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03 : 馬車でのひととき
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「……驚いた。グレイス伯爵はそこまで落ちぶれた人間だったのか」
揺れる馬車の中、ギルラート様がそう呟く。
1ヶ月も経てばメイドの半分が辞めるとか使用人に暴力を振るうとかーーまだまだ言いたいことは沢山あるのだが。
聡明な彼にとって、グレイスが我儘な人間であることを理解するに十分だったようだ。
「貴族の社交会はね。なにぶん人数が少なくて閉鎖的だから、噂があっという間に広がるんだよ。伯爵の悪い噂はそれなりに有名ではあったけど、ここまで酷いものじゃなかった。どうやら、彼の父か誰かが情報を隠してたみたいだ」
「悪い噂と言うのは、例えばどんなモノなのですか?」
「さっきの話に比べれば可愛いものさ。先祖代々の壺を割ったのを内緒にしてたとか、実はかなりの偏食だとか」
「あーー……、それは確かに。彼がそんな可愛い気のある人だったらどんなに良かったか」
少なくとも、この一年を棒に振ることも、彼の暴言に心を砕くこともなかっただろう。
仲の良かったメイドと引き離されることも、無理やり純血を奪われることもーーっ!!
「ーー大丈夫かい?顔色が優れないようだけど」
「あっ、ああっ!全然大丈夫です、ございます!ちょっと思い出を振り返っておりまして」
「そうか……。大丈夫ならいいんだけど……」
ギルラート様が心配してくれているが、彼にあまり弱いところを見せたく無い。
自分勝手とは分かっているが……。
ーーっと、いけないいけない、なんだか少し暗い雰囲気になってしまった。
せっかくギルラート様と2人きりなんだから(厳密に言うと馬車の御者がいるけど気にしない!)、楽しい話をしなくちゃ。
「そういえば、ギルラート様ってどうして私を婚約者に選んでくださったのですか?」
楽しい話を、とは言ったがその前にこの質問をしたかった。
私は身分が高いわけでは無いし、何か秀でた事があるわけでも無い。……それに、身体が特別女らしいわけでも。
グレイスが私を選んだのはどうやら顔らしいから、器量はそこそこ良い方なのかもしれない。でもそれだって、私より器量の良い人なんてゴマンといる。
ギルラート様を疑う訳ではないが……。その理由を、どうしても聞いておきたかった。
「それは……。君が、金糸雀だったから」
「……金糸雀?」
ぴよぴよ。
私の頭の中で、小さな鳥が歩き回る。
全く予想していなかった言葉に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「籠の中の鳥、っていうのかな。自由がないように見えた。それに、飛ぶ事を諦めているようにも」
思わず吸い込まれそうな黒い瞳で、私をじっと見つめる。
飛ぶ事を諦めた鳥、籠の中の金糸雀……。それはついこの間までの私を、文字通りに表しているようで。
「縛られ、閉じ込められ、剰え本人が飛び立つことを諦めている姿を、見過ごすことは出来なかった。こんなに綺麗で素敵で可愛らしい君が、あの男如きに取られるのが許せなかったんだ」
嫉妬って言うのかなぁ。と、付け加えて。
バツが悪そうに笑うと。
「君は覚えてないかもしれないけど、それに……」
そう言って続きを口にしようとした瞬間。
馬車が横に大きく揺れた。
そのはずみで、座っていた席から飛ばされてしまう。
「っ!大丈夫か!」
ギルラート様は咄嗟に私の肩を掴むと、そのまま私ごと床に伏せる。
ああっ、この状況はいけない!なんだか凄くいけない気がする!
「コーリス!一体どうした!」
「山賊の一味です!いきなり目の前に!」
コーリスーーこの馬車の御者であろう人物が、声を荒げて答える。
それを聞いたギルラート様は、口角を上げて。
「賊か……。アリスのいるこの馬車を襲うとは不届きな奴らめ。自らの行動を恨むんだな」
いつもより低い声色でそう言った。
……どうしよう、凄くカッコいい!!
揺れる馬車の中、ギルラート様がそう呟く。
1ヶ月も経てばメイドの半分が辞めるとか使用人に暴力を振るうとかーーまだまだ言いたいことは沢山あるのだが。
聡明な彼にとって、グレイスが我儘な人間であることを理解するに十分だったようだ。
「貴族の社交会はね。なにぶん人数が少なくて閉鎖的だから、噂があっという間に広がるんだよ。伯爵の悪い噂はそれなりに有名ではあったけど、ここまで酷いものじゃなかった。どうやら、彼の父か誰かが情報を隠してたみたいだ」
「悪い噂と言うのは、例えばどんなモノなのですか?」
「さっきの話に比べれば可愛いものさ。先祖代々の壺を割ったのを内緒にしてたとか、実はかなりの偏食だとか」
「あーー……、それは確かに。彼がそんな可愛い気のある人だったらどんなに良かったか」
少なくとも、この一年を棒に振ることも、彼の暴言に心を砕くこともなかっただろう。
仲の良かったメイドと引き離されることも、無理やり純血を奪われることもーーっ!!
「ーー大丈夫かい?顔色が優れないようだけど」
「あっ、ああっ!全然大丈夫です、ございます!ちょっと思い出を振り返っておりまして」
「そうか……。大丈夫ならいいんだけど……」
ギルラート様が心配してくれているが、彼にあまり弱いところを見せたく無い。
自分勝手とは分かっているが……。
ーーっと、いけないいけない、なんだか少し暗い雰囲気になってしまった。
せっかくギルラート様と2人きりなんだから(厳密に言うと馬車の御者がいるけど気にしない!)、楽しい話をしなくちゃ。
「そういえば、ギルラート様ってどうして私を婚約者に選んでくださったのですか?」
楽しい話を、とは言ったがその前にこの質問をしたかった。
私は身分が高いわけでは無いし、何か秀でた事があるわけでも無い。……それに、身体が特別女らしいわけでも。
グレイスが私を選んだのはどうやら顔らしいから、器量はそこそこ良い方なのかもしれない。でもそれだって、私より器量の良い人なんてゴマンといる。
ギルラート様を疑う訳ではないが……。その理由を、どうしても聞いておきたかった。
「それは……。君が、金糸雀だったから」
「……金糸雀?」
ぴよぴよ。
私の頭の中で、小さな鳥が歩き回る。
全く予想していなかった言葉に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「籠の中の鳥、っていうのかな。自由がないように見えた。それに、飛ぶ事を諦めているようにも」
思わず吸い込まれそうな黒い瞳で、私をじっと見つめる。
飛ぶ事を諦めた鳥、籠の中の金糸雀……。それはついこの間までの私を、文字通りに表しているようで。
「縛られ、閉じ込められ、剰え本人が飛び立つことを諦めている姿を、見過ごすことは出来なかった。こんなに綺麗で素敵で可愛らしい君が、あの男如きに取られるのが許せなかったんだ」
嫉妬って言うのかなぁ。と、付け加えて。
バツが悪そうに笑うと。
「君は覚えてないかもしれないけど、それに……」
そう言って続きを口にしようとした瞬間。
馬車が横に大きく揺れた。
そのはずみで、座っていた席から飛ばされてしまう。
「っ!大丈夫か!」
ギルラート様は咄嗟に私の肩を掴むと、そのまま私ごと床に伏せる。
ああっ、この状況はいけない!なんだか凄くいけない気がする!
「コーリス!一体どうした!」
「山賊の一味です!いきなり目の前に!」
コーリスーーこの馬車の御者であろう人物が、声を荒げて答える。
それを聞いたギルラート様は、口角を上げて。
「賊か……。アリスのいるこの馬車を襲うとは不届きな奴らめ。自らの行動を恨むんだな」
いつもより低い声色でそう言った。
……どうしよう、凄くカッコいい!!
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