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番外編
元侯爵夫妻の手紙
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[※注意※ダークです]
「これは?」
「君のご両親からだ。手紙というか……まあ、遺書みたいなものだな」
ある日の王宮。
王太子バルティアスの婚約者、リンティアは、彼から差し出された手紙のような物に首を傾げた。
何かと問うと、思わぬ答えに息を呑む。
それもそのはず、リンティアの両親が処刑されてからおよそ一年が過ぎようとしていたからだ。
「なぜ、今頃?」
当然湧き上がる疑問に、バルティアスは気まずそうに顔を背けた。
「あの時は……その、色々あったからな。その後は俺も君も色々な事を学ぶのに忙しく、渡すタイミングを逃してたんだ。だが、心情的にもそろそろ大丈夫かと思ってだな……」
ボソボソと、最後の方は声が小さくなる婚約者の様に、リンティアはフッと笑みを浮かべた。
「お心遣い、感謝します。……ありがとう、バルト」
バルトと呼ぶと、王太子はパッと嬉しそうな顔になる。
そしてリンティアの額にそっと口づけを落とした。
「……読み終わるまで、側にいようか?」
「そう、ですわね……お願いできますか?」
「もちろん」
そうして二人はソファに並んで座る。
カサリと音を立てて、リンティアはそれを広げて読み始めた。
※※※※※※※※※※
私は偉大なる侯爵家夫人。
いきなり牢に入れられ、紙とペンを渡された。
言い残した事があるならこれに書けとの事だけど、何を書けと言うの!?
私は明日、処刑される。何も悪くないのに!私は何もしていないのに!
何が悪かったというのか。
荒んだ下町で生まれ育ち、常に飢えて苦しみ、今日を生きるのに必死だったあの頃。偶然盗みを働きに入った店で侯爵と出会った。慌てて誤魔化したら、あっさり騙されてくれた。
偶然出会い、偶然会話して、偶然気に入られた。
けれどそれはきっと運命だったのだ。
神に祝福された私は、幸運にも侯爵の愛人となれたのだ。
愛人生活は悪くなかったけれど、やはり正妻ほどには美味しい思いは出来ないと思った。
だからあの女を毒殺したのは、当然の事だと思う。
私は何も悪くない。
だって私は神に祝福され、侯爵に愛された選ばれし者なんだもの。
醜く足掻いて正妻の座を譲らないあの女が悪いんだ。
徐々に弱っていき、病のように見せかけて殺せるという、とても珍しい毒が手に入ったのも運命だと思う。
思いのほか事は順調に進み、あの女は病死という形で死んだ。
毒を仕込ませる為に使った駒は──メイドは始末した。証拠は何も残らない。誰も私を怪しまない。
そうして手にした正妻の座は、実に愉快だった。
唯一気に入らないのはあの女の娘、リンティアだったけれど。
これはフレアリアがいつか始末してくれるという事で私は手出しする事は控えた。さすがにあの毒はもう手に入りそうにないし。
だから私はリンティアには暴力と暴言程度で我慢してやったのだ。目障りで死んで欲しいと思ってたけど、殺さなかった私はなんと思いやりのあることか!
そしてフレアリアは順調に王太子を懐柔し、後の王妃という最高の地位を手に入れようとしていた。
なのになのになのに!
あの役立たずめ!リンティアから王太子を奪う事も満足に出来なかったの!?王妃になるなんて簡単な事のはずだったのに!まさかあんな愚かだとは思わなかった!
私の何が間違っていたのか、未だに分からない。
どうして私が処刑されなければいけない?
リンティアなんかどうなろうと良いだろうに!
死んでしまって何が困るというのか!?
そもそも策略を巡らしたのはフレアリアだ!私は何もしてないのに、どうして裁かれなければいけない!?
リンティアに酷い事をした?後の王妃を虐げた罪?
何を言っている。
そもそもリンティアが王妃となるならば、私は王妃の母という事ではないか。
ほら、この処刑は間違っているんだ。
私は死ぬべきではないのだ。
きっと明日には間違いは正される。
私は王妃の母として、きっと贅の限りを尽くせるに違いない。
ああ、早く明日にならないかしら──
※※※※※※※※※※
読み終えたリンティアは、無言で二枚目を見る。
それはまた別の筆跡で書かれていた。
※※※※※※※※※※
明日、私は処刑されるという。
未来の王妃を虐げた罪。
未来の王妃を陥れ殺そうとした娘の、父としての責務。
私はこれを甘んじて受け入れようと思う。
折角なので人生を振り返ってみた。
私の人生は一体どこで間違えたのだろうか。
政略結婚など当たり前の世界で生きてきた。だから妻となる人と結婚前日に初めて会うのも何とも思わなかった。
当然のようにそこに愛はない。それで良いと思っていた。
表面上はうまくいっていたと思う。
けれどポッカリと胸に開いた穴はどうにも埋まらなくて。
あまり治安の良くない下町へ出た時、何気なく入った店であれに出会った。
汚く見すぼらしい女は、おそらくあの店に盗みに入ったのだろう。だが思わぬ目撃者である私に慌てて誤魔化していた。馬鹿な女だと思った。
だが、これまでの人生には無い珍しいタイプだとも思った。磨けばそこそこ見れるであろう容姿もしていたし。
それを引き取り愛人としたのは、単なる気まぐれ。
そんなとき、正妻との間に娘が生まれた。それなりに可愛いと思えた。血が繋がってるだけで愛しいと思えるなんて不思議なものだった。
立て続けに愛人の方にも娘が生まれた。そちらも、まあ可愛いと思った。
正妻の子、リンティア。
愛人の子、フレアリア。
差別する気はなかったが、不思議とリンティアの方に愛しさを感じたのはなぜか。
けれど親の愛情をもらわず冷淡に育てられた私は、子供とどう接して良いのか分からず。
そうこうしてるうちに正妻が亡くなった。
また私の心に穴が開いた。その穴を埋めるために、早急に愛人を正妻に据えた。が、それでも穴は埋まらなかった。
リンティアを贔屓すると妻とフレアリアが激怒するのは分かっていた。だから敢えてリンティアには冷たくした。私には妻という存在は必要だったから。穴をどうにか埋めるには、妻は必要だと思ったから。
だからリンティアがどれだけ酷い目にあってるか知っていても何もしなかった。
それが私の罪。
フレアリア達を不快にするなと、リンティアに怒鳴り散らした。リンティアがどれだけ傷つこうとも、フレアリア達を優遇した。家族という形を保つために。
けれど、リンティアも間違いなく私の家族だったのだ。それを忘れてしまったのだ。
それこそが私の最大の罪。
明日、私は処刑される。
リンティアは見に来るだろうか。──いや、きっと来ないだろうな。
あれは優しい。
たとえ虐げられていたとはいえ、それでも父である私の最期など見たくないと思うだろう。そして見なくても、きっと涙してくれるだろう。
ああなんだ、私はリンティアの事をちゃんと理解出来てたではないか。
私はちゃんと父だったではないか。
私が求めた家族は、すぐそこにあったのだ。
あんなにも必死になって、体裁を保つ必要もなかった。穴を埋めようとする必要などなかった。
リンティアとなら、きっと家族として幸せになれたはずなのに。穴はすぐに埋まったはずなのに。
リンティア……私を許してくれとは言わない。むしろ一生憎んで欲しい。
そして幸せになれ。
こんな愚かな父のようにはなるな。
幸せな家庭を作れ。本当の家族と幸せになりなさい。
私はあの世でキミのお母さんに謝ろう。……いや、私は地獄に落ちるから会えないかな。ならばキミから天国のお母さんに、私が謝っていたと伝えて欲しい。
最後の最後まで勝手な父だった。
だが、これだけは言わせて欲しい。
リンティア、私はキミを愛していたよ。
父として、キミの幸せを願って逝こう──
※※※※※※※※※※
「リンティア、これ……」
すっと王太子がハンカチを差し出す。
その時、初めてリンティアは自身が涙していることに気付いた。
これは何の涙なのだろうか。
今までの恨みが堰を切ったようにあふれ出してきたのだろうか?
それとも
「ごめんね、すぐに渡してあげれなくて」
王太子の謝罪に、リンティアは無言でかぶりを振った。
「いいえ、いいえバルト……いいのよ。悲しいんじゃないの、悔しいんじゃないの。怒りでもないの」
今、確かに心に浮かんだ感情。
それはきっと喜び。
どういう喜びなのか、複雑すぎて自分でも分からないけれど。
リンティアは確かに喜びに包まれ、そして今の幸せに涙するのだった──
===作者の呟き===
本当は今回ラストで明るい話をと考えてましたが、書き忘れてたなと思った人たちの話。
リンティアの喜びは「疎ましい人たちが死んだ事を実感した喜び」なのか、「実は父に愛されていた事を知った喜び」なのか、それとも……どうなんでしょうね。
あと、リンティアが処刑を見に行ったかどうかはご想像にお任せします。読者様にとってリンティアがどういう人物か……で、ご想像下さい。
「これは?」
「君のご両親からだ。手紙というか……まあ、遺書みたいなものだな」
ある日の王宮。
王太子バルティアスの婚約者、リンティアは、彼から差し出された手紙のような物に首を傾げた。
何かと問うと、思わぬ答えに息を呑む。
それもそのはず、リンティアの両親が処刑されてからおよそ一年が過ぎようとしていたからだ。
「なぜ、今頃?」
当然湧き上がる疑問に、バルティアスは気まずそうに顔を背けた。
「あの時は……その、色々あったからな。その後は俺も君も色々な事を学ぶのに忙しく、渡すタイミングを逃してたんだ。だが、心情的にもそろそろ大丈夫かと思ってだな……」
ボソボソと、最後の方は声が小さくなる婚約者の様に、リンティアはフッと笑みを浮かべた。
「お心遣い、感謝します。……ありがとう、バルト」
バルトと呼ぶと、王太子はパッと嬉しそうな顔になる。
そしてリンティアの額にそっと口づけを落とした。
「……読み終わるまで、側にいようか?」
「そう、ですわね……お願いできますか?」
「もちろん」
そうして二人はソファに並んで座る。
カサリと音を立てて、リンティアはそれを広げて読み始めた。
※※※※※※※※※※
私は偉大なる侯爵家夫人。
いきなり牢に入れられ、紙とペンを渡された。
言い残した事があるならこれに書けとの事だけど、何を書けと言うの!?
私は明日、処刑される。何も悪くないのに!私は何もしていないのに!
何が悪かったというのか。
荒んだ下町で生まれ育ち、常に飢えて苦しみ、今日を生きるのに必死だったあの頃。偶然盗みを働きに入った店で侯爵と出会った。慌てて誤魔化したら、あっさり騙されてくれた。
偶然出会い、偶然会話して、偶然気に入られた。
けれどそれはきっと運命だったのだ。
神に祝福された私は、幸運にも侯爵の愛人となれたのだ。
愛人生活は悪くなかったけれど、やはり正妻ほどには美味しい思いは出来ないと思った。
だからあの女を毒殺したのは、当然の事だと思う。
私は何も悪くない。
だって私は神に祝福され、侯爵に愛された選ばれし者なんだもの。
醜く足掻いて正妻の座を譲らないあの女が悪いんだ。
徐々に弱っていき、病のように見せかけて殺せるという、とても珍しい毒が手に入ったのも運命だと思う。
思いのほか事は順調に進み、あの女は病死という形で死んだ。
毒を仕込ませる為に使った駒は──メイドは始末した。証拠は何も残らない。誰も私を怪しまない。
そうして手にした正妻の座は、実に愉快だった。
唯一気に入らないのはあの女の娘、リンティアだったけれど。
これはフレアリアがいつか始末してくれるという事で私は手出しする事は控えた。さすがにあの毒はもう手に入りそうにないし。
だから私はリンティアには暴力と暴言程度で我慢してやったのだ。目障りで死んで欲しいと思ってたけど、殺さなかった私はなんと思いやりのあることか!
そしてフレアリアは順調に王太子を懐柔し、後の王妃という最高の地位を手に入れようとしていた。
なのになのになのに!
あの役立たずめ!リンティアから王太子を奪う事も満足に出来なかったの!?王妃になるなんて簡単な事のはずだったのに!まさかあんな愚かだとは思わなかった!
私の何が間違っていたのか、未だに分からない。
どうして私が処刑されなければいけない?
リンティアなんかどうなろうと良いだろうに!
死んでしまって何が困るというのか!?
そもそも策略を巡らしたのはフレアリアだ!私は何もしてないのに、どうして裁かれなければいけない!?
リンティアに酷い事をした?後の王妃を虐げた罪?
何を言っている。
そもそもリンティアが王妃となるならば、私は王妃の母という事ではないか。
ほら、この処刑は間違っているんだ。
私は死ぬべきではないのだ。
きっと明日には間違いは正される。
私は王妃の母として、きっと贅の限りを尽くせるに違いない。
ああ、早く明日にならないかしら──
※※※※※※※※※※
読み終えたリンティアは、無言で二枚目を見る。
それはまた別の筆跡で書かれていた。
※※※※※※※※※※
明日、私は処刑されるという。
未来の王妃を虐げた罪。
未来の王妃を陥れ殺そうとした娘の、父としての責務。
私はこれを甘んじて受け入れようと思う。
折角なので人生を振り返ってみた。
私の人生は一体どこで間違えたのだろうか。
政略結婚など当たり前の世界で生きてきた。だから妻となる人と結婚前日に初めて会うのも何とも思わなかった。
当然のようにそこに愛はない。それで良いと思っていた。
表面上はうまくいっていたと思う。
けれどポッカリと胸に開いた穴はどうにも埋まらなくて。
あまり治安の良くない下町へ出た時、何気なく入った店であれに出会った。
汚く見すぼらしい女は、おそらくあの店に盗みに入ったのだろう。だが思わぬ目撃者である私に慌てて誤魔化していた。馬鹿な女だと思った。
だが、これまでの人生には無い珍しいタイプだとも思った。磨けばそこそこ見れるであろう容姿もしていたし。
それを引き取り愛人としたのは、単なる気まぐれ。
そんなとき、正妻との間に娘が生まれた。それなりに可愛いと思えた。血が繋がってるだけで愛しいと思えるなんて不思議なものだった。
立て続けに愛人の方にも娘が生まれた。そちらも、まあ可愛いと思った。
正妻の子、リンティア。
愛人の子、フレアリア。
差別する気はなかったが、不思議とリンティアの方に愛しさを感じたのはなぜか。
けれど親の愛情をもらわず冷淡に育てられた私は、子供とどう接して良いのか分からず。
そうこうしてるうちに正妻が亡くなった。
また私の心に穴が開いた。その穴を埋めるために、早急に愛人を正妻に据えた。が、それでも穴は埋まらなかった。
リンティアを贔屓すると妻とフレアリアが激怒するのは分かっていた。だから敢えてリンティアには冷たくした。私には妻という存在は必要だったから。穴をどうにか埋めるには、妻は必要だと思ったから。
だからリンティアがどれだけ酷い目にあってるか知っていても何もしなかった。
それが私の罪。
フレアリア達を不快にするなと、リンティアに怒鳴り散らした。リンティアがどれだけ傷つこうとも、フレアリア達を優遇した。家族という形を保つために。
けれど、リンティアも間違いなく私の家族だったのだ。それを忘れてしまったのだ。
それこそが私の最大の罪。
明日、私は処刑される。
リンティアは見に来るだろうか。──いや、きっと来ないだろうな。
あれは優しい。
たとえ虐げられていたとはいえ、それでも父である私の最期など見たくないと思うだろう。そして見なくても、きっと涙してくれるだろう。
ああなんだ、私はリンティアの事をちゃんと理解出来てたではないか。
私はちゃんと父だったではないか。
私が求めた家族は、すぐそこにあったのだ。
あんなにも必死になって、体裁を保つ必要もなかった。穴を埋めようとする必要などなかった。
リンティアとなら、きっと家族として幸せになれたはずなのに。穴はすぐに埋まったはずなのに。
リンティア……私を許してくれとは言わない。むしろ一生憎んで欲しい。
そして幸せになれ。
こんな愚かな父のようにはなるな。
幸せな家庭を作れ。本当の家族と幸せになりなさい。
私はあの世でキミのお母さんに謝ろう。……いや、私は地獄に落ちるから会えないかな。ならばキミから天国のお母さんに、私が謝っていたと伝えて欲しい。
最後の最後まで勝手な父だった。
だが、これだけは言わせて欲しい。
リンティア、私はキミを愛していたよ。
父として、キミの幸せを願って逝こう──
※※※※※※※※※※
「リンティア、これ……」
すっと王太子がハンカチを差し出す。
その時、初めてリンティアは自身が涙していることに気付いた。
これは何の涙なのだろうか。
今までの恨みが堰を切ったようにあふれ出してきたのだろうか?
それとも
「ごめんね、すぐに渡してあげれなくて」
王太子の謝罪に、リンティアは無言でかぶりを振った。
「いいえ、いいえバルト……いいのよ。悲しいんじゃないの、悔しいんじゃないの。怒りでもないの」
今、確かに心に浮かんだ感情。
それはきっと喜び。
どういう喜びなのか、複雑すぎて自分でも分からないけれど。
リンティアは確かに喜びに包まれ、そして今の幸せに涙するのだった──
===作者の呟き===
本当は今回ラストで明るい話をと考えてましたが、書き忘れてたなと思った人たちの話。
リンティアの喜びは「疎ましい人たちが死んだ事を実感した喜び」なのか、「実は父に愛されていた事を知った喜び」なのか、それとも……どうなんでしょうね。
あと、リンティアが処刑を見に行ったかどうかはご想像にお任せします。読者様にとってリンティアがどういう人物か……で、ご想像下さい。
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