ん、おお。なんかあったのか?」
ケイジはさっきから、突っ立ったままだが。
「・・いや。ただ、そうしてくれ」
「よくわかんねぇな。まあいいが、俺からは近づかないぞ。」
自然体のケイジは、両手を上げて敵対する意思は無いと一回伝えていた。
「ん。お前、昨日の奴か」
今気が付いたケイジのようだ。
まあ、昨日、ケイジは思い切り飛び掛かってたから、彼に警戒されるのは自業自得なのだが。
それはさておき、適度な距離まで近づいたミリアは彼に声をかける。
「ちょっと良いですか?」
「良い?なにがだ?」
「いえ、なにか話していたから」
彼はじろじろと近寄るミリアを見ていた。
「うちの部下がなにか?」
「いや、そうじゃなく・・・?・・」
って、彼が少し瞬いたような。
「・・え、部下?」
って、目を丸くしたような、聞き返してきたから。
「はい。」
ミリアはちゃんと。
「・・なにか?」
彼の反応の意味を感じて、ミリアはちょっと眉をピクリとして聞き返したのは自然とだ。
「あ、いや・・・・・・部下とか言ってたから・・?」
けっこう、彼の声は少し尻すぼみだ、戸惑っているのかもしれない。
「・・それがなにか?」
「あ、いや、その、・・小さかったから・・」
って一応、遠慮がちに、言い難そうに答えてくれるけど、彼はとても正直者だ。
ミリアをちらちら見てくるその視線に返す、ミリアの愛想笑いには力みが少々走ってるのだが。
「な?生意気だろ?」
横のケイジがにやにやと、青年を軽く指差して笑ってた。
「うるさい」
ミリアは彼らの傍へ近づきながら。
「別に危ないことをするつもりはないですよ?」
ミリアは丁寧に彼に伝えた。
「だから必要以上に警戒しないでください。」
「遊んでただけだろ?あ、ミリアも混ざりたいのか?」
って、まだ、にやにやしてるケイジの横腹へ、ミリアの肘鉄が入ってた。
「ぐほ・・っ」
隣でよろめくケイジを尻目に、ミリアはそのちょっとびびったらしい青年へ顔を向ける。
なんとなく、相対する彼らの間に沈黙が訪れてたが。
「・・ただ近づかないでほしいってだけ。」
青年は素っ気ない。
「そっか。」
ふむ、本当に彼は警戒しているだけのようだが。
それ以上の事は何も話さない・・・と、傍の少年たちが彼の横に寄ってきた。
「ドーアン兄貴は明日、戦士になるんだ。」
って。
「今度の戦いで活躍するんだ!」
自慢のドーアンの兄貴はみんなに人気があるようだ。
「バカ、戦士は活躍するんじゃねぇよ。」
「でも『ミーダリウード』になるんだろ?」
「バカだなぁ、」
「・・村を守るから『ミーダリウード』と呼ばれるんだ。暴れるだけじゃダメなんだよ。」
ドーアンと呼ばれてる彼は、彼らを窘《たしな》めるようだった。
「父ちゃんにも昨日言われてた」
「うるせー」
「ナァ~、メマ ミェナァ~」
わーわー、小さい子たちもちょっと集まって来てて。
・・それから、こっちに彼は振り向いてた。
「ドーアンって言う」
彼の名前だ。
「私はミリアネァ・Cです。ミリアって呼んで」
名乗った彼の真っ直ぐな目へ、ミリアは真っ直ぐに見つめ返した―――――
柵に腰掛けたミリアと、その傍のドーアンの顔を覗けば、彼は子供たちが遊んでいるのを眺めている。
さっき少年が言ってた、彼は戦士になる、か・・・。
戦士は、当然ドームには無い役職名だけれど、自慢げな少年たちの様子と・・年の頃からして、成人の儀のようなものか。
子供から村を守る戦士になる、という理解でいいのかもしれない。
「訓練もめっちゃしてんだからな。ロンター兄貴にも負けないくらいなんだ」
傍の男の子が共通語で話してて。
「そういうこと言うな。」
ドーアンは、つんとしているけれど、少し照れたようにも見えた。
戦士になるための訓練って、どんなのだろうな・・・って、ミリアはちょっと思ったけど。
「・・そっか、君は強いのね」
ミリアは、彼へ。
「・・・そ、そんなん、普通だし」
って、ドーアンは、ちょっと強がったようだった。
やっぱり、照れてるような彼だから。
ミリアは少し、目を細めていた。
「・・あんたらも戦士なんだろ?」
「ん・・・?」
戦士・・・なのかな、私たちは。
「戦う人間だ。」
・・あぁ、なるほど。
「そうね。」
そういうことか、それなら、武器を持って戦う・・・。
―――――それに彼はきっと、子供たちのリーダーとして、幼い子たちを守りたくて。
昨日、私たちの前に立って、ただ心配して、村の人たちを守ろうとしてた。
きっと、それだけだ。
彼にはきっとそれが、当たり前の行動だったんだろう。
そんな気持ちを持つ人を、戦士と呼んでるようにも見える。
私たちも、戦士か・・・そういう基準なら、そうなんだろう。
――――――ブルーレイクに招かれた、戦士たち・・・。
ちょっと、ミリアは自分で思いついた言葉に、ちょっと頬を緩めてしまったけれど。
「ねぇ、さっき言ってた、『ミーダリウード』ってなに?」
ミリアは、ドーアンへわからなかった言葉を訊ねてみた。
「・・・『畏怖される赤い狼』だ。アシャカさんみたいな。敵に恐怖を与える。」
アシャカさん・・・さっき会ったばっかりだけど、『ミーダリウード』は『勇者』というような意味だろうか。
あの人、やっぱりCross Handerの立派なボスみたいだ。
「そっか、かっこいいね。」
「・・・。」
ドーアンは答えなかったけど、ちょっと意地になってるような紅い頬だ。
ミリアよりも年下だろう、彼の反応は初々しいと思う。
「・・あんたらも戦士なんだろ?」
って。
「外のことはよくわからねぇけど、でも、戦士なら強いんだよな?」
そう・・・。
「うん。」
ミリアは頷いた。
「信頼して・・・」
信頼してくれていい・・・、ミリアは、そう言おうとしたけれど。
なぜだか、言葉が止まった・・・私は・・。
「そっか」
でも、彼は納得したみたいだ。
否定・・・するのもおかしいから。
私は、その先は続けられなかったけれど―――――――
・・・『信頼』という言葉を、言っていいのかわからなかったのか
――――――それは警備本部が、・・・違う、そうじゃない
―――――――きっと、・・私がどんな判断をこの村にするのか・・今は・・・――――――
「なぁ、つぎ、『コッキ』、やろ」
「ん、なんだそれ?」
「あれだよ、これをあれに当てんの」
「俺が一番上手いんだぜ、」
「モロトも同じくらい上手いよ」
ケイジは小さい子たちが手を引っ張ったり呼ぶから、一緒に連れてかれてた。
「あの缶に入れると20点」
「マジかよ、あんな遠いのかよ」
「アラシンはよく入れられるよ」
「ケージーは上手いの?」
「ケイジだよ。こんなの遊んだことねぇ」
「ケージー、」
「おい、ケイジだよ」
「ぷきゃはは、」
「ケージー、ケージーっ」
からかわれてるようなケイジも。
ふと、ミリアの隣のドーアンが立ち上がって、向こうに歩いてみんなに加わってく。
「俺もやる、勝負だ。」
「お、いいぜ、勝負だ。」
ケイジと張り合うような、遊ぶような。
リースは、結わいていた金色の長い髪を解いていて。
頬に赤い女の子たちが流れる金髪を目で追っているのを、触ったりするのも、もう気にしてないようだ。
相変わらず無表情で、眠そうだけれど。
ケイジらの近くで立ってるガイはなんだか、微笑ましいのか、面白そうにそんな光景を眺めている。
そんな彼らの遊んでる情景を。
夕日が傾く光景を。
ミリアもその柵に腰掛けて、眺めていた。
『それがな、待機命令は継続されるって話だ。』
「え、本当ですか?」
ミリアが、軽装甲車の車中で無線の相手へ聞き返していた。
『ああ。悪いが、もう暫くそこで逗留《とうりゅう》していてくれ。交代の人員も準備しているらしいが、もう少し時間がかかるそうだ。』
「警備部の人と交代するだけですよね?そんなに時間が?」
『・・あまり内部事情はわからないが、なかなか許可が下りないようだ。補外区域で数日間の調査活動などを考慮すると、編成が手間になるらしい。しかもちょうど定期物資の配給隊と重なりそうでな、その兼ね合いもあるらしい。』
「そんなに手間がかかるようなことを?」
『こちらも催促しているんだが、どうにも向こうはな。数名の人員を送る事も手間だと思っているようだな。』
「あの、私たち、警備部の人間ではないんですが、」
『わかっている。だが上司に話は通してある。彼も了承済みだ。』
「はぁ・・・。」
『気持ちはわかるが、もう少し待機していてくれ。警備部へは既に返事は通達済みだ』
「いえ、気になっているのは、合理的ではない判断の事です。」
『・・と言うと?』
「どうして証拠も無いのに滞在させ続けるのか?合理的な判断理由が私たちには示されていません。」
『・・単純な人手不足だろう。準備に時間が必要らしい。あと数日で警備の人員は送り届けられる。特務協戦をリプクマ以外で確保しようとしているとの話も聞く。』
「そこまで?」
『警備部の嫌がらせだろう。どうしてもAPテストをしたいらしい。』
「ああいうのって、そこまで精度の高いものじゃ・・?」
『実績が必要とも考えられる。どうせ調査するならそこまでやったと言えるわけだしな。そういう理由はいくらでも推測できる。やるべきことは決まっているんだ。頼んだ。』
「・・・」
『よくわかるぜ。Class - Aの洗礼ってやつだな、』
って、他の男の人の声が混ざってくるけど。
「Class - Aってこんなのばっかりなんですか?」
『いや?お前らが当たりだな』
「嬉しくないです。」
『俺もそう思う。』
絶対からかわれている・・。
『他に無いな?』
「はい・・」
『では、通信を終わるぞ』
すぐ切れた通信をちょっと見つめてたミリアだけども。
その頬はちょっと膨れてるようなのは、隣の運転席のガイでなければ見逃していたかもしれない。
結局その日も、警備本部への定時連絡を済ませても、待機命令は解除されなかったってことだ。
前日にアシャカさんから渡されたあの無線機も、ミリアの腰に掛かったまま、鳴りはしなかった。
その後は、ミリアとガイは借り宿に戻ってケイジやリースたちにその指示を伝えたら、意外にもさして気にした風もない2人の様子だった。
ここでの生活もけっこう気に入ってるのかもしれない。
まあ、一日中ずっと遊んでられるのだから、悪くないのかもしれないけれど。
そして、部屋で休んでいたら夕食のお呼びがかかって、今夜も村長の所へ赴《おもむ》いた。
さすがに前日のようなご馳走ではないけれど、マッシュポテトやパン、スープや肉の缶詰など、パックの料理もあるみたいで、こっちが普段の村で食べられてる料理なんだと思う。
お腹がいっぱい食べられれば問題は特にないミリアたちは、村長宅のテレビなど最近のドームの話などをして、満足して宿に戻っていった。
ノリの良い村長さんたちは普通に客をもてなすのが好きなのかもしれない。
それから、小屋でその身体を拭くミリアに、他の3人が外に追い出される。
連日なのは分かっていたことだが、夜の村の様子を眺めつつ涙を拭いてたかもしれない3人も、その後は同じように寝支度を整えたら、4人はまた2度目の床に着くのだった。
――――明かりも落としたその暗がりの中で、ふと思い出して。
瞼を開いたミリアは、うつ伏せになって携帯を取ると、日記を開いた。
『
今日も平和だった。
いろいろ村の人たちから話を聞いた。
だいたいこの村の事はわかった。
任務に関わることは詳しく書けない。
それは少し残念だ。
大人や老人たち、子供たちとも話をしたし、村はとてもいい雰囲気だ。
よそ者が警戒されるのは当然だけれど、彼らは私たちを信用してくれてると思う。
ケイジやリースが子供たちに好かれていたのは、ちょっと驚きで、面白い。
微笑ましい、っていうのかな。
村の子の遊びで一緒に遊んでた。
少年とも私も少し話した。
この村の戦士、彼らが何を思っているのか、少しはわかった気がする。
村を守ることが大切なんだ。
今思った。
あのとき、私はまだ事態が把握しきれてないから、はっきりとは言えなかったんだと思う。
彼らの味方になるのかどうか、私はまだはっきりと結論を出していない。
だから、信頼してとは言えなかった。
願わくば、そんなことを考えなくてもいいような状況に落ち着ければいいなと思っている。
彼らの間違いであったとか。
何にも起きないとか。
でもそれではダメだ。
隊長は全てのあらゆる状況で適切な判断を下せなければいけない。
――――ファム-ミリア-ノァ,S.S.822.x.x
』
**************
――――――――ソコニ、ワタシハイル。
――――――ソこガドコだカワかラナイケレド、タシカ、クラヤミ・・・。
――――・・うるサイ、ひトガ、さわグ、ザワめくコエ。
――ドれモ、シらナイヒトノコえ。
―――――――ヤッと、メガ、みえるヨウニ・・。
わたシは・・・。
・・わたしは・・・さがす・・。
キキなれた、ヒトの声ガ、ひきよせる・・・。
《話を聞け》
眼鏡をかけタ、長身の男の人ノ声は、よく通って聞きヤすい。
《これで、いいだろう、物は明日全て集まる。》
近くで立っている長髪の男の人が髪をかき上げ、声を荒げて。
《いつまで待たせるんだよおい!俺はこのまま行ってもいいんだぜ!》
《それでは作戦の意味がないだろ。》
《ちぃっ!!》
長髪の男の人の舌打ちは耳に鋭く刺さるので、嫌いだ。
もう一人、身体の大きめの男の人、この中で一番おじさんがぽい人が間に入った。
《おいおい、落ち着けよ、やる時は一緒だろ、獲物は逃げやしねぇって、抜け駆けも無しだ》
《ここで、何日も居るんだぞ!》
《新天地によぉ!》
《新天地ってぇのは良い響きだな》
《落ち着け、そろそろ準備が整うのは本当だ。予定通り行けば、2日後だ。》
《言ったなっ、2日だなっ、それを過ぎるなら、俺はお前らを置いてでも行くぜ》
そう言い残して、流れる長髪の髪を揺らして男の人はこの暗がりから出て行った。
《あいつも、とんだ癇癪持ちだな。あいつらだけで行ってもしょうがねぇだろうにな。しかも俺らをまるで信頼してねぇ》
《あれが、奴の良い所だ。》
《若ぇのが粋がるのはしゃあねえが、大丈夫なのか?作戦を無視するとかよ。洒落にならんぜ》
《そこまで馬鹿じゃあない。奴だって徒党の頭だ。30人、奴らを纏め上げているよ。家族同然だってな》
《それ自慢なのか?むず痒いぜ?》
―――グ・・・・息が、・・苦しく、ナってきタ・・・。
《俺たちの40と、そっちの60で・・、全部で・・・》
《130》
《130だ、集落1つくらい簡単にぶっ潰せる》
《ただの集落じゃあない、新天地、俺がやった中でも最大だ》
《やってやるよ・・・!》
《潰した後の事も忘れるなよ。お尋ね者なんて間抜けのやることだ。》
《あいつに言っとけ。どう見てもあいつのが・・》
《滅多な事は口にするな。》
《カリカリするなよ・・》
《口にする事は伝播する。違うか?・・だが物も充分、これだけ条件が揃うなんてな。まるで何かに導かれてるようじゃないか》
《性悪な誰かなら俺は知ってるぜ、へっへぇ・・》
《・・だが、それを、よりスムーズに運ぶための作戦だ。わかってるな?》
《わかってんよ、頭張ってんのはお前だけじゃねえよ》
―――息ガ・・・クルシイ。
瞼が重く・・なるヨウ・・、意識が暗闇へと持っていかれル。
ザボン、と・・沈ム・・途切レル・・・イシきが、頭に鳴り響く・・ソノあくマ達の低い声・・暗闇にコダマスる。
【どうでもいい、あれを潰すだけだ】
――――・・・オチテイク、いしキのなか
《130人、明日》
―――2つのこトばだけ、コボサナいヨウ、なンドモ、なんども、くらヤミでくリカエシて、ハンキョウ、さセテイタ・・・。
[滞在3日目]
――――目が醒めたミリアは。
・・・ベッドの上で、あくびをしていた・・涙目になるくらい、はふぅ・・・って。
それから、部屋の中を見回したらガイやケイジやリースはベッドの上でまだ寝ているようだった。
・・穴が少し空いたカーテンから、朝の光が零れていた。
まだ少し眠いけれど、みんなが寝ている内に着替えを終えたミリアは、またうつ伏せに寝転がり、あくび交じりに携帯で連絡を確認していて。
いつもの時間になったのに気が付いて、起き上がってみんなに声をかける。
「時間だよ、起きなさい~」
立ち上がって、不意にしたくなる欠伸とか伸びを、ちょっとしながら。
なんとなく目が醒めたようなみんなを見ながら、手を腰に当てて眺めてた。
なんだか調子はいい、夜も早く寝ているからかもしれない。
夜に起きててもやることないし。
一応、Cross Handerからの連絡は注意しているけれど、まだ何もないから。
「・・・今日はどうしようかな・・」
ミリアは眠たいまま1人で呟いてた。
『
任務の途中、私たちはある村へやってきた。
そこでは緊急の任務に就くはずだった。
しかし、緊急要請には申請の有効性が認められなかった。
私は虚偽報告と判断した。
本部にはそれを正確に報告した。
私の判断は正しいと思っている。
本部がどう判断するかが重要だ。
でも、私と同じ判断になると思っている。
私は、気になっている。
私は村の要請を拒否した。
でも、村ではそれを気に留めていない。
なにかおかしい気がする。
村の人たちは親切だ。
夕飯も豪勢で、ドームで食べる食事よりも珍しくていろんな料理があって美味しかった。
特に牛肉を使った料理が初めて食べたけど美味しかった。
誰かの手作り料理を食べたのは久しぶりだ。
寮の食事は、たまに手作り料理っぽいのあるけど、どっちかわからないのでカウントしないでおく。
村の人たちが私たちをお客さんとして呼んだのはわかっている。
だから丁重に扱ってくれるし、よく扱ってくれる。
でも、何を求めているのか、何を狙っているのか。
それがわからない、それが奇妙なんだと思う。
私はそれが気のせいであれば良い、と思っている
彼らは、悪い人たちじゃない、と思う。
でも何かを望んでいる。
それは、はっきりさせたいけれど。
でも、向こうのその何かが自分から今も近づいてくる気がする。
村の人たちがそう言っている。
彼らは待っているのかもしれない、その何かを。
ならば、私たちは準備をしておく。
何が起きても動けるように。
常にどういう判断をするか、それが重要だ。
明日(というか今日)は、散歩でもしたい。
あと、ご飯も今日も美味しいのだといいな。
夕飯は期待している。
追記:本部の判断はやはり拒否処分だった。
待機は継続。
後で仔細確認を取る。
―――――ファム-ミリア-ノァ,S.S.822.x.x
』
「ふむ。」
小さく鼻を鳴らすようにミリアが、書き上げた日記を軽く読み返して、携帯を閉じた。
いつもなら昨夜書く日記だけど、なんか疲れてたので寝起きの朝に書いた。
頭がすっきりして、まとまった考えを書けたと思う。
守秘義務があるから、詳しいことは書けないのは注意して。
・・ケイジのイビキが聞こえる静かな部屋の中では、リースは静かに寝ているようで、ガイも起きているような気配はあったけれど。
ミリアは私用の携帯を枕元に置いて、仕事用の携帯を操作し、村中に停めてある軽装甲車と通信を無線で繋ぐ。
警備部本部からの指令に関してはさっき確認したので、今日のニュースをチェックしていると、ガイがベッドから起き上がってた。
時間を見れば頃合いか、ミリアも起き上がって。
立ち上がったガイが、あくびをしていたので、声をかけようと・・・思ったら、ミリアもあくびが出てた。
「よ、おはよう」
ガイに先に言われたので、ミリアは自然と出た涙を目に溜めて。
「おはよ、」
小さく弱い吐息で応えた。
『ブルーレイク』に来て翌日の朝、目が覚めたミリア達一行はのんびり朝の支度をしている間にも、今日の予定をミリアが口頭で伝えてから、朝ご飯までは自由時間にした。
ミリアとガイは軽装甲車まで行って本部と再度、連絡確認を取ったりして、リースはぶらつくと言って外へ散歩に出て、ケイジは朝ご飯に呼ばれるまで寝てた。
時間が来ると村のおばさんに案内されて村長宅で軽い朝食を頂いた。
朝はパンにバターやペーストを塗ったり、昨夜の料理の残りからスープなどを頂いて、それらも美味しかった。
それから、寝ぼけ眼のケイジが、食べる時には元気になっていた。
ガイは村長さんたちと笑顔を交えて話していて、リースは散歩してきたからかいつもよりはスープなどを食べていたように見えた。
それから朝食後は、許可をもらって改めて村の様子を見て回っていた。
昨日は夕焼けの景色と夜の景色しか見れなかったが、日が高い村は改めて見ても最初の印象どおり、日差しは強くてもどこか牧歌的で穏やかな雰囲気だ。
頭に被ったキャップのつばの影からも足りない、手で庇《ひさし》を作って見上げれば、自分たちが大きな断崖を背にした村の麓にいることがわかる。
今は強い日差しに晒されている村だが、太陽の角度を考えると午後を過ぎればその巨大な崖が影を作って、日陰は次第に村全体に広がっていきそうだ。
地図を見た時も思ったが、特殊な地形だ。
でも、この地形のお陰でここは拠点を作りやすかったんだろう。
その大きな影は身体を休められるオアシスみたいなものなんだろう。
更に歩いた村の境界近くでは、遠い歪なフェンスやバリケード越しに砂漠の景色が見えるというのに、村の敷地内には雑草なりの黄色や緑色の草が短くもまばらに生えているのが見える。
歩いている場所を靴で踏むと、乾いた砂ではなく土の様な硬さにぽろぽろとした砂利のようなものも見られる。
それに、村の中には牧場らしい施設に土地を囲む柵などがあり、その柵内の高いところで空を覆うプリズム色の大きな傘の下では、「めぇ~めぇ~」と鳴く家畜たちがのんびりしているようだ。
あれは『プリズム・ディバイダ』だ。
プリズム色の傘は、熱の多すぎる有害な日差しから地面を守る。
太陽光が傘を透過し適度に和らぐ日差しになり、有害な光線を除去して変化し、草木が育つのに適した環境へと調整してくれる。
それらは砂漠で生きるためには重要な設備と道具で、和らぐ日差しの下はとても気持ちいい。
ドーム、『リリー・スピアーズ』でも日常的に見かけるし、傘の下で見上げるプリズム色の空は、とても特別だ。
それからも村の中を歩いたが、他にも野菜を作る畑らしきものがあった。
知識として知っている、映像などで見る畑の光景では野菜は一面の黒い土で育つものらしいから、黄色い土で育つ野菜は少し奇妙というか、不思議な感覚の光景である。
でも、そういうもんなのかもしれない。
そんな牧場の傍の様子を眺めながら歩くミリア達4人は、しばらく歩けばまた家屋が集まる一角を通りがかっていた。
乾いた土地、家の乾いた木の色、強烈な日差しが、ここが砂漠だという事を思い出させてくれるのに、村の中は麗らかで、穏やかな雰囲気が満ちている。
日差しを避けるように日陰から日陰へ走り回る子供たちが元気に笑い合って。
日陰の中には、お年寄りのおばあさんがいて、手仕事をしながら椅子に座って子供たちを見守っている。
村を眺めていると過ごす人たちは男性や女性が程ほどにいて、こちらを珍しげに見てくる視線もある。
彼らは頭からスカーフを目深に巻いた、煩わしい砂風や日光を防ぐ衣装で、こういう環境、他の場所やリリーの外でよく見かけるスタイルだ。
4人で歩いてるミリアは、日除けのキャップのつばを深く被り直した。
それから、汗も乾く熱さの息を、ほぅっと吐いて水筒に口を付けて水を飲む。
「こりゃあ、のんびりしたところだな。」
ガイが日差しの下で、遠くに目を細めながら言ってたけど。
「なんていうか、のどかさを絵に描いたら、素敵だねぇ」
「なんだよいきなり」
ミリアが暑さに目を細めて言ったのを、向こうの柵を覗き込んでたケイジが振り返ってた。
「言いたい事はわかる、隊長」
ガイはミリアの気持ちがわかるらしい。
「そういや、この村にいろって話になってるって事は、次の命令が来るまで動くなってことだろ?」
と、ケイジがミリアへ聞いていた。
「そうだね。逗留《とうりゅう》命令に切り替わったんだけど、いつになるかまでは。ま、警備部の仕事だから適当なとこも多いよね」
「それな。すぐに帰還命令が来ると思ってたんだが、」
ガイもそう思っていたようだ。
それはミリアも気になった所だが。
「リプクマの調整はどうなるんだよ」
ケイジは柵に寄り掛かりながら、欠伸しながらだ。
「ん-、それね。一応、そっちとも連絡とったから、向こうで何とかしてくれるでしょう。」
「取れるのか?」
「うん?」
「・・ゲームの予約をしたい」
「帰ってからにしなよ」
「・・あつい」
って、急に、リースが耐えられなくなったようで、喉の奥から絞り出したような声がした。
「あ、おい!?大丈夫かリース?」
ふらふらしているリースに気が付いたケイジが、リースの腕をつかんで立たせようとしてた。
「・・大丈夫」
「ふらついてんぞ!?おまえ!」
「もしかして貧血・・?」
さすがにミリアも心配になって。
「・・そんな事無い、真っ直ぐ歩いてるじゃないか・・・」
「おまえ、頭もぐらついねぇか?意識ちゃんとしてんのかよ」
「・・大丈夫じゃない?」
「なんで疑問系なんだよ」
「日陰で水飲むか。」
ガイがそう言ってくれる。
「そもそも、意識がおかしくなっている人に向かって、意識大丈夫かという質問をしたってまともな返事は返ってこないでしょう」
リースが急に長い言葉をすらすら話す。
「そ、その通りだけど、なんで薀蓄を語る、いや、やっぱやばいんじゃないかお前」
「リース、朝の散歩してきたばかりだもんねぇ」
「リースはそんなに散歩好きなんだな?」
「俺が知るかよ、ほれ、飲めよ」
日陰にリースを座らせたケイジが、リースの携帯している水筒を指さす。
リースは黙って、こくこくと喉を動かして飲み込んで、一息つけたようだった。
現在の装備は日中の標準軽装で、各自の小さめの携帯バッグには水筒、携帯食、救急セットなど、他にも拳銃などの小型武器も携行している。
村の中に危険はないだろうが、強い太陽光が出ている間は歩いているだけでも危険だし、これらの軽装も日陰のない直射日光の当たる場所を歩くための最低限の装備だ。
リースの様子を見届けてから適当な日陰でミリアたち一行は、適当にその辺のボロい椅子やコンテナに腰掛けて休み始める。
ボロボロだけど金属製の小さいテーブルもあったりと、普段から誰かが過ごしている憩いの場のようだ。
「やっぱり日中はあっついわー」
ぱたぱたと、着ている砂漠迷彩ジャケットの中に風を送るケイジだ。
ミリアも、少し歩いただけなのに、熱さで汗が全身から吹き出ている。
そんな彼らが屯うそこへ、近づく人影があって、いち早く目に留めたのは、リースだった。
「おはようございます」
突然声をかけられて、ケイジ達4人が顔を上げた。
傍に近寄って来て目の前に立ったのは、こげ茶色の砂に汚れたローブを纏ってフードを被った小さな背格好、ミリアよりもちょっと小さく見える。
フードの奥のその少女の顔にケイジは見覚えがあった。
「昨日は、どうもです。」
控えめにだけど、気丈な声を出したような挨拶だった。
昨日、この村に着いてすぐに、最初にケイジが話したあの少女だ。
「ああ、あの時はありがとな。」
村の入り口を教えてくれたのを覚えている。
少女がフードを脱ぐと、癖毛の黒い髪と黒い瞳が現れる。
年はここにいる誰よりも若いだろう、浅黒い褐色の肌に、輝く瞳をみんなに向ける。
「いいえ、こちらこそ。わざわざドームから来てもらったんですよね?私たちの方が感謝してます。」
健康的で利発そうな彼女の顔立ちは、今初めてちゃんと見れたが、美少女と言えるかもしれない。
あどけなさが残る可愛さの、でもどこかしっかりした印象のある少女は、後ろで纏めた髪の毛を肩に流して、長い睫毛が数度瞬いて、動く黒い瞳が強い好奇心を見せるように4人を見回していた。
それから、肩をちょっと竦めるような仕草が可愛らしかった。
「あの、私はメレキって言います。」
「ん、ああメレキか。よろしく・・・」
「名前、」
って、ミリアにわき腹を小突かれてケイジが思い出したように口を開いた。
「・・俺はケイジ。そっから・・」
「ミリアです」
「ガイだ」
ケイジが紹介する前に先に自己紹介してた2人と。
「・・リース・・です」
リースが、気持ち悪そうで真っ青だが、頑張ったようだ。
「リース・・・?」
「リースがどうした?」
リースで視線を止めたメレキの反応が、ケイジは少し気になったが。
「リースさんですか、朝でもちゃんとスカーフとかしないと、太陽から守らないとお肌すぐに焼けちゃいますよ?真っ白いお肌なら尚更です。」
「ん、朝?会ったのか?」
「会ったというより、見かけたんです。太陽が凄く当たってるのに歩いてたから、なんだろって思ったんですけど」
「お前も無茶するな」
「無茶でもないと思ってたんだけど、帽子被ってたし・・けど、後から来るね」
「お前バカだな」
「はっはっは、日焼け止めはちゃんと塗っとけよ。」
ケイジにガイが笑ってる。
「補外区で過ごすのはほとんど初めてでしょ?気をつけなよ」
ミリアに注意されるリースだ。
「お前、舐めてたんだろ」
「・・そう、かな・・・?」
「そうだろ」
「・・そっか。」
当たり前だと言わんばかりのケイジに、まだ静かなリースは納得したようだ。
そんな様子を見てたミリアは、その少女の方に振り返った。
「メレキさん?ちょっとお話聞いてもいいですか?」
ミリアに呼びかけられたメレキは笑っていたが、不思議そうに瞬いた。
「昨日着いたばかりで、村長さん達から簡単なお話は聞いたんですけど。もう少し現状を詳しく調査しようと思いまして。簡単な質問させてもらってよろしいですか?」
「はい、いいですよ。」
「まず、村を襲うディッグ、強盗集団。たびたびここへ来るんですか?」
「はい。・・と言っても半年に、家畜の泥棒が来るか来ないかくらいですけど」
「ここの護衛の方々が充分に対処されてました?」
「タイショ・・・?・・」
「あぁ、えっと、村を守っている人たちが、ちゃんと・・してて、みなさん問題なく?」
「はい、村に入れないで帰っちゃいます。」
「しっかりしているんですね。では今回の様に、襲撃が前もって分かる事って良くある事なんですか?」
「えっと・・、分かる時もあるけど、分からない時も、その、あります」
「ふーん・・?・・・それについて、どうして事前に分かるか、知ってます?」
「いえ・・、よくわかりません」
「そうですか・・。えぇと、アシャカさんが、言い出すと言った感じで?」
「アシャカさん、ですか?」
「そうです」
「はい・・、アシャカさんが、です。」
「ふーん・・」
「なんか尋問みたいになってないか?」
「え、そう?」
ケイジに言われてミリアは瞬いたけど。
「ジンモン・・・?」
意味が分かってないようなメレキが瞬いている。
ケイジは茶化してきたのかもしれないけど。
「えと、ありがとうございました、もう少し自分たちでも調べますけど、参考にさせて頂きますね」
「はい。」
「なんかすっきりしないんだよな、」
不意にケイジが横から口を挟んできた。
「何が?」
ミリアも振り返るけど。
「その、アー・・サカ?」
「アシャカさんね」
「そう、アシャカ。信用できるのか?」
ケイジは、ミリアにではなく、メレキに向かって言っていた。
・・ふむ、とミリアもメレキを見ている。
ガイも、リースも、4人の視線をメレキが一身に受けることになったが。
「ア、アシャカさんは立派なリーダーです。まだ、正式には違いますけど。私達がみんな信頼してるリーダーです」
「・・あー」
少し、わかったような声を上げるミリアだ。
「あなた警護団の方?」
「はい、そうです」
「あら・・、ごめんね、無神経な事言ったかな?ケイジもね、ごめんね。」
「何で俺だ?」
「言ったでしょ、信用できるのかとか」
「当然の事を聞いただけだろ」
「いいんです、言うとおり当然の質問ですから。」
「そう・・?」
メレキがケイジをフォローしたのは、ミリアもちょっと瞬いたけど。
それよりも、アシャカは警護に当たっている傭兵団のリーダーと言っていたし、ミリアもその認識でいた。
だけど、その傭兵団にはこんな小さな少女もいるということになる。
それはつまり、護衛集団のCross Handerについて、自分が持っているイメージと食い違いが生まれている可能性がある。
「根本的に勘違いをしてたみたい、あなた達の事聞かせてもらってもいいかな?」
「はい」
「あなた達のこと、大まかにでもいいから、とりあえず教えてほしいの。Cross Handerってどういう人たち?」
「はい、・・護衛団、私達の、Cross Handerはこの村の護衛をしてます、大人たちが。それに男の人が戦いに出ます。女の人と子供もたくさんいて、ここの村の人達と一緒に住んでます。・・・他は、えっと・・ずっと昔っかららしいです、」
「えーと、なるほど。質問いい?」
「はい」
「Cross Handerは護衛団と言っても、血縁の、家族で出来ている集団だと?」
「ケツ・・?」
「家族みたいな、」
「あ、はい。お父さんも戦士です。」
「そして、村の人達と一緒に、親しく付き合ってる?」
「親しく・・っていうと、」
「そうね・・、一緒に遊んだり、近所づきあいみたいな?子供たちの友達いっぱいいる?」
「はい、一緒に遊んだりしてますよ・・?」
「だよね。・・・じゃずっと、ここに住んでるんだ」
「はい、生まれた時からこの村に住んでます。・・もう何十年も移動はしてないって聞いてるし・・」
「そっか、なるほどねぇ」
ミリアは何度か頷きながら、メレキがちょっと唇を尖らすのを見つめていた。
なるほど、お金で雇われた傭兵団と雇い主の村、という関係を私はイメージしていたけれど、それが少し違うようだ。
彼らは長年一緒に住んでいて、村人同然に暮らしている。
そして、村中での分業システムが出来上がっている。
ブルーレイクの村人は村の維持や発展を、Cross Handerはその仲間として警護を全面的に任されていると。
もちろん、お互いを手伝うこともあるだろうが、どちらにしろきっとお互いが厚い信頼関係を築いている。
だとすると、リリー・スピアーズの関係機関もその辺の事情は把握しているのだろうか・・・?
だとしたら、今回の私たちの逗留命令もそれに関係するんだろうか・・・?証拠が無いなら、ただの思い付きになるけれど。
ふむふむと、ミリアは何度か1人頷いて頭の中を整理していた。
「メレキちゃんは今何をしてたんだ?」
ガイがメレキに聞いていた。
「私は・・」
「メレキ姉ちゃあぁん!」
って、すごい大きな元気な声を、出しながら小さい男の子と女の子たちが走ってきた、4人くらい。
「ディェテメレキ!」
「エサあげたら遊んでくれるって言ったじゃんっ!」
とてもとても、威勢のいい。
「あ、ごめんね、ちょっとお話してたから・・」
メレキは子供たちに慕われているようだ。
それに、子供たちの格好、確かに村の子やCross Handerの子っぽい、メレキが言った通り、みんな仲良しみたいだ。
彼らはみんな家畜のお世話でも手伝ってたみたいだ。
ふと、ミリアは少し離れた場所でこっちを見てる子たちの1人と目が合った。
ローブを目深《まぶか》に被った、たぶん女の子、顔は陰に隠れ気味だがメレキと同じくらいの子か、こっちを見てたけど・・・少し遠慮気味なのは、警戒してるのかもしれない。
まあ、あの子たちのような反応が普通なんだろう、よそ者を警戒するのは当然だから。
目の前のメレキたちは活発でいて、子供ながらに勇気のある子たちなのかもしれない。
と、傍でこっちを見てる小さな子の爛々とした瞳と目が合った。
「だーれ?」
嬉々として話しかけてきた。
うん、やっぱり勇気と言うよりは、よくわかってないだけかもしれないな。
「しってる!そとからきたんだろ!?」
「おそと?あぶないよ?」
「でもおそとからきたんだよ!?」
「ふーん」
「うちゅーじん、」
「どーむ、どーむ」
「どー、むーじん?」
「ちょっと違うかな、」
ミリアは苦笑いだけど。
「おなまえ、なんてぇの?」
「えっとね、ケイジさん、ミリアさん、ガイさん、リースさん」
「ふーん」
「みんな仲良くしてあげてね」
『はーいー』
「あい、」
「いかないの?」
「ディェテメレヒっ!」
「あそぼー、」
「そうだね、えっと・・」
「あ、ありがとう。色々聞けて助かりました。遊んで来てね、」
「いいえ、皆さんよろしくお願いします。」
「じゃね、ミリアちゃん、と・・・」
「ばいばい~」
「・・・?」
「みんな、ばいばい~」
「ばいばいーみらあちゃん、と・・、・・・」
「ディェテギュナナ リアコンテ・・・・」
「ンン?ヘプリコルン?」
メレキちゃんは小さい子たちと民族語で話してる。
やっぱり、彼女も共通語を普段使ってはいるけれど、バイリンガルのようだ。
「っん-、ディェテギュナナ リュコニコ・・・っ・・」
「ばん、ばん、ばん、ばんっ・・!」
男の子が元気な、鉄砲のマネだろうか、こっちに向かって撃って来てたけど。
瞬くミリアとケイジと、笑ってるガイと、青い顔をしているリースで。
そのまま、メレキちゃんは子供たちに引っ張られていった。
苦笑い気味に微笑みを保っていたミリアが、見送るまま、不思議そうに言う。
「なんで私だけ?」
名前を呼ばれたのが不思議だったらしい。
「子供の親近感が湧いたんじゃねぇ?」
ケイジが言って寄越してた。
「・・好かれやすいって事ね・・・、」
無理やり都合よく解釈しといたミリアだけど。
「ふむ・・・」
少し思案にふけるようなミリアは。
「ガイ、何で笑ってるのよ」
って、見つけたガイの笑顔は看過できなかった。
「いや、子供は微笑ましいなって思ってな」
「誰?子供って、誰のこと?」
「・・あいつらだよ。被害妄想は良くないぞ」
「・・・」
珍しく大人しく口を閉じたミリアだけど。
文句は言いたそうな顔だけど、そんな2人を他所に離れてたリースが壁に手をついてて、寄り掛かったままぴくりとも動かないのに気付いた。
「おい、リースお前寝るなや」
見つけたケイジの言葉にぴくっと反応して、細めた目のまま顔を上げる。
「ん・・、ん、・・おはよう」
「え、寝てたの?」
「いつから寝てたんだ、たく」
「・・さぁ」
「聞いてねえっつうの」
「気持ち悪いんじゃないの?」
「こっちのが気持ちいい・・」
「ほんとに大丈夫?」
「ただの寝不足じゃないのか?」
「・・あぁ・・・」
「補外区ってこんな症状出るケースあるっけ?」
「聞いたことはあるが、原因はわからん。」
「あとでリプクマに連絡にしとくか、対処法を一応聞く、」
「そうだな。」
「人が多いと寝れないタイプだぞ、こいつ」
って、ケイジが言ってた。
「・・え、そうなの?」
一瞬止まったミリアが瞬いてたけど。
「昨日寝てないのか?」
「少し寝た・・。もう、行くの?」
「そうね、もう少し回ってみようか。動ける?」
「うん、」
「ういす、隊長」
「あとで寝れるよう考えようか」
「今日は全力で寝るから、大丈夫」
「どう寝るの」
「・・・・。」
「なんか言えよ。」
「次どこ行くんだ?」
「あっちの方かな」
「ケイジ、リースの手を引っ張っといて」
「なんで俺が・・・」
「あれ、ネコがいるぞ」
「へぇ、ネコ?ペットかな?」
「聞けよ、」
そんな風に誰ともなく歩き出す4人は、家屋の隙間で丸くなってこっちを見てるネコにふらりと足を向けて、ちょっとコミュニケーションを取るついでに、村の中をまた散策し始めていた。
ミリア達4人は昼まで村を歩き回り、またリースを休ませて日陰の涼しいところで少し寝かせてあげたりしながら、いろいろな所や景色を見たり村の人たちの生活の様子を眺めたりして、話しかけてみれば大体の人から嫌な顔せず同じような話を聞く事ができた。
あの少女から聞いた話に加え、この場所に住んで長いこと、村が崖の麓にある理由、昔はあそこの洞窟で生活をしていた時期があるから、とか村にまつわる話をいくつか聞けた。
みんなが同じような事を言うなら、そういった話は凡《おおよ》そは信用していいだろう。
でも、村に対して抱く不思議な感覚がなんとなくあって。
村の観察や聞き込みは何かしらに繋がるかと思ったけど、まったくだった。
そんな時に無線連絡をもらって、散策を切り上げて村長宅で昼食のパンとチーズにベーコン、野菜のスープに、まだ残ってる昨日の料理の残りを頂いた。
料理は独特の味付けもあるけど、なんとなく食べ慣れてきた料理になってきたので新しい味わいを発見している。
ケイジが同じテーブルで食べてる村長さん達に言って、パンにその肉料理とかを挟んでサンドイッチを作り始めたのを見て、ミリアもサンドイッチを作ってみて被りついたら、がぶりと美味しい食感と味が口の中で広がる、のと同時に無線機の呼び出し音がほぼ同時に鳴った。
アシャカから手渡された無線機は、ビーと音を上げて、ガイが隅に置いていた携行バッグの中にあったが、その音に驚いた村長がびくんっと震えたのは目の端にさておいて、ミリアはガイから無線機を受け取る。
『ザザッ・・ミリア殿。今、来れるか?』
ミリア、『殿』・・・?
「えーと、食事中で、」
『マダックの所か?』
「はい、村長の所です」
『ふむ、わかった。今からそちらへ行く』
「え?はい・・」
そう言って無線が切れた。
「あのでっかいボスか?」
聞き耳を立てていたケイジが無遠慮に聞いてくる。
「そう、今こっちに来るって」
ミリアは村長の方に視線を送るが、その意味に気が付いた彼も、わからないと言った風に小首を傾げて返すだけだった。
とりあえず、注意はされなかったので、お腹にサンドイッチを詰め込んでいく4人だ。
「いやぁ、食いっぷりがいいですなぁ、みなさん」
マドック村長も笑顔だ。
同じ席のおばさんやジョッサさんも笑っている。
「あ、俺のタマゴ焼き・・っ」
「え、別に誰のでもないでしょ」
「こっちに寄せといたんだよっ、あ、俺の焼いたベーコン!」
「早いもん勝ちだ」
熾烈な戦場の様相を呈してきてたテーブルの席だったけれど。
リースは、我関せず、目を細めたまま手に持ってる自分のサンドイッチを小さな口で齧って、もくもくとマイペースに食べてた。
「ジョッサは私の娘ですよ、」
「え、そうなんですか、」
ジョッサさんがおばさんの娘、つまり村長の孫娘であることを聞いて驚くミリアだけれど。
じっと見ているケイジが、なんか失礼な事を言いそうな感じがしているけれど。
「失礼するぞ、」
と、暫くして言ったとおりに、扉を開けて昼食中のリビングの食卓に現れたアシャカさんとダーナトゥさんが、こちらを見つけた。
「アシャカ、何事だ?」
村長が当然の疑問をアシャカさんに尋ねると、彼はにっと笑った。
「作戦会議だよ」
マジか?と、ケイジはちょっと嫌な顔で反応したが、昼飯はそろそろお腹を満足させてきてるので、背もたれに背中を預けて深く息を吐いた。
ミリアはアシャカさんを見ていたが、顔は笑っても冗談を言っているわけでもないらしい。
ミリアが仲間の3人を一応見回しても、ガイが肩を軽く竦めたくらいだった。
「ほら、あれあったろ、ボード。あれで簡単に説明するつもりだ」
「全く、食事中だというのに無粋な男たちだよ」
そう、呆れたような物言いをわざとしたような村長は奥に引っ込んでいった。
「俺らにも摘まませてくれ」
「はいよ、座って座って、」
「あ、私がやるよ」
お皿とか食器を取りにジョッサさんたちが席を立ってて。
やっぱり仲が良いみたいだ。
「食事は続けてくれていい」
気にした風でもなくアシャカさんは、空いていた椅子にどっかりと腰を下ろした。
それから、漬物を摘まむケイジがもぐもぐと口を動かし続けていたり、他の3人も瞬くような表情でもぐもぐしている姿を見回した。
いま村長が持ってきたボードと専用のペンで、テーブルの一角が作戦会議場になる、・・と言っても。
ダーナトゥさんがペンを取り、説明を始めたのは作戦についてよりも、先ずは知っておいた方が良いと言うブルーレイクの現在状況についてだった。
「普段は、俺たちCross Handerが村の周りを囲むようにして居座っている。
ここに大まかな地図を描いたが、『ここ』と『ここ』、『ここ』と『ここ』、そして『ここ』だ。
この崖以外は、普段の生活の中で見張り場を兼ねている。
緊急の戦闘に際して迅速に対処できるように戦士も常時いる。
他にも、・・・、俺たちは『嫌な予感』って呼んでいるんだがな。」
ボードを立てて、ダーナトゥさんが書き込んだ簡単な村の略図をミリア達4人は覗き込んでいたが。
「予感?嫌な?」
ミリアが聞き返したのは、彼が引っかかる単語を言ったからだ、・・単語なのかわからないけど。
「Cross Handerの『嫌な予感』。今回急遽、君たちに来てもらったのもこれが理由だ。」
「・・・はぁ、」
嫌な予感がしたから、私たち警備部のパトロールを呼んだ、そんなわけがない。
・・なにかの暗喩なのかもしれない。
彼が言う『嫌な予感』とは私たちを呼んだ理由、つまり私たちに話せない情報源を指していると思って間違いなさそうだ。
ミリアは訝《いぶか》しみが解けないままだが、ダーナトゥさんもアシャカさんも顔色一つ変えない。
「君たちもこの村を一通り見て回ったとは思うが、まずは念のため我々の陣地の把握と基本戦術を教えよう」
『嫌な予感』については説明もないし、尋ねても答えはしないだろう。
それと、私たちが散策してたのもちゃんと向こうに伝わっているようだ。
「ちょっと待ってください?私たちも戦力に含まれてるんですか?」
「・・いや、あくまで把握しておいてほしいだけだ。その方がそちらも方針が決めやすいと思ったからだ。」
まあ、アシャカさんが言う事ももっともだ。
「そうですね、」
「これは、この村の地図だ。」
アシャカさんが指し示したボードは少し小さいが、この場にいる全員が覗き込んで注目する。
「来る時に実際見たはずだ、村の周囲をぐるっとバリケードが囲んでいる。
有刺鉄線付きの金網だ。
それにフェンスもある。
このフェンスと村の領分の間は空き地帯となっていて、フェンスからおよそ100m離れた場所に幾つか塹壕も作ってある。
また、このやや後方にフェンスまでは届くライトを等間隔に幾つか設置している。」
それは、夜間でも戦えるということだ。
もちろん日が出ているときよりも視界は良くないだろうが、彼らを信用するなら実用に耐えうる性能なんだろう、・・たぶん。
そして、アシャカさんは地図の一箇所を指す。
「フェンスを抜ける入り口はここ1つだけ。
これも来る時に見ただろう。
勿論、村の非常時にはここも塞いでおく。
これでフェンスの安易な突破は不可能になる。
俺たちは丁度狙い撃ちができる距離に壁、塹壕だな、さっき言った、これを作り、そこから射撃をすれば良い。
威嚇でも何でもしていれば大抵のやつらはその内諦める。
もし突っ込んでこようとしてもフェンスに手間取っている間に掃討するだけだ。」
その後は通報したリリー・スピアーズの警備部に対処してもらう、という流れなんだろう。
この戦法はとても堅実だ。
実際に、被害を最小に村を防衛するという目的なら、理にかなっているだろう。
――――ミリアは手の甲を唇に当てて、考えている。
何回か頷いていて、言葉を口にすること無く、アシャカを見て説明を聞いている。
「これがいつもの戦いの展開だ。
が、これまでには何度か車両で突っ込まれる事もあった。
その時は、この有刺鉄線と金網のフェンスを突破され、そこから敵がなだれ込もうとするんだが、なんせ、見晴らしの良すぎるこのフェンスと俺たちの壕との距離だ。
無闇に突っ込んできても、途中で死ぬのがオチだ。
車さえ止めれば俺たちの勝ちだった。
それにそんな事をするのは頭の悪い奴ら、だけだろう」
なるほど、フェンスが錆ついていただけではなく、所々大きな範囲で補修した跡があったのも納得できる。
今までに破壊されたものを補修して凌《しの》いできたのだろう。
まあ、長年の戦いの蓄積という感じだったが。
例えば、いま簡略的に仮想する敵性勢力は、村を占領でもするつもりなのか、車が無ければ、この村を離れる時にはこの砂漠の中での移動が困難になる。
車両はフェンス突撃時に無傷では済まされない。
車両が破壊されれば彼らは投降するか、最後まで抵抗して全滅するしかなくなる。
だから、敵性勢力が充分な物資を用意していても、車両で村に突っ込むなんて、どんな状況を仮定しても作戦としては悪手《あくしゅ》だ。
納得するミリアはアシャカさんに1つ頷いたが。
「車を止めるって、破壊するってことですか?」
「おう、対重車両用のランチャーが数発ある。ドームとの交流のお陰だな。」
「数発・・・」
「すごいですね、」
「使うつもりは無い。村が爆発しても困るからな。」
にっと笑うアシャカさんだけど。
たしかに誤射は怖いだろう。
「まぁ、車なんて高価で貴重なもん持ってるゴロツキなんてな。
フェンスに衝突させて車も壊しちまうのも勿体無いって考えるだろう。
フェンスはボロっちく見えるが、無傷じゃ済まないってわかるだろう。
それにやつらの移動手段でもあるからな、生命線を捨ててまで・・、とまあ、そこまで言わなくてもわかっているか。
あんた達にはそんな事は。
あーと・・、さっきライフルと言ったが、これも充分に整えさせてもらっている。
ドームのお陰でな。」
アシャカさんが間を少し空けたので、ミリアは手書きの地図を見ていた視線を移してアシャカさんを見る。
アシャカさんの視線とミリアの視線がぶつかった。
「そちらの戦力は?」
ミリアの問いに。
「あとで話そう。」
アシャカさんは短く答えた。
「よくある展開はこんな感じだ。俺たちは遮蔽物に潜んで飛んでくる弾にさえ注意していればいい。ただし、」
アシャカが韻を強く発する。
「今回のは『嫌な予感』だ。」
――――さっきから何度か出ていた、その不可思議な言葉。
この村で、特別な意味を持つ類の何かなのだろうか。
伝統的な『おまじない』を信じている、と言われても驚かないつもりだ、彼らの暮らす様子や風景を見ていればそれも納得できるから。
「状況がだいぶ変わってくる。」
まあ、『それ』がアシャカさんたちが危険視するもの、という意味は推測できてるが、曖昧すぎていまいち想定する状況整理には組み込めない。
「嫌な予感って・・・」
ミリアが反芻する。
「この場合、敵の攻撃が事前に察知できているという状況ではある。
これは無条件で信じてくれ。
なのでこの場合、最初から村の中央に本隊と言える主力を集めておき、小戦力の見張りの人数を増やし、厳戒態勢を取る。
増やした見張りは村の境界にも配備しておく。
敵が来たらその地点へ主力が移動し、フェンスを挟んで主力が援護射撃し防衛を固めるやり方だ。」
「今回もその中央に前線を作る作戦でいくという事ですか?」
「そうだ。
だが、今回は主力を二手に分ける準備をしておく。
ファーストアタックを主力で応戦するが、その際に主力から数人を残しセカンドアタックに備える。
その際、人数が足りなくなるので見張り要員は2人に留めておく。」
「敵の人数が分からない以上、薄く伸びる戦線を自ら張るよりも、複数箇所の突破に備えて要所への人員移動を円滑に行うんですね」
「・・そうだな。あとはなんだったか・・・」
「質問いいですか?」
「おう」
「持久戦を覚悟だと思いますけど、食料などの備蓄はどうですか?」
「事前に分かっていた事もあって充分確保している。」
そもそも、敵には射撃をしのぐ遮蔽物が用意されていない状況だ。
敵が複数の車両を持つ総力戦でくるなら、意図せずとも戦線は薄く延びていく。
弾の補給を途切れさせなければ、持久戦で相手の動きを制限する作戦は有効で、戦場のコントロールはこちらの圧倒的に有利なのは変わらない。
けど、相手がそこまで考えなしじゃなかった場合。
相手が取るべき方法はなんだろうか・・・?この防衛陣の穴を突破するための方法・・・?
「見晴らしの良いフェンスの外から、俺たちの人数で張る弾幕をやすやすと防衛線を突破できるほど大人数をかけれる奴らなんていない。いたとしたら、軍隊だな、はっはっは・・とまぁ、話はこれくらいだ。」
アシャカさんは冗談を言うような余裕があるみたいだ。
彼が話を終えたのを見計らって、ミリアが口を開く。
「質問いいですか?」
「もちろんだ、」
「崖は?」
そう、彼らは村の外からの攻撃に備えているが、村の背面にある巨大な断崖は、とても特殊な存在だ。
崖からのルートは想定しているのだろうか?
「あれは普通の人間には無理だ。切り立っていてよく見れば反っているんだ。クライミングの技術があればわからないが、あそこから降りるのは自殺行為に等しい。」
「なるほど。」
村の背面の崖から侵入できない理由は納得できる。
彼らが想定しているのはディッグであり特殊部隊なんかではない。
そもそも装備も充分に整っている特殊部隊が攻めてくるのだったら、崖上から襲撃をかける必要もないはずだ。
この村をもっと簡単に攻略する方法はいくらでも思いつく。
「他の質問を。いま、私たちに詳しい情報を渡したということは、『そのとき』が近づいてきているということですか?」
そう、このタイミングということは、私たちが知る必要がある段階だということ、とも受け取れる。
―――――ダーナトゥは・・・ミリアを見つめていたままで・・アシャカが、ミリアを見ていた顔が、にぃっと笑う。
「その通りだ。」
はっきり伝えたアシャカを、ダーナトゥは振り返っていた。
「そして、相変わらずその情報源はこちらへ示せないと?」
「その通りだ。」
『私たちはまだそちらの言う事を信じたわけではない』、そういう意味とも取れるミリアの言葉へ、アシャカは即答していた。
だから、ミリアが答える言葉は1つだけだ。
「わかりました。」
「勘違いしないでくれ。事態を見て、もっと詳しい情報を必ず渡す。」
アシャカがそう真っ直ぐに見つめてくる双眸《そうぼう》を、ミリアは受け止めていた――――――
事態が動いたとき、つまり、もっと切羽詰まってきたときに必ず助けを求めるということだろう。
その対応に不満が無いわけじゃないが・・・。
「手遅れになる可能性もありますよ」
「わかっている。だが、頼む。」
頑《かたく》なに、情報源は未だに言えないようだ。
それだけ意固地になる理由も、最早強く追及してでも、って気になるレベルだが。
「わかりました。私のほうからも少し。」
「おう、納得できないだろうからな。いくらでも答えるぞ。」
「いえ、それじゃなくて、本部から受けた命令の指針です」
「お、進展か?」
「えーと・・、単刀直入に言えば、今すぐの増援はありません。」
「ふむ・・」
「しかし、私たちは数日の間ここブルーレイクに逗留し、状況報告せよとの事です」
「ふむ、およそ昨日、貴方が言ったとおりになったな」
「ええ、こればかりはどうしようもありません。」
「ん、・・ああ。増援が見込めそうであるだけ、感謝はしているよ。それに貴方たちはいて下さる。」
にぃっとアシャカは口端を上げて。
その言葉は社交辞令でも、嫌味を含んだもので無いのだとミリアは思える。
だから、アシャカの笑顔を、ミリアも微笑みで返した。
「それで、こちらの戦力を聞いてもよろしいですか」
「あぁ、言ってなかったな。銃を撃てるのは40名以上、その程度だ。」
一個小隊規模もいるのか、確かによほどの戦力だ。
少なくとも、このブルーレイクを守るには十分カバーできる戦力だとミリアは思った――――。
「で、つまりどういうことだ?」
「話聞いときなさいよ」
開き直って聞いてくるケイジに、ミリアはお決まりの注意をしてた。
「おう、」
というか悪びれることが頭にないケイジで。
・・一旦、口を閉じたミリアはそれから、ガイへ振り返って。
「ガイお願い」
「俺か、」
ガイに丸投げしておいて、ドアの外、村長宅の軒先から顔を出したミリアは、歩いて外の扉の傍の日陰で思い切り空に向かって伸びをしていた。
一足先に戻ったアシャカさんたちからしっかり説明が聞けたし、それらを頭の中で整理しつつ、軒先から見える村の景色を眺めてる。
「暗くなってきたな」
ケイジが顔を出してそう言ってた。
確かに、村は日陰で暗くなってきている。
昼を過ぎたあたりから崖の方の影がくっきりと、日向と日陰を分けている。
村の人たちも広がる日陰の中を歩いて快適そうだ。
「もう少し歩こうか、」
ミリアは他の3人に告げて。
「まだ行ってないところあったか?」
「逆側の方とか、歩きながらケイジ達に説明してて、」
「げ、」
「状況理解しとかないと、いざという時に動けないでしょ」
嫌な顔をしてるケイジに言ったミリアが歩き出す。
リースはお腹が膨れたからか、もうぼうっとしているような、眠そうだけど。
ミリアは肩越しに他の3人が付いてきているのを認めつつ。
ガイが掻い摘んで話す声を聞きながら、食後の散歩でもあるので、のんびりとした足取りで4人はまた村をぶらつくか、辺りに日陰が多くなった村の中を散歩することにした。
―――――アシャカさんたちCross Handerは私たちを疎外するつもりもないようなのも、一先ず安心していいだろう。
敵の情報も、時が来たら共有すると言っていたし。
まあそのお陰で、思ったより長くなったミーティングは、昼の遅めの時間までになって。
休憩を挟んだ時にお茶を貰ったついでに、それを淹れた水筒をぶら下げて再び4人は村を歩いている。
彼らはのんびりとした観光客の雰囲気を漂わせつつも、さっき聞いた村の地図を照らし合わせながら、実際の防備を自分の目で見回りながら、たまに村の人に話しかけて話を聞いたりしていた。
地形的には村の北側が大きな崖となっており、この切り立った急斜面、一部反り返っているので人が降りてくるのはほぼ不可能だ。
これも話の通りだ、専門の装備なしには登れない山と言ってもいいかもしれない。
他にも、フェンス、戦闘員の詰め所なども確認したが大体が話の通りだった。
そして、Cross Handerについて歩いている人へ何回か尋ねても、村の人からはやはり信頼が厚い事が伝わってくる。
彼らは頼りになる、とか、家族や親戚がそこにいるとか。
この村は、間違いなくCross Handerの彼らと共に立っている。
だから・・・間違いないんだけれど。
でもなんだか、なんだろう。
なにかはわからないんだけれど、得体の知れないなにかが、なにかの虚構が、この景色のどこかに紛れ込んでいるような。
・・・遠くの景色が、現実感が薄い村の景色に私がいるからか。
・・ああ、そうか、・・・ここにいるのが、私の夢の中の様な気がしているのかもしれない。
―――――・・『あの景色』に、よく似ているような気がしているからか・・・たしかに、重なる。
――――・・・やっぱり、よくわからない。
――――――あのとき、アシャカさんが私へ真っ直ぐに向けていた真摯《しんし》な目は、信じても良いんだろうか。
―――――私は、流されないように、彼の目を受け止め、見つめ返していたはずだけれど。
・・・彼が言う、『必ず情報を渡す』という状況は、事態が動いたときのことで、つまり、もっと切羽詰まってきたときに必ず助けを求めるということだろう。
でも、その状況だけで、そうなったときの方が状況がヤバいはずだ。
こっちとしては、できればもっと早く情報共有してもらう方が助かるのだが。
みんなの安全が確保できなくなり、手遅れになる可能性だって高い。
もちろん、『みんな』というのは私たちも含まれている。
ここには命令で来ているのであって、隊のみんなを無為に危険にさらすわけにもいかない。
せめて情報源さえわかれば、調査できるはず。
警備部の協力も得られるかもしれないし、私たちが真偽を確かめれば確実に増援は来る。
ただ、それも今は皆目見当がつかない。
村の中を歩き回っていても、特別な何かがあるようには思えないし。
・・私たちに情報源を譲らないのは、なぜだろう。
『情報源』である何かを、隠している・・・、隠すのなら、大切なもの・・・、大切にしたがっている・・のか。
警備部に知られてはいけない、『大切なもの』・・・がある、ということか。
・・Cross Handerの人たちが嘘を吐いていないのなら、が前提の仮定だけれど。
・・・Cross Hander側にも理由はあるんだろうけれど。
その理由がわからなければ、こちらが動くことはできない。
私たちもほとんど動けない。
そういうことだ・・。
もし・・・。
もしも、手遅れになったら。
・・・場合によっては『放棄』せざるを得ない・・・。
――――私たちには、ブルーレイク警護の命令は出ていない。
避難の手伝いはできるかもしれない、けれど、彼らが動こうとしていない現在は、私たちにできることはきっと多くないんだろう。
―――つまり、そういうことだ・・・。
・・・・さて、どうするか、私たち・・。
日陰から少しずつ日が傾き始め、日陰を増していく村の景色を眺めているミリアは、変わりない村のひなびた、のどかな光景へ顔を上げて。
ケイジやリースがその辺の子供たちと遊んでいるのを眺めてた。
わーわーやってるケイジは男の子のガキ大将って感じだし、意外にもリースも子供にまとわりつかれているのは、中性的な印象だし、長い金髪が小さな女の子に人気みたいで、たまに引っ張られている。
そして、リースは逃げたそうだ。
「っていうか、」
ミリアの声に。
「ん?」
傍のガイが気づいて。
「子供に好かれやすいのね」
「ケイジはハマってるのな」
ケイジはそれっぽいから、ガイが面白そうに笑ってた。
「リースは女の子にモテてるのも意外だが、羨ましいよな」
って、ガイは冗談なのか本心なのか、後でリース達をからかうのかもしれない。
「ガイは大きすぎるのかな?」
「そうだな、近づいてみるか?」
「怖がらせないでよ?」
「ナイスガイなのにな。」
って、笑ってるガイだ。
まあ、ケイジは男の子たちに偉そうにしてたり、なんか張り合ってたりで、子供たちと一緒に遊んでるのは、なんか気が合うみたい、っていう感じだった。
『ナァオゥイ マルベィキロリアゥナァ』
って、遠目からまた誰かケイジ達の方へ近づいてきたな・・って思ってたら、そのローブを纏った子供たちよりは背の高い青年が、彼は村の民族語か、ミリアにはよく聞き取れないが子供たちに声をかけてた。
『ナァ~ ディェテメレキミカ』
そう、子供たちは振り返ってなにか返事をしていたのだが、会話の内容がわからない。
でも、その青年には見覚えがある、確か昨日、村に入る前に近づいてきた彼と似ている。
『メレキ? ルァマラニ・・・』
同じ青年か・・・?あの気の強そうな、こちらを一瞥するようにだけど、睨んでくるようなキツい目は間違いない。
「ん?どうした?」
子供たちが傍にいるケイジとちょっと向かい合うように動く。
青年の彼が伝えた何かの言う事を聞いたように、子供たちが距離を取って少し警戒し始めていたので、念のためにミリアは立ち上がっていた。
「あまり近づかないでくれ」
と、青年の彼が共通語を話した、そういえば昨日も話していたかもしれない。
「ん、おお。なんかあったのか?」
ケイジはさっきから、突っ立ったままだが。
「・・いや。ただ、そうしてくれ」
「よくわかんねぇな。まあいいが、俺からは近づかないぞ。」
自然体のケイジは、両手を上げて敵対する意思は無いと一回伝えていた。
「ん。お前、昨日の奴か」
今気が付いたケイジのようだ。
まあ、昨日、ケイジは思い切り飛び掛かってたから、彼に警戒されるのは自業自得なのだが。
それはさておき、適度な距離まで近づいたミリアは彼に声をかける。
「ちょっと良いですか?」
「良い?なにがだ?」
「いえ、なにか話していたから」
彼はじろじろと近寄るミリアを見ていた。
「うちの部下がなにか?」
「いや、そうじゃなく・・・?・・」
って、彼が少し瞬いたような。
「・・え、部下?」
って、目を丸くしたような、聞き返してきたから。
「はい。」
ミリアはちゃんと。
「・・なにか?」
彼の反応の意味を感じて、ミリアはちょっと眉をピクリとして聞き返したのは自然とだ。
「あ、いや・・・・・・部下とか言ってたから・・?」
けっこう、彼の声は少し尻すぼみだ、戸惑っているのかもしれない。
「・・それがなにか?」
「あ、いや、その、・・小さかったから・・」
って一応、遠慮がちに、言い難そうに答えてくれるけど、彼はとても正直者だ。
ミリアをちらちら見てくるその視線に返す、ミリアの愛想笑いには力みが少々走ってるのだが。
「な?生意気だろ?」
横のケイジがにやにやと、青年を軽く指差して笑ってた。
「うるさい」
ミリアは彼らの傍へ近づきながら。
「別に危ないことをするつもりはないですよ?」
ミリアは丁寧に彼に伝えた。
「だから必要以上に警戒しないでください。」
「遊んでただけだろ?あ、ミリアも混ざりたいのか?」
って、まだ、にやにやしてるケイジの横腹へ、ミリアの肘鉄が入ってた。
「ぐほ・・っ」
隣でよろめくケイジを尻目に、ミリアはそのちょっとびびったらしい青年へ顔を向ける。
なんとなく、相対する彼らの間に沈黙が訪れてたが。
「・・ただ近づかないでほしいってだけ。」
青年は素っ気ない。
「そっか。」
ふむ、本当に彼は警戒しているだけのようだが。
それ以上の事は何も話さない・・・と、傍の少年たちが彼の横に寄ってきた。
「ドーアン兄貴は明日、戦士になるんだ。」
って。
「今度の戦いで活躍するんだ!」
自慢のドーアンの兄貴はみんなに人気があるようだ。
「バカ、戦士は活躍するんじゃねぇよ。」
「でも『ミーダリウード』になるんだろ?」
「バカだなぁ、」
「・・村を守るから『ミーダリウード』と呼ばれるんだ。暴れるだけじゃダメなんだよ。」
ドーアンと呼ばれてる彼は、彼らを窘《たしな》めるようだった。
「父ちゃんにも昨日言われてた」
「うるせー」
「ナァ~、メマ ミェナァ~」
わーわー、小さい子たちもちょっと集まって来てて。
・・それから、こっちに彼は振り向いてた。
「ドーアンって言う」
彼の名前だ。
「私はミリアネァ・Cです。ミリアって呼んで」
名乗った彼の真っ直ぐな目へ、ミリアは真っ直ぐに見つめ返した―――――
柵に腰掛けたミリアと、その傍のドーアンの顔を覗けば、彼は子供たちが遊んでいるのを眺めている。
さっき少年が言ってた、彼は戦士になる、か・・・。
戦士は、当然ドームには無い役職名だけれど、自慢げな少年たちの様子と・・年の頃からして、成人の儀のようなものか。
子供から村を守る戦士になる、という理解でいいのかもしれない。
「訓練もめっちゃしてんだからな。ロンター兄貴にも負けないくらいなんだ」
傍の男の子が共通語で話してて。
「そういうこと言うな。」
ドーアンは、つんとしているけれど、少し照れたようにも見えた。
戦士になるための訓練って、どんなのだろうな・・・って、ミリアはちょっと思ったけど。
「・・そっか、君は強いのね」
ミリアは、彼へ。
「・・・そ、そんなん、普通だし」
って、ドーアンは、ちょっと強がったようだった。
やっぱり、照れてるような彼だから。
ミリアは少し、目を細めていた。
「・・あんたらも戦士なんだろ?」
「ん・・・?」
戦士・・・なのかな、私たちは。
「戦う人間だ。」
・・あぁ、なるほど。
「そうね。」
そういうことか、それなら、武器を持って戦う・・・。
―――――それに彼はきっと、子供たちのリーダーとして、幼い子たちを守りたくて。
昨日、私たちの前に立って、ただ心配して、村の人たちを守ろうとしてた。
きっと、それだけだ。
彼にはきっとそれが、当たり前の行動だったんだろう。
そんな気持ちを持つ人を、戦士と呼んでるようにも見える。
私たちも、戦士か・・・そういう基準なら、そうなんだろう。
――――――ブルーレイクに招かれた、戦士たち・・・。
ちょっと、ミリアは自分で思いついた言葉に、ちょっと頬を緩めてしまったけれど。
「ねぇ、さっき言ってた、『ミーダリウード』ってなに?」
ミリアは、ドーアンへわからなかった言葉を訊ねてみた。
「・・・『畏怖される赤い狼』だ。アシャカさんみたいな。敵に恐怖を与える。」
アシャカさん・・・さっき会ったばっかりだけど、『ミーダリウード』は『勇者』というような意味だろうか。
あの人、やっぱりCross Handerの立派なボスみたいだ。
「そっか、かっこいいね。」
「・・・。」
ドーアンは答えなかったけど、ちょっと意地になってるような紅い頬だ。
ミリアよりも年下だろう、彼の反応は初々しいと思う。
「・・あんたらも戦士なんだろ?」
って。
「外のことはよくわからねぇけど、でも、戦士なら強いんだよな?」
そう・・・。
「うん。」
ミリアは頷いた。
「信頼して・・・」
信頼してくれていい・・・、ミリアは、そう言おうとしたけれど。
なぜだか、言葉が止まった・・・私は・・。
「そっか」
でも、彼は納得したみたいだ。
否定・・・するのもおかしいから。
私は、その先は続けられなかったけれど―――――――
・・・『信頼』という言葉を、言っていいのかわからなかったのか
――――――それは警備本部が、・・・違う、そうじゃない
―――――――きっと、・・私がどんな判断をこの村にするのか・・今は・・・――――――
「なぁ、つぎ、『コッキ』、やろ」
「ん、なんだそれ?」
「あれだよ、これをあれに当てんの」
「俺が一番上手いんだぜ、」
「モロトも同じくらい上手いよ」
ケイジは小さい子たちが手を引っ張ったり呼ぶから、一緒に連れてかれてた。
「あの缶に入れると20点」
「マジかよ、あんな遠いのかよ」
「アラシンはよく入れられるよ」
「ケージーは上手いの?」
「ケイジだよ。こんなの遊んだことねぇ」
「ケージー、」
「おい、ケイジだよ」
「ぷきゃはは、」
「ケージー、ケージーっ」
からかわれてるようなケイジも。
ふと、ミリアの隣のドーアンが立ち上がって、向こうに歩いてみんなに加わってく。
「俺もやる、勝負だ。」
「お、いいぜ、勝負だ。」
ケイジと張り合うような、遊ぶような。
リースは、結わいていた金色の長い髪を解いていて。
頬に赤い女の子たちが流れる金髪を目で追っているのを、触ったりするのも、もう気にしてないようだ。
相変わらず無表情で、眠そうだけれど。
ケイジらの近くで立ってるガイはなんだか、微笑ましいのか、面白そうにそんな光景を眺めている。
そんな彼らの遊んでる情景を。
夕日が傾く光景を。
ミリアもその柵に腰掛けて、眺めていた。
『それがな、待機命令は継続されるって話だ。』
「え、本当ですか?」
ミリアが、軽装甲車の車中で無線の相手へ聞き返していた。
『ああ。悪いが、もう暫くそこで逗留《とうりゅう》していてくれ。交代の人員も準備しているらしいが、もう少し時間がかかるそうだ。』
「警備部の人と交代するだけですよね?そんなに時間が?」
『・・あまり内部事情はわからないが、なかなか許可が下りないようだ。補外区域で数日間の調査活動などを考慮すると、編成が手間になるらしい。しかもちょうど定期物資の配給隊と重なりそうでな、その兼ね合いもあるらしい。』
「そんなに手間がかかるようなことを?」
『こちらも催促しているんだが、どうにも向こうはな。数名の人員を送る事も手間だと思っているようだな。』
「あの、私たち、警備部の人間ではないんですが、」
『わかっている。だが上司に話は通してある。彼も了承済みだ。』
「はぁ・・・。」
『気持ちはわかるが、もう少し待機していてくれ。警備部へは既に返事は通達済みだ』
「いえ、気になっているのは、合理的ではない判断の事です。」
『・・と言うと?』
「どうして証拠も無いのに滞在させ続けるのか?合理的な判断理由が私たちには示されていません。」
『・・単純な人手不足だろう。準備に時間が必要らしい。あと数日で警備の人員は送り届けられる。特務協戦をリプクマ以外で確保しようとしているとの話も聞く。』
「そこまで?」
『警備部の嫌がらせだろう。どうしてもAPテストをしたいらしい。』
「ああいうのって、そこまで精度の高いものじゃ・・?」
『実績が必要とも考えられる。どうせ調査するならそこまでやったと言えるわけだしな。そういう理由はいくらでも推測できる。やるべきことは決まっているんだ。頼んだ。』
「・・・」
『よくわかるぜ。Class - Aの洗礼ってやつだな、』
って、他の男の人の声が混ざってくるけど。
「Class - Aってこんなのばっかりなんですか?」
『いや?お前らが当たりだな』
「嬉しくないです。」
『俺もそう思う。』
絶対からかわれている・・。
『他に無いな?』
「はい・・」
『では、通信を終わるぞ』
すぐ切れた通信をちょっと見つめてたミリアだけども。
その頬はちょっと膨れてるようなのは、隣の運転席のガイでなければ見逃していたかもしれない。
結局その日も、警備本部への定時連絡を済ませても、待機命令は解除されなかったってことだ。
前日にアシャカさんから渡されたあの無線機も、ミリアの腰に掛かったまま、鳴りはしなかった。
その後は、ミリアとガイは借り宿に戻ってケイジやリースたちにその指示を伝えたら、意外にもさして気にした風もない2人の様子だった。
ここでの生活もけっこう気に入ってるのかもしれない。
まあ、一日中ずっと遊んでられるのだから、悪くないのかもしれないけれど。
そして、部屋で休んでいたら夕食のお呼びがかかって、今夜も村長の所へ赴《おもむ》いた。
さすがに前日のようなご馳走ではないけれど、マッシュポテトやパン、スープや肉の缶詰など、パックの料理もあるみたいで、こっちが普段の村で食べられてる料理なんだと思う。
お腹がいっぱい食べられれば問題は特にないミリアたちは、村長宅のテレビなど最近のドームの話などをして、満足して宿に戻っていった。
ノリの良い村長さんたちは普通に客をもてなすのが好きなのかもしれない。
それから、小屋でその身体を拭くミリアに、他の3人が外に追い出される。
連日なのは分かっていたことだが、夜の村の様子を眺めつつ涙を拭いてたかもしれない3人も、その後は同じように寝支度を整えたら、4人はまた2度目の床に着くのだった。
――――明かりも落としたその暗がりの中で、ふと思い出して。
瞼を開いたミリアは、うつ伏せになって携帯を取ると、日記を開いた。
『
今日も平和だった。
いろいろ村の人たちから話を聞いた。
だいたいこの村の事はわかった。
任務に関わることは詳しく書けない。
それは少し残念だ。
大人や老人たち、子供たちとも話をしたし、村はとてもいい雰囲気だ。
よそ者が警戒されるのは当然だけれど、彼らは私たちを信用してくれてると思う。
ケイジやリースが子供たちに好かれていたのは、ちょっと驚きで、面白い。
微笑ましい、っていうのかな。
村の子の遊びで一緒に遊んでた。
少年とも私も少し話した。
この村の戦士、彼らが何を思っているのか、少しはわかった気がする。
村を守ることが大切なんだ。
今思った。
あのとき、私はまだ事態が把握しきれてないから、はっきりとは言えなかったんだと思う。
彼らの味方になるのかどうか、私はまだはっきりと結論を出していない。
だから、信頼してとは言えなかった。
願わくば、そんなことを考えなくてもいいような状況に落ち着ければいいなと思っている。
彼らの間違いであったとか。
何にも起きないとか。
でもそれではダメだ。
隊長は全てのあらゆる状況で適切な判断を下せなければいけない。
――――ファム-ミリア-ノァ,S.S.822.x.x
』
**************
――――――――ソコニ、ワタシハイル。
――――――ソこガドコだカワかラナイケレド、タシカ、クラヤミ・・・。
――――・・うるサイ、ひトガ、さわグ、ザワめくコエ。
――ドれモ、シらナイヒトノコえ。
―――――――ヤッと、メガ、みえるヨウニ・・。
わたシは・・・。
・・わたしは・・・さがす・・。
キキなれた、ヒトの声ガ、ひきよせる・・・。
《話を聞け》
眼鏡をかけタ、長身の男の人ノ声は、よく通って聞きヤすい。
《これで、いいだろう、物は明日全て集まる。》
近くで立っている長髪の男の人が髪をかき上げ、声を荒げて。
《いつまで待たせるんだよおい!俺はこのまま行ってもいいんだぜ!》
《それでは作戦の意味がないだろ。》
《ちぃっ!!》
長髪の男の人の舌打ちは耳に鋭く刺さるので、嫌いだ。
もう一人、身体の大きめの男の人、この中で一番おじさんがぽい人が間に入った。
《おいおい、落ち着けよ、やる時は一緒だろ、獲物は逃げやしねぇって、抜け駆けも無しだ》
《ここで、何日も居るんだぞ!》
《新天地によぉ!》
《新天地ってぇのは良い響きだな》
《落ち着け、そろそろ準備が整うのは本当だ。予定通り行けば、2日後だ。》
《言ったなっ、2日だなっ、それを過ぎるなら、俺はお前らを置いてでも行くぜ》
そう言い残して、流れる長髪の髪を揺らして男の人はこの暗がりから出て行った。
《あいつも、とんだ癇癪持ちだな。あいつらだけで行ってもしょうがねぇだろうにな。しかも俺らをまるで信頼してねぇ》
《あれが、奴の良い所だ。》
《若ぇのが粋がるのはしゃあねえが、大丈夫なのか?作戦を無視するとかよ。洒落にならんぜ》
《そこまで馬鹿じゃあない。奴だって徒党の頭だ。30人、奴らを纏め上げているよ。家族同然だってな》
《それ自慢なのか?むず痒いぜ?》
―――グ・・・・息が、・・苦しく、ナってきタ・・・。
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《やってやるよ・・・!》
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《あいつに言っとけ。どう見てもあいつのが・・》
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《カリカリするなよ・・》
《口にする事は伝播する。違うか?・・だが物も充分、これだけ条件が揃うなんてな。まるで何かに導かれてるようじゃないか》
《性悪な誰かなら俺は知ってるぜ、へっへぇ・・》
《・・だが、それを、よりスムーズに運ぶための作戦だ。わかってるな?》
《わかってんよ、頭張ってんのはお前だけじゃねえよ》
―――息ガ・・・クルシイ。
瞼が重く・・なるヨウ・・、意識が暗闇へと持っていかれル。
ザボン、と・・沈ム・・途切レル・・・イシきが、頭に鳴り響く・・ソノあくマ達の低い声・・暗闇にコダマスる。
【どうでもいい、あれを潰すだけだ】
――――・・・オチテイク、いしキのなか
《130人、明日》
―――2つのこトばだけ、コボサナいヨウ、なンドモ、なんども、くらヤミでくリカエシて、ハンキョウ、さセテイタ・・・。
[滞在3日目]
――――目が醒めたミリアは。
・・・ベッドの上で、あくびをしていた・・涙目になるくらい、はふぅ・・・って。
それから、部屋の中を見回したらガイやケイジやリースはベッドの上でまだ寝ているようだった。
・・穴が少し空いたカーテンから、朝の光が零れていた。
まだ少し眠いけれど、みんなが寝ている内に着替えを終えたミリアは、またうつ伏せに寝転がり、あくび交じりに携帯で連絡を確認していて。
いつもの時間になったのに気が付いて、起き上がってみんなに声をかける。
「時間だよ、起きなさい~」
立ち上がって、不意にしたくなる欠伸とか伸びを、ちょっとしながら。
なんとなく目が醒めたようなみんなを見ながら、手を腰に当てて眺めてた。
なんだか調子はいい、夜も早く寝ているからかもしれない。
夜に起きててもやることないし。
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