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~ヒーロー~
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「本当に、これでよろしかったんですか?」
真樹は歩美に問い掛ける。
歩美は何かを確認するかのように数秒沈黙し、その後「はい」と、そっと頷いた。
「私は不思議に思います」
そう語りかける真樹は穏やかな表情だ。
「やっぱり、私って変ですかね?」
ただ、そう答える歩美に後悔しているような様子は見受けられず、どちらかと言えばさっぱりとした顔で笑っている。
「いえ、不思議に思うというのは、変だと言っている訳ではないです。彼がここに来たことは、いわばいくつもの関門をくぐり抜けて、来たるべきして来たわけです。それは間違いない。ただ、その場所で、貴方は自身の思いを告げるだけに留まったということです」
「私も最初は思いました。ただ、もし、私が何らかの行動をしたら、佐原君の今の家族はどうなってしまうのか。そう考えると、やっぱり何も出来ませんでした」
真樹は「そうですか」とだけ言って、歩美を出口まで見送る。
「このドアを開ければ、あなたは現在のあなたに戻ることができます。さきほどとは違い、今はあなたの身体に直接、繋がっていますから、開けることができるはずですよ」
真樹に導かれ、歩美はゆっくりとドアまで近づいた。
「ただ、彼に会えただけでも、私は良かった。これで、これからの人生を悔いなく生きていくことができます」
「お手伝いが出来て良かったです。それでは、また」
真樹は深々と頭を下げた。ドアノブに手を掛けた歩美はしっかりとした足取りで、そのバーを後にした。
歩美を見送った後、真樹は再びカウンター席に腰を下ろし、グラスを口に運んだ。
「叶わない恋か。そこで結ばれないとしても二人には幸せに生きていってほしい。そう、思わないか?」
進士はその質問を無視して、その時に気付いたことを告げようとした。
「オーナー、あの…」
「何だ?」
真樹は仕事を一つやりきったことによって、気分が高揚している様子だったが、進士は冷静に現状を伝える。
「あの、大事なことを忘れていませんか?」
「フフッ」と小さな声をこぼし、真樹は進士を見つめる。
「大事なこと?何を言ってるんだ、私は何も忘れてなんかいない」
「いや、ほら、佐原さんがお店に来てマティーニを頼んだ時に、オーナーが自分で音を鳴らしたじゃないですか?」
真樹はそれを聞いて固まる。思考を巡らせているのか、自分の間抜けさに呆れているのかは分からない。しばらくして「いや、忘れてないから」と言い訳をする。
「今から追いかければ、まだ間に合うかもしれませんが」
進士がそう言い終わる前に、真樹は店を飛び出していた。
「何でだろう。何であんなに大切なことを忘れるんだろう。うちのオーナーは、本当にもう」
ぶつぶつと小言を吐きながら、進士はグラスを磨き続けていた。
真樹は歩美に問い掛ける。
歩美は何かを確認するかのように数秒沈黙し、その後「はい」と、そっと頷いた。
「私は不思議に思います」
そう語りかける真樹は穏やかな表情だ。
「やっぱり、私って変ですかね?」
ただ、そう答える歩美に後悔しているような様子は見受けられず、どちらかと言えばさっぱりとした顔で笑っている。
「いえ、不思議に思うというのは、変だと言っている訳ではないです。彼がここに来たことは、いわばいくつもの関門をくぐり抜けて、来たるべきして来たわけです。それは間違いない。ただ、その場所で、貴方は自身の思いを告げるだけに留まったということです」
「私も最初は思いました。ただ、もし、私が何らかの行動をしたら、佐原君の今の家族はどうなってしまうのか。そう考えると、やっぱり何も出来ませんでした」
真樹は「そうですか」とだけ言って、歩美を出口まで見送る。
「このドアを開ければ、あなたは現在のあなたに戻ることができます。さきほどとは違い、今はあなたの身体に直接、繋がっていますから、開けることができるはずですよ」
真樹に導かれ、歩美はゆっくりとドアまで近づいた。
「ただ、彼に会えただけでも、私は良かった。これで、これからの人生を悔いなく生きていくことができます」
「お手伝いが出来て良かったです。それでは、また」
真樹は深々と頭を下げた。ドアノブに手を掛けた歩美はしっかりとした足取りで、そのバーを後にした。
歩美を見送った後、真樹は再びカウンター席に腰を下ろし、グラスを口に運んだ。
「叶わない恋か。そこで結ばれないとしても二人には幸せに生きていってほしい。そう、思わないか?」
進士はその質問を無視して、その時に気付いたことを告げようとした。
「オーナー、あの…」
「何だ?」
真樹は仕事を一つやりきったことによって、気分が高揚している様子だったが、進士は冷静に現状を伝える。
「あの、大事なことを忘れていませんか?」
「フフッ」と小さな声をこぼし、真樹は進士を見つめる。
「大事なこと?何を言ってるんだ、私は何も忘れてなんかいない」
「いや、ほら、佐原さんがお店に来てマティーニを頼んだ時に、オーナーが自分で音を鳴らしたじゃないですか?」
真樹はそれを聞いて固まる。思考を巡らせているのか、自分の間抜けさに呆れているのかは分からない。しばらくして「いや、忘れてないから」と言い訳をする。
「今から追いかければ、まだ間に合うかもしれませんが」
進士がそう言い終わる前に、真樹は店を飛び出していた。
「何でだろう。何であんなに大切なことを忘れるんだろう。うちのオーナーは、本当にもう」
ぶつぶつと小言を吐きながら、進士はグラスを磨き続けていた。
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