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しおりを挟む5月22日
頬がジンジンと痛む。
昨夜、怒り狂った義母に平手打ちにされたのだ。今日が学院休みの日で良かった。そうでなければ、この赤い頬を隠すのに苦労しただろうから。
義母は憤慨していた。なぜ私が王太子と婚約するのかと。フレアリアこそが相応しいのに、と。
そんなの私に言われても知るか、としか言いようがないのだけれど。父が勝手に決めたのだ。私がどうこう出来る話ではないことくらい、義母だって知ってる。──単純に、当たり散らしたいだけなのだろう。
今は正妻とは言え、元愛人の娘と。正当な正妻の娘。
どちらを王家に差し出すべきか、父にとっては悩む必要の無いものだったのだろうし。
散々殴られ罵られる私の様をニヤニヤしながら見ていたフレアリアが、
「まあ良いじゃ無いの、お母様。王太子も直ぐに気付くわよ。姉さまよりも誰が自分に相応しいのかを」
と言った事で、義母の怒りは収まることとなった。
その言葉の意味はよく分からなかったけれど。
何だか嫌な予感がする。何か良くない事が起こるような気がした。
痛む頬を冷やしながら、理不尽な行いに沸々と怒りが湧き上がる。
なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。私が何をしたと言うのか。
王太子なんて未だに会ったことも無い存在だ。フレアリアにくれてやりたい。
けれど全ては決まってしまったのだ。私の一存でどうにかなる話では無い。
私は何と無力なのか。
誰も居ないバルコニーに目を向けて、唯一私が出来ること──溜め息をつくのだった。
5月29日
誰が王太子に相応しいか。
たしかフレアリアはそんなことを言っていた。
それが今日見たあの状況になるのだろうか。
昨日初めて王太子に──モルドール第一王子に会った。三年生の彼は卒業前で忙しく、なかなか学院に来れないでいたのだ。
初めて会う彼は金髪碧眼で、どこかバルトを思い出させた。けれど当然彼はバルトではない。
少しキツイ目をした彼の瞳は、とても冷たいものだった。
「ふん、お前がリンティアか。つまらん顔をしているな」
それはどうも。
お母さま譲りの紫紺の髪を褒めてくださる方も多いんですが。顔が普通すぎて負けてますか、申し訳ありませんね。
とは言えるわけもなく黙っていると、フンと鼻を鳴らして去って行かれた。
そして今日。
またも学院内を移動中に、外からフレアリアの声がした。見なければ良いのだけれど、大きな彼女の声が「モルドール様!」と言ってるのが聞こえてしまって。見てしまったのだ。
かつての男性にしていたように。
いや、それ以上に密着した状態でモルドール王子と話すフレアリアを。
親し気に話す二人。昨日の今日で、よくぞそこまで親しくなれたものだと感心するやら呆れるやら……。
そうこうしているうちに、またもフレアリアは王太子に顔を近づけて──
その後は見なくても分かる。
だから私はすぐさま顔を背けてその場を去った。
なるほど、フレアリアの次のターゲットは王太子というわけだ。
それは良いのかもしれない。だって私は王太子と結婚なんてしたくないのだから。
このままフレアリアが王太子と結ばれれば──私と婚約解消してもらえたなら万々歳だ。
いつもなら思わないのだが、今回ばかりはフレアリアに頑張って欲しいものだ。
ねえバルト、私が好きなのは貴方だけだから。
もう二度と貴方に会えなかったとしても、他の誰とも一緒になるつもりはないわ。
いつか……いつの日か、また貴方に会えるかしら。
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