上 下
3 / 4

03 : 馬車でのひととき

しおりを挟む
「……驚いた。グレイス伯爵はそこまで落ちぶれた人間だったのか」

 揺れる馬車の中、ギルラート様がそう呟く。
 1ヶ月も経てばメイドの半分が辞めるとか使用人に暴力を振るうとかーーまだまだ言いたいことは沢山あるのだが。
 聡明な彼にとって、グレイスが我儘な人間であることを理解するに十分だったようだ。

「貴族の社交会はね。なにぶん人数が少なくて閉鎖的だから、噂があっという間に広がるんだよ。伯爵の悪い噂はそれなりに有名ではあったけど、ここまで酷いものじゃなかった。どうやら、彼の父か誰かが情報を隠してたみたいだ」
「悪い噂と言うのは、例えばどんなモノなのですか?」
「さっきの話に比べれば可愛いものさ。先祖代々の壺を割ったのを内緒にしてたとか、実はかなりの偏食だとか」
「あーー……、それは確かに。彼がそんな可愛い気のある人だったらどんなに良かったか」

 少なくとも、この一年を棒に振ることも、彼の暴言に心を砕くこともなかっただろう。
 仲の良かったメイドと引き離されることも、無理やり純血を奪われることもーーっ!!

「ーー大丈夫かい?顔色が優れないようだけど」
「あっ、ああっ!全然大丈夫です、ございます!ちょっと思い出を振り返っておりまして」
「そうか……。大丈夫ならいいんだけど……」

 ギルラート様が心配してくれているが、彼にあまり弱いところを見せたく無い。
 自分勝手とは分かっているが……。

 ーーっと、いけないいけない、なんだか少し暗い雰囲気になってしまった。
 せっかくギルラート様と2人きりなんだから(厳密に言うと馬車の御者がいるけど気にしない!)、楽しい話をしなくちゃ。

「そういえば、ギルラート様ってどうして私を婚約者に選んでくださったのですか?」

 楽しい話を、とは言ったがその前にこの質問をしたかった。

 私は身分が高いわけでは無いし、何か秀でた事があるわけでも無い。……それに、身体が特別女らしいわけでも。
 グレイスが私を選んだのはどうやら顔らしいから、器量はそこそこ良い方なのかもしれない。でもそれだって、私より器量の良い人なんてゴマンといる。

 ギルラート様を疑う訳ではないが……。その理由を、どうしても聞いておきたかった。

「それは……。君が、金糸雀カナリアだったから」
「……金糸雀カナリア?」

 ぴよぴよ。
 私の頭の中で、小さな鳥が歩き回る。

 全く予想していなかった言葉に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

「籠の中の鳥、っていうのかな。自由がないように見えた。それに、飛ぶ事を諦めているようにも」

 思わず吸い込まれそうな黒い瞳で、私をじっと見つめる。
 飛ぶ事を諦めた鳥、籠の中の金糸雀カナリア……。それはついこの間までの私を、文字通りに表しているようで。

「縛られ、閉じ込められ、剰え本人が飛び立つことを諦めている姿を、見過ごすことは出来なかった。こんなに綺麗で素敵で可愛らしい君が、あの男如きに取られるのが許せなかったんだ」

 嫉妬って言うのかなぁ。と、付け加えて。
 バツが悪そうに笑うと。

「君は覚えてないかもしれないけど、それに……」

 そう言って続きを口にしようとした瞬間。
 馬車が横に大きく揺れた。
 そのはずみで、座っていた席から飛ばされてしまう。

「っ!大丈夫か!」

 ギルラート様は咄嗟に私の肩を掴むと、そのまま私ごと床に伏せる。
 ああっ、この状況はいけない!なんだか凄くいけない気がする!

「コーリス!一体どうした!」
「山賊の一味です!いきなり目の前に!」

 コーリスーーこの馬車の御者であろう人物が、声を荒げて答える。
 それを聞いたギルラート様は、口角を上げて。

「賊か……。アリスのいるこの馬車を襲うとは不届きな奴らめ。自らの行動を恨むんだな」

 いつもより低い声色でそう言った。

……どうしよう、凄くカッコいい!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

全てを奪っていた妹と、奪われていた私の末路

こことっと
恋愛
妹のマティルデは私の全てを奪う。 まるで、そう言う生物であるかのように。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

【完結】わたしの欲しい言葉

彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。 双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。 はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。 わたしは・・・。 数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。 *ドロッとしています。 念のためティッシュをご用意ください。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

屋敷のバルコニーから突き落とされて死んだはずの私、実は生きていました。犯人は伯爵。人生のドン底に突き落として社会的に抹殺します。

夜桜
恋愛
【正式タイトル】  屋敷のバルコニーから突き落とされて死んだはずの私、実は生きていました。犯人は伯爵。人生のドン底に突き落として社会的に抹殺します。  ~婚約破棄ですか? 構いません!  田舎令嬢は後に憧れの公爵様に拾われ、幸せに生きるようです~

婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む

柴野
恋愛
 おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。  周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。  しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。 「実験成功、ですわねぇ」  イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

【完結済み】天罰って人の手を介している時点で方便ですよね<前・中・後編>

BBやっこ
恋愛
聖女の娘である私は、幼い頃から王子の婚約者になっていて“仲良くしろ”と圧を受けていた。 それは学生になってからも似たようなもので。 聖女になりたいと言っていないのに。大人の事情と私の安全のために公言しなかった。 そして、時は来た。神裁判の宣言と私への天罰を望む声。 ※ 【完結済み】 真実、私の話を聞いてもらいましょう。 方便なんて使えませんわよ?神様がきいてくださっているのだから。

処理中です...