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Family…幸せになろうよ (22)
しおりを挟む苑良を預かる都合上、休みの予定は聞いているだけに、忘れていたのだとしたら失礼な事だと焦ったのだけれど。
「なぁやくん、きょうね、きょうね、すぱげちーなんだって!」
「スパゲティ?」
「ナポリタンなんですけど、一緒にどうすか? ってか、一緒に食うつもりで準備万端なんですけど」
そう言って、背後に隠していたらしい大きな鍋を目の前に突き付けられる。
一瞬驚いたけれど、苑良とそっくりな笑顔を浮かべてしてやったりと微笑む濱田の様子に、僕の顔にも笑顔が浮かんだ。
「なぁやくん、ぱじゅるするよねー?」
「ずっとこればっか言っててうるさいの何の」
「あはは。ちょっと待って下さい、今鍵開けますから」
土日の二日間顔を合わせていなかったせいか、苑良がちょっぴり恥ずかしそうに僕を見る。もじもじとした苑良の頭を、片手で鍋を抱え直した濱田が、空いている方の手でぐしゃぐしゃと撫で回す。
「んもぉ、とおやめてえっ」
「良いじゃんか」
「やあなの!」
「喧嘩しないで……どうぞ、僕はちょっと着替えてくるから、適当にしてて下さい」
じゃれ合う二人を宥めつつ部屋の中へと進む。
僕の後を付いて上がった苑良が、一目散にパズルを置いてあるテーブル脇の一角へと駆けて行った。
「苑良、走るな! あ、成宮さん、台所借りちゃっていいっすか?」
「はい、好きに使って下さい――」
「あと皿借りますね? ああ、苑良っ、先に飯だって! 広げるな!」
「ぱじゅるやっちゃだめなの?」
「飯食ったらな! ってか俺にも一緒にやらせろよ」
着替えながら、聞こえて来る声に返事を返す。
耳に届く濱田と苑良との会話。いつもは一人で過ごす僕の部屋に、明るい声が響いている。
(何か……いいな、こういうの――)
その人を想う事で幸せだと感じる気持ち。そんな風に思わせてくれる相手と出会えたというだけで、好きになって良かったと思える。
先日雄大から言われた言葉が、実感として心に広がっていく。
雄大の言うとおりだ。
僕の部屋に二人がいる。たったそれだけの事が酷く嬉しくて、すごく幸せだなと思えるなんて。彼を好きにならなければ、苑良を可愛いと思うまでは、知る事も出来なかった新鮮な感情だった。
今はまだ、自分の気持ちを伝える勇気なんて持ち合わせちゃいない。でもそれで良いと思う。彼が僕の気持ちを知らないからこそ、こうして一緒の時間を過ごせるのだから。
「いただきまっす!」
「ますっ!」
僕が着替え終わるのを待ち兼ねたように、テーブルに運ばれるお皿。準備万端の言葉通り、苑良用のフォークを持参している辺りがおかしくて。
「いただきます」
温かな光景に頬を緩めながら、僕も二人に続いて手を合わせた。
赤いケチャップで鮮やかに仕上げられたナポリタンは、どこか懐かしい味がする。魚肉ソーセージと玉葱、そしてピーマンが入っただけの、シンプルな具材。少し茹で過ぎかなと思えるパスタの具合が微笑ましい。
「とお、たべたらぱじゅるやる?」
「ピーマンも食ったらな」
「苑良、ピーマン食べられないんだっけ?」
「たべれるもんっ」
食べながらもちらちらとパズルを気にしていた苑良に、濱田がにやっと笑みを浮かべて告げる。そういえば初めて雄大の店へ行った時、そんな会話があった事を思い出す。
二人と過ごして来た時間を、こうして思い返せるということ。
これが幸せという事なのかもしれない。
「おっ、食えるじゃん!」
「美味しい?」
「んー……おいしくないけど、たべる」
顔を顰めながらもピーマンを口に運ぶ苑良に、濱田が驚いた声を上げる。普段は食べないくせにと、僕を見て苦笑する濱田に、苑良は少しばかり得意気だ。
「偉いぞ苑良! んじゃあ、食べ終わったら、先に成宮さんとパズルやってていいぞ」
「とおは?」
「俺は洗い物してからな」
「えっ、いいですよ? ご馳走になったし、片付けくらいは僕がやりますから」
「そら、なぁやくんとぱじゅるする!」
慌てて言い募る僕の声に被さる勢いで、苑良が会話に割って入ってくる。その言葉に肩を竦めた濱田が、ほらね? と僕を見るけれど、何て返して良いのか分からない。
「苑良は俺より成宮さんが良いんだもんなー?」
「どっちもすきー」
「苑良……じゃあ、皆で片付けて、皆でパズルしようか?」
「うんっ!」
苑良の言葉が嬉しかった。自分に対して純粋に愛情を向けてくれる存在。それがこんなに愛おしいなんて。
僕自身が過去を引き摺り、周囲に心を開いてこなかったせいもあるのだろうけれど、これまで僕のことを『好き』 だと口に出してくれる人も、態度で示してくれる人もいなかった。
(やばい……泣きそう……)
目頭が熱くなるのを誤魔化すように、僕は大口を開けて、ナポリタンを口へと運んだ。どんなに高級な料理よりも、ほんのり優しいこの甘酸っぱさが、今の僕にはとても美味しいと思えた。
「俺も、成宮さんの事好きですよ」
「え?」
「さっき苑良が言ってたけど……俺も、好きです」
「……あ、ありがとう……」
濱田からそんな言葉を伝えられたのは、はしゃぎ疲れた苑良が舟を漕ぎ出し、パズルを切り上げた後だ。一旦寝かせて来ると言い置いて、苑良を抱っこで連れ帰った濱田が、鍋を取りに戻って来た時だった。
「明日は夜も仕事でしたよね?」
「そ、今日は特別……ってか、固いなあ」
「固い?」
「多分っつか、確実に? 俺の方が年下だしさ、もっと楽な口調でいいっすよ?」
「楽な口調って言われても……」
玄関先で僕の手から鍋を受け取った濱田が、珍しくその表情から笑みを消して、真剣な顔で僕を見る。
僕にとってはこれでも砕けた話し方のつもりでいたから、言われている言葉の意味がぴんと来ていなかった。
「俺こんなヤツだから、あんま上品な育ちもしてないし? 敬語って距離取られてる気がして、ちょっと寂しいんですよね。それに――」
「そんなつもりはっ」
「聞いてっ! それに俺……俺も、成宮さんの事好きですよ」
「え?」
距離を取られていると、そんな風に思わせてしまったのかと慌てる僕の言葉を遮っての濱田の言葉。
「さっき苑良が言ってたけど……俺も、好きです」
「……あ、ありがとう……」
突然過ぎるその言葉に、僕は首を捻りながら、お礼を述べるのが精一杯だった。
「――ああ、やっぱこの言い方じゃ伝わんねえか……」
「伝わ……いや、嬉しいですよ?」
「そうじゃなくて……俺の好きはね、あんたの事を抱きたいって意味も含んだ、好きなんだけど?」
「……は?」
聴いた瞬間に、思考が停止した。
言われている意味が、理解出来ない。
(濱田さんが、僕の事を好き? 抱きたい、って……)
そんな上手い話があるはずない。
苑良が懐いてくれているから? 都合の良いお隣さんだから?
それとも……僕の気持ちがばれてしまったのだろうか。取り乱す僕を見て、からかうつもりなのかもしれない。
ひょっとしたら、甘い言葉で僕の気を引いて、お金を都合させる気なんじゃ……彼は僕が公務員である事を知っている。社会的信頼がある分借金だってし易いし、この古いアパートに住んでいる事で、蓄えがあると思って――。
なんて……濱田がそんな事を考えるはずが無いのに。
出会ってからこれまでの彼を、彼に育てられている苑良を知っている僕には、それが分かっているのに。絶対に起こり得ないと思っていた彼からの告白が、僕を動揺させる。
「ぅ、嘘……」
「嘘じゃないっ、冗談でこんな事言えない!」
「や……だ、って……そんな……」
信じられないと首を振る僕を見て、彼が僕を見る瞳に力を籠めた。
「俺ね、引っ越してきて初めて成宮さんと会って、あんたに一目惚れしたんだ。こんな事言って引かれるのも怖かったし、苑良の事まで邪険にされたらと思ったら、ガツガツいくわけにも行かなくて――だけど本気だよ? 少なくとも、苑良に嫉妬するくらいあんたに惚れてる」
「濱田さ――」
「苑良とばっかり仲良くしてんのに嫉妬して、俺も一緒にお邪魔してみたり、毎日ひと目でも成宮さんに会いたくて、出勤時間ギリだってのに帰って来るの待ってみたり……俺なりに、アプローチはして来たつもりなんだけど?」
絶句する僕に、濱田が困ったような笑みを浮かべた。
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